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マルクス研究コミュの資本論マーク2

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資本論は古く間違いだらけなので書き直すことにする。商品の集まりとして資本が発生するが、商品には2要素がある。交換価値と使用価値である。
マルクス資本論で排他概念だったが、今回の修正版は相補概念だ。使用価値にして交換価値、これが相補概念で、合わさって商品の価値、商品(価値)だ、商品価値は希少な財である事にすべてがかかっており、二要因を同時に持っている。

2いわゆる効用の如く、商品が使用価値で起こるのは使用する利得のことで商品はgoods,commoditiesなど と呼ばれる。これはもちろん交換されその代わりに貨幣が生まれる。貨幣は商品交換、税金、法定で決まる。

3価値形態 貨幣の発生システムを見ていこう。

個別な価値形態
一本のボールペン=一本のコーラ

拡大された価値形態
一本のボールペン=一本のコーラ
        =一本のシャーペン
        =一本のファンタ
        等々

一般化された価値形態
一本のコーラ
一本のシャーペン
一本のファンタ   =全て一本のボールペン

この一本のボールペンは貨幣と同じ働きをするという

貨幣形態

一本のコーラ
一本のシャーペン
一本のファンタ
一本のボールペン=100円

一本のボールペンが商品から貨幣を生み出した。
商品の交換形態から説明したが法定説、税制説共に決着はつかない。

4商品の物神的性格と物神性という市場の失敗

商品や貨幣は道具に過ぎないのにそれ自体が無限の価値があると思い込み守銭奴になる人がいる。それを商品や貨幣の物神性という市場の失敗である。商品の神秘主義的性質はこの商品形態からである。人と人との関係ではなく物とものとの物象的関係になるも、いる。
やがて精神的奴隷として貨幣商品に使われ出す。疎外という。


第二章

商品は人間が市場に連れていく。商品交換は共同体の交わりで始める。交換過程ではマルクスより私は車、ネットなど。交換過程の道具の働きを重視する。そしてそういう交換過程的に道具に満ち溢れた境ぐうゆえに労働価値説ではなく全存在希少価値説なのである。また交換過程において我々が帰属した集団を意識する方がいいだろう。マーケティングのあたりにいいのがある。

2、1乗り物

今日飛行機に至らずとも汽車、車、船等商品の貨物車、貨物船があり大量の物資を運んでいる。貨物飛行機も存在して素速く物資運んでいる。消費者も多くが自家用車を持ち消費を楽しんでいる。

2、2帰属集団、交換は個人ではなくなんらかの帰属集団に影響されるものである。

交換は共同体同士で始まったのかもだが、今日では国家と国家で行われている。

2、3
ネットは多くの交通網のように世界を縮める。


3貨幣

貨幣は価値尺度、流通手段である
貨幣は原因の他
◎M1(エムワン)は現金通貨と預金通貨の合計である。
狭い意味での通貨量を表している。現金通貨とは、日本銀行が発行する紙幣(日銀券=お札)や政府が発行する硬貨(補助貨幣=100円玉や10円玉などのコイン)のことである。銀行券発行高と貨幣流通高を合計して求める。預金通貨とは、預金者の要求でいつでも引き出すことができる流動性の高い預金である。当座預金・普通預金・貯蓄預金等のことである。これを、要求払預金という。

◎M2(エムツー)はM1と準通貨の合計であるb。
準通貨とは、解約することでいつでも現金通貨や預金通貨となって、決済手段として使える金融資産のことです。定期預金・据置貯金・定期積金などのことである。これを、定期性預金という。。

