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次世代人間科学研究会(Mixi版)コミュの【重要】次世代研の遺産:『エマージェンス人間科学ーー次世代人間科学の挑戦』

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次世代研のみなさま

西條です。

次世代研の解散に伴い,次世代研のメンバーの13名と一緒に『エマージェンス人間科学ーー次世代人間科学の挑戦』 という本を作りました。

次世代研のモチーフをそのまま本という媒体で体現したものです。2007年2月発売予定です。

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2007年2月発売予定(北大路書房)

【共著者】
西條剛央・斎藤清二・京極真・荒川歩・松嶋秀明・黒須正明・無藤隆・荘島宏二郎・山森光陽・鈴木平・菅村玄二・岡本拡子・清水武

【目次(予定)】

はじめに 西條剛央

セッション1 理論
 1章 菅村玄二:人間科学の意味するところ
     清水 武:人間科学を考える動機とその経緯
      菅村玄二:人間科学と私

 2章 西條剛央:理論とは何か?構造構成主義的アプローチ
     京極 真:構造構成的可謬主義の定式化
      西條剛央:原理的欠陥とは何か?

セクション2 理論と実践の間
 3章 京極 真:探求主義という新たな認識論の構想
     西條剛央:探求主義のさらなる探求のための基礎づけ
      京極 真:他者問題に対する構造構成主義的見解

 4章 無藤 隆:理論と実践の対話を目指して?10の方法
     岡本拡子:理論と実践を往還する中間人
      無藤 隆:理論的生成の場としての現場

セクション3 実践
 5章 岡本拡子:保育者養成における「学び」?実践のための実践
     無藤 隆:「反省的実践者」モデルの深化に向けて
      岡本拡子:反省的実践者の「学び」

 6章 山森光陽:学校における実践研究覚え書き
     松嶋秀明:子どもの姿が見えること,見えないこと
      山森光陽:教育実践研究における制約

セクション4 実践と方法の間
 7章 松嶋秀明:臨床心理学実践のフィールドワーク?エビデンスによる実践の組織化
     山森光陽:了解可能性,許容可能性,そしてエビデンス
      松嶋秀明:エビデンス・ベースド・アプローチのレブレクシビティ

 8章 黒須正明:ユーザー工学に至る道?僕の精神的遍歴を通して
     荘島宏二郎:黒須論考(ユーザー工学に至る道)へのコメント
      黒須正明:荘島評について

セクション5 方法
 9章 荘島宏二郎:現像論スケッチ
     黒須正明:荘島論文「現像論スケッチ」について
      荘島宏二郎:黒須コメントを受けて

 10章 鈴木 平:全体性の科学としての人間科学?方法論と可能性
     荒川 歩:方法論の輸入の方法と意義
      鈴木 平:全体へのアプローチと部分へのアプローチ

セクション6 方法と理論の間
 11章 荒川 歩:誰のための人間科学??Narrative-based knowledges (NBK)の発想
     鈴木 平:人に優しい科学の可能性
      荒川 歩:Narrative-based knowleges(NBK)と「科学」

 12章 清水 武:方法と理論の重要性を考える?知覚研究の一例から
     菅村玄二:ダイナミックタッチ研究の人間科学的側面
      清水 武:菅村コメントへのリプライ

最終章 斎藤清二:次世代人間科学の挑戦?私と世界とを結ぶもの

あとがき 西條剛央
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コメント(3)

『エマージェンス人間科学』の「あとがき」も載せておきたいと思います。

ここには,本書ができあがる経緯,ならびに次世代研が解散する経緯,そしてみなさまへの感謝の気持ちを書いておりますので、ご一読いただければ幸いです。


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あとがき


 ひとつの時代的流れの中でこの本は生まれた。本書が誕生するまでの経緯を述べつつあとがきに代えたいと思う。


次世代人間科学研究会の隆盛

 まず,この本をつくる母体となったのは次世代人間科学研究会(以下「次世代研」とする)について語ることからはじめたい。

 ふつうの研究会は,何か特定のテーマ(たとえば,生物学,心理学,教育学,社会学,哲学,思想etc.)に焦点化して,それに関心のあるひとが集まる。もちろんそうした研究会は必要不可欠である。

