ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

全国の雨宮 さんコミュの雨宮の地名

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
長野県千曲市雨宮
ちょっと前まで更埴市雨宮

更埴IC 更埴JCT の近くに「雨宮」という地名があります。
その地域には、「雨宮の渡し(あめみやのわたし)」
       「雨宮坐(あめみやにます)日吉神社」
それと     川中島の合戦跡

最寄駅は、長野電鉄屋代線  雨宮(あめのみや)駅

雨宮の渡し(あめみやのわたし)
場所】長野電鉄雨宮駅の北、徒歩3分
現在の千曲川の流れは、約800メートル北方に移動。

http://sky.zero.ad.jp/~zac28831/syashin-uesugi2.htm

上記参照;多くのHPを読ませて頂きました。

次回は雨宮の伝説

コメント(7)

東北大学
に雨宮町という地名がありました。

雨宮キャンパス
仙台市青葉区堤通雨宮町1-1

http://www.agri.tohoku.ac.jp/agri/map-j.html

つつみどおりあまみやまち
で
あまみや まち と読みます。
川中島合戦と雨宮渡
雨宮渡は、往時北国街道の要衝にあって、千曲川渡船場として川
中島平の死命を制するほどの重要な拠点でもあり、戦術戦況を左
右する場でもあった。
史上名高い川中島の戦いは、天文22(1553)年から永禄7(1564)年ま
での間に、戦いは5回あった。その最大の激戦が永禄4(1561)年の
9月9日夜半、上杉謙信は敵武田信玄の策略を事前に察知し、人馬
ともに声なく鞭声粛々とこの雨宮渡を渡り川中島平に兵を展開し、
主力同士の戦いが両雄一騎打ちで知られる第4回の八幡原の戦いで
ある。
今は当時の要衝雨宮渡も時変り星移るにつれて、千曲川の流れも
北に移り、昔時をしのぶよすがもない。これを地元先覚者は惜し
み、謙信奇襲の川中島合戦を詠んだ頼山陽の直筆を得てここに碑
を建立し、渡河地点を保存す。
雨宮氏

村上国信の子義衝が初めて雨宮に居て、雨宮摂津守と称したこ
とが始まり。その子孫、五郎義正はその子義邦と伴に大塔合戦
に従軍。
義邦の末裔である雨宮三郎兵衛(刑部とも称す)は村上義清に
従い上田原にて戦死。弟十兵衛は武田氏に従降。

上田原合戦場跡付近には雨宮刑部の墓もあります。
滋賀県安土町
雨宮龍神社(あめみやりゅうじんじゃ)
瓜生山に建っています(うりゅうさん、標高:300m)

雨宮龍神社は明神さんとして親しまれ山頂に鎮守する水神様です
山裾に広がる集落の氏神様として崇拝されています
そんな貴重な水を求める所なのに古来よりこの山系では、兵火や山火事など
火災の災禍が絶えまなく続いてきました災いという言葉では済まされない
不思議な力が働いているように思えてしかたありません

http://www.geocities.jp/yamahayobu/05_torek/t25e/25e_kinugasayama2007/25e_kinugasayama2007.html

より
雨宮社, あまみやしゃ, 愛知県名古屋市中川区。高#神を祭神とする。

http://tree.la.coocan.jp/furusato/honguusan20050313.htm
雨宮神社(あめみやじんじゃ)

「三産くぐり」

熊本県球磨郡相良村

http://homepage2.nifty.com/hatazoku/amemiya.htm
雨宮神社(あめみやじんじゃ)

名古屋市中川区中郷2丁目

http://homepage2.nifty.com/matira/walk/amemiyajinjya.htm

上記 雨宮社(あまみやしゃ)と同じか?

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

全国の雨宮 さん 更新情報

全国の雨宮 さんのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング