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+Pocket Story+コミュのPS#01 -World symphony-

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今日も良い天気だ。雲一つないとまではいかないが、空は透き通った色をしている。空が青いなんていつ誰が言い出したのか。今見えているこの色は青とは別ではないだろうか。日本では虹が七色から出来ていると言うけれど、他の国では必ずしもそうではないらしい。気候条件が違うから見え方も異なるのか、それとも人種の違いで観点が異なるのか。自分としては後者ではないかと思っている。確証はないものの、何となく。いや、理由はどうでもいい。単に気になっただけだ。 この辺りの人々にはどう見えているのだろう。

異変に気付いたのは3ヶ月ほど前だったろうか。とにかく何を食べても甘く感じる様になった。和洋中のどれを口にしようが、肉だろうが魚だろうが米だろうがひたすらに甘い。そもそも甘味物は好きなほうだったけれど、だからといってそんな体質になる事を願った覚えはない。気になって仕方がなかったものの、しばらくは放っておいた。大して責任のある仕事ではないし、満足して就いていた訳でもない。とはいえ思い立って朝から保険証を手に病院に行けるほど時間に余裕はなかった。やがて何も口にしていない時でも甘く感じる様になった。しかも不快な甘さだ。それが日に日に度を増していく。やがては毎回の食事が苦痛になり始めた。そうなると自分をごまかすのも限界になり、近所の歯医者へと駆け込んだ。ここは夜遅い時間までやっているので仕事の後に行く事が出来た。行き先に歯医者を選ぶのが正しいのかは分からなかったものの、口の事なら専門だろうと見込んだ。すぐ改善しないにしても、理由さえ分って気が楽になればそれで良かった。まず初めに、煙草の吸い過ぎではないかと言われた。僕は吸わない。そもそも歯医者なら口の中へのニコチンの付着具合とかで喫煙者か否か分かるものではないのだろうか。次に、インフルエンザでも似た症状が出ると言われた。仕事で忙しく出来るだけの体力があると答えると、医者は特に返事をしなかった。本人もこの線ではないだろうと思いつつ聞いたらしかった。そして最後には精神的な理由を示唆された。僕はこれには何とも答えられなかった。思い当たる節はいくらでもあるが、それを言えばそもそも誰だって日常には何かしらちょっとくらいストレスを感じているだろう。それが肉体の疾患となって影響が出たと考えるなら、それこそ万人に当てはまる事になる。結局は理由が明らかにならないまま、もうしばらく様子を見ても変わらなければ総合病院に行けというアドバイスをもらった。医学に疎い人でも口に出来るレベルの言葉だ。  
数日後、僕は総合病院にいた。口数の少ない人だったがこちらの医者は頼れそうだった。休む旨を連絡した際の上司の反応はあまり芳しくなかった。まぁ予想通りだ。いなければ困ると漏らされたが、それは僕個人ではなく人員が不足するからだ。尚且つ上司は会社の損益よりも自分の身に降りかかる面倒を思慮している。そういうものだと頭では理解しつつ、未だに僕は割り切れない。他の誰しも同じ思いは抱いているだろう。後は我慢が利くか利かないかの問題。とりあえず僕は社会人として未熟なのだろうと思う。成熟したいとも思わないけれど。
いくつかの検査を経て、身内に連絡を取る様にと言われた。僕は両親が他界しているし、親戚はみんなかなりの遠縁になる。縁遠いどころか遣り取りさえした事がない人々ばかりだ。それを伝えた時、医者が一瞬の間を取ったのが分かった。あぁ、今この人は決意をしたな。そしてそれを告げられるのだな、と思った。まるでドラマのワンシーンを演じている感覚になった。予め相手が何を言うか分かるだなんて、日常ではそうそうある事ではない。そして医者は僕の頭の中に用意されたシナリオに沿った言葉を口にした。小細胞肺癌だそうだ。癌の中でも悪性度が高く、進行速度が速い上に他の臓器へと転移しやすい。治療には化学療法や放射線療法が行われるものの、再発する事が多いので確実な方法ではない。80%の肺癌が喫煙に端を発するのだそうだが、僕は煙草を吸わない。そんな今までまるで興味のなかった知識を大量に得たけれど、かといってそれが何かの役に立つ事はなかった。明らかになった時点でもう既に僕にはどの治療法も効果がなかった。打つ手なし、というやつだ。