 しかし既存の考え方それ自体を問い直しながら,次世代を創造しようとした場合には,相当ラディカルな議論も(建前ではなく)許される土壌がなければならないため,それを実現するための独自の工夫を重ねる必要がある。権威主義的な人や足をひっぱろうとする非建設的な人が混ざってしまうだけで,安心して忌憚ない議論をすることは困難となるためである。
そうすると,開かれた態度をもつ真の学者だけでなく,そうじゃない人も集まってきてしまう。学者に悪い人がいないというのであれば問題ないのだが,そんなことは当然ないので,そうした基準によるとどうしても非建設的な人や権威主義的な人も一定数集まってしまうのである。そして少数でも足をひっぱろうとする人が混ざっていると安心して忌憚ない議論をすることは困難となってしまう。

 したがって,僕は研究テーマや地位は問わず, 学知を探求する開かれた態度をもっていることや,建設的な態度をもっていることを入会条件とする研究会が一つぐらいあってもいいだろうと思った。そこには多様な専門家が集う「学問のるつぼ」としての人間科学の一つのあり方を追求したいという思いや,卓越した才能をもつ若手の育成若手を伸ばすを可能とするというモチーフのもとで,「出る杭を伸ばす」聖域を確保したいという思いもあった。

 そうしたモチーフに共感する人を集い,2002年夏に, 次世代人間科学研究会は,そうしたモチーフ信頼する研究者仲間たちととともに立ち上げたのが「次世代人間科学研究会」であるから2002年に設立された。この研究会の主旨は,「次世代の創造」という志を共有した上で,開かれた態度に基づき建設的に議論を行うといった「研究運動体」として位置づけられたうことにあった。

 その有り様を一言でいえば「正々堂々と建設的に議論する」ということである。また,実際にそうしたことが実現できるようルールを整えた。自他の地位や年齢に左右されることなく,内容に焦点化して真摯に議論を重ねること。また,批判よりも創造することに価値を置くこと。しかし批判すべき点はしっかり批判すること。しかし批判よりも創造することに価値を置くこと。足をひっぱるのではなく,お互いを高め合うこと。日常のメーリングリスト(ML)におけるで議論や定期的な研究会は,こうした態度を共有しつつ行われた。特にMLでは,メーリング・リスト・パーソナリティ(MLP)というML上での企画提示,運営,議論の調整などを行う役割を毎月1回交代制とすることで,上記のような建設的文化を実現する運営を可能とした。

 一般の人にとっては,なぜそんな当たり前のことをといぶかしく思われるかもしれない。もちろん,これは,学問において本来当然であるべきことなのだが,実際にはきわめて稀な事態なのである。

 この点について,近代哲学が飛躍的に進むことになった条件が,次世代研で整えた条件と見事に重なっているように思われるので,少し長くなるが竹田・西編纂の『はじめての哲学史』(有斐閣)から引用してみよう。



 「ちなみに言うと,これはとくにヨーロッパの思考が偉大だということではない。近代哲学が置かれた条件がよかったのだ。このことは少し考えておくべきことだ。

 哲学的思考は,原理の思考である。人間や社会の問題についての『原理』 が深められるための一般的条件というものがある。すなわち,さまざまな異なった考え方が,交通しあっていること。そのなかの特定の考え方が,権威や権力に結びついて擁護されないこと。先人の考え方の権威を自由に批判していいこと。そしてこれまでの自明の世界像を書き換えるべき理由と動機が時代的に存在すること……。

 じつは言説についてのこのような社会的条件が与えられているのは,そうとう稀なことだ。実際には,西洋哲学がそのような幸運な条件をもったのは,ギリシャの一時期と,近代哲学の二度だけだと言えるかもしれない。」



 次世代研は,開かれた議論の場を実現するために志を掲げ,ルールを整備し,それにそって活動することによって,限られた期間にしろ,こうした希有の条件を人為的に満たすことができたといえよう。その結果,そうした志に共感する多くの人が集い,ML上で連日のように議論がなされた。そして,それぞれの論件について確実に問題を先に進めていった。実際,そうした活動を通じて,多数の共同研究,プロジェクト,シンポジウムなどが企画され,また多くの共著論文や著書が公刊されてきた。私事で恐縮だが,私が体系化した構造構成主義もこの次世代研を通して育まれた。また,この本の著者の多くともそうした中で出会い,世代や分野を超えて切磋琢磨してきたのである。



次世代研の終幕向けて

 積極的に人数を増やそうとしてきたわけではないが,研究活動が活発になるにつれて,次第にメンバーは増加していき,数百人規模になっていった。こともあり,また,それにともなって,かつてのような自由で忌憚ない議論を行うのも難しくなってきた。人数が増えること良いことばかりを意味するわけではなく,量的増加はときにコミュニティの質的変化をもたらすということを,身を以て知ることができた。

