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北朝鮮拉致被害者の早期帰国を!コミュのどうか無事で!一刻も早い救出を!!拉致の田口さん昨年末も生存情報 平壌で韓国人と生活か

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一刻も早い救出の世論を高めよう!!
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田口八重子さんは、昭和53(1978)年6月に東京高田馬場のベビーホテルに3歳と1歳の幼児を預けたまま突然行方不明になってしまいました。

1987年11月29日、大韓航空機事件発生。
その後、バーレーンに潜んでいた金賢姫が、在バーレーンの日本大使館の外交官・砂川昌順氏により追跡され、取り押さえられました。やがて彼女の証言から日本語教育を受けた女性「リ・ウネ」の存在が明らかになり、似顔絵から初めて田口八重子さんの拉致疑惑が明らかになりました。


※余談になりますが、
ここで忘れてはならないのは当時の在バーレーン日本大使館に勤める外交官、砂川昌順氏による大きな功績です。

当時、金賢姫は蜂谷真弓と名乗り日本の偽造パスポートを所有していました。砂川氏の執念の追跡と出国間際での取り押さえ、金賢姫がその場で服毒自殺するところを間一髪で妨害しました。この時彼女を逃したり死なせていたらすべての証言は得られず、日本は大韓機爆破の犯罪テロ国家として世界から激しい非難を浴び、取り返しのつかないことになっていたでしょう。
砂川氏の、職責を超え、国益を守るという強い執念と命がけの尽力による成果でした。砂川氏のお陰で金賢姫は心を開き、真実を証言させることができたのです。
(当時の詳細については『極秘指令 金賢姫拘束の真相』砂川昌順著参照)
なお、金賢姫もその語著書『いま、女として』で、当時出国窓口で拘束されたときのことを綴っています。砂川氏の「捉える側」と金賢姫の「捉えられる側」のリアルな心境が綴られています。
余談ここまで。


どうか一刻も早く、全ての拉致被害者が救出されるよう、被害者全員飛行機のタラップを降りて日本の地を踏み家族の元に戻れるよう、皆さんも関心を強く持って北朝鮮に対する抗議の意を示し、強い外交を求めて政府に抗議しましょう。

そもそもかけがえのない国益を守る偉業をなした砂川氏に対し、功績を讃えることもしなかった日本政府はとっくに病んでいたとしか思えません。


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記事【拉致の田口さん昨年末も生存情報 平壌で韓国人と生活か】

 拉致被害者田口八重子さんが昨年の時点で、北朝鮮・平壌市で複数の韓国人被害者の近くで暮らしているとの情報を日韓両国が昨年末、北朝鮮消息筋から入手したことが19日分かった。日本政府関係者が明らかにした。
 田口さんに関しては、昨年8月の衆院拉致問題特別委員会で中井拉致問題担当相(当時)が「2003年まで元気で平壌に住んでいたとの情報がある」と発言。新情報は居住地などに関する詳細な未公開情報と直近の生存消息を含んでいる。
 関係者によると、田口さんは平壌市の共同住宅で暮らし、1978年にノルウェーで失踪した元高校教師の高相文氏ら韓国人拉致被害者の男性2人とともに行動する姿が目撃された。もう1人の韓国人男性は田口さんと結婚している可能性があるという。
2011/01/19 19:23 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011011901000885.html

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