ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

新世紀エヴァンゲリオンコミュのエヴァを語ろう\(◎o◎)/

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

純粋に、
エヴァンゲリオンというアニメそのものについて語るトピックです。

あれが何か?など。

細かい用語とか、
マニアックな部分とか語りましょう☆

コメント(30)

【つぶやきより】


あなたは意識であり、時空を超えた<気づき>だ。身体、DNAという信念レンズのセットで現実を知覚する。あなたは、あなたを忘れている。あなたが覚醒したとしたら、あなたの波長が、物理的宇宙に変化をもたらす。エヴァは、覚醒への布石だ。人は、自己という限定から出たとき、存在レベルがあがり、多くを知覚する。


エヴァンゲリオンというアニメに、人類が反応しているんだ。拘束や限定されたエヴァンゲリオン(あなたの身体)と、あなたという精神(シンジ君)のシンクロがあがれば、あなたは覚醒への道を辿る。ダミープラグ(他人の精神)じゃ上手くいかないし、外ばかり見てもシンクロ率はあがらない。



あなたは、自己という身体に限定された、身体という印象を超えた意識だが、
無限定の時空を超えた<気づき>から来ている。



いま、みんなが外に強く強くFOCUSして、意識を限定し、自分から離れています。

外向きの矢印をくるりと内側に向けたら、
本来の自分にFOCUSしていきます。


エヴァンゲリオン(自分の身体)から降りて、
外(自分以外)にFOCUSして、外から埋めようとしても見つかりません。


エヴァンゲリオン(自分自身)にFOCUSして、
あなたがあなたとのシンクロをあげ、これはこうだという限定がとれたとき。

本来の高次の意識(高次の自身:エヴァを超えた存在レベル)を担います。


最後の2話は、
最後の自己(精神)の限定をとる話ですね。


「これはこうだ」
というあなたの限定がクリアーになったとき、

あなたの存在レベルは、
アイデンティティーレベルを超えて、
<純粋な存在>となります。


すると、すべて(たくさん人など)とつながり、
ワンネスするわけです。

そして、すべてはひとつ。を知覚します。


ワンネスすると、
すべての生命への畏敬と感謝の念がでます。


だから、
おめでとう。です。



あれは、人類が限定を超え覚醒するアニメで、人類が反応しているんじゃないかなぁ。
と、私は思いますバンザイ
> こーたいし@光さん

スレタイだけ見た時は『またクソトピ建ったか…』
と思ったんですけど(笑)、なかなか面白い考察ですね。

【つぶやきより】ということはどこかからの引用ですか?
> やっくん@ヤシマ作戦さん

たて方下手でした(笑)
すみませんわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


自分のつぶやきですバンザイわっほぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)


今、エヴァンゲリオンを論じる時代から、感じる時代に来ていて、


自分が知覚できる範囲は、伝えてみようと思っていますわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)
最終話で、今まで「これが自分だ」「これが現実だ」と信じていた限定(自分自身が創り出していた限定)がとれて、シンジ君は覚醒したんだと思いますわーい(嬉しい顔)


シンジ君はそれまで、自分が現実(苦しんでいる状況でさえも)を創り出していることを忘れていた。

だから、苦しみ、もがいていた。現実という創造に対する責任を、他人に押し付け続け、苦しんでいた。


でも最終話で、シンジ君は気付く。
「いろんな僕自身が有り得るんだ」
「僕は僕だ」
「僕はここにいたい。僕はここにいてもいいんだ!」

現実という創造の責任を、自分自身でとった。創り出していた限定が一気にはずれた。
シンジ君が、自分の源を取り戻した瞬間。
自分とのワンネス。すべてはひとつ。覚醒。


だから、「おめでとう」。



僕が知覚できるのはこんな感じですわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
シンジ君が自分とワンネスする瞬間。最終話より。



シンジ「でも、僕は僕が嫌いなんだ。」

レイ「自分が嫌いな人は、他人を好きに、信頼するようになれないわ。」

シンジ「僕は卑怯で、臆病で、ずるくて、弱虫で、・・・」

ミサト「自分がわかれば、優しくできるでしょう。」

シンジ「僕は僕が嫌いだ。・・・でも、好きになれるかもしれない。僕はここにいてもいいのかもしれない。そうだ!僕は僕でしかない。僕は僕だ!僕でいたい!僕はここにいたい!僕はここにいてもいいんだ!!」



許し。自分が感じていることを感じることを許す。わーい(嬉しい顔)
『自分に正直になることは、他人をやさしく思いやることへとつながります。』(ハリー・パルマー著:リサーフェシングより)

シンジ君の覚醒の瞬間。おめでたいわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
ヤバい、、めちゃめちゃ面白い。。


嫌いな自分というアイデンティティーと統合して拡張したシーンか!


自分が感じていると感じていることを許す。。


あるがままだね。


他人に投影して、
抵抗して、
自分の中にないものを抵抗して、抵抗して、抵抗して、


抵抗することに抵抗しなくなったとき、
アイデンティティーが統合されたんだ。。


シンジ君に、(自分の名前)という名札を貼ったとき、
すべてがほどけだす。


エヴァンゲリオンという場がつくりだしたのは、
相対性の場だ!



私が私に気づき、ワンネスに向かうために、インスピレーションが降ってきた。


統合の場だ!


あのアニメを感じるだけで、重要なアイデンティティーのいくつかが統合出きるわけだ!


だから、人類が覚醒に向かうにあたり、
みんなのなかの魂が反応しているのか!


というか、
魂のルフランの歌詞ヤバイな!!!


私に還りなさい。


面白い〜!!!
本当は、その質問を外にせずに、自分にすることで、
自分にフォーカスして、統合していきます☆



挑戦してみますが、ちょっと覚えてないですw


簡単にいえば、それらはすべて外の話しですね。



すべては、福音(エヴァンゲリオン)に向かう動きですね。
角度はふたつしかないです。

覚醒or現実創造。


アニメのなかで、覚醒するためには、
いくつか方法が必要となっていますね。


・使徒をすべて倒すこと。
そして、生命の木へ向かうこと。覚醒すること。(ゲンドウ)


・人類が罪をみとめ、
そして、覚醒すること。(ゼーレ)


これは、ですね。
外(自分以外)の何かにフォーカスして、
それにそって、人類を覚醒して、あたらしい人類へと進化していこうじゃないか。
という動きです。



例えるなら、、、


死海文書とか、その他の覚醒する方法にしたがって、
本来の自分に戻る方向が、せふぃろとの木へ向かう方向だと、感じます。


使途はキリスト神話ですね、
人間が神様に近づこうとすると、あらわれる。
(覚醒には本当は関係ないのですが。。)


わたしからすると、
エゴです。自分のエゴ=使徒。


エゴが本来の自分(おおいなするべて=神)から遠ざける。



死海文書は外のヒトがいう答え。
ここによりそったとしても、結局は外の答えですね。




でも、、、、、
このすべてが、結局覚醒を知らない人類が、
外に答えを求めたにすぎません。

アニメの中の、誰も本当の覚醒に気づいていないからです。
製作側も、基にしたものも。


この角度が入ればわかりやすいです。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=61820324&comm_id=5594817



その外にある答えに従わず、
内側の答えによりそい、純粋な存在(自分)に向かっていくことが、
本来の覚醒です。


シンジ君は、自分に寄り添ったわけです。


そして、覚醒しました。


覚醒すると、おおいなるすべてまで戻るので、
みんな色々できると思っていたわけです。


でもですね。
言語にするのがムズカシイですが。。


最後、みんな溶けますね。
ひとつになりますね。
すべてはひとつ。ワンネスを感じたわけです。

あれは、まさしく、
自分が覚醒するストーリーなんです。
どこかの誰かがつくったものという角度ではないんです。



あれを、自分の外のこととして、感じていないと、
入っていきません。



あのアニメを感じる必要があります。


この話を自分のことと捉えた瞬間に入る角度があるんです。



むぅ、上手く言えない。。。
あのアニメとひとつになれば、感じて気づきがあるのですが。。


むぅ。。
> Simさん

言葉不足ですみませんぴかぴか(新しい)

詳しく調べて、
つなげられるところは、つなげていけれればと思いますバンザイぴかぴか(新しい)


人間の本能的な部分を書いているのが、
エヴァンゲリオンで、
これは、自分で自分を感じたときに、
ピカーーーンときますバンザイぴかぴか(新しい)


私たちから、ボディを取ると、空間に漂う意識となります。


意識から、限定を取ると、
(時間も空間も限界も限定もない)
無限定の《気づき》になります。


《気づき》と、
このヒトというボディのミックスが、
人間です。


《気づき》と、
もう少し物理的宇宙に近いもののミックスが、
思考を持たない動物ですわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


感じると大丈夫です。



覚醒とは、
存在のレベルを《シンプルで純粋な存在》になったときに、

《気づき》が拡張して、
大きな《気づき》の存在レベルになることです。


シンジ君は、最終回で、
自分を感じ、

限定と限界を超え拡張することで、
シンプルな存在になりました。


これが悟りの一種となる動きですねわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


無限定の《気づき》レベルまで、

限定された《気づき》を解放することで、到達したわけです。



存在のレベルを限定も限界もない《気づき》まで拡張させていくと、
宇宙が内側にあります。


この状態になると、
信念が努力なしに、現実創造となるんですね。

(地球だと物理的制限があるので、ある限定の範囲内でソレは起こりますが。)


これは、キリスト意識や、ブッダ意識が到達したとこなんですけど、
現在は、意識レベルが上がっているので、
誰だって到達出来るわけです。



これを、人類みんなでやるわけです。
それが人類補完計画。

そして、地球でより《気づき》に近いものとして存在していきます。
これが、新しい生き方。


アニメでは、エゴの範囲内でドラマチックに描かれていますが、


エゴがたくさんあると、そこには到達不可能です。


映画でみんなが溶けてひとつになりますね。


あれは、個が失われる印象を植えつけましたが、
自分的にはちょっと違うかなぁと思います。


個にして全。


個性があるが、すべてはひとつで、覚醒している。


これが、新しい劇場版で描かれると思います。


アニメといままでは、
《破壊》としての表現でしたが、

たぶん、《調和》として描かれるはずですバンザイぴかぴか(新しい)
めちゃめちゃ面白いな!!!

エヴァンゲリオンは、わたしの物語。僕の内側の話。あなたの内側の話。

内側にフォーカスし、自分に正直になったとき、エヴァの話と同じことが起きたわーい(嬉しい顔)
旧劇場版と新劇場版って、やっぱり別物って感じる。
てか、これが本来の「新世紀エヴァンゲリオン」の企画としての方向性だったんじゃないかなって思う。

企画から庵野さんの初オリジナル企画で良質なエンターテイメント作品を目指していたはずが、方向転換して様々な化学反応を起こして旧シリーズはああなっちゃったって感じます。

時間の問題もあったり、プレッシャーもあったり、痛々しいくらい必死に世界の中心で愛を叫んでいたような…
とにかくリアルな現状を描いてきた週刊締め切りアニメみたいでした。

最終回間際なんて崖っぷちで、もうこれ以上下がれないぞ! どうする?

みたいな。

もう予告も絵コンテで見せてしまえ!

えっ? 次回は絵コンテすらも間に合わない!?

とか…



自分たちだけで精一杯だっただろうし、それをそのまま投影させたアニメを見せられてきたように思いました。

お陰様で、それまで手掛けてきたアニメ作品とは異質な印象のアニメになりましたよね。

それが幸か不幸か、社会現象となってしまいましたが、本来やりたかったのは新劇場版の方向性だと思っています。

新たに会社を作ってまでやるからには、これまでのエヴァからヱヴァへ変わる必要があったのかもしれませんね。

いちファンとして、これからも応援していきたいです。

以前よりも愛を感じると言っては言い過ぎかもしれませんが、ポカポカした思いやりが新劇場版には感じられます。
>かずやん

そう、これは、
自分の物語、あなたの物語。

みんな自分のことと思ってみたら、同じことが起きる〜!

みんな外をみているから、
自分という存在に近づけないのかもね!



>やまとさん(同じ名前!?)

そうですね、
いま、劇場版であっているのは、
パラレルな次元でのエヴァンゲリオンですね。


エンディングは複数あるか、あるいは調和のほうだと思います。


たぶんなんですけど、
たぶん製作者側の知覚できる領域が増えているんだと思います。


最終回の二話は、
製作者側がというよりかは、
視聴者がわが知覚できていないのが大きいからだと感じます。



なぜなら。あれをエヴァンゲリオン(外のアニメ)として、
論じているからです。



あれをエヴァンゲリオン【福音】(自分自身のこと、内側にダイブするアニメ)
として、感じていなかったからです。


社会現象となっているのは、
現在の人類覚醒へのスパイスになっているからだと思います。


●ちょっと変な話。
http://abetoshiro.ti-da.net/e3000443.html

●「宇宙意識」、「覚醒」と、「ソレ」と「私」。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1720973344&owner_id=4209164


たくさんのヒトが、
覚醒しつつあるわけです。



これは、
変な話ですが、地球上で起こっていることで、
存在のレベルを気づきに近づけていくことで、
起きて生きます。




あれを、
エヴァンゲリオン=アニメ
エヴァンゲリオン=わたしじしん


として、知覚しているかの問題にも見えます^^


量子論でいう、
観測者という媒体なしではすべては存在しえない。

みたいな感じです。


世界は、私たちの知覚で出来ていて。
存在の仕方によっては、

現実の感じ方が違って見えるようです^^



前回の映画で、アニメなのに、実写映像がまじっていましたね。
これは、
自分のことだと、
感じさせようという、試みだったのですが、

失敗に終わったというか、
そこまではまだ、人類が知覚できない領域で、
数人だけ気づいていたということです。



今回もそうなるはずです。



最終二話は、一番好きです。
私のこととして、私のせりふとして、感じれたとき、
みんなもワンネスします。


要は、あのアニメを、
娯楽としてみるか、私自身の福音としてみるか、
この二択で変わります。




99.9%以上のヒトが、私(あなた)自身の福音として、
見てはいません。



だから、謎なアニメとなりました。


あのアニメは、論じるという次元を超えなければなりません。


他の誰でもない、自分自身のこととして、味わい、感じ、統合し、覚醒し、
知覚しなければなりません。



論じるということは、その対象から離れて、知覚していることです。
感じるということは、その対象とそのものになって、知覚していることです。



覚醒していないと、知覚出来ないと思います。
この時代にでてきたのは、準備が出来たからです。


そして、
さらにススムために、
あたらしい劇場版ができています。


これは、人類が進むために、まさに今、
アニメという領域で、働きかけていることだと思います。


アニメじゃない領域の分野で、
たくさんのヒトが既に知覚しつつあります。


そんな感じに、私は思います^^
たしか、
コクピットって、

魂の座と銘打っていたような。。


神児くんは、

神の子、つまり、私である。<我あり>の部分が神児くんだ。魂を宿すもの。
シンジくんは、まさに私たちのなかにいる。


シンジくんのハイヤーセルフがお母さんだ。
だから、いつもコクピット内でサポートする。



綾波レイ、。

霊。

霊が魂(神の子=シンジクン)と交流するわけだ。


ソウルメイトになるのかな?

だとすると、
シンジ君を覚醒させるためにいるわけだ。


あ!


シンジクンは、
エヴァに乗りたがらない。


エヴァ(ヒトのからだ)に乗ると、限定されるからだ。そこから本来の自分に覚醒しなければならない。


自分の体と魂が、不調和になることを示している。
現代とまったくおなじや!
そして、みんなエヴァ(体)から降りたがっている。


登場人物は、他でもない、
観客すべて。


エヴァンゲリオンは、
あなたの興味を引き出すものではなく。

エヴァンゲリオン=あなた。だ。
登場人物のすべては、あなたの側面であり、
そうでなかったことはない。


エヴァ=あなたの体(あなた)
シンジ=あなたの魂(あなた)
レイ=ハイヤーセルフかな?
使徒=エゴ→エゴを精算すると覚醒
渚カオル=最後のエゴ、「裏切る自分」というアイデンティティー?
ゼーレ=ヒトの精神的高慢さ→このエゴを精算しないと覚醒は不可能。
ゲンドウ=自己否定の(自分の)アイデンティティー。
死海文書=あなたが外に求める答え。(こうやれば高度に発達した生き物になれる。)→みんなの参考書
エヴァシリーズ=毒をもって毒を制す。自分が統合すべきアイデンティティーたち。精算することで統合へ向かい、覚醒へ向かう。



後の人々は、統合すべきアイデンティティー。



色々な観点があると思うバンザイぴかぴか(新しい)

細かくみてくと、オモシロスバンザイぴかぴか(新しい)
> こーたいし@光さん

返事を求めて書いたわけでもないのだけど…

それなのにコメントありがとうございます。


エヴァだけに限らず、作品の観方って、人それぞれでいいんじゃないかなって思います。

謎解きを面白がって観るのもかまいませんし、エヴァってカッコイイな〜
アスカやレイが可愛いな〜
でも間違ってないと思う。

もちろん、おっしゃる通り、エヴァ=自分の物語でも間違っていません。


自分の意見としては、

エヴァは「こう見なければいけない!」なんて固定観念で決め付けずに様々な視野を持って観た方が楽しいんじゃないかなって感じます。


でも、エヴァって庵野監督という神が作った世界ですし、登場するキャラクター達も自分の分身だと言う話も聞きました。

そのエヴァの世界にハマった人達は、その作品世界に鏡のごとく自分自身を投影しながら観てしまう人がいて当然でしょう。

エヴァという世界に呑み込まれてしまったなら尚更ですが。
だから、「エヴァはこうなんだ!」って、まるで哲学者にでもなったつもりで難しく突き詰めて考えちゃう。


ま、そもそもエヴァって自己と他人との物語で、
作品用語を用いるとATフィールドのお話に終始しますよね。


今から思うと、最終2話って劇場版に比べたら不親切かも知れませんが優しいお話でした。

わざわざ映画化しなくても良かったかも?

とさえ思いましたもの。

人類覚醒?

難しいお話ですね。

覚醒=目覚める

と言う意味ですが、認知力の拡大…ガンダムで言うところのニュータイプ論もありますよね。
人と人とが誤解なく解りあえるとかって…

エヴァで言ったら、やっぱりアンチATフィールドってことになっちゃうのですかね?

よく解りません。

そもそも、覚醒って今までの常識に縛られた世界で普通に生きていたら無理ですよね。

何か大きく状況を変革させるか、ガンダムじゃないが人類を宇宙へ運んでしまったり、エヴァならセカンドインパクトやサードインパクト的なことでも起きない限り難しいのではないかなって思うのです。

それから、エヴァの旧劇場版って、自分自身と言いますか、エヴァに囚われてしまっているファンに向けての「庵野監督からの思い」によって制作された映画ですから、まぁ、エヴァ=自分自身と捉えて感じてくれた方が制作者冥利につきますかね!
あ、ちなみに、

パラレルな次元でのエヴァンゲリオン…

それはないでしょう。

もし、パラレルや旧劇場版のループ的な作品ならば、庵野総監督が嘘をついたことになってしまいますから。

キチンと「再構築」だと公言されていますし、改めて気分を一新した現代版のエヴァンゲリオンだとも述べておられます。

同じ物語からまた違うカタチへ変化していく4つの作品を、楽しんでいただければ幸いです。

とパンフにも書かれていましたよね。
> 大和 。さん
ありがとうございますほっとした顔

あんのさんも言われたのですねふらふら

すみません、
いま、ワンネス(絶対的なi<愛>の空間になる)したので泣き顔泣き顔
取り急ぎ。。

そうですねわーい(嬉しい顔)

