ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

中国と日本の誤解をなくそう!!コミュの南京大虐殺について

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
南京大虐殺について皆さんがどんなふうに思っているかわかりませんが、実は先日コミュに入れて欲しいという人がいまして、その人のメールには南京大虐殺には証拠がないと書いてあり、ちょっと感情的になってしまい拒否してしまいました。
自分もその時代に生きていないので、詳しいことは資料上のことしかわかりませんが、これは確実に実在したことだと思います。この事件で何人の人の命が失われたか・・・。
ちなみに中国では南京大虐殺についてのDVDも発売されていました。
皆さんはこの事件に対しどんなふうに思っているのでしょうか?
よかったら意見・感想など聞かせてください。

コメント(101)

>ルパン4世さん
上海上陸〜南京陥落までの中国側の死者数の合計を
南京事件での死者の総数としてカウントするというのは、
ちょっと無理があるのでは。
戦闘での死と虐殺での死を混同してしまうおそれがあります。
また、範囲を広げれば広げるほど、
南京事件の本質、あるいは責任をぼかしてしまうおそれがあります。

>第六天魔王さん
コテハンを変えるのはちょっと紛らわしいですよ、苦笑。
一方的に他者を責めるのもなんですが、
その前に「南京事件」に対するあなたのスタンスを語る必要があるのでは。
それがないと、ただの揚げ足取りになります。


私の南京事件に対するスタンスは、
虐殺はあった、です。
ただ、中共の語る30万などはあり得ないですし、
笠原先生の20万説にも無理があると思います。
南京事件という以上は、
南京城内ないし、南京周辺に限定すべきだと思います。
また、当時、南京市及び、その周辺の人口を考えれば、
私は、秦先生の語っている、
1万5千プラスアルファくらいではないかと推測します。
場合によっては、それ以下かもしれませんが。
*第六天魔王さん

>官給品である弾薬を無駄に
する馬鹿が居ると思いますか?

戦争は極限状態の中で行われます。
である以上は、無駄と意識しないでも乱射してしまう可能性だってあるでしょうし、
人間一人虐殺するのにどれほどの弾がいるでしょう?
また、個人としても虐殺ではなく、
軍として、あるいは、部隊として虐殺を行ってしまったら、
弾薬を無駄に、なんていう話にはならないですよね。
たとえば、孫引きで申し訳ないですが、
第16師団の佐々木少将の
「俘虜ぞくぞく投降し来り数千に達す。激昂せる兵士は上官の制止を聞かばこそ片はしから殺戮する」
という記録もあります。
数千がはたして実数として正確かどうかは、検討の余地がありますが、
すくなくとも、俘虜を殺戮するという場面はあったことは確かでしょう。



一言で言えば・・・


中国は嘘をついている部分がある・・・


以上。
まとめて言えば、日本は悪いことをしておいて後に言い訳をする。
場合によって、悪いことをしたのは自分がしたいのではなく、相手にさせられたと。
いわゆる責任転嫁。

以上。
第六天魔王さんへ:
>敗残軍の將や反逆者も祀られてる。
とありますが、それは、「敗残軍の将や反逆者」も日本人で、しかも彼らを支持する日本人がいるからでしょう?
祀られて当然。
彼らの支持者が祀らなくとも、彼らの子孫はそうするでしょう。

確かに中国人は、悪者を死んでも許さない、死んでもその人は悪者だ、私が死ぬまでそいつを恨む必要がある、と考えている人は多いでしょう。
それは人情ってものを持っているからです。

わかりやすく言えば、死刑実行後の犯人に対する遺族の気持ちそのものです、いかがでしょう?
犯人はもう死んだし、十分罪を贖ったからもう許してあげる、と考える遺族は一人もいないと私は断言できます。
犯人の家族が毎年命日に墓参りに行くと、「何だあいつら、人を殺しやがって。私の息子(娘、夫、まぁ何でも)を還せ!」と叫ぶ遺族だっているはずです。
(靖国問題と似ている)

便衣兵とは兵隊が民間人の服を着て敵(当時の日本軍)を混乱させたり、殲滅したりする人間の事を指します。
ある意味、一種の戦略でしょう。
当時の日本軍のやっていたこと、卑劣さで言えばまだ全然及ばないはずです。
細菌戦、毒気戦、三光政策などをリサーチすればすぐお解かりになりますね。

縦襟や詰襟のこと、正直、当時の状況をよく知らないので勝手に発言したらいけないので、保留にします。
その辺の知識、持っていませんし。
でも、これからは調べるつもりでいます。