 また,ブログやソーシャルネットワーキングサービス(SNS) の台頭によって,メンバーのネット活動も自然とそちらに移行していったということもありMLは議論の場から情報交換の場へと役割を変えていった。また,もともとメーリングリストを中心に議論を重ねていたのだが,ミクシーをはじめとするソーシャルコミュニケーションサイトの台頭によって,メンバーのネット活動も自然とそちらに移行していったということもあった。

 研究会設立当初から,研究会が時代的役割を終えたときには,解散しようと宣言していた決めていた(宣言していた)こともあり,こうした流れの中で,2005年ぐらいからそろそろ潮時かなと考えていた。ちなみに,こうした考えを無責任とみる見方もあるかもしれないが,むしろ僕には存続することそれ自体が目的になっているような学的組織が奇異にみえた。死を意識してこそ限られた生が輝くように,研究会も終わりを意識してこそ,有意味な活動ができる。そう思っていた。そもそも次世代研は“研究運動体”であるから ,それが次世代の創造という目的に対して十全に機能しなくなるときは即ち,その運動体が死ぬべきときなのだ。

 そこで以前から北大路書房の関さんから次世代研の活動に基づく本を出版したいといったオファーをいただいていたこともあり,次世代研の終幕を迎えるにあたって,次世代研のあり方を体現したような本を作ってみるのは学術的にも意味あることではないかと思った。その特性とは,開かれた態度にもとづき,忌憚なく議論を重ねることによって,新たな知を創発していくようなダイナミクスそのものに他ならない。



本書ができるまで

 こうした思いから,2005年の10月,心理学をはじめとして,実験,教育,医学,統計学,人間工学,臨床等々専門を異にする信頼する仲間に声をかけていき,2005年10月にて編者会議を開いた。といっても,その時点では上に述べた程度の茫漠たるアイディアしかもっていなかったのだが,この本はそれで良いと思っていた。本の構成といったことから,自由にアイディアを出し合い,忌憚ない議論を重ねることによって,新しいタイプの本をみんなで作り上げていきたいと考えていたためである。

 その会議では期待を裏切らず,活発な議論が行われた。より優れたものを生み出すために妥協するということを知らないひとばかりであり,その会議は相当ヒートアップした。信頼できる仲間同士でなければ,ここまではできなかったであろう。

 結果,様々なおもしろいアイディアが生み出された。本書独自なものになっているとしたら,それはこうしたインタラクションの結果生まれたものである。そのことはここに明記しておきたいと思う。そう,この本そのものが著者たちの相互作用の結果生まれた「創発体」なのだ。

 したがって,本書の題名は,この本の創発(emergence)的特性を反映させて『エマージェンス人間科学』とした。この題名には,本書自体が,“エマージェンス人間科学”という新たなジャンルの提示になればという密かな思いも込めたつもりである。

 そんな風にしてこの本は出来上がった。



学問するための本

 出来上がってきた本書を読み返してみて,この本はインタラクティブで,プロセス的であり,生きている本だな,そう思った。考える本といっても良いだろう。そう,これは「勉強する」(強いて努める)のための本ではなく,「学問する」(問いを立てて学ぶ)のための本なのだ。

 ということで,最初からこのメンバーで作るのだから良い本になるに違いないと確信していたが,想像以上に良い本になったという自負はある。当初の予想を遥かに上回る質になったという実感を持てること,これが僕なりの良書ができるときの内的感覚である。したがって,誇りをもって本書を世に送り出すことができる。暗黙のうちに“和して同せず”をモットーとしているような個性的な著者たちではあるが,その点において一同の思いは一致していると思う(なお著者たちそれぞれの思いは著者紹介のコーナーに記してあるので是非一読していただければと思う)。

 もちろん本書の評価は読者にゆだねるほかないのだが,一人の研究者では決して生み出すことのできない創発する人間科学,すなわち“エマージェンス人間科学”のダイナミクスを感じていただき,読者の胸に一つでも残るものがあれば望外の喜びである。

 最後に,こうした貴重な機会を与えていただいた北大路書房の関一明氏に感謝の意を評したいと思います。そして次世代研を支えてくださった多くのみなさまに心より感謝申し上げます。


著者を代表して 西條剛央

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校正終わりました。発売が楽しみです。

最終章のさわりの部分だけ、掲示させていただきます(さしつかえあったら削除してください)

