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ペーター・ホフマン[MIXI出張所]コミュのオペラ歌手の個人的生活

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ちょっと考えれば、オペラ歌手の生活は、相当落ち着かないものだと想像できます。特定劇場の専属歌手をずっと続けることができれば、原則的に夜のお仕事が多いだけ、普通の職業と大差ないという状態でやれるのかもしれません。しかし、安定的な専属歌手生活は安易に望んで得られるものでないとすれば、オペラ歌手としてやっていくためには、当然、職業的上昇を望む、積極的姿勢が不可欠でしょう。そして、有名になれば、客演を絶対拒否なんてことはあり得ないでしょう。運がよければ、一つあるいは、少数の劇場で、年金受給年齢までめでたく専属を全うなんて歌手も少なくないのかもしれませんが、ホフマンがリューベックで出会ったテノール歌手のような状況に陥る歌手も多いのかもしれません。つまり、いいように利用されて、使い捨てにされかねない。

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「バイロイト音楽祭の期間中とその前後、数週間、その地で過ごすのが常であったから、バイロイトが最も重要なインタビューの場所となった。.................. 売れっ子のオペラ歌手が、一ケ所に三ヶ月も滞在するというのは例外的なことである。こういう人のスケジュールは、普通は客演契約と海外への飛行予定でいっぱいなものなのだ。」マリールイーズ・ミューラー(1983年発行の伝記の著者)

こういう生活の中で、家族との、特に配偶者との関係が破綻してしまうことは、少なくないようです。ペーター・ホフマンも例外ではありません。

ペーター・ホフマンがオペラ歌手になることに、最も積極的に賛成し、協力したのは、妻のアンネカトリンでした。オペラ歌手を両親に持つ彼女自身、歌手になりたいという希望を早くから抱いていたにもかかわらず、19歳で結婚、すぐに二人の男の子の母親になります。ほぼ同世代として、こういう女性の気持ち、理解できます。好きな人のためなら、自分の夢を捨てないまでも、とにかく保留にしてしまうのは、やはり、結婚して、良い家庭をつくり、子どもを生み育てるのが、女性のごく自然な生き方だと、無意識に刷り込まれいるせいなのでしょうか。

「.........歌手になりたいという彼女のもともとの夢が、後の私たちの離婚理由のひとつになった。私は彼女に対して申し訳ないという思いを常に抱えていた。私は勉強させてもらい、歌わせてもらい、客演に行かせてもらっている・・・その一方で、私より早くから、舞台に立つという夢を持っていた妻は、家にいて、子どもたちのそばに座っていた。」(ペーター・ホフマン)

1976年バイロイト音楽祭への初出演の後、13年間の二人の結婚生活は「静かに、穏やかに」終わります。二人の息子を寄宿学校に入れ、彼女は勉強を再開、数年後には、西シュトゥットガルト劇場のメンバーとして舞台に立つようになります。1980年、ホフマンがバイロイト近郊に家を買って引っ越したころには、彼女も「職業面だけでなく、たとえ何であれ自分自身のものを築いており」、二人は友人としてずっと良い関係を保っているということです。

「今日私たちは良い友だちで、お互い最高に理解し合っています」(ペーター・ホフマン)

もちろん、彼女の職業への夢だけではなく、離れていることが多かったことが、やはり離婚の最大の原因でした。ホフマンの場合、軍隊時代も週末に家族のところに帰るというのが基本的な生活で、演習等で何週間も帰宅できないことも多かったのです。歌手になってからは、客演で家を開けることが多く、子どもの世話を重視した妻は、めったに客演に同行しなかったということです。

「離れていれば結局は疎遠になります。長く離れていると、不満がかき立てられて、目下いる場所で気を紛らわそうという誘惑に負けてしまう。更に、親密さと居心地の良さの欠乏状態に陥り、それは、もはや一日やそこらでは取り戻すことができない」(ペーター・ホフマン)

「私の夫のように突如一躍有名になるような人は、特別の人生を送らざるをえないものです」(アンネカトリン・ホフマン)

「......ある種の確実性が、この職業においては、おそらく命取りだろう。こんなイメージだ。小さな家を持って、そこから仕事に行き、美しく歌い、公演のあとは、再び家に戻って、そして、これが、三十年・・・  なんと非創造的!」(ペーター・ホフマン)
          

その後、1981年、ハンブルク歌劇場に客演したとき、そこで、バーンスタインのウエストサイド物語を観て、マリア役だったデボラ・サッソンに一目惚れ? 1983年夏、結婚。1990年離婚。この年、ハンブルクで「オペラ座の怪人」に出演していますから、不思議な縁というべきでしょうか。現在は三人目の若い奥さんと、始めての女の子と暮らしているということです。
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写真1)「時間は貴重なもので、いつも足りない。「都市から都市へと駆け巡る」歌手は何週間もの間、電話と飛行機と舞台だけで暮らしていることがしょっちゅうだ。」(ペーター・ホフマン)

写真2)「きょうはミラノ、あしたはハンブルク:私のセカンドハウスは旅行かばんの中だ」ベートーベン『フィデリオ』フロレスタン、1980年、ハンブルク(ペーター・ホフマン)

写真3)デボラ・サッソンとの結婚式 1983年夏

コメント(2)

国際的レベルのオペラ歌手で、離婚歴のない人をさがすほうが難しいかもしれませんね....

>妻に申し訳ないという彼の発言
には救われますね。奥さん自身も自分の夢をかなえたいという気持ちが強かったのだろうと思います。それに、これはあくまで想像ですが、彼女に「いい人」ができた可能性、高いような気がします。それがなければ、子どもも成長し、経済的余裕もできたのだから、離婚しなくても夢をかなえることはできると思います.....

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