そうでもあるし、そうでもないし、またどちらでもないかもですね

パラレルもなにもかも、すべては連続同時です。

たしかにすべてはATフィールドですね。

すべての人がエゴ(外に向かって伸びる)を消し、
こちら側でのアイデンティティーが<ピュアな存在>のレベルに到達すると、

心の壁<ATフィールド>がなくなります。
すると、回りの空間や、世界、宇宙との分離がなくなり、すべてとひとつ(覚醒)になります。


侵食するとは、無理やり、入っていくこと。
これも聖書による<本来の人間は罪>に基づいていますが、
本来はそうではありません。




アニメでは、覚醒=残酷な人(人は生まれながらにして罪)に基づいていますが、それは覚醒=いきとしいけるものとの調和とは真反対です。

今回の映画では、
覚醒=調和(←こちらが本来のワンネス)。
が描かれてゆくはずです。



現にシンジくんは、
弐で、ひとりで覚醒しました。
聖書に基づき、天使にはなっていますが、
実際は、連続同時に遍在し、一切の分離がない、
したがって、ひとつであり、大いなるすべてで在るもの(神とよんでもいいかもです)





ワンネスしていく別次元でのエヴァンゲリオンだと感じます。


つまり、
人間=神より分離せし罪
という次元から、

(本来の)人間=神の側面(神そのもの)
への表現の変化です。


ここでいう別は、
異なったという感じではなく、
連続に続いていて
すべてが同時に。


連続同時に遍在する
在る存在という感覚です


世界に分離はなく、相対性の世界で分離を知覚します。


どうやら、
絶対性の世界では、わたしはすべて<それ>であって、
すべてのわたしが世界に、連続同時に存在しています。


製作者側の意図が
どこまで達するかわかりませんが、



なにかこう、、


このトピックが面白くなってきましたバンザイぴかぴか(新しい)
ありがとうございますわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)
> 熾華★@ヤシマ作戦さん

コメントありがとうございますわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)



今日エヴァファンの人と話したんですけど、

セルトラルドグマは人間のDNAの複製とかに確か関することで、

その他、細胞に模した名前もあることもあり、

やはり忠実に内面を示したものっぽいですね。


自分の内側にエヴァを入れると、
感じやすくなるのかな。


エヴァを外側に置くか、
内側に置くか。


自分の肉体と精神の話であり、
強烈にそこに気づく必要があります。


結局、私の中の私との統合にかかってます。


人は、
嫌いな人にあったとして。

その自分が、内側にいたとしたら嫌がります。


その自分(アイデンティティー)を拒絶しています。

人の頭の中には、たくさんの住人がすんでいて、
絶えずおしゃべりしています。

あーでもない、こーでもない。


そのおしゃべりが静まったとき、自分の中にある住人が拒絶を超えてひとつになるとき、

あなたがあなたとひとつになるとき、

あなたがあなたの中にあるアイデンティティーと拒絶がなくなるとき、

そこに分離がゼロのとき、

覚醒します。

ワンネスという状態です。

そのとき、あなたは1つです。調和してます。


あなたがあなたと1つであり分離してません。


それが世界との分離を超えて、
テレパシックにつながって《我あり》と、目覚めます。


このすべての身体と精神の連鎖反応を示したのが、

エヴァンゲリオン(エウアンゲリオン:福音の意)だと感じています。

個人的にですが、私はそう感じていますわーい(嬉しい顔)
自分的にはアニメはシンジ君の内面。旧劇場版は外面的視点で補完計画を表現したんちゃうかなぁぢて思います電球
どっちにしてもシンジ君は他人を受け入れることを決めましたし。


新劇場版は序見て、ループかと思いましたけど、やっぱ庵野さんなんで、ループは否定かなぁって思ったりもします。公言通り、破からはめっさ変わりましたしねムードムード

ただ、カヲル君だけは使徒やから別次元でも記憶共有なんちゃうかなぁって考えたりします(笑)
だからあの破のセリフかなぁって。

と、妄想したりウッシッシ
> 熾華★@ヤシマ作戦さん

同じ気持ちの人がいてくれたんですね。嬉しい限りです。

旧TVアニメは色んな意味で緊張感もいっぱいで次回はどうなっちゃうんだろ?
と観ている方も常にハラハラドキドキでしたね。
あんな完結を迎えるなんて予想外でしたが、終わった後に寂しいと言いますか、虚しさだけが残りました。
祭りが終わってしまった後の気分のようなものです。

次回「Q」では、これまでと違う、また別のカタチに進化したエヴァが観られそうですね。
Q楽しみですねわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


