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プラスティック・ウエノ・バンドコミュのボブ・ディラン

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私の日記からの転載です。
ある意味、バンド活動でもありますので(笑)。



ボブ・ディランのライブは、いままで、94年(武道館)、97年(東京国際フォーラム)、01年(パシフィコ横浜)と3回観たことがあった。

その中でも思い出深かったのが、97年の公演である。『追憶のハイウェイ61』の演奏中、ステージよりあおられ興奮した観客が走り出し、ステージ前に殺到。それでも公演は中止にならず、ディランは何事もなく、というよりむしろ、それはそれは嬉しそうに、演奏を続けた。私も客席の一列目より前(笑)で、将棋倒しになりそうになりながらも、一緒に歌えるという幸せを味わうことができた。この夢のような模様は、以下の映像で確認できる。

(この映像には、97年2月10日公演説と、11日公演説とがあるが、10日が正しいのではないかと思う。なぜなら、私らしき人物が、小さくだが映っているので。ぜひ、10日のものであってほしい)。

http://www.youtube.com/watch?v=S8_zBj9wgKQ


そして、去る3月25日に、Zeep東京にて4回目のディランを観ることができた。今回は、比較的小さめのライブハウスでの公演である。おそらく、ディランもあの97年の公演のことが忘れられず、東京でやるなら狭いライブハウスで、スタンディングの客の前で、と希望したのではないか。なんか、ディランと、ステージ前で踊っていた我々の間で交わされた無言の約束が、13年ぶりに果たされたような気がした。全く勝手な思い込みであるが。


私がディランが好きなのは、あの歌も、ギターも、ピアノも、それはそれはお上手ではなく(笑)、でも、それが一回りして、やはりうまいのだなと、後になって自然と感じさせる、というところである。

でも、この表現は適切ではない。もっと正確に言えば、彼の歌いたいことは、あの歌い方でなければ歌いきれない、ということであり、すなわち、ディランは歌が好きで好きで仕方がない、ということである。そんなところに、私は幼きころより、取りつかれてしまった。

今回も、すべての曲が、大変しがわれた声で、情感たっぷりに、こちらにも心地よく、歌われた。もはや原曲を残していないアレンジもメロディも歌唱法もたくさんあったが、すべてが心に深く刻みこまれた。こういったディランのたたずまいは、一言で表すとすれば、<歌手>としかいいようがない。

ディランのステージは、まるで、プロレスのようであった。リング上のプロレスのムーブは、いんちきなものと大人は揶揄するのであるが、われわれ子供は、プロレスとは最強の格闘技であると信じていて、猪木さんの一挙手一投足に目を凝らしていた。すると、やはり猪木さんの強さ、怖さ、そして苦悩とか、悲しみ、歓びといったものが、リング上の表現から垣間見えてくるのである。

69歳にもなって子供であるディランの聴きずらい歌声からも、我々がいまだに子供でありさえすれば、社会、人生の本質というものを感じ取ることができる。猪木さんのプロレス、ディランの歌声といったものは、厳密なルールによる強弱の決定、音階通りの聴きやすさといった、世間のものさしから大きくはずれており、だからこそ、我々は上述のようなことを体感し、考えることができるのだろう。


今回のライブで、私が印象深く感じたのは、全曲すべてだ。が、敢えて言えば、以下である。

1)『北国の少女』
暗いステージ上に、ディランがぽつりと立って、ギターを弾きながら歌った。まるで、雪の夜の、真っ暗な、誰もいない帰り道に、一人の男が現れ、囁きかけるようであった。同時にそれは、時に人が陥る人生の暗闇に対し、一条の道標となる光を差し込んでいるように見えた。

ちなみに、このときのディランのギターは、非常にお上手ではなかった(笑)。が、あのたどたどしく、物悲しい弾き方は、この歌にぴったりで、まるで、雪が静かにさびしく降っているようであった。

2)『はげしい雨が降る』
途中、まるで小学生の音階練習のようなキーボードを弾き、そのメロディで歌っていた。なんじゃそりゃとずっこけそうになった(笑)が、それが、クリスマスソングのように聞こえてくる。この歌の持つ意味と、対象的なやさしさをたたえていた。

