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語部夜行 〜カタリベヤコウ〜コミュの李陵の処方箋

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※注意※
この話は、キート⇔ゼトワール さんとの合作の【前篇】になります。






「ルールは簡単」

 そう言いながら夜子は木製の板を開いた。
 そこにはセピア色の地図を背景に、竜や骸骨兵士や邪悪な魔術師等が描かれ、その間を縫うようにマス目が蛇行している。
 マス目のいくつかには何やら指示らしきものが書かれて、終点は財宝の山と半裸の美女の絵で飾られている。
 ちょっぴりレトロなゲーム盤だった。

「ダイスを振って、出た目の分だけ進む。先にゴールしたほうの勝ち」

 ゲーム盤を挟んで向かい合う湊と圭一は、真剣な顔で頷く。
 そんな二人を見る夜子の目は、非常に生温かった。



 事の発端は、非常にささいな事だった。

 シーナが手製のチーズケーキを持ってきて、お茶の時間にみんなで食べた。
 以前、彼女が香港で仕事をした時ホテルで出されたのを再現してみたというそれは非常に美味なチーズケーキだった。

 問題だったのは、絶品チーズケーキが1ホール6ピースだったのに対し、その時語部館にいた語部が夜子、黒崎、シーナ、湊、圭一の五人。 

 必然としてケーキは一切れ余り、必然として湊と圭一の目が『クラスメイトが一人休んだその日の給食にプリンが出た小学生』のそれになった。

 最初、二人はごく普通にジャンケンをした。
 しかし湊の野生の勘と圭一の心理学は完全に拮抗し、数十回ものあいこを繰り返しても決着はつかなかった。

 それで次は縁まで水の入ったコップを用意した。
 その中に順繰りにコインを入れていく。
 先に水を溢れさせた方の負けというルールだったが、湊は酒を含ませた脱脂綿を手の中に隠し持ち、圭一はコップの底にチョコレートの欠片をつけて水面を傾けた。

「バレなきゃイカサマじゃないから」
「イカサマは悪という……痩せた考えッ!!」
「駄目だこいつら何とかしないと」

 そんな調子で何をやっても決着がつかず、夜子は古びたゲーム盤を取り出した。
 タイトルは『火吹き山の運命の砦の魔法使い』

「ダイスを振って、出た目の分だけ進む。先にゴールしたほうの勝ち」

 ルールはごく普通の双六だが、1980年代のヒロイックファンタジーの香り漂う絵柄が、いい歳した大人の奥底に眠る子供心をくすぐっている。

「付属のダイスが確か……」
「あ、サイコロなら自分の持ってきてるから」
「奇遇ですね。俺もマイダイス持参してるんですよ」
「イカサマしたら怒るから」
「……夜子さんが?」
「いいえ、このゲーム盤が」

 夜子が意味ありげに目を細めると、ゲーム盤が淡い燐光を放ったような気がして二人は持参のサイコロを引っ込めた。 


 コイントスで先功後攻を決めて、ゲームスタート。
 スタートのマスに入っていた6面ダイスを交代で振って、付属のコマを進める。

「メデューサに石化された……三回休み、だと?」
「よっしゃあ!7リーグ靴を手に入れた!7マス進めっと」

 二人とも、真剣な顔でダイスを振る。
 そう、真面目にやらないとゲーム盤が怒るのだ。
 マス目の指示に従わなかったり、文句を言うと『規則違反のペナルティとして10マス戻ります』とコマが勝手に動いて戻る。

 真面目にやらざるを得ないので、ゲームは思いのほかさくさくと進んだ。

 そして終盤。
 ゴールの財宝の間の2マス前で湊と圭一のコマが並んだ。

「……くっ」
「……くっふふふふふ」

 次は圭一のターン。
 3以上を出せば圭一の勝利で、シーナの絶品チーズケーキ最後の一切れは彼の物となる。

「最後の瞬間まで、諦めはしないっ!」
「そーですね。俺が2以下を出せば勝機があるかもですね」

 その確率はちょっぴり低め。

「そんな確率修正してやる」

 考えるより感じるタイプの湊だが、この時ばかりは一生懸命勝つ方法を考えた。 

 このゲーム盤はとても真面目で、イカサマもうっかりミスも許さない。
 特に嫌がってるのが、振ったダイスがゲーム盤の外へ転がり落ちてしまう事。
 これをやると振り出しに戻されてしまう。
 実際、湊は4回振り出しに戻された。


 ――イカサマは無理でも、相手のミスは誘発できるんじゃね?