特に何処に行こうという目的地はなかった。とにかく何処か遠くへ行きたかった。これまで特に人より目立つ振る舞いをしてきてもいないし、かといって影の薄いほうでもなかった。それなりにやってきたと思う。もしこのまま普段通りの生活を続けて癌で死のうものなら、それが僕の人生で最大のビックイベントになってしまう。周りからの印象もそうなるだろう。これまで20余年掛けて築いた僕の人格的な印象よりも、知名度の高い病である癌で死んだ人という印象のほうが強くなってしまう。それであれば姿を消していつの間にか人々の記憶から消えたい。

そんな事を考えていたら、ここに行き着いた。それまでの日常と程遠い場所に来ていた。これまでの僕はこれまでの場所に置いて来た。ある意味、既に死んだ様なものだ。ここでは言葉も通じない。余計な事を言ったり、聞かれたりもしない。誰もこれまでの僕の事を知らない。ひたすら何をするでもなく過ごした。勿論、1日中そんな状態でいては時間を持て余して仕方がない。だから適当に散歩をするのが習慣になった。いくらでも歩く時間がある。初めは歩く事を目的にしていた。何の為に歩く訳でもない。歩く為に歩いた。しかし何度も何度も同じ道を歩いる内に、少しずつその歩く目的が変わっていった。色んなものを目にする。特に注意深くしている意識はない。何度も見ている分、変化に気付きやすくなっただけなのだろう。それにしても些細な変化に敏感になる。それは変化のなかった繰り返しの中で結構な事件に値する。公園の花が昨日よりもちょっと開き掛けているとか、いつも同じ路地にいる猫の機嫌が今日は良いとか悪いとかが分かる。自分以外の何かが変化していく事に一喜一憂した。かつて学生時代に、同級生が人生は死ぬまでの暇潰しと口にしたのを思い出す。妙に達観した言葉ではあるものの、そうは間違っていないなと当時も思った。あれから10年以上が経っている。言った本人の暇潰しは今どうなっているだろうか。こちらはそれなりに楽しんでいる。何日か経過して例の公園の花は綺麗に咲いた。そして散った。
その日もやはり散歩をしていた僕は、町まで戻る道中で自分の空腹に気が付いた。いつも夕食を取る時間よりは少しばかり早いが、そういう日もある。どうするかは自然と決めていた。僕は青い屋根の飲食店を前にして立ち止まる。これまでに入った事はない。けれど匂いだけは前を通る度にいつも頂いていた。その店の扉に初めて手を掛ける。想像よりも重い。昼とも夕方とも断言し切れない微妙な時間帯にしてはそこそこ客の姿がある。常連なのかもしれない。掌を見せて店員を呼ぶ。注文をするにも言葉が通じないので、メニューに指を当てる。伝わったらしい。品物が届けられるまでを待つ。改めてメニューに目を通す。僕はこういう場所で注文を決めるまでにかなりの時間を要する。気移りしやすい。注文を終えた後でもまだ納得していなかったりする。メニューを手に、次に来た時はどれにするかを今から考える。それでも結局は次の機会にまた時間が掛かるというのもいつもの事だ。今日に関しては珍しく早く決まった。その分、注文した品に有り付くのも早かった。どうやら店の前でよく頂いた匂いの正体はこれだ。いつも匂いがするという事は、それだけ常時注文されている人気のメニューなのだろう。僕は食べた。そして嘔吐した。世界で年間130万人が僕と同じ病で他界するらしい。その中で僕は何番目くらいに幸せなんだろうか。

何日かが過ぎて、それでも変わらずに僕は散歩をしていた。昨日まで続いた雨のせいで少し冷える。今日は猫の機嫌が良い様だった。何処かで餌でも貰ったんだろうか。猫でさえ食の楽しみがある。溜め息をしそうになって、ふと思い出す。溜め息をすると幸せが逃げる。とか、そんな事を言われた。どうして今更になってと嘲笑しそうになり、気分を変えようと顔を上げて時間が止まる。

君がいた。

走っていたのだろうか、軽く肩で息をしている。目は真っ直ぐに僕を見ている。僕も君を見ている。その瞬間は世界に二人しかいないのかもしれなかった。否定する要素はない。お互いの事以外、何も見えていないのだから。ほんの少しの時間が過ぎて僕はここが何処なのかを考え始めた。自分は遠くの地へ来たつもりで、実はそれまで住んでいた隣の町くらいの場所にいるのではないかとか。そうでなければおかしい。これまでの日々を省みる。僕がいつここへ来たのか。そして何をしていたのか。視界の端に道行く人が見える。僕とは人種が違う。君とも違う。だからといってここがその彼の国とは限らない。ここは僕達の国で、たまたま彼が訪れているのかもしれない。分からない。周りを見渡したい気持ちが沸いてくるけれどそう出来ない。君とずっと見つめ合っている。そのまま大分長い時間が過ぎた気がした。やがて君の肩の動きが落ち着いているのに気が付いた。息が整った様だ。少なくともそれだけの時間は過ぎたらしい。君が走って息が整うまでにかかる時間はどのくらいだろうと思案を巡らしてみるものの、特に比較対象する物が自分の知識にないので考えるのを放棄する。その頃になってまた新たにふと気が付いた。お互いに声を発するタイミングを失っている。君が何故ここにいるのか、どうやって来たのか、いつ来たのか。それらが分かっても納得に至る気がしない。結局は何を聞いても後に続かない。となればこちらから何かを口にしたり行動に出たりするべきなのか。僕としてはここに君がいるそれこそが異常事態。対応の術なく真っ白になるだけで精一杯だ。どうやら君としても僕を見付ける事を最終目的にしていて、見付けてからどうするのかまでは決めていなかったのだろう。迷っているというよりは既に困っている様子が窺えた。もうしばらく見つめ合った末にようやく僕が出来たのは、理解を示す様でもあるしただの会釈の様でもある何とも言えない小さな頷きだった。釣られて君も返して来た。そのまままたしばらくの時間が流れた。
僕は部屋に戻る事にしてゆっくりと歩き出す。君も付いて来た。その間も会話らしきものは特になく、他にあった動きとしてはたまに僕が振り返ったくらいだ。その度に君はそこにいた。速度に気を付けながら歩く。その最中に改めて考えを整理して、君がいたのは僕の気のせいで振り向けば後ろには誰もいないのではないかと思い至る。しかし確かめるとやはりそこには君がいる。それを何度か繰り返した。 部屋に戻って、僕は暖炉に火を灯す。小さな火はやがて大きく揺れる炎へと変わっていく。何故だか分からないけれど、僕は屈んでそれを見ているのが好きだ。背中越しに君も見ているのが分かった。振り向くと、君は近付いて来て隣で同じ体勢になった。二人でずっと炎の揺れを見る。体の前面だけ温まっていくのが分かる。やがてそちらばかり暖まり過ぎて背中側の寒さが気になってくる。僕が暖炉に背を向けたのを見て、君もそうする。何となくお互いに表情を確かめる。部屋が暖まるまではもうしばらく時間が必要だ。

次の日は久々によく晴れた。散歩に出ると君が後ろに付いて来た。猫を相手にする時間がいつもより延びた。町に戻ると君が改めてあちこちの建物を見ている様だったので、先を譲って僕はその後を付いていく。やがて君がふと立ち止まる。その店の屋根は青かった。対面式の席に座ってメニューを手にする。僕は注文がなかなか決まらない。君はまだメニューを手にしている。けれどきっともう決まっているのだろう。しばらくして結局僕はまた前と同じものに決めた。前と同じくらいの時間を待つと品物が来て、やはり前と同じ匂いがした。口の中には甘ったるさばかりが広がって味は分からなかったけれど、向かいの席の君が小さく笑っていたので美味しい気がした。

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written@2008

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