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ダイヤモンドオンライン 生活保護のリアル みわよしこ
政府は、生活保護基準の検証とともに、生活保護法の2013年改正に次ぐ再改正を行う意向である。生活保護を経験したシングルマザーは、政府の狙いと本来必要なはずの検討を、どう考えるだろうか？
再開した生活保護基準部会に感じる
名状しがたい禍々しさ
次なる生活保護法の改正は、シングルマザーをはじめとした人々にどのような影響を与えるか
2016年5月27日、生活保護基準部会が約1年半ぶりに再開された（資料・議事録）。傍聴した私は、厚労省の示した今後のスケジュールを見て絶句した。そこには、来年2017年末に再度の生活保護法改正を行う予定と、2018年からの施行が示されていたからである。
再開された生活保護基準部会のメンバーは、これまでの部会長・駒村康平氏（慶應義塾大学・駒村ゼミページ）、同じく部会長代理・岩田正美氏（日本女子大学名誉教授（本連載・政策ウォッチ編 第93回・第94回）が留任。税・社会保障・国家財政に関する研究で知られる小塩隆士氏（一橋大学教授）が加わり、女性・子ども・子どものいる世帯の状況を悪化させないために強い主張を続けた阿部彩氏（首都大学東京教授）も引き続き参加している。
2016年5月27日、厚労省が示した生活保護基準見直し・生活保護法改正のスケジュール案。生活保護法改正にあたっては、施行状況の確認、実績収集・確保などが既に行われ、本年夏から冬にかけて委員会が設置されて検討開始、翌2017年後半に法案上程、という予定となっている
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とはいえ、メンバー構成を見る限り、これまでの生活保護基準部会と同様、数多くの制約や政府・財務省・厚労省の意向の中で、貧困状態にある人々を置き去りにしない議論が期待できそうではある。
しかし厚労省は、生活保護制度そのものに関する専門家委員会を、生活保護基準部会とは別途、設置する予定である。その委員会では、改正生活保護法とともに2013年に成立した生活困窮者自立支援で、施行から3年後に予定されていた見直しとともに、生活保護法そのものの改正を検討する予定とされている。その委員会は、いったいどのような顔ぶれになるのだろうか？ 何がどう議論されるのだろうか？ もちろん厚労省は、既に「ゴール」を設定していたり設定させられていたりするのだろうし、ゴールに合わせて新しい委員会の人選も済ませているのだろう。
私は、なんともいえない「禍々しさ」を感じながら傍聴していた。傍聴終了後、厚労省の外に出た途端、すすり泣きが止まらなくなった。私の良く知っている、生活保護で暮らし、あるいは生活保護が必要な状態にある人々が、近い将来、生活の基盤を現在以上に掘り崩されていくとすれば、今後の私の生活からは日常の小さな幸せを喜び、達成感、前進、自己肯定を積み重ねて行くことが失われるだろう。
自分が生活保護を必要とする状況になれば「生活が厳しすぎる」という理由から当然そうなり、自分が生活保護を必要としないなら、目に見える「格差」が自分を苦しめることになる。
しかし何よりも、問題は「生活保護で暮らす人々にとってどうなのか？」である。そこで私は生活保護経験を持つ2児のシングルマザー・星野みゆきさん（仮名・48歳）に、基準部会で示された厚労省の予定と方針を話してみた。星野さんは、考えこんでしまった。数十秒後に口を開いた星野さんは、
「イヤな予感がします。生活困窮者自立支援法の3年後の見直しは、最初からスケジュールにあったけど……ここまで、堂々と、大掛かりにやろうとしているとは……」
と語りはじめた。
生活保護から脱却したものの
「安定」とは程遠い生活
東北地方で生まれた星野みゆきさんは、首都圏の四年制大学の人文系学部を卒業した後、障害児・障害者・高齢者の介護や支援に従事した。その後、地方公務員となり、自治体福祉の現場で働いた。結婚して2人の子どもに恵まれたものの、夫のDVによって精神を病み、失職した。2007年、夫のもとから身一つで逃げ出した星野さんが生き延び、回復するための手段は、傷病者として生活保護を利用すること以外にはなかった。