 ――例えばもしも圭一がこの局面で手元を狂わして、ダイスを盤外に落としたりしたら?

 ――なんかこう、精神にダメージ受けるとかして。


「なあ圭一、脱法ハーブとかどう思う?」


 圭一の精神に揺さぶりをかける為、湊は唐突に怖い話を始めた。



(コメントに続く)

コメント(8)


 脱法ハーブ。
 大麻とかに含まれる成分と同じモノを科学的に合成して、他の薬草に吹きつけたモノで、法的にはギリギリOKって奴。

 実際は深刻な問題が多くて……記者やってる圭一の方がずっと詳しい事知ってるだろうけど。

 
 ある街の脱法ハーブ店の前を一人の男がウロウロしていた。


 男は気弱な会社員だった。

 無能な上司とゆとりな部下との板挟みで、どうしようもなくストレスが溜まっていた。
 ストレスの解消に噂の脱法ハーブを試してみようと思ったけれど、気が弱いものだから胡散臭いと評判の店に思い切って入れない。

 入ろうか、やめようか。
 悩み続ける男に一人の女が声をかけた。

「止めた方がいいですよ」

 少女と言っても差し支えない程若く、儚げな女だった。

「あのお店は、粗悪な安物を言葉巧みに高く売りつけますよ」

 その点、うちの店は良心的ですヨというのが、客引きの常套なのはわかっていたけれど、男は女に手を引かれるまま別の店に行った。

 案内された店は、天然石のアクセサリーやアジアン雑貨が並んでいる、いかにも若い女性向きの店で、男はこれまた入りづらく感じた。

 けれど女の手の細さと柔らかさが、男の警戒心をほろほろと崩していた。

 その店の主だという女は、ハーブティの茶葉を男に出した。
 寝る前にこれを飲むといいと。

「ずっと重い物を担いだり、無理な姿勢でいると肩こりや腰痛になるように、心も無理をしてると歪んで痛むものです」

 だからリラックスするのが大事なのだと。
 このハーブティを飲んで眠れば、心の凝りがほぐれて良い夢がみられるだろうと女は言った。

「天然由来の成分だから、健康にもいいんですよ。合成カンナビノイドを使った脱法ハーブよりずっとね」  

 値段も普通のお茶より少し高い程度だったので、男はそれを買って帰った。
 女に言われた通り、寝る前にそのハーブティを淹れて飲んだ。
 リラックス効果があると言った割には、匂いらしい匂いはなく、色は麦茶そっくりだった。
 その夜、男は夢を見た。
 夢の中で男は高校生に戻っていた。
 学園祭の準備をしていた。
 クラスの皆で力を合わせた。
 あまり話した事のなかった女子とささいなきっかけで意気投合した。
 気が付くと陽が暮れていて、菫色の空に一番星が光っていた。
 また明日と手を振ったところで目が覚めた。

 いつになくスッキリとした爽やかな目覚めだった。
 学園祭の前日のわくわくする気持ちが、男の胸の中に残り、その日一日、いつもより少しだけ楽しい気持ちで過ごせた。

 これがハーブティの効果だったのか、男は半信半疑だったが、寝る前にもう一度飲んで見ることにした。

 その夜、男はまた夢を見た。
 夢の中で男は中学生に戻っていた。
 友人と連れだって映画を観に行った。
 子供だけで隣町に行くのも、映画を見るのもこれが初めてだった。
 テレビで宣伝していた怪獣映画を観るはずだったが、誰かが映画館に地下がある事に気が付いた。
 そして成人指定のピンクな看板が立っている事にも。
 おいおいどーすると肘でこづき合っているうちに目が覚めた。

 ベッドの中で男はくすくすと笑っていた。
 あんなたわいもない事で興奮し、右往左往した時代が自分にもあった。
 そう思うと男は、ヒステリックでアスペ気味な事務員の事も許せる気がした。

 ハーブティの効果を確信した男は、毎晩寝る前にハーブティを飲んだ。
 男は足しげく店に通ってハーブティを買い足した。
 夢の事を話すと女は微笑んで『ストレスに押しつぶされていた、楽しい思い出が蘇っているんですよ』と言った。