もう少し、伝えたいことがあったので書き込みたいと思います。



【つぶやきより】

エヴァンゲリオンがこの体。
碇シンジ(神児)が魂だとわかったら、あのアニメの中で起きてることがすべてわかるだろう。
(エントリープラグ内は、魂の座、器と呼ばれる)


「エヴァンゲリオン」ではなく、
自分にFOCUSして、

「私の物語」として見たら、とてつもないことに気づくだろう。

あれは、人類覚醒のアニメ。
だから、10年以上の謎は私にFOCUSした瞬間に溶ける。


エヴァンゲリオンは、自分の身体に起きることをすべて表現したアニメなんだ。他の誰でもない「私に関する物語」。

覚醒、シンクロ率、統合、最後の自分とのワンネス(ひとつになる)。

みんなが自分のこととして捉えるのに10年以上かかった。10年以上の謎は私にFOCUSした瞬間に溶ける。



--------

覚醒という状態ですが、

この星で、
たしかに存在してます。

意識が気づいている状態です。

(自分はこの肉体だけに限定された意識ではないと、そこを生きている。)


マトリックスが世界の変容をある程度加速させました。


後は、エヴァンゲリオンが引っ張ってます。



ジム・キャリーさん、ジュード・ロウさんが覚醒されてたので、


そろそろ頃合いかなーと思いました。


・ジム・キャリー 目覚め


ジム・キャリーさんが覚醒した話をする動画です。

おもしろいので、みてみてください。


ジム・キャリーさんが思い出した、

すべてとひとつになること。



シンジ君は、

私は、私だ!と悟る瞬間にすべてと繋がって、覚醒します。


最終回のシンジ君と同じです。



すでに、私的な意見は、書きましたが、

エヴァンゲリオンとは、私たちの身体に起きる反応です。


エヴァンゲリオン(ギリシャ語で福音)とは、

私たちにまさに起こることです。


それを、登場人物と乗り物、魂の器で表現してます。

人間にまさに、おきる反応を、

いろんなアイデンティティで、表現してます。


エヴァンゲリオンはゼーレの考えにカルマの生産がありますが、
バンプオブチキンは、歌詞でおおくの部分を表現してます。


・BUMP OF CHICKEN-カルマの訳
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1743252387&owner_id=4209164


いままでは、圧倒的にあれを外のこと捉え、

自分のこととフォーカスして、

感じる人はすくないという状態でした。


いまは、ジム・キャリーさんはじめ、俳優さん、

多くの人が覚醒しはじめていると思います。


徐々に、覚醒する人が増えれば、大多数が<気づく>ことになると思います。

存在がアイデンティティーと、

エゴの限定のバランスを保ち、いまここにあること。


ちゃんとエヴァ(身体)に乗り、

ダミープラグ(外の世界のモノ:精神)は使わず、

パイロット(魂)とシンクロ率をあがり、

拘束具(これはこうなっているんだという限定)をときはなてば、

覚醒します。


と、感じています。一番好きなシーンでしっくりきたのが、最終話です。

純粋な存在になったシンジ君が、自分と一つに、世界と一つになります。


そして、すべてはひとつだと知ります。


★よだん★

脳は、0.1秒で情報を処理する。0.5秒でマインドが介入するといわれています。

0.00に在るのは不可能。

自分たちが、いま見ている映像はすべて電気信号が見せる過去。

自分たちは、一度目から入った映像を脳に送り、

みんなの考え方(信念)の色眼鏡で世界を知覚します。

現実をそのまま知覚するのは不可能です。通常は。

0.00、「いまここ」を経験すればすべては至福になります。

それがワンネス。(とか悟りとか、エンライトメントとか呼ばれてます。)


純粋に存在するとは、0.00に在ることです。

最後に、シンジ君は、みんなが色眼鏡をはずしてくれたお陰で、
世界をそのまま見ました。
在るがままみました。

それは、至福だったわけで、まさに、おめでとうでした。



・ジム・キャリー 想念の力について語る


2こいっぺんには貼れませんでした。

こっちもあわせてみてみてください。

エヴァンゲリオンの最後のセリフたちがリアルになってきます。

ログインすると、残り8件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

新世紀エヴァンゲリオン 更新情報

新世紀エヴァンゲリオンのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。