星野さんは3年半にわたって生活保護を利用しつつ療養し、時間はかかったものの回復した。2010年にはフルタイム就労に成功し、生活保護から脱却した。元夫との離婚や子どもたちの親権に関する紛争も決着し、現在は、19歳の娘と17歳の息子と、穏やかな毎日を送っている。とはいえ、心配の種は尽きない。経済的な制約と「ひとり親」という状況のもとで、子どもたちの生育や教育のために出来ることは限られている。
また2年前、星野さんは内臓の慢性疾患を抱えていることが判明した、痛みや不自由と折り合いながらの数ヵ月を経て、結局は手術をすることとなった。現在は、障害者手帳の対象となる状態ではないが、健常というわけでもない。助成対象となる難病でもない。
軽度の障害者・障害者手帳の対象にならないが健常というわけではない人々・原因や治療法が不明の不調を抱える人々は、おそらく日本で最も厳しく困難な状況に置かれている、公認あるいは非公認の障害者だ。重度障害者は、「障害者として生きていく」と腹をくくれば、生き延びられるし、生活できるし、社会的活動もできる。あくまでも「今のところは」だが。
フルタイム就労している星野さん自身の身分も「安定」「安泰」とは程遠い状況にある。現在は、星野さんの経験や経歴を評価した法人に、助成金事業のスタッフとして雇用されているのだが、助成金が1年単位であるため、事業も1年単位。助成金がなくなれば、星野さんの仕事もなくなる。もしも、そうなったら？
「パートでダブルワーク、または生活保護でしょうか」（星野さん）
お子さんたちの生活は？
「ダブルワークなら、何とかなるかと思います。下の子どもはまだ児童扶養手当の対象年齢ですから。でも体調が、手術の後、じわじわと悪くなってきてるんですよね。『どういうダブルワークなら出来るのか？』という不安は、やや、あります。『スーパーのレジで一日8時間立って』は、難しいかなあと……まあ、その時になってみないと分からないです、その時はその時！」（星野さん）
明るい笑い声を立てる星野さんに、救われる思いだ。でも、当事者の表情や笑顔や声の明るさは、しばしば、「自らを励まそうとして」「不安を笑い飛ばそうとして」でもある。周辺が「なんだ、大したことないし、なんとかなるじゃないか」と安易に解釈することは慎みたい。
その星野さんは、厚労省が発表した方針を、どう見るだろうか？
その他世帯」を絶対に増やさないことが
法改正の目的か？
生活保護基準部会が開催されている同じ日時、厚労省内の同じフロアで「新たな地域精神保健医療体制のあり方分科会」が開催されていた。私たちの生活を直接に左右する数多くの動きのうち、報道され世に知られているのは、ほんの一部分だ
「『その他の世帯』が、ざっくり、切り込まれようとしているのかと思っています。就労インセンティブに関する話が、検討課題にも出ていますよね」（星野さん）
生活保護でいう「その他の世帯」は、世帯主が高齢者・傷病者・障害者ではなく、稼働年齢（15歳〜64歳）にあり、母子世帯でもない世帯だ。もっとも、「その他の世帯」の世帯主の約半数は50〜64歳。より若年でも、日常生活・社会生活にハンデを背負っている人々が多い。また、世帯主自身は就労可能な状況であっても、世帯員に介護の必要な障害者・傷病者が含まれている場合もある。「働けることになっているけれど、『雇われ力』に不足があって手厚いサポートが必要」が実態に近い（参考：本連載第30回記事）。
ともあれ、検討課題に挙げられているのは、
（1） 生活扶助基準の水準の検証手法及び今後の検証手法の開発に向けた検討
（2） 子どもの貧困対策も踏まえた有子世帯の扶助・加算の検証
（3） 就労・自立インセンティブの強化を踏まえた勤労控除等の見直し効果の検証
（4） 級地区分の在り方の検討
（5） その他の扶助・加算における検証に必要なデータの収集・整理及び検証手法
の開発に向けた検討
（6） 基準見直しによる影響の検証
の6項目だ。実質「働けない」「雇われにくい」人々の「就労・自立インセンティブ」を強化することに、どういう意味があるのだろうか？ 就労による生活保護脱却が困難なのは、本人の「インセンティブ」の問題ではない。
