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日々こぼれ落ちる歌たち(童話)コミュの連載「雨の行きつく場所」 第3章−対話−

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「少し、顔をあげてください。…うん。そうですね。そんな感じ。」

先生の声にあわせて体の位置を変える。片方の膝を立て、もういっぽうの足を伸ばす。両手は立てた膝に沿え、顎を心持あげる。衣装は白い布を体にまとった。青い布を帯にしている。足と腕がほんの少し見えるだけで、すっぽりと覆われている。昔どこかで見た神話の世界の女性みたい。ふだんはTシャツにジーンズで、髪は無造作に後ろで束ねている。一応ポニーテイルという名前があるらしい。こんな女性らしい格好したのは、どれくらいぶりだろう。先生は今のポーズの横側を描いている。
 先生の描くしゃっしゃっしゃ…という音が静かな部屋にささやかな存在感を持って響くと、母親の心音を聞いているような、ネジ巻き式の古い柱時計の振り子の音を聞いているような、安心な気持ち。どうしてだろう。沈黙はこんなにも、雄弁。
「先生。」
 私はなんだか知らないけれど、思わず話しかけていた。ここにいるのに、遠い場所の人。
「どうしましたか。」
「先生は、恋をしてるんですか。」
 先生の表情が変わる。思わぬ大風に、ぼうと吹かれたかのよう。そして、諦めたかのように、ほほえむ。
「していますよ。」
 自分の気持ちや、立場やすべての状況を確認するように、小さくうなずく。手は止まらないまま。
「でも。」
 先生は、画用紙をめくる。新しい紙は、真っ白だ。当たり前なのだけれど、それはちょっと感動してしまう。ここから、すべてが始まる。私は絵を描くときはいつもそう思うから。
「僕は君の恋の話しが聞きたいなあ。」
 絵の神秘に気をとられていた私に、ぼうと大風が吹く。今度は私が不意をつかれた顔をし、そして諦めたように笑いながら、語る。
「たかし…、尚って言うんです。」
「彩ちゃんに、尚君。」
「そう。尚とは、大学のサークルで知り合いました。最初の印象は、とても社交的な人店でした。」
「社交的?」
「誰に対しても、公平で親切で…いつも楽しい話題をふるまう。そんな人。」
「いい人そうじゃない。」
「私も最初は、そう思っていました。でも、だんだん不思議な気がしてきたんです。どうしてあの人はいつも誰にでも同じように優しいんだろう。私は気分にムラがあるし、にこにこしているばかりじゃない。機嫌が悪ければ、きっと不機嫌そうな顔をしていると思う。だけど、尚は…そういうのはなかった。それが、不思議というか嫌になってきたんです。腹が立ってきた。」
 私はポーズを崩さないように、少しその時の気持ちを思い出して腹を立てる。
「この人は、本当は誰のことも同じに見えているんじゃないか。私のことも、他の人も、みんな同じように「あしらって」いるんじゃないか。って。」
「おやおや。」
「だから、気にくわなくて、しょっちゅうくってかかっていました。」
「けんかを売ってたんだ。」
「そう。今思うとすごいかも。彼を見かけるとややこしい議論をふっかけてばかりいました。彼は最初は優しい印象のまま、私の話しを聞いてうなずいていたけれど、あんまりにもしょっちゅうだったから、彼がすごく怒ったことがあって。」
「うん。」
「たまたま二人きりになったとき、いつものように難癖をつけていたら、彼が突然顔を真っ赤にして、君は僕の何が気に入らないんだ。って吐き出すように言ったの。僕が嫌いなのはわかったよ。だけどどうしてか教えてくれないかって。」
「それで、きょとんとした?」
「そう。私はその時、一瞬時間が止まったような気がしてました。嫌いか?って聞かれたら、そうじゃなかった。それで、むしろ好き。って言った。」
「彼に、ちょっと同情するよ。」
「うふふ。尚は、その時、なんだかよくわからないっていう顔をしてしばらくぽかーんとしていて。そんな風に怒った彼や、あっけにとられた姿。人間くさい部分をずっと見たかったんだなあって思いました。」


