HIP HOP発祥の地、そしてT-LA-ROCK本人の地元でもあるBRONXにて70年代後半からMICを握り始める。それ以前にはUNDEFEATED 4というBREAK DANCE CREWに所属していたダンサーとしてのキャリアもある。弟は『FEEL THE HEART BEAT』等の楽曲で知られるOLD SCHOOL最重要グループの一つ TREACHEROUS THREEのSPECIAL K(グループ の他のメンバーはKOOL MOE DEEとLA SUNSHINE)。
氏のファーストレコーディング曲である『IT'S YOURS』(84)は当初PARTY TIMEというマイナーレーベルから発売された。しかしその数ヶ月後、今なお猛威を振るう老舗レーベルDEF JAM RECORDINGSからリリースし直され、同レーベルの記念すべき第一作目となる。弟であるSPECIAL Kが引き合わせたリックルービンがPRODUCE, BEATSPROGRAMMINGを担当し、当時わずか600ドルのギャラで雇われたJAZZY JAYがSCRATCHで参加!!また、一説によるとこの曲のリリックを書いたのはSPECIAL Kであるという話もある・・・(ちなみに、裏ジャケのクレジットにはSPECIAL Kの名前がT LA ROCKより先に記載されている) なにはともあれ、NASの名曲『WORLD IS YOURS』に多大なインスピレーションを与え、さらに、かの2 LIVE CREWのLUKEをして「この世で最初のBASS RECORD」と言わしめたこの曲がHIP HOPの金字塔的名作であることは疑う余地がない。
2ndシングル『HE'S INCREDIBLE』(85)を境にEPMD, JUST-ICEらが所属するFRESH RECORDSに移籍する。以後、氏のヒット曲の大半のプロデュースを、レーベルメイトである"KING OF THE BEAT"こと、KURTIS MANTRONIKが務めることになる。もし言葉で言い表すなら「ガッツガッツ、ドドドドドドドド」と聴こえる、 MANTRONIKによるその時代特有の非常に荒削りなサウンドは、サンプリングではなくTR-808, 606, 303等のドラムマシーンを使って作られた。80年代後半、日本では「ミドルスクール」と呼ばれるその時代に『BACK TO BURN』を皮切りにT-LA-ROCKとMANTRONIKのコンビによって、ズル剥けグルーヴサウンドの金字塔がズコズコ立ち上げられた。