「とにかく、『その他の世帯』を生活保護から追い出したいんでしょう。出て行く先ないんですけどね。生活困窮者自立支援法は、働ける条件の人はなんとしてでも働かせるところにつなげて、よほどのことがなければ生活保護は利用しないように止めるのが目的、だと私は思ってます。今、検討されようとしているという生活保護法改正は、『今後は、その他の世帯の新規の生活保護利用はさせない』くらいの決意かもしれませんね。もう、現状がそうなっている自治体はありますから」（星野さん）
自治体が雇った「ガードマン」が
生活保護を貧困状態の人々から「守る」？
星野さんは、東京都内のいくつかの自治体の動きが、全国標準になることを懸念している。
「失業や病気で生活が苦しくなって相談に行ってみた人たちから聞いた話ですが」
と前置きして、
「ある人が行ってみた自治体では、民間事業者に生活困窮者自立支援事業を委託しているということなのですが、その民間事業者は『アコギ』という評判の高い人材派遣業者なんです。生活保護が必要かもしれない状況の人が窓口に相談に行くと、窓口にはその人材派遣業者の社員がいて、自社に来ている求人を斡旋すれば済むというわけです。もし1週間や1ヵ月しか勤務が続けられなくても、人材派遣業者にとっては『実績』になりますし、自治体にとっても『生活保護を利用されない』という“メリット”がありますから」（星野さん）
と語る。この対応の問題点は、就労している間の身分保障はなく、仕事と収入の可能性はあるけれども身分は極めて不安定なことにある。もしも住居喪失の可能性があれば、生活困窮者自立支援法で定められた「住宅確保給付金」で住宅だけは維持しながら、3〜6ヶ月間、不安定就労を続けることになる。その間に行われる、やや脅迫的な「就労指導」の結果、ブラック企業と知りつつ就職する例もあるとのことだ。ブラック企業へ就職したその後は？ 過労で心身を壊し、「生活困窮者支援」の枠組みの中でもがきつづける時間が続くだけだ。
貧困や生活不安は、しばしば、人間から正常な判断力を奪う。生活保護の利用をいたずらに遅らせると、「こじれにこじれた問題群が、ボロボロになって再起困難になった本人に絡みついている」ということになりがちだ。
「そういう噂を聞く自治体の、生活困窮者自立支援事業の窓口に実際に行ってみると、なんだか怖そうな、感じの悪い中年男性たちが座っていたり、逆に相談経験が全然なさそうな若い相談員たちが座っていたりするんです」（星野さん）
同じ人材派遣業者に業務委託している別の自治体の職員から、私は「実によく、窓口に来た方々の状況を把握して、適切なフォローをしているけれど、ご本人たちの抱えた困難が大きすぎるため、『就労で生活保護予防』には、それほど成功していない」とも聞いている。おそらく自治体の方針で、同じ業者も対応を変えるのだろう。「生活保護制度を利用希望者から守るガードマン役を」と依頼されれば、受託した業者としては、応じるしかない。
「削減する」「削減するな」を超えた
大きな議論が必要
生活保護制度でいう「その他の世帯」は、「働けるのに働かない」というイメージで語られることが多い。さらに、イメージ以前、データの「出どころ」がどうなっているのかという問題もある。
「生活保護の申請に来たとき、世帯主が病人でなく、障害者手帳を持ってないなら障害者でもなく、年齢が15歳〜64歳なら、とりあえず『その他の世帯』に分類しておくことになるのではないでしょうか。でも、その後で病気が判明することもあると思います。『生活保護を申請するまで、お金がなくて病院に行けてなかった』という話は、当事者からよく聞きました。そういう世帯の場合は『傷病者世帯』に切り替えるべきなんですが、その後、どんなふうに整理されていっているのでしょうか？」（星野さん）
私自身、現役ケースワーカー数人から「分類はそこまで緻密にはやっていない」という話を聞いている。
また、生活保護の対象となって以後に、知的障害・精神障害が判明し、障害者手帳を取得する場合もある。もしも担当ケースワーカーが「他法他施策優先」「障害者手帳を取得してもらわないと本人に適した支援はできない」と考えれば、の話だが。
傷病者・障害者として扱われるべき人々が、「その他の世帯」から「傷病者世帯」「障害者世帯」に分類されるだけでも、かなり「その他の世帯」は減少するのかもしれない。そもそも、単身なら充分に生計を立てられる仕事がふんだんに存在し、ブラック企業に潰される心配はなく、育児中であれば子どもに対する支援も受けられ、低所得でも恐れることなく結婚・出産・育児ができ、あるいは「ひとり親になっても容易に育児を継続することができる」という状況ならば、若年の「その他の世帯」や母子世帯が生活保護を必要とする可能性は現在よりもずっと少ないはずだ。いわゆる「子どもの貧困」も、現在ほど深刻な状況にはなっておらず、少子化の進行も食い止められていたのかもしれない。
「でも、若い世帯がずっと生活保護を利用していると、生涯での積算額は、相当なものになるはずです。70歳以後で生活保護を利用するのと、30代から生涯にわたって約50年間生活保護を利用するのでは、全然違いますから。『若い世代に生活保護を利用させない』は、間違いなく、社会保障予算を削減するのに有効でしょう」（星野さん）
しかし、政府がそれに成功すれば、貧困状態の親や、親にもなれない貧困状態の人々が増加することになる。「子どもの貧困」、特にシングルマザー世帯の深刻な貧困は、日本政府も解決すべき問題として認めている。
「……母子世帯に対して、国がどう考えているのか、どうしたいのか……よく分からないです」（星野さん）
現在、私自身は、取材のために見聞しているだけで、状況の深刻さと今後の見通しの暗さに、生きる気力を失いそうだ。ここに、最も欠けているのは何だろう？
「建設的な議論、だと思います。生活保護で暮らす当事者や、その当事者に近い人たちを含めた議論が必要だと思います」（星野さん）
1950年に施行された生活保護法新法を作った厚生官僚・小山進次郎の著書からは、生活困窮者の生活実態を、ヤミ食糧の価格まで含め、広く深く把握していたことが読み取れる。把握の方法や、導き出した方針については、今となっては疑問が感じられる点も数多いのであるが。
「今は、実態を全然知らない天上界の人たちが『こんなふうに違いない』と決めて施策、という感じですよね。だから、みんな希望や気力を奪われて、無力になっていくのではないでしょうか？ 生活保護政策を考える時、どういうふうにしてもらえば本人たちが元気になれるのか、なぜ本人たちに聞かないんでしょう？ いつも疑問です」（星野さん）
どんなふうに聞けばよいだろうか？ 「ご自分の考える『健康で文化的な最低限度の生活』は、月々の生活保護費がいくら増えれば実現できますか？」という質問は、私も数多くの生活保護の方々にしてきた。たいていは単身者で1〜3万円の範囲であり、数多くの研究による「基本的な生活」のコストと概ね一致する。
「それに加えて、『その1万円で、どんなふうに元気になれますか？』とか。引きこもり状態から一歩を踏み出せない、働ける可能性があるけれども就労活動に一歩を踏み出せない人たちに『どうなったら、一歩を踏み出せる状態になりそうですか？ そのために、何がどれだけ必要ですか？』とか。ステップアップして生活保護から脱却して欲しいのなら、『どのくらいの階段なら登れますか？』『何があれば安心して登れますか？』と本人に聞くべきですよね」（星野さん）
ライターとして、私はその努力はしてきた。心ある優秀な多数のライターやジャーナリストが、貧困の問題に取り組み続けてきている。専門家委員会の心ある委員が、個人として関心を向け、聞き取りを行ったりもしている。でも、それでは全く足りていないため、現状があるのだろう。
「生活保護に関する専門家委員会や審議会に、生活保護の当事者を呼んで、国会の参考人のような位置づけで呼んで、ちゃんと話を聞いて欲しいです。『その他世帯』の世帯主が約40万人いれば、40万とおりの人生と経験があります。数字でくくれない部分を知らずに政策を決めて、いいのだろうか？ と思います。政府や財務省がどのような意向であるとしても、厚労省には『自分たちの知っている現実は、こういうものです。だから譲れません』という気骨を見せてほしいです」（星野さん）
青臭いと言われながら、非現実的と言われながら、なお現実に立脚した理想を語りつづけることが、今、求められているのかもしれない。
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政府は、生活保護基準の検証とともに、生活保護法の2013年改正に次ぐ再改正を行う意向である。生活保護を経験したシングルマザーは、政府の狙いと本来必要なはずの検討を、どう考えるだろうか？
再開した生活保護基準部会に感じる
名状しがたい禍々しさ
次なる生活保護法の改正は、シングルマザーをはじめとした人々にどのような影響を与えるか
2016年5月27日、生活保護基準部会が約1年半ぶりに再開された（資料・議事録）。傍聴した私は、厚労省の示した今後のスケジュールを見て絶句した。そこには、来年2017年末に再度の生活保護法改正を行う予定と、2018年からの施行が示されていたからである。
再開された生活保護基準部会のメンバーは、これまでの部会長・駒村康平氏（慶應義塾大学・駒村ゼミページ）、同じく部会長代理・岩田正美氏（日本女子大学名誉教授（本連載・政策ウォッチ編 第93回・第94回）が留任。税・社会保障・国家財政に関する研究で知られる小塩隆士氏（一橋大学教授）が加わり、女性・子ども・子どものいる世帯の状況を悪化させないために強い主張を続けた阿部彩氏（首都大学東京教授）も引き続き参加している。
2016年5月27日、厚労省が示した生活保護基準見直し・生活保護法改正のスケジュール案。生活保護法改正にあたっては、施行状況の確認、実績収集・確保などが既に行われ、本年夏から冬にかけて委員会が設置されて検討開始、翌2017年後半に法案上程、という予定となっている
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とはいえ、メンバー構成を見る限り、これまでの生活保護基準部会と同様、数多くの制約や政府・財務省・厚労省の意向の中で、貧困状態にある人々を置き去りにしない議論が期待できそうではある。
しかし厚労省は、生活保護制度そのものに関する専門家委員会を、生活保護基準部会とは別途、設置する予定である。その委員会では、改正生活保護法とともに2013年に成立した生活困窮者自立支援で、施行から3年後に予定されていた見直しとともに、生活保護法そのものの改正を検討する予定とされている。その委員会は、いったいどのような顔ぶれになるのだろうか？ 何がどう議論されるのだろうか？ もちろん厚労省は、既に「ゴール」を設定していたり設定させられていたりするのだろうし、ゴールに合わせて新しい委員会の人選も済ませているのだろう。
私は、なんともいえない「禍々しさ」を感じながら傍聴していた。傍聴終了後、厚労省の外に出た途端、すすり泣きが止まらなくなった。私の良く知っている、生活保護で暮らし、あるいは生活保護が必要な状態にある人々が、近い将来、生活の基盤を現在以上に掘り崩されていくとすれば、今後の私の生活からは日常の小さな幸せを喜び、達成感、前進、自己肯定を積み重ねて行くことが失われるだろう。
自分が生活保護を必要とする状況になれば「生活が厳しすぎる」という理由から当然そうなり、自分が生活保護を必要としないなら、目に見える「格差」が自分を苦しめることになる。
しかし何よりも、問題は「生活保護で暮らす人々にとってどうなのか？」である。そこで私は生活保護経験を持つ2児のシングルマザー・星野みゆきさん（仮名・48歳）に、基準部会で示された厚労省の予定と方針を話してみた。星野さんは、考えこんでしまった。数十秒後に口を開いた星野さんは、
「イヤな予感がします。生活困窮者自立支援法の3年後の見直しは、最初からスケジュールにあったけど……ここまで、堂々と、大掛かりにやろうとしているとは……」
と語りはじめた。
生活保護から脱却したものの
「安定」とは程遠い生活
東北地方で生まれた星野みゆきさんは、首都圏の四年制大学の人文系学部を卒業した後、障害児・障害者・高齢者の介護や支援に従事した。その後、地方公務員となり、自治体福祉の現場で働いた。結婚して2人の子どもに恵まれたものの、夫のDVによって精神を病み、失職した。2007年、夫のもとから身一つで逃げ出した星野さんが生き延び、回復するための手段は、傷病者として生活保護を利用すること以外にはなかった。