「なんだよ、それ。どうして好きってなるんだよ。」
 突然の告白に尚はちょっとしたパニックになっていた。
「だって、嫌いじゃないもの。それより私ずっと聞きたい事があったの。どうしていつもみんなに同じように優しく接するの?そういういいところ以外どうして人に見せないの?」
 私は本当にわからなかった。だから、教えてほしかった。尚の気持ち。尚の目から見た世界を。
 尚は窓辺によりかかった。顔を下に向けて。両手を膝について。
「僕だって良くわからない。ただ、そうやってればいろんなことがうまくいくから、かな。今までそうやってやってきたんだ。それで、だいたいうまくいってきた。春日みたいにつっこんでくるやつなんかいなかった。春日はあれだよ、ネコ猪。」
「ネコ猪?」
 尚はそこでようやくくすり、いや、にやりと笑った。
「うるさいし、まとわりついてくるし、きっついことばっかり言うし。そのくせ機嫌がいいと一人で鼻歌歌ってるし。かと思ったらいきなり人の線を越えて入ってくるんだ。君さ、友だち少ないんじゃないの?」
 意地悪そうな目。こんな顔、みんながいるところでは見せたことないくせに。
「そりゃ、少ないわよ。」
 図星をつかれてまたむっとする。自慢ではないけれど、私は友達が少ない。小学校の時の友だちが一人。中学校と高校が同じだった時の友だちが一人。大学では、まだ顔見知り程度の知り合いしかいない。いじめられたら、いじめかえすような子どもだった。お陰で敵を山ほど作った。親も先生も何も言わなかったけれど、手に余る子どもなのは自分でもわかっていた。でも、自分の気持ちにうそをつくことがどうしてもできなかった。だから、人を傷つけることもきっと多い。
「あなたみたいにたくさん友だちは、いないわよ。」
 尚のブルーのチェックのワイシャツ。清潔なジーンズ。窓から差し込む光に透ける黒い髪。何かを吐き出すように、彼はしゃべる。
「僕は君の言う誰にでも公平な優しい態度って奴でたくさんの人と繋がりは在ると思う。でも、こんな風に感情を出すことはほとんどないんだ。」
「え。」
 私は心底驚いた。
「さみしくないの?」
「ネコ猪。」
 彼は苦笑いしている。
「なんでそんなになんでも直球でそういうことを聞くかな。」
「だって。」
 私は納得いかなかった。ふだんの尚は親切で明るくて面倒見が良くて、いい人のお手本みたいだった。みんな尚のことが好きだったし、尚もみんなといる時は楽しそうに見えたのに。私はそういうことができないから、尚のことが羨ましかったのに。私の表情を読み取ったのか、彼はうーんとのびをする。自分の両手を見つめている。
「どうしてだろうなあ。いつの間にか、本当に自然にそうなっちゃったんだ。気持ちを吐き出すのは、感情的になるのは僕らしくないって思っていたのかもしれない。そうやって気持ちを出して嫌われるのが、こわかったのかもしれない。春日は強いよな。僕とは違って。」
 強い?
「ただずうずうしいだけだよ。この性格で敵も作っちゃうことも多いし。」
 私は側の椅子にどしんと腰を下ろす。
「そんなにしょげるなよ。せっかくほめたのに。」
「そう?」
「少なくとも、春日がつっかかってくるようになってからは、お前のことばっかり考えてたからな。いつか聞こうと思ってたんだ。何が気にくわないんだって。」
「全部、気にくわなかった。私にはないものをいっぱい持ってるのが羨ましかった。なのに、なんにも満足してるように見えなかった。だから腹が立った。本当に嬉しいって笑った顔、見てみたかった。」
「笑った顔?」
 またうろたえて赤くなっている。その姿を見て私は心の底からほっとした。こうやって話したかった。何にも壁のない、何にも気取らない。頑張らない状態で、こうやって二人で。
「私みたいなネコ猪が側にいたら迷惑だった?」
「そうだなあ。少なくとも退屈じゃなかった。」
「何よそれ。私、暇つぶしみたいじゃない。」
 またむっとする。どうして、こんなに腹が立つの。
「春日、もうちょっとスカートはけば。」
 形勢逆転。おもむろに尚が攻撃してくる。目が光っている。
「いやよ。動きにくいのに。」
「そうか。残念だな、スカートをはいたら飯食いに誘うつもりだったけどな。それなら仕方ないや。うん。非常に残念だよ。まったく。」
 愉快気な顔。意地悪そうな、楽しそうな、顔。
「女性を馬鹿にした発言をするとフェミニスト団体を敵に回すわよ。」
「なんでさ。純粋な男心じゃないか。かわいいかっこうしたら、似合うのに。」
「か、かわいくないわよ。私なんか。」
「そうかそうか。僕のことが好きって言ったけど私なんかって自分を卑下するんだなあ。そういう人間性の低さは品位を落とすぞう。」
「だからなんでそういう風にあげ足をとるのよ。理屈ばっかり。」
「最初に議論を持ちかけたのはどこの誰だったけ?これか?この尻尾か。」
 私のひっつめた髪をひょいひょいとつまむ。
「信じられない。あなた本当に失礼な人ね。」
 私は思いっきり払いのける。が、その手をつかまれた。
 
