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「セユ」コミュのEpisode04:ロダ01

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 私が賑やかな鳥の声を聞いて絵に描いたように爽やかに目を覚ますと、私の眠るセミダブルベッドの片隅に、二十代後半くらいのハンサムな男が縄で手足を縛られて、古代日本の屈葬のような格好でたたずんでいた。私も男も裸たった。
 フランス映画のワンシーン?
 或いはなんだか自分がなんらかの宗教的儀式に巻き込まれたような気分だ。この場合私は死んでしまった男の蘇生を助ける生命の象徴かしら。
 私は偏頭痛を抑えてもそもそとベッドから出て、ベッドの脇のカーテンをあけ、窓からもう少し高くなった陽の光を浴び、男が誰かとしばらく考えた。しかし思い出せなかった。まぁいいか。思い出せない男なら、大した男ではないのだから。今日も気持ちよく晴れたものだ。
 私は毎朝起きて最初にシャワーを浴びる。潔癖症とかそいうわけではなく、寝汗を日常生活に持ち込むのが好きではないのだ。1LDKの私の部屋。寝室を出ると私の趣味で彩られたリビングだ。趣味といっても、すわり心地のいいソファと、主張しすぎないステンレスのテーブル、そして陶器製の灰皿。誰かのお土産だったそれにはイルカの絵が入っている。それくらいか。後は背の低いクローゼットの上に写真が何枚か。様々な男女と撮った私の人生の足跡。あとはお気に入りの本が100冊くらいか。
 ツルゲーネフにドストエフスキーにトルストイ。他にも教科書に載るような有名人が沢山。風情ある墓石に生えたコケのような古びたカバーに金色のタイトル。昔の良家にはどこにもブリタニカがあったらしいけど、私の部屋だけを見ると私は良家ではないようだ。
 タンスからバスタオルを一枚抜き取り、入り口脇のバスルームに入る。脱衣場で服を脱ぐ必要がないってすごくセクシーだ。時間をかけて熱いシャワーを浴びる。体中を丹念に磨き、髪を洗う。そして脱衣場にもどって大きな鏡で自分を見る。
 美しい。自分で言うのもなんだが、美しい。それが素直な感想だ。日本人離れした顔、と人は言うだろう。色白な顔立ち。端整という表現が最も妥当であろう。ホリが深く、鼻が高い。私は私の決して媚びない目と、いやらしくない口元が好きだ。無駄な肉は一切ついていない。足も適度に細く、二の腕もたるんでいない。細い腰は我ながらセクシーだと思うし、腹の肉も許容範囲である。胸が薄いのが少々気にかかるが、問題ないだろう。
 さて、やっぱり、さっきの男は駄目だ。名前も思い出せない上に、初対面で縛られなければ万足出来ないような男は、ろくな男ではない。金を払って帰ってもらおう。こんなに美しい私が遊んでやっただけ光栄に思ってもらわなければ。
 なかなかいい男は居ないものである。
 この前シティで拾った二十歳の青年は素晴らしかった。しなやかな背中、細い腰、折れそうな肩甲骨に言い知れぬ官能を私は感じ、久々に欲情した。ただ、彼はエイズであったから、本格的には楽しめなかった。