いいえ、疑うのは悪くありません。
自分なりの考え方を持つことはむしろ、素晴らしいことだと思います。
おっしゃっているのは例の野田少尉(だったっけ?)らによる殺人競技のことですね?
意気を上げるためのでたらめ記事だという主張はありますが、私はそう思いません。
日本人は従来、潔癖症で、捏造などをしたら信頼を失う、白眼視されると覚悟していながらそんなことをするのはとても考えられません。
新聞に載せるような大きな出来事ですし。
便衣兵が話題になってますね。

ところで便衣兵とはなんぞや.....。
たっしさんが述べているように、
>兵隊が民間人の服を着て敵(当時の日本軍)を混乱させたり、殲滅したりする人間の事を指します。<
ということなのだと思います。
ただ、こうもいえると思います。
?便衣兵とは、便衣(平服) を着ている兵士
?便衣隊として組織だって便衣を着て戦闘を行う兵士、いわゆるゲリラ隊。

じつは、日本軍の記録の中に便衣隊の兵士を軍事裁判にかけたという記録があるそうです。
とすれば、日本軍の認識の中には、
便衣隊の兵士もあくまで兵士として扱う、としていたわけです。

ところで、問題なのは、便衣を着ている兵士、なのでしょう。
日本軍との戦闘を放棄した中国兵(間違ってはいけないのは、この兵士達は中共軍の兵士ではなく、国民党軍の兵士だということ。)は、最初に何をしたかというと、
自ら武装解除し、なおかつ捕虜として日本軍に扱われたくないので、
急いで平服、すなわち便衣に着替えたのです。
なぜ、中国兵は、捕虜になりたくなかったかといえば、
当時、中国側では、日本軍は、捕虜を虐待したり、
最悪の場合は虐殺するという認識が広まっていたからです。
これが根も葉もない認識ではない、ということは、日本側の資料からもはっきりしています。

日本軍の側にしてみれば、
数百という単位であるいは数千という単位で自ら武器を捨て、
便衣を着て市内に潜伏してしまった中国人をどう扱えばいいか、
これは戦争という極限状態の中ではあるにしても、
非常に深刻な局面に至ってしまったことは理解できます。
まして、中国側のゲリラ戦に苦戦していたのも事実ですし。
そこで以下のような通告がでることになります。


「南京城内掃討要領」及び「掃討実施に関する注意」
遁走せる敵は、大部分便衣に化せるものと判断せらるるを以て、
其の疑いのある者は悉く之を検挙し適宣の位置に監禁す
青壮年は凡て敗残兵又は便衣兵と見なし、凡て之を逮捕監禁すべし
(偕行社「南京戦史資料集」P-550、551)

この通告は、1937年12月13日、上海派遣軍第九師団・歩兵第六旅団長・秋山少将より発せられています。
よく読んでもらえばわかるように、めちゃくちゃな通告でです。
とくに「青壮年は凡て敗残兵又は便衣兵と見なし、凡て之を逮捕監禁すべし」は、あまりに横暴であると言わざるを得ません。
この通告一つとっても、
南京における日本軍の姿勢というものがわかるというものです。

ちなみに日本側の一次資料の中には、
南京城内で日本軍が便衣隊及び便衣兵と交戦した記録は残っていません。
ところがおもしろいことに、
中国側の資料には、南京城内に国民党のゲリラ部隊が数名潜り込んで、
日本側と交戦しやっつけたという記録があります。


以上、便衣兵について、思い出したことです。
ダミアンさん

ご指名ありがとうございます。w

>通州で虐殺の指揮を取った部隊長が
日本軍と交戦し…敗色濃厚になったら
部下を見捨てて便衣で逃亡した事を知ってますか

保安隊第一総隊長の張慶餘のことですか。
おっしゃっていることが事実かどうか、以前にも疑問に思って調べたことがありますが、
はっきりした一次資料がなかったので、
私個人としては事実として確認できていません。
はっきりしていることは、通州での虐殺が行われたあと、
規律の非常に悪かった保安隊は、
北京(北平)へ向かうまでに四分五裂してしまったということです。
軍としてのまとまりが欠如していた以上、
張慶餘が逃亡した可能性はかなりありますね。
当時の中国の軍閥の軍隊はとても質が悪く、
自国民に対して略奪・暴行など頻繁に起こっていたのは、
ダミアンさんもご存じことと思いますから、
逃亡が必ずしも責められるものではないと思いますが。

逃亡で思い出すのは、日本陸軍の富永恭次中将ですね、私の場合。
東条英機の腰巾着と言われた彼は、東条失脚後左遷、
第四航空軍の司令官としてフィリピンに赴任します。
1944年夏のことです。
彼はここでなにをしたかというと、陸軍初の特攻隊を編成して出撃させます。
最後の一機になったら私も特攻すると語り、
400名もの特攻隊員を送り出したのは、まさに富永中将でした。
その彼が1945年1月、参謀以下自分の取り巻き連中を連れて、
台湾へと敵前逃亡します。
1945年1月のフィリピンといえば、
まさに日本軍が壊滅寸前となっていた時期です。
フィリピン方面軍司令官山下奉文は、
事後承諾にきた富永の部下を面罵したというのは有名な話ですね。


戦争は極限状態の中で行われているのは、自明なはずです。
時として、いかに生きるかということに執着してしまう人もいます。
いろいろな生き様があってしかりだと思います。
中国人だから、日本人だから、というわけではないと思いますよ。










第六天魔王さんへ:
>戰と個人の殺人を同列に扱うな
あえて聞きますが、殺人には正義なる殺人なんてあるのですか?
これはね、詭弁というのですよ。

>靖国 内政干渉
干渉なんて中国も韓国もしてません。
日本の一首相があの狂った日本政府が起こした侵略戦争に参加した人のために「墓参り」に行ってるから、それに対しての強い抗議をしているだけです。
日本に派兵して一般人(主に遺族)の参拝阻止をしたり、あなたの言うように神社を爆破したりするような行為を取って初めて内政干渉、過激手段と言っていいでしょう。
しかも、中国も韓国も民間人や遺族の参拝を不快に思っていません。
(例えば、池田小で小学生を無差別に虐殺した宅間守の家族が命日に墓参りをするとする、これは殺された生徒の遺族が関わることじゃない)
しかし、国を代表する首相が参拝すると事が変わってきます。
宅間守の元勤務先の上司、または池田小の校長が墓参りをすることと同じです。
遺族が不快に思うのも仕方ありません。
お分かりになりますか?
反論はいいですから、被害者の立場に立って1秒でいいので考えてみて下さい。

軍刀の話ですが、ここでは軍刀の性能、首を肩から完全に地面に落とす能力なんか話しておりません。
殺人競技のことを言っているのです。
お宅の家伝には全く興味ありませんが、今の普通の市販の包丁だって、簡単に7,8人を死なせるから(秋葉原のことを思い出してみて)。
一遍に100人を殺したと言っているのです。

毒ガスの話になるとあなた、完全に責任転嫁ですね。
毒ガスの開発を認めておきながら戦争に負けるなり尻叩いてさようならしたら他人事ですか?
渡すと認めることになるから撤退する前に証拠隠蔽を一生懸命したんじゃありませんか?地下に埋めたりして。
周辺住民にどんなに迷惑をかけているかを知らん振りして黙っていたらまだマシだけど、そこに住んでるあなた(住民)が悪いとで言い出されると、品行を疑います。
「恥を知れ」がピッタリです。

自分の犯した罪について謝罪もしないでこれから仲良くやっていこうねなんていう今の日本の姿、あまりにもモラルに欠けていて、大人のすることじゃありません。

ダミアンさんへ:
法の精神なんか偉そうに語るつもりはありません。
ここで言っているのは「人情」、つまり人の気持ちです。
あなたにも凶悪事件の被害にあった家族がいたら、あなたも「無法者」になるはずです。
気持ち的には一生許せない、と思うのは当たり前でしょう。

「一般人を巻き込む戦略」の前に、当時の日本軍の「掃蕩」、「見せしめ」などがあったからでしょう?
民間人の服を着れば難を逃れることができる、場合によっては敵の内部に侵入することもできると考えてからのやり方でしょう。
もう一つ加えますと、当時の日本軍は老若男女を問わずにどんどん殺していったよね?
何を説明しています?
便衣兵を、なんて、もう口実なのは明らかです。
(全てといっていいほど、便衣兵は民間人と同じで、武器を持っていません。武器を捨ててから平服を着たから)
たつしさん

小泉純一郎については、許してやってください。
参拝すらいい加減にやる男ですから、苦笑。
彼は、単に、靖国問題を政治利用しただけです。
靖国問題で強気になれば、一部の日本人に受けると浅はかに考えただけです。
それと、中国・韓国と外向的に対立していたかった、のかも。

まあ、あの安倍元首相すら、隣国に配慮することを忘れないわけですから、
内政干渉を誘発しておきながら、
内政干渉だといきがる小泉某は、まったくもって困ったやつ...以下略。w

ただ、日本刀で100人は切れない、苦笑。
もちろん、青龍刀でも.....。
どーでもいいんですけど・・・


このコミュニティは南京大虐殺だよね?この際侵略だのあーだの関係ないからさ。


疑問に思うんだけど歴史を立証していませんよね?


