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まほろ王国コミュの連載 『恋愛譚』-1

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1.皐月
内線が鳴って、あたしは会議室に呼び出された。飛び石連休に数日休みを追加して久々に海外にでも行きたいなと思っていたのだが、許可がおりなかったらしい。担当している営業が同情するような微笑みを浮かべてあたしを見送る。会議室では社長が待っていた。珍しくなかなか承認されないと思っていたけれども、やっぱり。

運命の歯車が回り始める。軋みながらゆっくりと、ゆるぎなく断固として。
人生は偶然と偶然の積み重なった必然の集合体だ。選んだもの、選ばれなかったものが、後の人生を決定づけていく。

夕暮れは薄紅だった。たまたま帰り道が一緒だった同僚に有給が受理されなかったことをうちあける。なぜかとても哀しくて涙が出た。下町の中小企業に過ぎないあたしの会社では、夏休みと冬休み以外でまとまった休暇が貰えるのは新婚旅行くらいらしかった。あたしには昔から結婚願望がまるでない。

何も泣くことはないじゃないか、というほどの事件である。あたしは自分自身の不甲斐なさに狼狽するが涙腺はいうことをきかない。同僚も驚いていた。春の日暮れは穏やかでただただ美しかった。点りはじめた街のネオンが、群青紺に暮れはじめた空に屹立している。

ゴールデンウィークの予定は白紙だった。友達にメェルをうつ。もの淋しさを埋めるようにカレンダーの空白を埋めていく。友人の主催するイベントもシステム手帳の中に書き込まれた。

「紳士・淑女のためのお茶会」というのがそのイベントのタイトルだ。

その夕方、午後の5時。あたしはさおりちゃんと一緒に、会場となっている高架下のカフェ前で「お茶会」の開場を待っている。
あたしもさおりちゃんもゴシックロリィタファッションを纏っていた。さおりちゃんは、数年前にゴシックやゴシックロリィタが集うクラブイベントで知合った友達である。同じミュージシャンが好きだったり、美術館に行くのが好きだったりして、以来一番の親友だ。
「ねぇあのひと。男かな、女かな」
開場は押していた。カフェの入口付近には、やはりゴシックやゴシックロリィタ、ロリィタの格好をした10代から20代の人々がぽつんぽつんと佇んでいる。下町の風景の中の彼らは日本庭園の真ん中に咲いた洋風な花々のようで、不思議な違和感を漂わせている。その中でもシルクハットに蝙蝠マントといういでたちのそのひとはひときわ目立っていた。あたしも首を傾げる。中性的な顔立ちで、にわかにはどちらとも判別できない。視線に気づいたのか、ややもしてそのひとがつかつかとこちらへやってきた。「あの」男だ。「開場って5時ですよね?今何時ですか?」あたしは携帯をとりだして時間を確認する。「5時10分ですけど。押してるようですね」彼も懐中時計をひっぱりだして時間を見る。「これ手巻きなんでもしかして時間ずれちゃったのかなとか思ったけど。そうでもないみたいだ。ありがとう」

これが一志との出会い。

変わったひとだなと思った。洒落た風貌のわりに、わりと古風な、ほとんど死語なのでは、という言葉を使ったりする。M‥‥というかなり田舎の方に住んでいるらしかった。40年ほど前の車に乗っているそうで、デジカメに入っている写真をみせてくれる。黒光りする四角い、昔のアメリカ車のようなデザインの車だ。「私の霊柩車です」彼は言って胸を張る。
その日はT‥‥からマダム・シャルロットというコルセット職人が来ていた。羽根や造花で飾られた大きな帽子を被っている。不思議な声のひとだな、と思ったらニューハーフらしかった。あたしも一志もコルセットを作ってもらうつもりで採寸をしてもらい、デザインを選ぶ。見積りができたらメェルします、と大柄な人造美女はにこやかに言う。あたしたちはお茶を飲み、お菓子を食べ、ぽつぽつと話をした。一緒に写真を撮り、メェルアドレスを交換する。

 はじめはただ一滴の雫から始まる。それは細い湧き水に過ぎず、ちょろちょろと心もとなく岩と岩の間を流れていく。それがいつの間にかしっかりとした流れになる。尖った岩をも砕き、地形を変え、そうして大きな流れになり、いつの日か海へと注いでいく。だれかと出会うことはそんな水の流れにとても似ている。

 口調はへんてこだが綺麗なひとだな、と思ったので、あたしは細々と関係を続けようと思った。電話は苦手だからかけない。ときどきメェルをするだけだ。そうやって彼の情報を蓄えていく。

2.水無月
 窓から覗きみる天気は、一向に回復する兆しがなかった。鈍色の雲が重くたちこめた空。激しくなるわけでもなく、かといって弱まっていくわけでもなく、しとしとと雨は降り続いている。今日はさおりちゃんとお茶会に行く約束をしていた。一志に出席の有無を確認すると、今日は行かないという。でも近くを車で通るから、乗せていってあげようか?と申し出てくれる。
 先週まで一志はT‥‥に行っていたらしい。彼は同人誌などを扱う書店で雇われ店長をしていて、T‥‥には本の買いつけに行ったとのことだった。「高速で居眠りしちゃってさ。危うく大事故になるところだった」気をつけてくださいよぅ、と返信をうつ。
 灰色の世界に相変わらず雨は静かに降り続けている。O‥‥駅でさおりちゃんと待合わせをしているあたしは時間が気になって仕方がない。車はまだこない。今どのへん? と訊くと、意外とまだ近づいてきていない。道が混んでいるらしかった。あたしはもうでかけてしまうことにする。今度、車みせてくださいね、と言い残して。