 本当にいい男に限って薄幸なものだ。判官贔屓というか、贔屓される人間がたまたま悲劇の主人公なのではないだろうか。
 それだけ考える間に私は下着を着た。そして寝室に戻る前にリビングで煙草を一本吸った。市販のマールボロを切り開き、私の好きな葉っぱをブレンドしたオリジナルの手巻き煙草だ。煙の立ち方が兎に角セクシーで、とても甘い香りがする。
 私は肺一杯に甘い煙を吸い込み、吐き出した。リビングの空調は24時間稼動していて、今が何の季節であろうと私に快適な温度、湿度になっている。その空調はとても静かに、しかし的確に私の煙草の放つ煙を捕まえ、その臓腑に吸い込んでいった。それじゃあセクシーじゃないよ。真にセクシーな煙の消え方は、螺旋を描くものなのだよ。私は空調をしずかにたしなめた。
 結局男が目覚める頃には私は煙草を三本吸い終えていた。男は縛られたまま大きな声で私を呼んだ。私は仕方なく寝室まで行って男の縄を解いてやり、男の自尊心を傷つけないように諭して男を帰した。
「運がよければまたシティであえるかもしれないからさ。」
 私は少し儚げな顔を取り繕っていう。うぶな男なら夢にまで見るのであろう色っぽい顔さ。
 もちろん、私は男に二度と会う気はない。会っても無視するのだろうな。それを思うと少し悲しくなった。もう二度と会わない、と言い切るにはシティは狭すぎるのだ。
 男もそれに気づかないくらい莫迦ではないから、画になる受け答えをしてくれる。
「じゃあ毎日薔薇を携帯していなきゃ。君には薔薇が良く似合うから。」
何の引用だか知らないが、悪くない台詞だ。普通の男が言うとキザすぎて噴出すところ
だが、この男が言うとなぜか悪くない。一緒に飲む分には悪くない男かもしれない。
だから私は最後に「さよなら」というときに少しだけ悲しげな声を出してしまった。全く、これでは三流の少女漫画だ。男に誤解されるのだけは嫌だ。
 利害の一致とその認識の共有。それが私と男の間にある全てじゃないか。

 男が居なくなると、私は急に空腹を覚えた。そもそも今何時なのだ?陽はすでに高いから正午は回っているはずである。
 そのとき、私のリビングで唯一他の調度品と一線を画す存在である、柱時計が無愛想な空母のようなうめき声で私に時間を伝えた。彼のうめき声は二度。二時か。
 私はキッチンに行き、冷蔵庫の中を覗く。一人暮らしをしている若者には少々似つかわしくないこの大仰な、拡大家族を養えるような冷蔵庫は父が私に持たせたものだ。父が言うには「消耗品こそが人の価値を決める」のだそうであって、だから最も消費的な食料を貯蔵する冷蔵庫が立派な家はいい家だそうだ。
私はそういう父の論理を聞くたびに、噴き出しそうになったり、あきれ返ったりした。馬鹿な男。
 だったらトイレットペーパーのために貯蔵室を置いている家庭や、歯磨き粉のために台座を置いている家が両家なのだろうか。そういう宗教を開いたらきっと何人かのマイノリティの家族は入信するだろうな。
 マイノリティ。私はこの言葉を自分で考えておきながらひどく悔しい気分になった。世間はマイノリティにあまりに冷たい。まぁ私がぎゃあぎゃあ騒いでも仕方がない。

 兎に角、私はその核家族の遺体をまとめて貯蔵できるような冷蔵庫の中から、適当な食材を選び、適当な食事を作った。カジキのムニエルにポテトサラダにフランスパン。ありあわせにしてはなかなかの食事だろうか。
 なんとも滑稽な一日である。素敵な男と目覚めておきながら私達はろくに話もせず、下着姿で作った一流の食材を使った食事はなんとなく奇妙な組み合わせであり、灰皿の上にはほとんど減っていないまま押し消された私の自慢の手巻き煙草がある。
 私は手早く食器を片付け、またソファに座ってマッチで火を起こして煙草に火をつけた。ジッポを見せびらかす知り合いは多いが、そんなのは全然セクシーじゃない。やはり煙草に火をつけるのはマッチでなければならない。しかも行きつけのバーとか、何百本いくらで売っているマッチではなく、たまたま入ったバーで名刺代わりに貰うマッチで火を起こし、それで手巻き煙草に火をつけるのだ。それが最高にセクシーな煙草の吸い方。
 「第三の男」の三文小説化の喫煙シーンを見てから私はライターを使わない。どこかのバーやクラブで私が煙草を加えると、いかにも自分は気が聞いている、といった顔でライターの火をよこす男や女が多いが、あいつらは馬鹿だ。
 人類が色気を忘れてどうする。
 となると、色っぽい人間のいつまでも下着姿で部屋にいるわけにも行かないか。しかし今日はシティに行く気も、買い物に行く気もしなかったし、誰に会う気もしなかった。だから私は居直り、そのままリビングの柱時計の脇のラックの中央に鎮座する巨大なコンポに歩み寄った。
 60年代の終わりにはきっとこの大きさのコンポ、木製で真空管アンプを使ったものと、小学生が入るくらいの巨大なスピーカーからなる代物を目当てに貧乏な学生が足しげく汚い喫茶店に通ったのであろう。
しかしそういうシックさというのは私には関係ない。真空管アンプは手間のかかるだけの代物であり、私の最新鋭のメタリックなコンポは、液晶画面に鮮やかな色彩とともにメーカー名を誇らしげに表示した。