星野さんは3年半にわたって生活保護を利用しつつ療養し、時間はかかったものの回復した。2010年にはフルタイム就労に成功し、生活保護から脱却した。元夫との離婚や子どもたちの親権に関する紛争も決着し、現在は、19歳の娘と17歳の息子と、穏やかな毎日を送っている。とはいえ、心配の種は尽きない。経済的な制約と「ひとり親」という状況のもとで、子どもたちの生育や教育のために出来ることは限られている。
また2年前、星野さんは内臓の慢性疾患を抱えていることが判明した、痛みや不自由と折り合いながらの数ヵ月を経て、結局は手術をすることとなった。現在は、障害者手帳の対象となる状態ではないが、健常というわけでもない。助成対象となる難病でもない。
軽度の障害者・障害者手帳の対象にならないが健常というわけではない人々・原因や治療法が不明の不調を抱える人々は、おそらく日本で最も厳しく困難な状況に置かれている、公認あるいは非公認の障害者だ。重度障害者は、「障害者として生きていく」と腹をくくれば、生き延びられるし、生活できるし、社会的活動もできる。あくまでも「今のところは」だが。
フルタイム就労している星野さん自身の身分も「安定」「安泰」とは程遠い状況にある。現在は、星野さんの経験や経歴を評価した法人に、助成金事業のスタッフとして雇用されているのだが、助成金が1年単位であるため、事業も1年単位。助成金がなくなれば、星野さんの仕事もなくなる。もしも、そうなったら？
「パートでダブルワーク、または生活保護でしょうか」（星野さん）
お子さんたちの生活は？
「ダブルワークなら、何とかなるかと思います。下の子どもはまだ児童扶養手当の対象年齢ですから。でも体調が、手術の後、じわじわと悪くなってきてるんですよね。『どういうダブルワークなら出来るのか？』という不安は、やや、あります。『スーパーのレジで一日8時間立って』は、難しいかなあと……まあ、その時になってみないと分からないです、その時はその時！」（星野さん）
明るい笑い声を立てる星野さんに、救われる思いだ。でも、当事者の表情や笑顔や声の明るさは、しばしば、「自らを励まそうとして」「不安を笑い飛ばそうとして」でもある。周辺が「なんだ、大したことないし、なんとかなるじゃないか」と安易に解釈することは慎みたい。
その星野さんは、厚労省が発表した方針を、どう見るだろうか？
その他世帯」を絶対に増やさないことが
法改正の目的か？
生活保護基準部会が開催されている同じ日時、厚労省内の同じフロアで「新たな地域精神保健医療体制のあり方分科会」が開催されていた。私たちの生活を直接に左右する数多くの動きのうち、報道され世に知られているのは、ほんの一部分だ
「『その他の世帯』が、ざっくり、切り込まれようとしているのかと思っています。就労インセンティブに関する話が、検討課題にも出ていますよね」（星野さん）
生活保護でいう「その他の世帯」は、世帯主が高齢者・傷病者・障害者ではなく、稼働年齢（15歳〜64歳）にあり、母子世帯でもない世帯だ。もっとも、「その他の世帯」の世帯主の約半数は50〜64歳。より若年でも、日常生活・社会生活にハンデを背負っている人々が多い。また、世帯主自身は就労可能な状況であっても、世帯員に介護の必要な障害者・傷病者が含まれている場合もある。「働けることになっているけれど、『雇われ力』に不足があって手厚いサポートが必要」が実態に近い（参考：本連載第30回記事）。
ともあれ、検討課題に挙げられているのは、
（1） 生活扶助基準の水準の検証手法及び今後の検証手法の開発に向けた検討
（2） 子どもの貧困対策も踏まえた有子世帯の扶助・加算の検証
（3） 就労・自立インセンティブの強化を踏まえた勤労控除等の見直し効果の検証
（4） 級地区分の在り方の検討
（5） その他の扶助・加算における検証に必要なデータの収集・整理及び検証手法
の開発に向けた検討
（6） 基準見直しによる影響の検証
の6項目だ。実質「働けない」「雇われにくい」人々の「就労・自立インセンティブ」を強化することに、どういう意味があるのだろうか？ 就労による生活保護脱却が困難なのは、本人の「インセンティブ」の問題ではない。
