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即興小説家コミュの吟醸酒

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 在庫の缶ビールが切れたので、近所の酒屋に買出しに行った。てっとり早く買い物を済ませようと思った。店内はガラガラだった。買い物カートを押して、整然と区画整理された店内の、缶ビールコーナーに向かい、僕はいつもの缶ビールを1ケース、買い物カートにどっこらしょと乗せた。それまではワイルド・ターキーかシーバス・リーガルを1本一緒に乗せて買い物を済ませ、毎晩、ストレートで三〜四杯あおっていたが、勤め先の健康診断でひっかかった。アルコール過度摂取。それ以来僕は、缶ビール一日一本までと決めていた。
 ふと、酒屋の隅にある日本酒の陳列棚の前に、長いストレートの金髪の女の子の姿が目に入った。外国の女の子にしては小柄な方だろう。彼女はなにやら、日本酒を物色していた。僕はしばらくその様子を眺めていた。どのお酒にしようか迷っている様子で、あげくのはてには肩をすくめていた。僕はどうしたものかと思った。僕は彼女の力になれるのだろうか?僕は外国人としゃべったことがない。日本酒の知識もほとんどない。普段、良いことなどしない僕だ。たまには人助けでもしてやろう。僕は意を決した。こんな時、なんてしゃべるんだっけ?「May I help you?」かな?でもその後は?僕は彼女に向かい、肩越しに勇気を振り絞って話しかけてみた。
「メ・May I help you?」
「・・・Oh!Thanks!」
彼女はびっくりしたようだったが、にっこり微笑んだ。色白で、薄化粧の、可愛い女の子だった。
「ドゥ・Do you want Japanease Sake?」合ってるかな?
「そう、わたし、英会話学校の先生をしてるんだけど、あさって、パパが日本に来るの。そのお土産に日本酒をプレゼントしようと思って・・」
と言っている、ようだった。多分。
「ホ・Where are you from?」でいいのかな?
「スコットランド」
スコットランドかぁ。大英帝国の一部。スコッチウィスキーの原産地。はたして彼女のパパの口に、日本酒は合うのだろうか?

 僕は、ある吟醸酒の事をふと思い出した。浦霞禅(純米吟醸)。二、三年前に仙台に旅行に行った時、キオスクのおばさんに「これ、絶対おいしいから買っていきな!」と無理矢理買わされたのだ。おばさんの言葉に間違いはなかった。僕は、日本酒はそれまであまり口にしたことがなかったのだが、このお酒は米の臭みがなく、とても口あたりがよかった。日本酒と言うより、白ワインに近かった。僕はこんなに美味しい日本酒を薦めてくれたあのおばさんに感謝したいくらいだった。

 僕はしばし考えた。このスコットランドから来た女の子のパパが、浦霞禅を飲んだらどう思うだろう?ワインを飲んだことがあるのなら、違和感なく、この日本酒を飲めるんじゃないかな?
 また彼女に聞いてみることにした。
「パパはワインを飲んだことがある?」
「Yes.」
一応通じたみたいだ。
「僕、おいしい日本酒知ってるから探してみるよ。」
「本当に?ありがとう」
通じたらしい。おそらく。
 僕は日本酒を置いてある陳列棚を、あちこち探してみた。一升瓶も四合瓶もあった。二十種類はあったと思う。右隅の中央に、水墨画でダルマが書かれた、紙パッケージの酒が見つかった。
「あった。」浦霞禅は、僕の知らない間に、関東にも流通していたのだ。四合瓶だから持ち運びにも便利だ。僕は彼女に、
「This.」と、言ってみた。
「パッケージの絵が、とても日本的ね。」と彼女は言った、と思う。
「味の方はどうなの?」と彼女は言った。
僕は困った。英語が出てこない。
「イ・It is fruty taste.Taste like white wine.」
僕はごまかした。
「Oh!Really!」彼女は言った。
「そう、心配無用(no plobrem)。パパもきっと喜ぶよ。」と僕。
「じゃあ、これにするわ。」と、彼女は言った。きっと。

 僕も久しぶりに浦霞禅が飲みたくなってきた。缶ビールなんてどうでもよくなってきた。僕は缶ビール一ケースを元の位置に戻し、彼女と同じ、浦霞禅を一本手に取った。二人で会計のレジに向かった。彼女が先の番だった。彼女はなにか、身振り手振りを交えて、レジ係の中年女性に言っていたが、レジ係は、目をキョトンとさせて、何も分からないようだった。僕は彼女の話をもう一度注意深く聞いてみた。ある程度理解できた。僕はその内容をレジ係に伝えた。
「このお酒はプレゼント用だから、包装紙に包んで欲しいそうです。」
「あ、そうですか・・・。」
レジ係は渋々そうに包装紙にお酒を包む作業を始めた。スコットランドの女の子は、満足そうに、ニコニコ笑っていた。僕もなんだか、うれしくなってきた。会計を済まし、一緒に酒屋を出た。
「Thanks you!」
と彼女は言い、自転車に乗った。自転車で来たということは、この辺りに住んでいるのかな?と僕は思った。
「ユー・アー・ウェルカム!・・・」
と僕は言った。他に言いたいことがあったのだが、残念ながら、英語が出てこない。
「Bye-bye!」
と彼女は言って、左手を振りながら、自転車をこぎ始めた。
別れ際に僕は、
「シー・ユー・アゲイン!」
と言った。
「Yes.」
と彼女は、こちらを振り向きながら言ってくれた。彼女の姿がだんだん小さくなっていった。僕は車の助手席に浦霞禅を置き、エンジンをかけた。

コメント(4)

>neriさんへ
日本の伝統(日本酒。でも純米吟醸は「現代的」な産物。)と外国人女性との異文化交流(?)を、あえて、目指しました。
ホントは助手席に彼女を・・・という余韻も漂わせてみました。
感想、大変参考になりました。ありがとうございます。
励ましの言葉、ありがとうございます。

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