たっしさんの言い方だと・・・


例えば100人斬り競争の件もそうですし・・・


あの100人斬りのやついつの間にか300人ってなっているんだけどw


あれはどうやって斬ったのかご説明願います。


ちなみに僕居合いと剣道やっていたのでどの先生に聞いても刀で人を殺せたとしても5人程度(達人レベルで)で100人殺すのは無理だとのことです。


どぞ☆
ダミアンさん

まず、南京事件についてちょっと触れておきたいと思います。
82でダミアンさんは、
>一般人を巻き込んだのは中国兵ではないでしょうか?
と述べていますが、これは、当時の状況からすれば、巻き込んだとはいえないでしょう。
南京攻略戦は、結果的には最後は南京城を完全包囲した殲滅戦になってしまいました。
南京城内に閉じこめられた敗残兵は、
捕虜になれば、虐殺される可能性があるわけですから、
軍服を脱ぐのは当たり前だと思います。
敗残兵の選択肢はひとつだった、と考えれば、
市民の中に紛れ込んだやつが悪い、といわれても、
ちょっと厳しすぎるように思いますが。
完全包囲戦などしないほうが良かったのかもしれませんね、日本軍は、苦笑。

>戦闘中です…怪しい者は全部捕まえろ
厳密には武装解除が行われている中での逮捕監禁を日本軍は指示したわけですが、
監禁・逮捕で終わっていれば、
南京大虐殺なる汚名を受けることにはならなかったんだと思います。
監禁・逮捕したあげく、捕虜の処置に困って、殺してしまいましたでは、
やっぱりまずいですよね。
ダミアンさん、再びです。w

ここは南京事件に関するスレですが、
通州事件について問われるとつい反応してしまいます。w

通州事件については、
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=1568749&comment_count=32&comm_id=250597の
25で述べていますのでここでは多くを語りませんが、
第一義的には、虐殺した保安隊は、決して許されるものではありません。
これはもちろん大前提です。
しかし、なぜ、こんなことになったのかということを歴史から検証しなくては、
我々は通州事件を語る資格もないと思います。
残虐ともいえる殺し方だけをとらえて、憤っていても、
ひとつも建設的ではないと思います。
なぜ、保安隊という烏合の衆を日本軍は信じて通州防衛を行ったのか、
なぜ、虐殺された者の多くが朝鮮の人たちだったのか、
そんなあたりも調べてみると意味のあることなのかもしれません。
ダミアンさん

せっかく、通州事件についてリンクしていただいたのですが、
携帯からはミクシィにアクセスしないことにしてますので見れません。
申し訳ないです。

ちなみに30万人という数字ですが、全面否定です、苦笑。
このスレッドの66で語っているように、
1万5千人プラスアルファという考えです。
秦郁彦氏の考察にほぼ近いかと思います。
秦氏は最大で4万人と述べていますが、そこまでもいかないのではと思います。
30万人という数字には、根拠らしい根拠が感じられません。
中共政府が南京事件をどの程度の範囲でとらえているのかわかりませんが、
虐殺と規定している以上は、
最低でも時期(期間)と範囲を明確にしてもらわなければいけません。
その点では、中国側の主張は曖昧ですね。
もしかすると、中共は、そんなに南京で虐殺されてないと思っているかもしれません。
ただ、あまりに早い時期から30万という数が一人歩きしてしまったので、
いまさら、訂正がきかなくなっているのではと、
まあ、中共に好意的に解釈してみたりもします、苦笑。
中国式にいえば、白髪三千丈というやつかもしれませんが...。
>>[98] 数式の書き方もアホがなにをいう・・・w。
南京大虐殺肯定派は、もったいつけないで速く証拠を出せば終わる話だと思います。

ログインすると、残り86件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

中国と日本の誤解をなくそう!! 更新情報

中国と日本の誤解をなくそう!!のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング