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山陽本線沿線観光コミュの射楯兵主神社

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 兵庫県姫路市総社本町190。
 姫路駅の北500m。

  この神社の起源は、現姫路市辻井・田寺・新在家にある八丈岩山だと推定される飾磨(シカマ)郡因達里(イタテノサト)因達神山(イタテカミヤマ)に素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子である五十猛尊(イソタケルノミコト)の別名である射楯大神(イタテオオカミ)が祭られたのが始まりとされ、8世紀に成立した『播磨国風土記』にも記述があります。
 一方、天平宝字8(764)年、現姫路市山野井町に当たる飾磨郡伊和里(イワノサト)水尾山に大国主命(オオクニヌシノミコト)の別名である兵主大神(ヒョウズオオカミ)が祭られます。伊和里は現宍粟(シソウ)市にある播磨国一宮伊和神社の神職である伊和族の平野部に於ける拠点で、伊和神社の祭神である伊和大神も大国主命の別名です。
 その後、延暦6(787)年に至って兵主大神は姫路市本町の飾磨郡国衙小野江の梛本(ナギモト)に遷座され、延長5(927)年迄に射楯大神も合祀されて『延喜式神名帳』には小社射楯兵主(イタテヒョウズ)神社とあります。神宮寺として般若院(般若寺)も設けられました。
 養和元(1181)年に播磨国16郡174座の大小明神社を合祀して、播磨国総社・府中社と称する事になり、播磨国司が定期的に参拝する事となりました。
 中世には衰微していましたが、永禄10(1567)年に至り、黒田官兵衛の父である姫路城主黒田職隆(モトタカ)が拝殿と御神門を修復し、社殿の屋根も板葺きから瓦葺きに葺き替えられました。
 天正9(1581)年に羽柴秀吉が姫路城を大増築した際、城の中曲輪(ナカクルワ)内に取り込まれ、南へ約500m移動させられて現在地に遷座しました。
 江戸時代には歴代姫路藩主の崇敬を受け、明治時代には県社に列っしましたが、昭和20(1545)年7月3日〜4日の姫路空襲によって焼失、戦後間もなくして再建されました。焼け残った表参道の石造鳥居は兵庫県指定文化財となっています。
 神社西参道入口には壮大な鉄筋コンクリート建造物である総社御門が建ちます。元々、姫路城の総社御門があった場所ですが、平成18(2006)年に神社駐車場入口として建立されました。
 この神社は60年に一度の一ツ山大祭〔選択文化財〕〔兵庫県指定無形文化財〕と20年に一度の三ツ山大祭〔兵庫県指定無形文化財〕で有名です。

★城下町姫路
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=1684816

コメント(7)

総社御門内部の展示室です。

左;三ツ山雛型〔重要有形民俗文化財〕
中;天井画「四神図」
右;石造鳥居〔兵庫県指定文化財〕篇額
左;総社御門展示室 竹田城写真展
中;総社御門より姫路城天守閣を望む。
右;西参道
左;西門
中;石造鳥居〔兵庫県指定文化財〕
右;神門
左;拝殿
中;東播磨総神殿
右;本殿
左;摂社鹿嶋神社 祭神;健御雷之神
中;摂社案内社八幡宮 祭神;猿田彦神・誉田別神
右;摂社長壁神社 祭神;姫路刑部神・富姫神
左;庭園
中;摂社厳島神社 祭神;市杵島姫命
右;鬼石

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