ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

「セユ」コミュのEpisode22:ルカ05

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 カサが私の部屋で暮らし始めて二週間が経った。
とりあえず栄養のある食事、健康的な生活リズムによってカサは次第にであった頃のカサへと戻りつつあるかのように見えた。
 でも、私は新宿烏との約束があったから、それでもカサを見張ってた。


「カサはもしかしたら死のうとするかもしれないの。だから、ルカさん、貴女、カサを助けてあげてくれない?」
 新宿のバーで新宿烏はブラッディ・マリーを飲みながら言った。以前に私とシゲルが会ったバー。フランス語で『止まり木』って名前のバー。セユは噂に聞く以上に美しくって、でも、どこか儚く哀しい雰囲気を発していたわ。
「いいわよ。でも、あんた、なぜ自分からカサを捨てておいてそんな事を私に頼むの?」
 私はヴァージニア・スリムに火をつけながら言った。ライターはノボルの遺品の無地のジッポ。それを見た新宿烏は気のせいか目を潤ませていたような気がしたわ。
「私がカサを壊したの。それは分かってることだったのよ。そして、ルカさん、貴女にしかカサは救えない。私が一緒にいたんじゃカサは完全に壊れて死んでしまっていたわ。」
 新宿烏。ノボルを殺した男。ノボルはこいつに関わったから自殺したんだ。そう思うと私はこの女に対して殺意すら覚えた。でも、なんでだろう。全然言葉に出来ないんだけど、新宿烏がなんだか自分とすごく近い存在のような気がしたから、殺意を押し殺して新宿烏の言うことを信じたわ。
「わかった。ねぇ、新宿烏さん、あんた−」
 私がその言葉の続きを言う前に、新宿烏は私にもたれかかってきた。
 私は最初何が起きたのか理解できなかったわ。酔いすぎたのかしら?ブラッディ・マリー一杯で。でも違った。新宿烏は泣いていたわ。

「ルカさん、何も聞かないで、こうしていて。」
 私は、なにかしら、よくわかんないけど、その時新宿烏のこと許せたんだ。全然言葉に出来ない感情。そう。この子もただの一人の女なんだって私には分かった。きっとカサがこの子を救ったのね。私はそう思った。だから私は新宿烏を抱きしめたわ。そして哀しい烏さんはそのまま嗚咽交じりに一時間も泣き続けた。

「ルカさん、貴女にはこれからとても過酷な運命が待っていると思う。でも、負けないでね。」
 泣き止んだ新宿烏はそう言った。
「ねぇ、烏さん、あんたカサのこと好きだったんだね?」
 私は静かに新宿烏の目を見て言う。その眼は新月の前の晩の月みたいに、すごく儚く、美しかった。
「当たり前じゃない。私は生涯をかけてあの人を探してきたの。でも、これ以上一緒にいたらカサを殺してしまうの。だから、私は去ったの。お願い。カサを殺さないで。」
 新宿烏は落ち着きを取り戻すために煙草を取り出した。マルボロメンソール。そしてジッポのライターで火をつけた。無地のジッポに手描きで蝶々の絵が描いてあったわね。その蝶々の絵さえなかったら私の持ってるライターと同じものかもしれなかったわね。でも新宿烏の持ってるライターの方が幾分年季が入ってたわね。
「分かった。烏さん。カサは私が当分面倒見るよ。ところで、あんた死ぬ気でしょ。」
 私は新宿烏の眼を見ずに言った。新宿烏はそれには答えなかった。
「ルカさん、さようなら。会えて本当に嬉しかったわ。これから何があっても、負けないでね。」
 新宿烏は半分涙声でそう言うと店を出た。

 その数日後、私はカサを救出した。

新宿烏、あの女は一体何を考えているのかしら。

 カサは、それでもかつてのカサとは決定的に何かが変わってしまっていた。何て言えばいいのかしら。新宿烏のことを酷く引きずっているって言えば簡単なんだけど、それだけじゃない気がする。なんだかノボルを思い出すな。
 ノボルも新宿烏に惚れ込んで、挙句の果てに自殺しちまったから。
 でもカサは死なない。とりあえずこの子は新宿烏にもう一度会うことを考えてるみたいだから。だから、この子は毎晩泣くんだ。ノボルの部屋でこの子が泣いているのが私には聞こえる。きっと新宿烏を思い出しているんだろうね。
 一緒に暮らし始めてさらに三日くらい経った夜、夕食を食べ終えてから私は初めてカサに色々聞いてみた。顔色も食欲も随分良くなったみたいだったから。

「で、その夜あんたは新宿烏と出会ったのね。」
 私はヴァージニア・スリムを吸いながら話す。カサはマルボロメンソールのライトを吸いながら。全く。この辺まであの烏の影響を受けているんだ。可愛いというか、馬鹿馬鹿しいというか。
「そうだよ。そのままセユは僕の部屋に来た。それから三ヶ月ずっと一緒に暮らした。」
 カサは私の眼を見ようとしない。昔のカサは必ず私の眼を見た。癖だって言ってた。なにかこの子の中で大切なものが失われてしまったんだ。そう思うと私は少し悲しくなった。
「で、三ヶ月か。あの新宿烏とねぇ。一体どんなすごいプレイしたのよ。乱交パーティ?ドラッグは使った?」
 私は煙を静かに一直線に吐き出す。我ながら色っぽい。ノボルとの間に娘ができたら是非とも伝授してあげたいもんだわ。
「なんでもさ。僕らはありとあらゆることをした。人類がその歴史上ありったけの想像力で考えたことをほぼ全て実践したんじゃないかな。世界の淵まで行った気がするよ。僕らがしたことをすべて本にしたら現代版のカーマ・スートラが五冊セットで書けるよ。」
 カサは煙の吐き方が上手くない。よく咳き込んでいる。でも、きっと煙草を吸うことで何かを癒そうとしているんだろうな。新宿烏の吸っていたのと同じ香りだから、もしかしたら新宿烏の舌の味を追体験しているのかもしれない。痛々しいな。なんだか。
「素敵ね。そして烏さんはあんたの元を去ったわけね。」
 この辺のくだりは新宿烏本人から聞いてはいたが、やはり本人の意見を聞いておきたいわね。私としては新宿烏の言うことを十割信頼するわけには行かないんだから。
「そうだ。ある朝、いつものように僕が眼を覚ましたらセユは居なかった。」
「そしてあんたはあの部屋で腐っていったんだ。」
「そうだ。」
 カサは四本目の煙草に火をつけた。どこかで買ってきたらしい100円ライター。慣れない手つき。カサは煙を吸い込んでから吐き出すのに酷く時間がかかる。おいおい。それはディープキスかい?
 カサは煙草を吸いながら肩を震わせ、泣き出した。定期的にカサはこうなる。煙草を吸ってるとなんだか新宿烏のことを思い出すみたいでこんな風にパニックを起こすみたい。
「カサ、あんた今夜から私の部屋で寝な。あんたが隣の部屋で泣くのなんて聞きたくないよ。」
 私は泣き続けるカサの肩を持ち、私の部屋へと運んでいった。
 そしてゆっくりとカサを仰向けにベッドに寝かせた。
「烏のことなんて忘れなさい。私が慰めてあげるから。」
 私は静かにカサの唇に自分の唇を合わせた。そして静かにカサの口内に私の舌を入れる。煙草の味。ノボルとは違った匂い。カサは、その眼に涙をたたえたまま私を静かに抱きしめた。

 その晩から、私は少しずつカサに心惹かれていった。新宿烏がこの男に惚れた理由も分かる。この子の眼は底が見えない。澄んでいるのだ。あれだけの出来事の後だというのに。ノボルを含め、ほとんどの人間が死に至るほどの毒を持つ烏、それに喰われた後でもカサのめは雨上がりの空のように澄んでいた。
 いや、違う。惹かれていったんじゃないわ。私はカサを愛し始めていたのね。
 そして、カサは私を愛してはいなかったわね。そのことはカサが私を抱くたびに痛いほどよくわかった。カサの澄んだ瞳に、私は映っていないんだもの。カサはどこまでも新宿烏のことしか考えていないのよ。きっと私を抱きながら、頭の中では新宿烏を抱いているんでしょうね。
 それでも私はカサを求めていた。私はニックの言葉を思い出して、自分が処女を失っているのだと感じた。それでも、私はカサから離れられなかった。処女かそうじゃないかなんて関係ない。
 それは、アディクション。新宿烏の持つ中毒性を、この子はたった三ヶ月の間に受け継いでしまったのね。ノボル、今ならあんたの気持ちが分かるよ。この中毒性、底知れない瞳。カサと新宿烏の間には何かしら深い関係がもとからあったんじゃないかな。姉弟だったとか、従姉弟だったとか。それくらいの似た雰囲気が二人にはあった。ある意味真逆ではあったけどね。新宿烏の決して底が見えない瞳と、カサのどこまでも透き通った瞳。
 ノボル、私達夫婦も変なカップルに巻き込まれたものね。こんな殺人的なスワッピングも存在するのね。あはは。

 カサは、少しずつ行動半径を広げていった。最初は私の部屋から近くのコンビに位までの範囲だったけど、そのうち伊勢丹や東急のあたりまで歩いていくようになったわ。そう遠くない近くに、カサはきっと中央線で新宿まで行くんじゃないかって思うと怖くなった。
 何が怖いって、そしたらカサはまたきっと新宿烏と引かれあう。あの二人には何かしら運命めいたものを感じていたから。きっと新宿烏とカサは新宿で再会し、新宿烏の恐れが現実になる。カサは死ぬんだろうな。それだけは回避しなくてはね。カサが死ぬことも怖いけど、それよりもカサを新宿烏に取られたくない。
 一人の女に二人も愛した男を取られるなんてまっぴらだわ。だから私はカサに何かしら家事をやってもらって、新宿に行く時間を与えなかった。

 結局私達は五月いっぱい一緒に暮らし、毎晩のように抱き合った。でもカサは一度だって私を愛してはくれなかった。あはは。本当に、この子は烏の旦那にぴったりかもね。
 そんな日々に私がかすかな幸せを感じるようになるにつれて、カサは何だか無口になっていったわ。きっとここを抜け出すことを考えていたんでしょうね。
 だから五月の最後の夜、私はカサに聞いたわ。
「あんた、ここを出てくつもりだね。そしてあの女を捜すんでしょ。」
「ああ。そのつもりだ。」
 カサもこの短い間に随分煙草を吸うのが上手くなった。なんていうか、様になってる。まぁ私やノボルみたいな色っぽい煙草の吸い方が出来るようになるにはあと5年はかかるだろうけどね。あはは。
「会ってどうするんだ?あの女はあんたと会いたくないって言ってたよ。」
 それを聞いてカサは少しだけ動揺したみたいね。そりゃそうね。私と新宿烏が何を話したかはカサには言ってなかったんだから。
「もしもそうだとしても、僕はセユを探す。聞きたいことがあるんだ。」
 カサは私の目をまっすぐに見た。澄んだ瞳。綺麗。駄目だ。この子、どんどん成長してる。
「カサ、ここにいてよ。あんた、死ぬかもしれないんだよ。お願いだから、ここにいてよ。」
 気づくと私の目から涙がこぼれてた。ノボルが死んだ時にも流れなかった涙が。きっと、この子をノボルみたいに失いたくないから。そして、もっと純粋に、カサを失いたくなかったから。好きだったから。
 カサは私に近づき、私の頬を伝う涙に優しく唇をつけた。そしていつかの逆ね。泣きじゃくる私をカサはベッドまで連れて行った。そしてすごく優しくセックスしてくれた。烏仕込みかどうかは知らないけど、私が経験した中で一番優しいセックスだったわ。
 そして私はカサと同時に果てると、そのまま気持ちの良い眠りに落ちた。

 次の朝、カサはいなくなっていた。キッチンのテーブルの上には書置きが一つだけ。
『世話になった。やはり僕はセユを探す。今までありがとう。貴女を忘れない。』

「バカ…。」
 私はそう呟くとその場に泣き崩れた。

 それ以来カサには会っていない。私は方々手を打ってカサを探した。しかし一年経っても手がかりすら見つからなかった。
 そして、一年後の四月ね。シゲルとロダがやってきたわ。一人の赤ん坊を抱きながら。

 そうそう。これはロダから聞いた話だけど、新宿烏とカサは再会できたそうよ。あれから間もない、六月の雨の降りしきる新宿で。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

「セユ」 更新情報

「セユ」のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング