AMICUS PRODUCTION and British Horror60s 60年代ブリティシュ・ホラー ■50年代末にハマー・プロのモンスター・ホラー「フランケンシュタインの逆襲」(57)「吸血鬼ドラキュラ」(58)が世界的にヒットするとイギリスはまさにホラ−映画の王国となった。アメリカではロジャー・コーマンがポー・シリーズを作り、このブームにも乗ってアメリカのA.I.P.などB級会社との共同でハマ−以外もホラ−映画を製作するようになる。アミカスもその一つだが、タイゴン、そしてアングロ・アマルガメーテッドなどもこの流れに乗った。マイケル・ガフ主演でハーマン・コーエンと共同製作した「黒死館の恐怖」、そしてエロス・フィルムの「生きていた吸血鬼」などであるが、「赤い靴」「ホフマン物語」などの巨匠マイケル・パウエルも60年に「血を吸うカメラ」を監督、その他60年にはシドニー・J・フューリーは同年「悪魔の墓」「蛇女」を撮り、61年にはジャック・クレイトンがH・ジェームスの原作「回転」を映画化。今回上映の「イーグルの夜」はその翌年、カート・シオドマークの「ドノヴァンの脳」の三度目の映画化がイギリスとドイツの合作で「復讐」として公開された。65年にかけてはサイコスリラー「バニー・レイクは行方不明」、ロジャー・コーマンがイギリスで監督した作品の美術を担当したダニエル・ハラーの「襲い狂う呪い」「吸血鬼シニスターの復讐」などである。こうして70年代初頭までイギリス映画界はホラ−映画が名物になったのだ。もちろんイタリアにはマリオ・バーバがいたしドイツではフリッツ・ラングが帰国して「怪人マブゼ博士」をリメイクをしている。60年代はまさにジャンルとしてのホラーが開発された時代であった。