◎M3(エムスリー)はM2に郵便局・農協・信用組合などの預貯金や金銭信託を加えたものである。

株式や社債、手形なども貨幣の一種だろう。


四章 貨幣の資本への転化

マルクスはこんなインチキをかいていた。110剰余価値を稼いでも他で110とらてしまうので流通では剰余価値が出ないとか、だがとんでもない話だ。セブンイレブンの一店舗持つのでも多大なコストがかかる。この世の流通手段は等価交換なのではなく不等価交換であり、セブンイレブンでは110、2200,33000,4400000、………。と剰余価値が増えていく安く買って売れば儲かるのである。
搾取はだから金融資本でも地代資本でも、商業資本でも起こる。絶対剰余価値の生産と相対性剰余価値の生産はとにかく人件費をコストリーダーシップで削ろうとするからである、市場の失敗だ。だが搾取だけが剰余価値を生むのではないもう一つは安くかってたかくうる剰余価値の生産である、ポーターのヴァリューチェーンのように経営学的に安く買って高く売ると儲かる。


協業、協力して仕事を行うことである。あらゆる組織は協力して仕事を行う。
競争、この原則が成り立つことで効率化が図られる。



分業、分業は比較優位などにより生産性を上げる。

マニュファクチャ、機械と大工業、マニュファクチャはほとんど機械と大工業に駆逐された。




経営戦略、歯儲けの源だ


マーケティングは一種の市場型計画経済を目指す資本主義の運動である



イノベーション、さまざまなイノベーションがあるからこそ


ビジネスモデル、生産管理、店舗管理、管理会計、財務会計、それと市場構造、寡占、独占、独占的競争、だ。


単純再生産、拡大再生産、資本蓄積、本源的蓄積、再生産表式、循環表式、固定資本と流通資本、回転、一般的利潤率、有機的構成、AIと人権





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資本論は古く間違いだらけなので書き直すことにする。商品の集まりとして資本が発生するが、商品には2要素がある。交換価値と使用価値である。
マルクス資本論で排他概念だったが、今回の修正版は相補概念だ。使用価値にして交換価値、これが相補概念で、合わさって商品の価値、商品(価値)だ、商品価値は希少な財である事にすべてがかかっており、二要因を同時に持っている。

2いわゆる効用の如く、商品が使用価値で起こるのは使用する利得のことで商品はgoods,commoditiesなど と呼ばれる。これはもちろん交換されその代わりに貨幣が生まれる。貨幣は商品交換、税金、法定で決まる。

3価値形態 貨幣の発生システムを見ていこう。

個別な価値形態
一本のボールペン=一本のコーラ

拡大された価値形態
一本のボールペン=一本のコーラ
        =一本のシャーペン
        =一本のファンタ
        等々

一般化された価値形態
一本のコーラ
一本のシャーペン
一本のファンタ   =全て一本のボールペン

この一本のボールペンは貨幣と同じ働きをするという

貨幣形態

一本のコーラ
一本のシャーペン
一本のファンタ
一本のボールペン=100円

一本のボールペンが商品から貨幣を生み出した。
商品の交換形態から説明したが法定説、税制説共に決着はつかない。

4商品の物神的性格と物神性という市場の失敗

商品や貨幣は道具に過ぎないのにそれ自体が無限の価値があると思い込み守銭奴になる人がいる。それを商品や貨幣の物神性という市場の失敗である。商品の神秘主義的性質はこの商品形態からである。人と人との関係ではなく物とものとの物象的関係になるも、いる。
やがて精神的奴隷として貨幣商品に使われ出す。疎外という。


第二章

商品は人間が市場に連れていく。商品交換は共同体の交わりで始める。交換過程ではマルクスより私は車、ネットなど。交換過程の道具の働きを重視する。そしてそういう交換過程的に道具に満ち溢れた境ぐうゆえに労働価値説ではなく全存在希少価値説なのである。また交換過程において我々が帰属した集団を意識する方がいいだろう。マーケティングのあたりにいいのがある。

2、1乗り物

今日飛行機に至らずとも汽車、車、船等商品の貨物車、貨物船があり大量の物資を運んでいる。貨物飛行機も存在して素速く物資運んでいる。消費者も多くが自家用車を持ち消費を楽しんでいる。

