肥大化するロック・ビジネスの世界で、常に高い理想を掲げて、孤高の道を模索してきたデッド。若者文化の震源地としてサンフランシスコが世界の注目を集めるようになった60年代半ば、この西海岸のボヘミアン・タウンで結成された時から、フィルモアやアヴァロン・ボールルームで演奏する彼らは、ユニークでシャープな意見を持つミュージシャンだった。そんな彼らがワーナーブラザースとのレコード契約が切れるのと同時に立ち上げたのが、彼ら自身のレコード会社、グレイトフル・レコードだった。同時に『LIVE DEAD』『AMERICAN BEAUTY』などのアルバムのヒットで、急増したファンたちに、よりよいサウンドを提供しようと、採算を度外視したウォール・オブ・サウンドなる巨大なPAシステムを考案。そんな形で理想をつらぬこうと頑張れば頑張るほど、赤字は累積して、そのプロジェクトが挫折するのは目にみえていた。スピリットはハイだったが、どこかで何かが崩れていくような…この『WINTERLAND 1973:THE COMPLETE RECORDINGS』が録音された1973年はデッドにとって、おそらく、そんな年だったに違いない。 これまで、彼らの良き理解者であり、プロモーター、名だたるコンサート・プロデューサーとして、シスコの音楽シーンをリードしてきたビッグ・ボス、ビル・グラハムは、夏にはカナダとの国境に近いレース場、ワトキンズ・グレンで、オールマン・ブラザースやザ・バンドらとともに60万人の動員を実現したデッドの活躍をねぎらい、11月9、10、11日のホームカミング・コンサートの会場、ウインターランドの会場前にこんな文句をパネルにして、花で飾り、デッドに贈った。「彼らのすることはベストではないけれど、それをしているのは彼らだけだ」と。 この年配のロック・ビジネスの首領に、友情と信頼と反発心を抱いていた、このヒッピーあがりのミュージシャンたちは、その3日間、ベストな演奏を繰り広げ、集まった地元のファンたちを興奮と感動のるつぼに叩きこんだのだった。 サイケデリックな宇宙へと誘うデッド・サウンドの代名詞的ナンバー「DARK STAR」、この頃アメリカに上陸したレゲエに早々と反応してガルシア&ハンターのチームが書いた「ROW JIMMY」、あるいはスペイシーなジャム演奏のキャンバスでもあった「PLAYING IN THE BAND」など聴きどころもいっぱい。このコンサートのわずか3週間前にデッド・レーベルからの1stアルバム『WAKE OF THE FLOOD』は発売されたばかり。カナダのフェスティヴァル・エキスプレス・ツアーで知り合った、放浪派フォークシンガー、エリック・アンダーソンとボブ・ウィアーが共作した「WEATHER REPORT」の組曲もこのアルバムに入っており、3つのヴァージョンが聴ける。このコンプリート・ラン・シリーズは2005年に第一回の10枚組が発表されて、大好評だった『FILLMORE WEST 1969』の第2回目にあたるものだが、2トラックの音源が最新技術を通じて、こんな豊かなサウンドに生まれ変わるとは…サウンド・エンジニア、魔術師、ジェフリー・ノーマンに脱帽だ。 (室矢憲治・MUROKEN)