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ワインの集いコミュのワインの小話(55)〜アルゼンチンワイン<15>現在のアルゼンチンワインに至る歴史〜

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今、ニューワールドの一角として映えるこのアルゼンチンワインの元々の発端となる歴史に今回は遡ってみよう。。。
(* ̄ρ ̄)”ほほぅ…

歴史は植民地時代に遡る。。。
( ̄∧ ̄)(_ _)フムフム・・・

16世紀半ば、スペインの開拓者がペルーのクスコにヴィティス・ヴィニフェラ種を植え、それが1551年にまずチリに。。。
(* ̄ρ ̄)”ほほぅ…

そして6年後、サンチャゴ・デル・エストロの住人により、アルゼンチンに伝わったのだ。。。
( ̄− ̄)フーン

そしてそれが国の中央部、西部、北西部へとやがて広がっていくのだ。。。
(σo ̄)ホォホォ

当時、入ってきた頃にどういった人間が栽培していたのか。。。???
。。。o(゚^ ゚)ウーン

もちろん「開拓者」は当然なのだが、その他では「兵士」や「カトリック聖職者」がブドウを育てていたというのだ。。。
(´ρ`)ヘー

アルゼンチンの主産地である「メンドーサ」と「サン・ファン」では、1569年から1589年の間に栽培が始まったといわれている。。。
( ̄∧ ̄)(_ _)フムフム・・・

何よりも気候と土壌に恵まれていて、アンデス地方で発展が広く加速されたが、それと同時に「乾燥」によりダムと灌漑設備の建設も迫られたというバックボーンもあったのだ。。。
o( ̄ー ̄;)ゞううむ

「過剰生産」とそれに由来して「干しブドウ生産」も見られた。。。
( ̄− ̄)フーン

17世紀初頭にワインは荷馬車に積まれ大草原を通り、トゥクマンやブエノスアイレスまで運ばれなんとパラグアイまで届いた。。。
(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/オォー

輸送では蒲や皮で被われた「陶器の壺」に入っていたのだが、18世紀が終わる頃には「桶」や「木樽」が採用されるようになったのだ。。。
パチッ☆-(^ー'*)bナルホド

ブドウ栽培産業としては当初緩やかであったが、「1853年」以来、発展の条件が整ったのだ!
~\(^-^)/バンザーイ./( )\モヒトツ\(^o^)/バンザーイ

国家の講和と立憲体制の確立がなり、アルゼンチン共和国最初の農学校である「Quinta Normal de Agricultura」がメンドーサに誕生したのだ!
(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/(゚ロ゚)/オォー

鉄道が敷設され、大西洋までの道が開け、「道と土地に関する認可」により、開拓が進んだ。。。
ε=ε=ε=ε=ε=(o  ̄ー ̄)oブーン

そしてその追い風とばかりに、さらにはヨーロッパからの移民が新しい栽培技術やブドウの品種・醸造学の革新をもたらし、大いに貢献した。。。
( ̄∧ ̄)(_ _)フムフム・・・

技術者への教育に力を注ぎ、ついには1990年にメンドーサに「醸造学校」まで誕生された!
♪⌒ヽ(*゚O゚)ノ スゴイッ!!!

それが今日までの科学的・技術的な教育・研究の根幹をなしているわけなのだ。。。
レ( ̄ー ̄)ナットク!!( ̄^ ̄/)

次回はアルゼンチン全体的な「気候・風土・土壌」の要素について語っていく予定である。。。
"φ(・ェ・o)~メモメモ

では、次回もお楽しみに。。。(爆)
( -_-)旦~ フゥ...

コメント(2)

植民地開拓とは うらはらに 葡萄が根付き
すくすく育つ場所だったのですね。
ワインが来るまでは 何を 飲んでいたのだろうか?
ワインに酔わせて 金塊を そっと 持っていったのだろうか?
あ、そういう手もあるのか。。。(爆)
"φ(・ェ・o)~メモメモ

ポカッ! (._+ )☆ヾ( ̄ヘ ̄; ) ォィォィ、キンカイメアテカヨ!!!

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