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全国の土谷さんコミュの韓国がルーツ?

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『どんクジラ』のホームページに
「土谷さんアンケート」というページを設けているが、
年に10名程度、このアンケートに応じてくれる奇特なかたがいる。
昨晩、一人のかたからアンケートにお答えいただいた。
本名は名乗ってないが、メールアドレスは書いてくれたので
現在、追加質問中。。。。

そこに書かれた情報には驚くべき内容が。。
「土谷のルーツは、恐らく韓国、慶尚南道居昌郡・・・
にあると思います。うちの先祖の土谷の出身地が
そこであると聞いたことがあります。
日本では大分県豊後高田にて生活をしておりました。」

ええっ!?
『どんクジラ』の過去の調査の中でこんな情報になかったぞぉ。
どちらかというと、先祖が朝鮮半島にある、という情報は
隠そうとする傾向が強い場合が多く、
こうした情報が伝えられていること自体驚き。
真相と、もしあるならその証拠を知りたい。

コメント(5)

全然違うことで申し訳ないんですが、大分県庄内町(大分市の近く国東半島とはだいぶ離れている)には土谷姓がかなりあるそうです。

そこのある「土谷さん」は自分の先祖は平家の落人である、古文書もある。と言っていたそうです。郷土史家からの情報。

先祖が平家の落人というのはわりに多いパターンですかね
住所を勘違いされてるかな??
庄内町には「土谷」さんは一軒もありません。
近くでは、三重町にかなり集中しています。
大分市、別府市にもそれなりの軒数があります。

平家の落人というのは、大分県内のいくつかの土谷さんに伝わる話として、あります。しかし、それを客観的に証明できるものはない、というのが現時点での私の考えです。

三重町に古くからの土谷さんがあり、その系図には、平惟盛の三男惟亮の落し胤の子孫であると書かれております。特別に、その系図の冒頭の写真をアップしましょう。(^^)
もう一つ。これは、私が平家落人伝説をそのままには信じない理由の一つにもなってますが。。。。

国東半島の真玉町の応歴寺の奥の有寺(うてら)というところから小さな峠を越えたところに山畑というところがありますが、そこに土谷さんが古くから住んでいて、その場所の昔の小字が望都屋敷(もうとやしき)と言い、平家墓と呼ばれる7つの墓があります。望都という地名には、平家の落人が都を懐かしんで遠く東を望んだという言い伝えが残ります。
私はこれは、間人(もうと)ではなかったかと考えています。鎌倉時代、一般の村人たちの住む居住地の周辺に住む人たちを一般住民と区別して、間人と呼んだ地域があります。私はこの「望都」は、そうした「もうと」という地名が残ってたのを、美しい表現に変えたのではなかったかと考えています。
この望都屋敷の土谷さんは私の直系の先祖の地だと考えています。
そうですか、聞いた話なので、三重町かもしれませんね。

知り合いに土谷さんがいるので、その人からもちょっと聞いてみます。
土谷さんが、必ずしも土谷さんの歴史に詳しいということは、ないってことも。。。。(^^;

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