「とにかく、『その他の世帯』を生活保護から追い出したいんでしょう。出て行く先ないんですけどね。生活困窮者自立支援法は、働ける条件の人はなんとしてでも働かせるところにつなげて、よほどのことがなければ生活保護は利用しないように止めるのが目的、だと私は思ってます。今、検討されようとしているという生活保護法改正は、『今後は、その他の世帯の新規の生活保護利用はさせない』くらいの決意かもしれませんね。もう、現状がそうなっている自治体はありますから」（星野さん）
自治体が雇った「ガードマン」が
生活保護を貧困状態の人々から「守る」？
星野さんは、東京都内のいくつかの自治体の動きが、全国標準になることを懸念している。
「失業や病気で生活が苦しくなって相談に行ってみた人たちから聞いた話ですが」
と前置きして、
「ある人が行ってみた自治体では、民間事業者に生活困窮者自立支援事業を委託しているということなのですが、その民間事業者は『アコギ』という評判の高い人材派遣業者なんです。生活保護が必要かもしれない状況の人が窓口に相談に行くと、窓口にはその人材派遣業者の社員がいて、自社に来ている求人を斡旋すれば済むというわけです。もし1週間や1ヵ月しか勤務が続けられなくても、人材派遣業者にとっては『実績』になりますし、自治体にとっても『生活保護を利用されない』という“メリット”がありますから」（星野さん）
と語る。この対応の問題点は、就労している間の身分保障はなく、仕事と収入の可能性はあるけれども身分は極めて不安定なことにある。もしも住居喪失の可能性があれば、生活困窮者自立支援法で定められた「住宅確保給付金」で住宅だけは維持しながら、3〜6ヶ月間、不安定就労を続けることになる。その間に行われる、やや脅迫的な「就労指導」の結果、ブラック企業と知りつつ就職する例もあるとのことだ。ブラック企業へ就職したその後は？ 過労で心身を壊し、「生活困窮者支援」の枠組みの中でもがきつづける時間が続くだけだ。
貧困や生活不安は、しばしば、人間から正常な判断力を奪う。生活保護の利用をいたずらに遅らせると、「こじれにこじれた問題群が、ボロボロになって再起困難になった本人に絡みついている」ということになりがちだ。
「そういう噂を聞く自治体の、生活困窮者自立支援事業の窓口に実際に行ってみると、なんだか怖そうな、感じの悪い中年男性たちが座っていたり、逆に相談経験が全然なさそうな若い相談員たちが座っていたりするんです」（星野さん）
同じ人材派遣業者に業務委託している別の自治体の職員から、私は「実によく、窓口に来た方々の状況を把握して、適切なフォローをしているけれど、ご本人たちの抱えた困難が大きすぎるため、『就労で生活保護予防』には、それほど成功していない」とも聞いている。おそらく自治体の方針で、同じ業者も対応を変えるのだろう。「生活保護制度を利用希望者から守るガードマン役を」と依頼されれば、受託した業者としては、応じるしかない。
「削減する」「削減するな」を超えた
大きな議論が必要
生活保護制度でいう「その他の世帯」は、「働けるのに働かない」というイメージで語られることが多い。さらに、イメージ以前、データの「出どころ」がどうなっているのかという問題もある。
「生活保護の申請に来たとき、世帯主が病人でなく、障害者手帳を持ってないなら障害者でもなく、年齢が15歳〜64歳なら、とりあえず『その他の世帯』に分類しておくことになるのではないでしょうか。でも、その後で病気が判明することもあると思います。『生活保護を申請するまで、お金がなくて病院に行けてなかった』という話は、当事者からよく聞きました。そういう世帯の場合は『傷病者世帯』に切り替えるべきなんですが、その後、どんなふうに整理されていっているのでしょうか？」（星野さん）
私自身、現役ケースワーカー数人から「分類はそこまで緻密にはやっていない」という話を聞いている。
また、生活保護の対象となって以後に、知的障害・精神障害が判明し、障害者手帳を取得する場合もある。もしも担当ケースワーカーが「他法他施策優先」「障害者手帳を取得してもらわないと本人に適した支援はできない」と考えれば、の話だが。