 この時は気付かなかったけれど、その時尚は私の見たかった(ものとはだいぶ違うが)笑った顔を見せてくれていたのだ。
 こんな風に、私と尚の恋は始まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あはははは。」
 先生はお腹をかかえて笑っている。苦しそうだ。
「先生、そこまで笑わなくたっていいじゃないですか。」
 体が小刻みにふるえている。静かな部屋がいっぺんににぎやかになったみたい。
「ごめん、ごめんね…。ふふ…。」
 ようやく体勢を整えて、また描こうとするのだが、時々思い出し笑いをするらしくうまく描けない。
「先生の恋の話しを聞かせてください。私ばっかりじゃ不公平です。」
「うーん。」
 あまり話したくなさそうというか、気のりがしないようだ。私は聞くぞ、という心構えで、耳を澄ました。先生は、自分の内側で迷っていた。話すことやもっと違うなにかを。その時、チャイムが鳴った。玄関だ。先生はここぞとばかりに、「ちょっと待っててくださいね。」と言い残して逃げた。

 私は先生が戻ってくるまでの時間、窓に近づき庭を見ていた。緑もゆる中に、宝石のように散らばる花。レンガで造られた小道。美しいというより、愛らしいという表現が似合う庭だ。熱心に見ていたのか、気がつかないうちに窓の枠に手を当てていた。そこに一通の封筒が挟まっている。新しい。クリーム色の無地の上品な封筒。封が開かれてまだ間もない。手紙を読んで、そのまま窓枠に挟んでしまうのを忘れた…そんな感じだ。いつからここにあったんだろう。そこへ、先生が帰ってきた。
「お待たせしました。郵便屋さんでした。」
先生が手にしていたのは、同じクリーム色の無地の封筒だった。ただし、それは窓枠にはさまれているものより、幾分厚い。アトリエに3度目の大風が、ぼうと吹いたような気がして、私は思わずまばたきをした。

コメント(2)

答えは・・・たかし君ですね目がハート

私は、尚君側の人間なので、感情をストレートに表現できる人がすごいって思います。
そのあたりのやりとりは、しっかり心当たりがあって、おもしろかったですわーい(嬉しい顔)

自然な状況設定の変化、ナイスですねわーい(嬉しい顔)

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