しかし、これ読んだら、かえって売り上げ落ちたりして・・・

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終章:次世代人間科学の挑戦−私と世界とを結ぶもの−
   斎藤清二

はじめに −フェッセンデンの宇宙−

 古典的SFの名作と呼ばれるものの一つに、エドモンド・ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」という作品がある。

フェッセンデン博士というマッドサイエンティストが、秘密のうちになにやらとてつもない発明をしたらしい。博士の友人である「私」は、彼の自宅を訪ね、彼の秘密の実験室で、その研究の産物を見せてもらう。フェッセンデン博士は、自分の実験室に極小の宇宙そのものを創り出すことに成功したのだ。その極小宇宙は、私達が属している宇宙と全く同じ構造で、ただ大きさが比べものにならないほど小さいだけであるという。

フェッセンデン博士は、「私」にその宇宙の全体像を見せてくれただけでなく、超高性能の顕微鏡のような装置で、その宇宙に属する無数にある銀河のうちのある恒星系に属するある惑星上で生起する出来事をリアルタイムで見せてくれる。その惑星上では、長い長い歴史の中でついに生命が誕生し、下等な生命が次第に高等な生物へと進化し、ついには我々人間と同様の高度の知的生命体が出現する。

フェッセンデン博士は、特殊な装置を用いて、その惑星における進化に介入し、コントロールしようとする。そして・・物語の結末については、原作を読んでいただきたいのだが、最終的に「私」は、「この私達が属している世界・宇宙が、誰かの実験室に創られた小さな人工物でないということは、誰にも証明できない」という、ぬぐうことのできない不安を抱えたまま生きていくということになる。

上記のようなストーリーはかなり普遍的なものであるらしく、幾多の作家や映画監督や漫画家などの表現者によって、繰り返し同じテーマの作品が提供されている。

そのヴァージョンの一つとして、手塚治虫氏の「火の鳥・未来編」を思い出す人も多いのではないかと思う。この作品では、はるか遠い地球の未来において、主人公の山之辺マサトが、不死鳥である火の鳥に伴われて、極微の素粒子の世界から極大の宇宙まで旅をする体験をする。

そこでマサトは、大宇宙の構造が実は素粒子が形作る原子の構造と同じであるということを知る。素粒子や原子核や電子が形作る原子は、惑星や恒星や銀河が形作る大宇宙と構造的に同じなのである。したがって、原子を更に拡大していけば、そこには生物らしきものが現れ、さらにその生物はさらに微小の粒子から形成されている。壮大な、めくるめくような入れ子構造、それこそが大宇宙の真実の姿であるというイメージが提示される。

これらのイメージは、「極小のものと極大のものは実は同じものである」という、一つの普遍的なイメージを具現していると思われる。私達は、人間という存在を理解しようとするとき、一方では、人間を構成している臓器、細胞、細胞内小器官、分子(遺伝子を含む)、原子、素粒子へと際限なく分割し、極小の世界へと追及する道を辿る。また一方では、個人としての人間同士の相互関係、社会、生態系、地球、宇宙をも含む壮大な極大の世界へと探求と想像を広げていく。

では、人間を構成するとともに人間を包括する極小のものと極大のものは、実は同じなのか?

もちろん、同じではない。素粒子の上にへばりつくように生息している「生物」などいない。銀河系は、大宇宙を構成する「細胞」ではない。伝統的科学はそう我々に告げる。宇宙と原子は異なっている。細胞と人間は異なっている。身体と精神は異なっている。個人と社会は異なっている。理論と実践は異なっている。これらの「差異」を追及し、丁寧に記述していくことが科学の方法である。つまり、「どのように同じなのか」ではなく「どのように違っているのか」を記述することが、魔術的、迷信的、空想的な世界を科学化する道なのである。

では、これらは全く異なったものなのか? 相互に全く無関係なのか? そうではない。そのような「差異」の追及だけでは、人間や世界を十分に理解することも説明もすることもできない。人間や世界をめぐるあらゆる要素は相互に結びついている。

それでは、それはどのように結びついているのか? それらはどのような相互関係を持つのか? ありとあらゆるものを「結びつける関係」とは、どのようにして「科学的に」記述されるのか?

本書に掲載されている12編の論考と、執筆者同士のスリリングな相互交流は、そのようなテーマへの挑戦であるかのように、筆者には感じられるのだ。(以下続く)・・・・・
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sights先生

最終章のご紹介ありがとうございます。
ちなみに、本の帯は、池田清彦先生に書いていただけることになりましたっ!

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