傷病者・障害者として扱われるべき人々が、「その他の世帯」から「傷病者世帯」「障害者世帯」に分類されるだけでも、かなり「その他の世帯」は減少するのかもしれない。そもそも、単身なら充分に生計を立てられる仕事がふんだんに存在し、ブラック企業に潰される心配はなく、育児中であれば子どもに対する支援も受けられ、低所得でも恐れることなく結婚・出産・育児ができ、あるいは「ひとり親になっても容易に育児を継続することができる」という状況ならば、若年の「その他の世帯」や母子世帯が生活保護を必要とする可能性は現在よりもずっと少ないはずだ。いわゆる「子どもの貧困」も、現在ほど深刻な状況にはなっておらず、少子化の進行も食い止められていたのかもしれない。
「でも、若い世帯がずっと生活保護を利用していると、生涯での積算額は、相当なものになるはずです。70歳以後で生活保護を利用するのと、30代から生涯にわたって約50年間生活保護を利用するのでは、全然違いますから。『若い世代に生活保護を利用させない』は、間違いなく、社会保障予算を削減するのに有効でしょう」（星野さん）
しかし、政府がそれに成功すれば、貧困状態の親や、親にもなれない貧困状態の人々が増加することになる。「子どもの貧困」、特にシングルマザー世帯の深刻な貧困は、日本政府も解決すべき問題として認めている。
「……母子世帯に対して、国がどう考えているのか、どうしたいのか……よく分からないです」（星野さん）
現在、私自身は、取材のために見聞しているだけで、状況の深刻さと今後の見通しの暗さに、生きる気力を失いそうだ。ここに、最も欠けているのは何だろう？
「建設的な議論、だと思います。生活保護で暮らす当事者や、その当事者に近い人たちを含めた議論が必要だと思います」（星野さん）
1950年に施行された生活保護法新法を作った厚生官僚・小山進次郎の著書からは、生活困窮者の生活実態を、ヤミ食糧の価格まで含め、広く深く把握していたことが読み取れる。把握の方法や、導き出した方針については、今となっては疑問が感じられる点も数多いのであるが。
「今は、実態を全然知らない天上界の人たちが『こんなふうに違いない』と決めて施策、という感じですよね。だから、みんな希望や気力を奪われて、無力になっていくのではないでしょうか？ 生活保護政策を考える時、どういうふうにしてもらえば本人たちが元気になれるのか、なぜ本人たちに聞かないんでしょう？ いつも疑問です」（星野さん）
どんなふうに聞けばよいだろうか？ 「ご自分の考える『健康で文化的な最低限度の生活』は、月々の生活保護費がいくら増えれば実現できますか？」という質問は、私も数多くの生活保護の方々にしてきた。たいていは単身者で1〜3万円の範囲であり、数多くの研究による「基本的な生活」のコストと概ね一致する。
「それに加えて、『その1万円で、どんなふうに元気になれますか？』とか。引きこもり状態から一歩を踏み出せない、働ける可能性があるけれども就労活動に一歩を踏み出せない人たちに『どうなったら、一歩を踏み出せる状態になりそうですか？ そのために、何がどれだけ必要ですか？』とか。ステップアップして生活保護から脱却して欲しいのなら、『どのくらいの階段なら登れますか？』『何があれば安心して登れますか？』と本人に聞くべきですよね」（星野さん）
ライターとして、私はその努力はしてきた。心ある優秀な多数のライターやジャーナリストが、貧困の問題に取り組み続けてきている。専門家委員会の心ある委員が、個人として関心を向け、聞き取りを行ったりもしている。でも、それでは全く足りていないため、現状があるのだろう。
「生活保護に関する専門家委員会や審議会に、生活保護の当事者を呼んで、国会の参考人のような位置づけで呼んで、ちゃんと話を聞いて欲しいです。『その他世帯』の世帯主が約40万人いれば、40万とおりの人生と経験があります。数字でくくれない部分を知らずに政策を決めて、いいのだろうか？ と思います。政府や財務省がどのような意向であるとしても、厚労省には『自分たちの知っている現実は、こういうものです。だから譲れません』という気骨を見せてほしいです」（星野さん）
青臭いと言われながら、非現実的と言われながら、なお現実に立脚した理想を語りつづけることが、今、求められているのかもしれない。
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