3)『やせっぽちのバラード』
個人的に、今回初めて、ディランがギターもキーボードも弾かないで歌うところを観た。この曲でも、ステージ中央でギターなしに歌っていた。間奏部でハーモニカを吹いていたが、歌と相まって、まるで何か昔のハードボイルドな映画を観ているようであった。とてもドラマティック。


今回、会社の元上司、現在の部の後輩、違う部でお世話になっている人、プラスティック・ウエノ・バンドのメンバー2名、大学の後輩2名と私の合計8名といった、てんでばらばらな(笑)メンバーで観に行った。でも、誰もが、ディランに少しでも興味を持ってくれて、行きたい、と言ってくれたのが、嬉しい。終演後、みんなで飲みに行った。私以外、全員が初ディランで、中には数曲しか知らない人もいたのであるが、みな満足そうであった。

バンドメンバーに、「どうだ、俺にそっくりだっただろう」と聞いてみたが、「ディランは歌うまいよ。ふざけたこと聞いてくるな」と怒られてしまった(笑)。


ところで、今回、残念だったのが、マナーの悪い客がいたということだ。私の後ろに、若い男二人がいたのだが、最初開演しディランが現われると、なんか私に身体を押しつけてきた。最初は、男の痴漢かと思った。が、「わーっ」と叫んで、私に寄りかかり、より強く押して来た。やがて、私を押しのけ、前の方に押し寄せていった。

前にいたロック親父2〜3人も、「おいこら、押すな押すな」と叫んでいた。が、それを無視して、前に進んでいく。でも、せいぜい、2〜3列前に進めたぐらいだ。

よっぽどつかまえて、一言文句言ってやろうと思った。しかし、まあ、彼らもまだ若くて、ディランを観たくて勉強もして楽しみに来たのだろう、それぐらいのパワーで、周りの客席も盛り上げてくれたらいいかな、と大目に見た。

が、そのあと時々ちらちらと彼らを見たら、全然ノッてなく、ぽかんとしていた。

おい、お前ら(注:『戦争の親玉』風)。お前らのやった行為ってのは、憧れの人に近づきたいというのではなく、<横入り>って言うんだぜ。

ステージってのは、演者と観客とで、一体になって創るものだ。97年に我々のやった行為も、ほめられたものではないが、それでも、押し寄せられて苦しい人がいたら、スペースを空けたりして助けながら、みんなで、ディランと一緒に大合唱したんだ。あの中で、自分さえいいという奴は、誰もいなかった。みんな一緒になって、にこにこしながら、ディランの歌声をわかちあったんだ。少なくとも、この前は、お前らの周りにいた推定二十人は、白け切っていたぜ。

あと、俺はともかく、ロック親父まで押しのけていったのなら、せいぜい周りを盛り上げるくらいの楽しみ方をしてくれよ。羽目をはずして、俺たちを扇動してくれよ。俺よりおとしなかったじゃないか。不勉強じゃないのか。

曲なんて知らなくていいよ。俺の仲間でも、ディランのアルバムを一枚しか持っていないという人もたくさんいた。でも、そいつらも、たとえばみうらじゅんさんの漫画や映画からディランを知り、ディランをどうしても一度見たくて足を運び、自分なりの楽しみ方をしたんだ。

有名人に近づきたいのであれば、ディランみたいに苦痛を強いる聴き方をしなければならない人は、お前らには似合わないよ。誰か他の人のCDを買って、その人をまたZepp東京に観に行って、最前列まで人を押しのけていって、握手でもしてもらいなさい。歌を歌うのではなく、握手をするのがその芸能人の商売なんだから、お前らにはちょうどぴったりだよ。

そういった自分を少しでも恥ずかしく思うのであれば、「どんな気にする」と歌うディランの気持ちを、一晩真剣に考えた方がいい。アンコールで、一曲目に歌っていた歌さ。

もっと恥ずかしくなるだろう。その上で、また来日したら、きちんと観に来ればよい。


というわけで、長いレポートを、終えることにする。

私も、今後の人生で調子に乗った時は、『ライク・ア・ローリング・ストーン』を聴いて自省しながら、また来日時に、ディランに逢いに行こうと思う。

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