 夢の中で男は小学生だった。
 丁度夏休みで、ラジオ体操に行き、朝ごはんを食べて、涼しい午前中にスイカを食べながら宿題して、午後はプールに行って、夜に花火をした。

 夢の中で男は幼稚園児だった。
 砂場で落とし穴を作り、絵本を読み、積木でお城を作った。
 お弁当には嫌いなニンジンが入っていたけど星形をしていたから頑張って食べると、先生がえらいねとほめてくれた。


 ある日の夢の中で、男は夜のジャングルの中にいた。


 夜なのに、周りの様子がはっきりと見えた。 
 四つん這いになっていて、視点が妙に低かったが、身体は驚くほど軽くしなやかに動いた。
 そのまま進むと、視界が開け池の畔にでた。
 水面に揺れる月に誘われるように覗き込むと、自分の姿が水鏡に映った。

 鋭い目、丸い耳、突き出た鼻、双剣のように発達した犬歯。

 夢の中で男はサーベルタイガーだった。
 生まれる前の思い出だった。

 カサリと草を踏む音に気づいて顔を上げると、池の向こう岸に雌鹿がいた。
 水を飲んでいる。
 こちらにはまだ気づいていない。
 男は全身をバネにして跳んだ。
 前足の爪が雌鹿の背中と脇腹に食い込む。
 のけぞった喉に、両の牙がぞぶりと埋まる。
 甲高い悲鳴と血が噴き出したところで目が覚めた。

 声にならない叫びをあげて男は飛び起きた。
 全身が汗に濡れ、心臓がバクバクと荒れ狂う。
 血腥さが口の中に残ってる気がした。
 そして男はそれを美味だと感じた。

 生まれる前の思い出は、これまでの夢と何もかも違っていた。

 楽しい気持ちも幸せな思いもしみじみとした暖かみもなかった。
 それら全てを吹き飛ばすような興奮と息が詰まるような緊張感と、何よりも自分は生きているという充足感があった。

 それから男の見る夢は、この太古の獣一色となった。

 ある日男は岩陰でマンモスを待ち受ける。
 獲物との体格差は大きいが、一度か二度噛みつきさえすれば、大きな牙に獲物は深く傷つく。
 あとは待つだけ。
 取り返しのつかない傷から流れ続ける血潮。
 やがてマンモスの巨体の歩みは鈍くなり、巨体はゆっくりと地に崩れる。

 ある日男は吹雪の荒野で同種の雄と出会う。
 始まるのは死闘。
 縄張りの奪い合い。
 爪が牙が、互いを傷つけるが、痛みは激情に溶けて流れる。
 男の渾身の一撃が、相手の牙を折砕く。
 悲鳴をあげて逃げたそいつは、ほどなく餌をとれずに死ぬだろう。

 ある日男は春の草原で石のついた棒を持った猿の群れを見た。
 群れを蹴散らし、逃げ遅れた一匹の背骨を噛み砕いた。
 猿は真っ二つになって地面に血と臓物をまき散らした。
 その顔が何かに似ていて、男はとても愉快な気持ちになった。
 でもそれが何に似ているのか、思い出そうとしたら不快な気持ちでいっぱいになった。

 ある日男は真夏の川べりで同種の雌に出会った。
 雌は健康で美しかったが仔を連れていた。
 仔連れの雌はこちらに気づくと襲い掛かってきたが、隙を見て仔を噛み殺すとおとなしくなり、やがて発情して男を受け入れた。
 仔を作るのは強い雄の特権だった。





 ある日、男は男のままだった。




 ハーブティが尽きていた。
 男は慌てて店へと走った。

 男は男である事に耐えられなくなっていた。

 中国の昔話で、蝶になる夢をみた人が、自分が蝶なのか人なのかわからなくなったと悩む話があったけど、男は自分の本質は獣の方だと確信していた。

 だから、今の自分が爪も牙もないちっぽけな人間だという事が許せなかった。
 密林でも荒野でもない場所が、服を着た猿の群れが、目にうつる全てが、恐ろしくてたまらなかった。

