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仏像彫刻コミュの善光寺仁王像1

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先日長野県にある善光寺のお寺に行ってまいりました。

そこの山門には、5mもある仁王像が安置されています。

その彫刻は、明治から大正にかけて活躍した彫刻師による作品です。

他の仁王像とは異なった作風で制作されています。

今回は、この仁王像についてお話をさせて頂きます。
     
制作者 高村光雲 米原雲海   材質 桂(カツラ)

阿形の裾に彫られている。

善光寺にある案内では、『米原雲海』と『高村光雲』作とありますが、仁王像の原型は高村光雲が作り、山門に収まる仁王像は、米原雲海が拡大して制作したそうです。



高村光雲

明治大正期の彫刻家。江戸下谷生まれ。
文久3年仏師高村東雲に入門し東雲の姉の養子となり高村姓を継ぐ。明治維新後の牙彫の流行のなかで木彫を通し、明治22年、日本画と木彫という伝統美術の陣容で開校した東京美術学校(東京芸大)の雇,翌年教授となった。
以後、多くの万博や国内の博覧会で高賞を受賞。40年からは官展の審査員を毎回務めた。
制作は、明治30年代に頂点を迎えた感があるが、伝統の木彫に西洋の写実を加え、日本近代木彫の祖ともいうべき足跡を残している。
長男の高村光太郎をはじめ,山崎朝雲,米原雲海,平櫛田中ら多くの俊秀を門下に輩出した。




米原雲海

同じく明治大正期の彫刻家。
島根県安来市に生まれる。
16歳で米原家の養子となったり、初め塔大工などに建築彫刻を学び大工となったが,京都,奈良の古仏に感銘を受け、彫刻家を志す。明治23年上京し,高村光雲に師事。
光雲の右腕と称され27年より雲海と号す。
内国勧業博覧会,文展などに出品。写実をもとに独自のデフォルメを加えて木彫人物像を得意とした。28年,東京美術学校(東京芸大)雇となり,30年まで勤務。
40年,岡倉天心の指導により日本彫刻会を結成した。

続く

コメント(4)

凄い……。


このためだけに、善光寺さんに、お詣りしたくなりました。


東大寺より現代的ですが、迫力と肉感が迫る造形は直に拝見したいです。

お顔の造作は、一般的な仁王様と違うように見えます。眉の表現が、独特ですね…。

貴重なお写真を拝見させていただき、ありがとうございます。
すごい仁王様ですね。迫力もすごいです。
いつかは自分もこんな素晴らしい仁王様を彫りたいです。
貴重な写真ありがとうございました。
ちゃりんきライダーさん、黒蛇さん投稿有り難うございます。
本物はかなりの迫力があります。是非ご覧になってみて下さい。

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