2、2帰属集団、交換は個人ではなくなんらかの帰属集団に影響されるものである。

交換は共同体同士で始まったのかもだが、今日では国家と国家で行われている。

2、3
ネットは多くの交通網のように世界を縮める。


3貨幣

貨幣は価値尺度、流通手段である
貨幣は原因の他
◎M1(エムワン)は現金通貨と預金通貨の合計である。
狭い意味での通貨量を表している。現金通貨とは、日本銀行が発行する紙幣(日銀券=お札)や政府が発行する硬貨(補助貨幣=100円玉や10円玉などのコイン)のことである。銀行券発行高と貨幣流通高を合計して求める。預金通貨とは、預金者の要求でいつでも引き出すことができる流動性の高い預金である。当座預金・普通預金・貯蓄預金等のことである。これを、要求払預金という。

◎M2(エムツー)はM1と準通貨の合計であるb。
準通貨とは、解約することでいつでも現金通貨や預金通貨となって、決済手段として使える金融資産のことです。定期預金・据置貯金・定期積金などのことである。これを、定期性預金という。。

◎M3(エムスリー)はM2に郵便局・農協・信用組合などの預貯金や金銭信託を加えたものである。

株式や社債、手形なども貨幣の一種だろう。


四章 貨幣の資本への転化

マルクスはこんなインチキをかいていた。110剰余価値を稼いでも他で110とらてしまうので流通では剰余価値が出ないとか、だがとんでもない話だ。セブンイレブンの一店舗持つのでも多大なコストがかかる。この世の流通手段は等価交換なのではなく不等価交換であり、セブンイレブンでは110、2200,33000,4400000、………。と剰余価値が増えていく安く買って売れば儲かるのである。
搾取はだから金融資本でも地代資本でも、商業資本でも起こる。絶対剰余価値の生産と相対性剰余価値の生産はとにかく人件費をコストリーダーシップで削ろうとするからである、市場の失敗だ。だが搾取だけが剰余価値を生むのではないもう一つは安くかってたかくうる剰余価値の生産である、ポーターのヴァリューチェーンのように経営学的に安く買って高く売ると儲かる。


協業、協力して仕事を行うことである。あらゆる組織は協力して仕事を行う。
競争、この原則が成り立つことで効率化が図られる。



分業、分業は比較優位などにより生産性を上げる。

マニュファクチャ、機械と大工業、マニュファクチャはほとんど機械と大工業に駆逐された。




経営戦略、歯儲けの源だ


マーケティングは一種の市場型計画経済を目指す資本主義の運動である



イノベーション、さまざまなイノベーションがあるからこそ


ビジネスモデル、生産管理、店舗管理、管理会計、財務会計、それと市場構造、寡占、独占、独占的競争、だ。


単純再生産、拡大再生産、資本蓄積、本源的蓄積、再生産表式、循環表式、固定資本と流通資本、回転、一般的利潤率、有機的構成、AIと人権
















コメント(14)

読ませていただきました。良くできてますね。
論文の概要ですか?
どちらかというと、的場先生や柄谷氏のようなマルクスの新解釈になるのではと思います。
マルクス自体、近代の理論なので現代では間違いというより陳腐化した部分が存在するということだと思います。

私もオリジナルのマルクスの岩波版とネット版を時々読み返してます。一番最初に習ったことなので早く読めることに気がつきました。
第3者のためにリンクしておきます。
宮崎氏の訳は英訳からです。
https://www.marxists.org/nihon/marx-engels/capital/chapter01/index.htm
なぜか信長ではかけないもので、こっちで今度から書きます。

資本論とミクロ経済学を書き直す論文を書いていますがそのプロトタイプの一つです。

労働価値説はまあ陳腐化でもいいですが
貨幣の資本への転化は一種の間違いか詐欺でしょうね。つまり強引に産業資本の搾取だけが剰余価値を形成すると思っていきたかったため等価交換とかデタラメを言ったんではないでしょうか。

本人にデタラメを書いた自覚があるかはともかく。
1番の資本論の失敗は搾取だけが剰余価値になるわけでして現在ではマイケルポーターのヴァリューチェーンなどによるまともなビジネスでの剰余価値をさっぱり見過ごしてた件でしょう。その意味でマルクス経済学の剰余価値の問題とミクロ経済学、経営学、マクロ経済学の統合が見えてきました。

金があったら論文博士も取ろうと思います。
ミクロ経済学上でいうと損失の発見です。これは安田洋祐さんの方がちょっと早いですね。

すなわち余剰だけでなく損失が見過ごされてました。

ただし厚生経済学の基本定理だけは揺らぎません
つまりルーカス批判では合理性が完全であるばかりではなく、ミクロ経済学が経営を見逃している不合理を教えないものでしたこんにち、MBAや中小企業診断士、マルクス経済学をちゃんとやってミクロ経済学をやらないと何が何だかわかりません。今マスコレル読んでますが意味あるのか。。
Tarouさんはマルクスを欧米的に近代経済学者の一人、つまり近代経済学とされてますね。つまり、マルクスを近代経済学で批判する訳です。 


日本ではマルクス経済学と近代経済学が別れているので、マルクスを近代経済学で論じるのでなく、マルクス自体を自分の考えで修正するほうがと思ったわけです。的場先生路線(私は分配を補うという考えです)。

少なくても多少昔は日本で研究仕事するにはそのほうが都合良いような?
(私もシンクタンクの候補生はなれた。シンクタンクは官立とやはり違うので大学に更に学びに行きましたが)
私はマルクスを近代経済学で批判してるのではなく、主流派とマルクスが分裂して更に経営学を分裂してるのを批判してるわけです。
要するにそういう派閥争い自体がくだらないと

第二章

2、1乗り物

今日飛行機に至らずとも汽車、車、船等商品の貨物車、貨物船があり大量の物資を運んでいる。貨物飛行機も存在して素速く物資を運んでいる。消費者も多くが自家用車を持ち消費を楽しんでいる。

2、2帰属集団、交換は個人ではなくなんらかの帰属集団に影響されるものである。

交換は共同体同士で始まったのかもだが、今日では国家と国家で行われている。

2、3
ネットは多くの交通網のように世界を縮める。

2、4
社会に帰属している、家族、学校、職場、サークルなどで買うものが違う。


3貨幣

貨幣は価値尺度、流通手段である
貨幣は原因の他
◎M1(エムワン)は現金通貨と預金通貨の合計である。
狭い意味での通貨量を表している。現金通貨とは、日本銀行が発行する紙幣(日銀券=お札)や政府が発行する硬貨(補助貨幣=100円玉や10円玉などのコイン)のことである。銀行券発行高と貨幣流通高を合計して求める。預金通貨とは、預金者の要求でいつでも引き出すことができる流動性の高い預金である。当座預金・普通預金・貯蓄預金等のことである。これを、要求払預金という。

◎M2(エムツー)はM1と準通貨の合計であるb。
準通貨とは、解約することでいつでも現金通貨や預金通貨となって、決済手段として使える金融資産のことです。定期預金・据置貯金・定期積金などのことである。これを、定期性預金という。。

◎M3(エムスリー)はM2に郵便局・農協・信用組合などの預貯金や金銭信託を加えたものである。

株式や社債、手形なども貨幣の一種だろう。

コミュニケーション貨幣は愛情を与える代わりに承認するのが社会機能である。



四章 貨幣の資本への転化

マルクスはこんなインチキをかいていた。流通手段で110剰余価値を稼いでも他で110とらてしまうので、流通では剰余価値が出ないとか、だがとんでもない話だ。セブンイレブンの一店舗持つのでも多大なコストがかかる。この世の流通手段は等価交換なのではなく不等価交換であり、セブンイレブンでは110、2200,33000,4400000、………。と限界はあるが剰余価値が増えていく。安く買って売れば儲かるのである。
搾取はだから金融資本でも地代資本でも、商業資本でも起こる。絶対剰余価値の生産(サービス残業過重労働型)と相対性剰余価値の生産(ピンハネ型)はとにかく人件費をコストリーダーシップで削ろうとするからである、市場の失敗だ。だが搾取だけが剰余価値を生むのではないもう一つは安くかってたかくうる剰余価値の生産である、ポーターのヴァリューチェーンのように経営学的に安く買って高く売ることに加えて商品価値をつけるとと儲かる場合もあるのだということをマルクスは完全に見落としてしまった。むしろそれでしか生きられないのがプロレタリアだとしたら何がプロレタリアへの愛かを知る必要がある。搾取により、私も廃人になった。だからこの書は廃人の呪いの書なのだ。どうして私が廃人にならねばならないのだ。お前たちが来世地獄に堕ちるまで呪ってやる。
この世がこの世だけだと思わぬが良い。資本家よ、お前たちも来世搾取地獄に行くのだ。




協業、協力して仕事を行うことである。あらゆる組織は協力して仕事を行う。協業はライン、スタッフ、マトリクス、ランダム、で行われそれ自体階級がや対立もすれば協調もした。子供の頃から階級協調と階級対立を教え込まれ、他人との比較が個人にとって大切な精神運動になった。またマルクスでは協業は搾取を効率化させうる量的側面しか描かれていないが、共同体や友情や恋愛の発生、例えばあおざくらを読むといいだろう。なかなかない青春がありうる。だからこそ逆にそれに乗れないものへの疎外やいじめもありうるのだ。そうしてあおざくらでは描かれないが士官では当然の集団的な死を思い浮かべるのが真のリアリズムであり、企業にしろ倒産という企業の死を集団で思う場でもある。人間が死を思うときに起きるのが宗教であって、擬似宗教的なものが企業ではよく流行する


競争、この原則が成り立つことで効率化が図られる。競争は手抜きを好むが、生存競争を擬似的に盛り込むことによって、企業競争はまさに擬似的な戦争になった。もはや手抜きできぬ。なりふり構わぬ様は人件費という自分の聖域を侵して、搾取を大量に生み出すことになった










こうして消費者と労働者が対立する。つまり問題はコアコンピタンス+搾取だからだ

当然製品としては素晴らしいが搾取品というわけだ。もっと言えば労働者の奴隷根性、起業家精神の欠如こそが搾取工場に繋がってる
このように、新しい資本論ではコアコンピタンスと搾取こそ剰余価値の本質であると突き止めた。同様に厚生経済学の基本定理は市場均衡では成り立つが競争市場均衡の周囲では余剰とともに多数の損害が出る。これは厚生市場の基本定理が限定的で本来市場は買えるもの売れるものには余剰だが買えないもの売れないものには損害を与えるものだということがわかる。それを我々は余剰分析だの死荷重だの勝ち組の分析しかしてこなかった。
このように、ありていに言えば、市場とは金のあるやつにだけ効率的な仕組みであって金のないやつには非効率な損害的仕組みなのである。

問題はそうすると政府の活動が気になるところだが、今まで政府はあまり経済学

また経済学は完全競争の一般均衡でパレート効率が起こるという。しかし実際の不完全競争でも完全競争でも買い手と売り手が価格を奪い合いゼロサム競争、買い手とかいては良い売り手を、売り手と売り手は顧客をゼロサムで争い奪うゼロサム競争であるから厚生経済学の基本定理は死んでいる。つまりミクロ経済学で市場が効率的だと教えてるものは全てインチキである。
。つまり、現実の競争では、まず顧客は奪い合いであり、傷つくものが出る。顧客は生産者を奪い合いj傷つくものも出る。例えば搾取は顧客がコストリーダーシップを求めすぎて生まれるこのように実際の市場、いや完全競争でも傷つくものは出て厚生経済学の基本定理はどこにも存
ヴァリューチェーン
技術開発、製品デザイン、製造、マーケティング、流通、アフターサービス、マージン

企業病理 コストリーダーシップの行き過ぎによる人件費削減の搾取

カールマルクスはマージンを認めなかった。この世には参入障壁がなく、誰でも商人になれるので流通でのマージンは全体で生まれないと主張した。これは明らかに間違えているが、マルクスの指摘した搾取は経営上の大問題である。

経済価値、希少性、模倣困難性、組織に関する問い
V RIO分析

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