「ハーブティをよこせ!今すぐに」
「いいえ、あれは売れません」

 女の返事はにべもなかった。

「金ならいくらでも出すから!」
「貴方に売るハーブはありません」
「この猿風情がっ!!」

 怒鳴りつけて男は、自分自身の言動に驚いた。
 自分はこんな、感情に任せて声を荒げるタイプだったろうかと。

「貴方にあれは売れません。だって……」

 男は自分の視点が急に低くなった事に気づいた。
 手足は太く短くなり、毛が生え爪が生えていく。
 膨れ上がった筋肉で服が破れ、せり出した顎から伸びる鋭い牙。

「だって、もう必要ないでしょう」

 男の姿は一頭のサーベルタイガーに変わっていた。
 夢でみたとおりの姿だった。

「ガルルルルルル……」

 唸り声が口から洩れた。
 男はもう言葉を必要としなかった。

 夢でいつもそうしていたように、全身をバネにして跳ぶ。
 女の頚骨を噛み砕こうと。


“ダーーーーーンッ”

 
 轟音がして、男だったサーベルタイガーが倒れた。
 その眉間に穴が開き、血が細く垂れている。
 即死だった。

「サーベルタイガーか、まぁまぁの大きさね」

 顔色一つ変えずにヘッドショットをきめた女は構えていた猟銃を下すと、死んだサーベルタイガーを蹴り転がしてその肢体を検分した。

「牙はそこそこ、模様は中々、目立った外傷はなしと、自分より弱いのしか相手にしなかったのかしらね?」

 壁の隠しスイッチを押すと、床がカパリと開いてサーベルタイガーの死体が下に落ちた。
 下は広大な地下室になっていて、たくさんの動物のはく製や骨格標本が並んでいた。

 虎に似た物、サイのような物、鯨っぽい物、角がやたら多い鹿、見た事もない何者にも似ていない物。

 遥か古代に生き、すでに絶滅した生き物ばかり。
 奥の方には真新しい恐竜のはく製すらあった。

 それらすべて、男と同じくかつて人間であったものだった。

 女は哀れな獲物を片手でひきずり、作業台に乗せた。

「これでまたコレクションが増えるわー…って言いたいけど、サーベルはもう三体あるのよね」  

 器用に刃物を動かし、慣れた手つきでサーベルタイガーから毛皮を剥いでいく。

「ダブリはまた金持ちの好事家に売りつけようかしら。この世に存在するはずのない、ただ一頭の獣とか謳えばすーぐ喰いつくし」

 あらかじめ用意していた胴芯に毛皮をかぶせ、縫い合わせる。 

「それにしても」

 微調整を繰り返し、丁寧に形を生前そのままの姿に整えながら女は呟く。

「ちょっと昔の人はよく言ったものよね“覚せい剤やめますか?人間やめますか?”って」

 鼻の形を綺麗にするのに手こずりながら女……魔女はニヤリと笑った。

「やめられなかったら人間じゃなくなるのは、シャブに限った事じゃないのにね」

 気弱な会社員だったサーベルタイガーは、いまや一山の肉塊になって作業台に転がっていた。



 ++++++++++



「汚いな湊さん。さすが汚い」

 圭一が乾いた声で呟いた。

 湊は前世の記憶が蘇るハーブティの話をしながら、新聞紙で折り紙をしていた。
 出来上がったのは『紙鉄砲』
 話の終盤、魔女が獣に変じた哀れな男を猟銃で撃ち殺す瞬間に合わせて、湊を紙鉄砲を力いっぱい振りぬいた。

“すぱーーーーーーーーんっ!!”

 この上ない効果音に、圭一の手がビクリと震え、掌からダイスが零れ落ちた。
 落ちたダイスはゲーム盤の上でまっすぐに跳ね、まっすぐに落ちた。

「ちっ、運のいい奴め」
「ふっふっふっ……天佑は我が頭上にありですよ」

 盤上に残ったダイスの目は………


【後編に続く】
【次回予告】

湊の奸計に絶体絶命の圭一。
しかし、口先の魔術師による起死回生の一手はすでに打たれていた――!?

一方その頃、テーブルの下で獣達の蠢動が始まっていた。

「勝利ニ酔イシレタ瞬間ニ、最大ノ隙ガ生ジルッ!」
「ビンガ……普通にちょうだいって言えば、僕たちもケーキもらえたんじゃないかなぁ」
「チロ兄貴ハ優シ過ギルッ!今ハ悪魔ガ微笑ム時代ナンダッ!!」
「次の世紀末はだいぶ先だよ」

果たして最後に笑うのは……

キート⇔ゼトワール作【後編】近日公開ッ!!


注:予告と本編の内容が異なる場合があります。
っていうか適当に書いた嘘八百です。【後編】と何ら関係ありません。多分。
待望の後編がこちら

「薬」http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=71092235&comm_id=2572875

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