3.文月
 B‥‥を見にいこうと思ってるんだけど、よかったらお嬢もくる? ある時、一志からこんなメェルがくる。あたしはその女性アーティストの音楽は聞いたことがないけれども、しばらく考えているうちに記憶の襞に挟まっていた彼女を探り当てる。仲良くなるちょうどいい機会かもしれない、と快諾した。
 夕方。待ち合わせに指定された場所は、同じように待ち合わせている人々でごった返していた。車を駐車場に入れに行ってくるから、会場前で逢えないかとメェルが入った。初めていくライブハウスだったけれども、たぶんわかりますと返事をして歩き始める。なんとなく場所は把握していた。飲食店や風俗店が立ち並ぶ細い路地の奥にある老舗の店だ。ネオンがようやく灯りはじめた明るい夏の夕空の下、早くも露出度の高いドレスを着た厚化粧の女や髪を逆立てて着飾った男が呼びこみをしている。
 長い巻き毛をポニーテールにし、黒い衣装の一志はあたしをみるとはっとしたように目を見開いた。会釈。たぶん掴みは完璧。
 不思議なライブだった。クラシック音楽でも聴くかのようにひとびとは微動だにせずB‥‥を凝視し、音に耳を傾けている。ライブハウスでは暴れたことしかなかったあたしとしては、かなりな違和感だった。こっそり一志をのぞきみると、彼もやはり微動だにしない横顔で、腕組みをして舞台を凝視している。妙に息詰まる時間。
 ライブの後は一緒に来ていた彼の友人である山野くんと3人で近くのレストランで食事をした。そのまま帰ろうとすると「これから時間ある?」という。「よかったらドライブしようよ」
 御歳40歳にはなるという車は、写真で見るよりも優雅だった。黒くて四角くて大きい。シートは白い革張りだ。山野くんは、じゃあ、とにやりと笑って自分の車(これまた古いイギリス車である)で走り去る。
 車に乗り込む。座席が広くて落ち着かない。どこへ行くんですか、と訊ねると、夜景の名所として有名な山上をあげられた。翌日も仕事だったので時間が気にならないこともなかったが、乗りかかった船ならぬ車である。時間のことは忘れよう、と窓の外を流れていく町のネオンをみあげる。一志はさっき聴いたばかりのB‥‥のCDをかけてくれる。
 街はどんどん遠ざかっていった。海沿いのバイパスを抜け(オレンジ色に光りながらどこまでも並んでいる街燈)、さらに街を抜けて、車は九十九折の山道にさしかかる。古い車なのでシートベルトはない。カーブを曲がるたびに広いシートの上で右に左に揺れるあたしを一志は笑う。涼しい夜風。標高はどんどん高くなり、木々の間から時折ちかちかと瞬いている街が垣間見えた。
 いったいどのくらい走り続けたのか。ようやくたどりついた山上の展望台には、同じように夜景を見に来たカップルが点々としている。カップルというわけでもないので、どこまで親密な行動が赦されるのか、あたしは相手の思惑を計りかねている。初夏とはいえ真夜中の山の上は肌寒い。一志が温かい缶珈琲を買ってくれる。それを飲み終えたことを合図に、あたしたちはまた車に戻る。
 時計の針はとっくに1時を越えていた。「あの」あたしは恐る恐る切り出す。「帰り、少し寝ててもいいですか。明日仕事なんです」「いいよ。近づいたら起こす、」
 まだ逢って2回目だ。それほどお互い気持ちが慣れているわけではない。ふたりきりの車内は、音楽が流れているとはいえ気詰まりでもあった。意識は、夢と覚醒の膜のあたりをうっすらと漂っている。目を閉じて、熟睡しているふりをする。
 どのくらい経っただろうか、「S‥‥にもうすぐ入るけど」と起こされた。
あたしは身を起こして景色に目を凝らす。静まり返った夜の街はそっけなく、見覚えがあるはずの道でも知らない場所のような気がしてしまう。そもそも、違う男と付きあってた時によく通った道ではあるものの、いつもぼんやり外を眺めていただけだったから、道案内するほど覚えていないのだった。間違えて袋小路に入り込んだりする。
 ようやくマンションの前に着いた。携帯をちら、とみるともう2時半だった。まぁいいや、「お茶でも飲んでいきますか?」あたしにとってのお茶はワインだ。一志はじゃあちょっとだけ、とあたしの後から階段を登る。
 冷蔵庫の中では白ワインが冷えていた。乾杯をしてから、あたしは顔を洗い、眠る準備をする。ソファに座った一志は足を組み、つらつらと己の恵まれない幼少期について語り始める。両親から虐待されていたこと、4-5歳で家出をしようとして叱られたこと、小・中と太っていて苛めにあっていたこと。あたしはなんで急にそんな暗い話を始めたのだろうと訝しく思いながら、眠りの海に沈んでいく。そんな遠くの影の中になんかいないでこちらにくればいいのに。そうしない男は稀だった。
 朝はすぐそこだった。目がさめると既に一志はいない。つまらない、と思う。けれどもお昼すぎに届いたメェルをみて、あたしは満足した。
 真夜中の彼は、誰も好きになったりはしない、と断言していた。それではあたしのことも好きにはならない? ゲームを始めよう。駒はあたしとあなた。

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