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Фaust foodコミュのФaust food 4話:理想と現実?

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―わかってんだよ……とっくの昔に、んな事は!―

 ギリッとアキナは歯軋りし、中国人街(チャイニーズストリート)の外れに辿り着いた。

 着いた先は、槍のように尖った屋根、色鮮やかなステンドガラス、かつてカトリック系の教会だったのだと顕示するかのような十字架が、尖った屋根の先端部分や壁にいくつもある建物だった。

 だが、色鮮やかなステンドガラスは派手に割れており、壁や天井、屋根に大小様々な穴や亀裂がどころどころあって、屋根の十字架は醜く拉げている。

 廃墟としては、申し分のない崩壊状態だった。

 アキナは入り口の門を押し開け、元・教会だった建物内に入る。

 外に比べ、中はがらんとしていて、長椅子や演壇など教会に元から設置されていた物以外に、教会とは縁がなさそうな物が置いてある。

 サンドバッグ、バーベル、筋力マシーン、ドラム缶、鉄棒、ロープ、etc…。

 格闘技のトレーニングに相応しい物一通りが用意されている。

 そして中央には六メートル四方の『格闘技リング』が、堂々と存在した。

「スゥ―――ハァ―……」

 息を吸って吐いて、大きな呼吸を繰り返しながらアキナは開脚し、ベタッと地面に股を密着させると、上半身を前に倒して地面に密着させた。股関節のストレッチを数分した後、他にも肩、首、足、手、あらゆる間接部位のストレッチを数時間かけて行い、じっくり柔軟運動を済ませた。

 アキナのトレーニングは、まず、五本指の腕立て伏せから始まった。

 まだ完全に治っていない五本指だから、痛みがある。掌をべったり地面につけての腕立て伏せよりも、負荷があるこのやり方を、アキナはあえて選んだ。

―…三〇、三一、三二、三三……―

 スッスッスッと、軽々と五指の腕立て伏せを繰り返していくうちに、やがて五本指から三本指、やがて親指だけの状態で、行うようになっている。

 只管、親指の腕立て伏せを繰り返したアキナは、続いて、腹筋、背筋、スクワット、等等、ゆっくりとしたリズムと負荷をイメージし、ただ、アキナは筋肉トレーニングを行った。

 それらが終わる頃には、陽が西に傾きかけていた。

 大量の汗がアキナの足元に拡がっている。

 もはや、身体をほんのちょっと動かすのさえ、苦痛を感じる肉体の状態であっても、アキナはスクワットの回数が頭の中で決めた回数に到達するまで、やめようとせず、回数が到達した瞬間、膝を地について激しく呼吸をした。

「は! は! は! は!」

 まともに息ができるまで、一〇分以上はかかった。

 目を見開いて、地面を見つめる。

 まるで自分の身体と頭が、離れ離れになった気がする。自分の身体なのに、他人の身体のような感覚だ。

 このまま、地面に寝転びたい。

 今終わらせれば、どれだけ精神と肉体が解き放たれるか。

 そんな弱い考え、気持ち。

 アキナの頭の中で、ふつふつと沸く。

 だが、アキナはそれらの考え、気持ちを払拭させ、次のメニューに移った。
 
 器材で吊るされた色が剥げたサンドバッグ。元々は、赤色だった。

 どうすれば、こんなにボロボロになるのだろうか、サンドバッグの布のあちこちには大小様々な切れ目や、汚れ、血がこびりついている。

 アキナはサンドバッグに歩み寄ると、軽くサンドバッグを前に押した。

 ブランコのように、サンドバッグが小さく前後に揺れた。

 ズバンッ!

 素手で殴った。思いっきり、右ストレートを打つ。続いて、左のアッパーカットで、サンドバッグを大きく縦に浮かせた。

「シッ!」

 サンドバッグをアキナは打ち続けた。

 ストレート、フック、アッパーカット。

 殴る角度を変え、常に全力で、打つ、打つ、打つ、打つ。

 まるでオモチャのように、サンドバッグが踊る。

 腰の入ったパンチでなければ、絶対聞こえないような、いい音がする。

 ドコッ!

 パンチだけでなく、キックも加えて、サンドバッグを打つ。

 ロー、ミドル、ハイ。

 全力で蹴りを放ち、サンドバッグを踊らした。

 ――――。

 どれだけの時間が経っただろうか――。

 もうすっかり、陽は暮れていた。

 まだ、アキナはサンドバッグを踊らしている。

 汗まみれになり、荒々しい息遣いで、ぶるぶると筋肉は痙攣を起こしても、打撃の修練を行っている。とっくに拳と脚の感覚がなくなっている。やめようとしない。どろっとした血が、拳の第一間接部分の皮膚の上や脛の皮膚から、ボタボタと滴っている。それでも、やめようとしない。

 その様子は、常軌を逸脱し、執念そのものとなっていた。

「あ?」

 アキナは、大量の汗が滴り水溜りとなる地面で、両膝を落とした。

「あ、あれ?」

 無理やり立ち上がろうとしたが、それができない。

 できないのは、当然だ。

 いくら水分補給や数分間の休憩(インターバル)をトレーニングの間に加えたとしても、こんな暴挙のようなハードメニューなら、いずれは倒れてしまう。しかも、それをアキナはノンストップ、水分補給も休憩(インターバル)を取っていない。

―まだ、まだほんの最初じゃねぇか……、へたばってんじゃなぇよ―

 ハァハァハァと激しく乱れた呼吸を整わせ、重い身体を強引に鞭打って、アキナは立ち上がろうとした。

 が、膝がガクッとまた落ちそうになり、よろめきながらも、何とか保たせた。

「くそったれが……」

 これ以上のトレーニングは不可能だ。自分の肉体が、これ以上は不可能だと全身に信号を発しているのが、わかる。

 さっきよりも、頭の中が、弱い考えと気持ちでいっぱいになっている。

 きつい、苦しい、耐えられない。

 パレットにぶちまけた三色の絵の具が、一度に混ざり合ったみたいだった。

 頭の中が、一色になっている。

 もう、やめよう。

「チクショウ」

 アキナは不甲斐ない自分の肉体に、悪態を吐いた。

 思った事ができない自分に、むかついた。

 それから、腕を凝視する。

 細い腕だ。

 とても格闘技をするような人間の腕や身体ではない。

 あれだけハードなトレーニングをこなしても、それに見合った太さが得られない。この今の状態から、筋肉が増える気配がない。

「う、うぐッ!」

 いきなり不意をついて、襲ってきた。胃の底から喉を駆け登ってくる。

 慌ててアキナは口を抑え、必死に堪えようとした。だが――。

「げぇえええ」

 アキナはゲロった。ちっとも我慢できず、今朝食った飯やら何やらが、べちゃべちゃの液体になったのを、地面にぶちまけた。

 消化しきれない。強引に栄養を摂取しても、身体が拒むのだ。

 もうこれ以上は入らない『サイン』が伝わってくる。

―またかよ、まただ、どうしてだ? どうして吐くんだよ!―

 頭の中で疑問したところで、答えは返ってこない。結果だけは、割れた窓ガラスに映る。

 どうしようもない現実と対峙した。

 余分な脂肪なら、ある程度まで絞れる。だが、男性ホルモンが少ない女性の肉体は、子供を体内に作るからなのか、体質的に筋肉より脂肪が多くなる。

 だから、男性に比べて、肉体が丸みを帯びているのも、そのせいだ。

 尻も、胸も、足も、何もかもが、闘争とは無縁な形状である。

 オリンピックの世界やプロ格闘技の世界では、優れた女性アスリートやファイターは何人も存在する。世界柔道で金メダルを獲た谷亮子選手やWBC女子スーパーミドル級の初代チャンピオンのレイラ・アリ(ボクシングへヴィー級チャンピオンだったモハメド・アリの娘)など、彼女たちは女性だからといって最初から諦めず、今の地点に昇り詰めたのは、努力と信念による結果である。

 けれども、それはアキナが目指すモノとは違う。

 協定が作ったルールに守られたスポーツとは一線を画く、観客の反応次第で殺人も許可される、危険でおぞましいファイト――。

 そこで生き残るには、常識の枠を取り除いての異常な鍛錬が必要なのだ。

―クソッタレ……、クソッタレが……―

 悪態を心の中で何度も吐く。

 アキナの脳裏には、一週間前のリッチとの戦いが過ぎっていた。

 確かにリッチは強かった。賞金稼ぎと自称するぐらい、その実力はあった。人並みの格闘家だったら、きっと彼に勝てなかった。アキナが苦戦を強いられたのも当然といえば、当然だった。けれど――。

―あれじゃ、ダメなんだよ!―

 アキナは拳を固め、断固した。

―ギリギリだった。アイツが直前であんなヘマしたから、勝てたものの、そうじゃなかったら、殺されていた……オレは、マジで勝ったんじゃねぇ! 助かったんだ!―

 地団太を踏み、自分のあまりの無力さにアキナは腹を立てた。

 もっと強くなりたい。そんなシンプルな願いが、ただ『女』だからという冷たい現実により、大きな障害となってアキナの目の前に立ちはだかっている。

―ネェ、もうわかったでしょ? アキちゃん―

 どこからか声が聞こえた。アキナはバッと周囲を見渡した。が、誰もいなかった。

―どこ見てるの? アタシだよ―

 割れた窓ガラスに映った自分が不気味に笑っている。

 アキナは目をむき、後ずさった。

「て、テメェ……」

―そんなに頑張っても、どうせ無駄だよ。だって、君は女の子なんだよ。どうやっても、強くなんかならないよ。だからさ―

 パリンッ! 割れた窓ガラスが、アキナが放った右ストレートによって、細かく砕け散った。
「う、うるせぇ……黙れ。黙れってッッ!」

 獣のようにアキナは天井に向かって、命一杯声を吐き出し、咆哮した。

 ビリビリと壁に反響し、耳の奥にまでこびりついた。

「ズイブント、デカイ声ダナ。コッチノ耳ガオシャカニナリソウダゼ。オペラニデモ出ルノカイ?」
 アキナが振り向くと、そこに新彊料理屋(ウィグルレストラン)の店長が岡持ちを片手に立っていた。

「何でここにいるんだ?」

「イヤ、アンタガ料理ヲ食ワズニ行ッタカラナ、ソレデ運ンデキタ」

 店長は片手に下げていた岡持ちのふたを取ると、湯気がまだ立つ羊肉串と蛋炒飯をその場に出した。

「わざわざ、オレにか?」

「アア、ソリャソウサ。アンタハ大切ナ客デアリ友達ダカラナ」

「悪いな」

「チョット、聞キタインダガ、アンタ忙シイカイ?」

「あ? どうした?」

「実ハサ、アンタニチョット頼ミ事ガアルンダヨ。アンタニシカデキナイ事サ。聞イテクレルカイ?」

「んだよ。藪から棒に……」

 店長は申し訳なさそうな目でアキナを見ると、そそくさと後に下がった。

「イヤ、アノサ。サッキ、タマタマナンダヨ。誤解サレタクナイカラ、先ニ言ットクケド、決シテオレガ手引キシタンジャナインダ……」

「は?」

 ドカッ! 門が蹴破られ、ぞろぞろと五人の男が入ってきた。

「ヘヘヘ、アリガトヨ。案内シテクレテ」

 ニヤニヤ笑う男が、店長の肩をポンと叩いた。店長は愛想笑いして、小さく会釈した。

「ナァ、チョット遊ンデイカナイ? シャイガール」

 ポキポキと五指の間接を鳴らしながら、男の一人がやらしく上唇を舐めた。


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