 こういう時代なのだよ。父さん。貴方の時代は終わったのだ。いい加減に気づいてくれ。

 しかし私がコンポに入れたCDは最近出たビートルズのベスト盤であった。父の好きなバンド。血は争えない。こういう場合にも使う言葉だったか。
 残念ながら私が一番好きな曲はこのアルバムには入っていない。「Drive my Car」。あんな生活がしてみたいものだ。私にはお金も車もないが、夢とボーイフレンドを持っている。そして彼は私の車を運転してくれる。素敵だ。
CD一枚にビートルズの名曲を全部詰め込むのは不可能らしく、このアルバムには呆れるほどに有名な曲しか入っていない。だから私はこのアルバムで一番好きな曲をくりかえしかけた。「Lady Madonna」。リンゴのドラムが最高にハラショーだ。
 もちろん私だって、CDよりLPのほうがセクシーなことくらい知っている。でも、まぁ、仕方がない。私は完璧主義者では無いのだから。
 そして私は本棚から引っ張り出したかび臭い本を開く。ディケンズの「二都物語」。不器用な男の愛と死って、なんでこんなに愛しいのだろうか。
下着のまま読書。これもセクシー。窓から垣間見た男が犯しに来てくれるかもしれない。それはそれで素敵だな。昼下がりの情事。一夜限りの男女の仲とどっちがセクシーかな。

 そしてレディ・マドンナがいい加減に金策を考えるのに飽きた午後7時、私はリビングにある巨大なプラズマテレビの前に胡坐をかいて座り、映画を見ることにした。ずっと下着姿で一日を過ごすのも思ったより悪くない。セクシー云々以前に非常に楽だ。今気づくべきことではないだろうが。
 ハードディスクレコーダー付のDVDプレイヤー。便利な時代。

 私が見たのは、大好きな映画、「God Father」。父が本職である私には余りに現状に似合った映画だ。普通マフィアのボスの子供がこれを見るかな。

 ただし、私の父の組織とコルレオーネのファミリーとでは少々異なる点がある。第一に、我がファミリーのビトーはあまりに阿呆であり、そして子供が私しか居ないのだ。私は喧嘩好きのソニーであり、利発なトムであり、愚鈍なフレディであり、そして将来を嘱望されたマイケルなのだ。
 だから私は情けない父の作り上げた、時代錯誤で時にかなり不愉快なファミリーのコンシリアーリでありながら、次期のドンであるというわけだ。

 ドン・ロダ。
 素晴らしい。
 ハラショー。未来のドン・ロダは下着姿で本を読み、映画を見ている。一日を浪費しているのさ。しかも、とびきりセクシーな方法で。

 そう。私の名は、「ロダ」。本名ではない。本名は大嫌いだから決して使わない。今年で22歳か。私の抱える様々な問題については後に語ろう。この物語の狂言回しだ。
 ある意味私がこの長大で奇怪な物語の一番多くを知っていることになるね。ハラショー。

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