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オトナが楽しむ【新選組】コミュの新選組ゆかりの場所

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皆さんが訪れた、新選組ゆかりの場所を紹介してくださいませ。
有名どころ、コアなところ、ちょっとした名所巡りのヒントにでもなれば、と思っています。

コメント(44)

弘前の薬王寺です。

箱館から青森までやってきて、更にまたここ弘前の薬王寺で島田魁を初めとする新選組のメンバーが謹慎させられていたというお寺です。
お〜。行ってないところばっかりで感動です。ありがとう!
ところで、試衛館跡って、いつの間にか確定されていたんですねぇ。知らなかった(´-ω-`)
誰の説が採用されたんだろ?

・・・だけではなんなので、自サイトから沖田終焉の地(といわれている場所の一つ)の画像を持って参りました(笑)
水車小屋があった側です。
試衛館跡、に関しては、私もよく知らないのですが、菊池明さん達が「市谷甲良屋敷」説、あさくらゆうさん始め市谷柳町試衛館のメンバーの方々が「市谷柳町」説、でいらっしゃるようです。
誰が、柱を建てたのか、不明です。昨年11月頃に建ったらしいのですが・・・・・。
強引に建てちゃった、のかなあ・・・・?????

現在市村鉄之助が函館で実は死亡している、という説を唱えている人もおり、やはり新選組は情報自体が少ないので、研究されている方々は大変ですね。。。。。
↑追記です。

【試衛館のあった場所付近に、文京区教育委員会による
歴史標柱が立てられた(H16年3月付)】

そうなので、教育委員会様、が建てたようです。
 正確には「新宿区教育委員会」で、文章も「市谷柳町25番地のこのあたり」が正解です。
 菊地明さんの指摘する「市谷甲良町1番地(土地登記上20番地)」は吉野元順さんという医師が父の代(文化年間1804〜1818)より「回春塾」という医塾を経営しておりました(参照:町奉行所による町方書上、および東京府へ提出した開学調書)。
 この稲荷は明暦大火以降にこの地域に住み込んだ住人によって建立された稲荷です。
「試衛館跡」が建ったこと、私も知りませんでした!

数年前に会津に行って来ました。
実は初めて行った時は吹雪で、何もかもが雪に埋もれていたので、リベンジでの再訪でした(笑)
新選組関連の史跡をいくつか訪ねましたが、印象的だった如来堂を紹介します。

ここは斉藤一を中心に会津で戦った新選組の激戦地のひとつで、斉藤自身も死亡したと思われた場所ですね。
地元の知人に案内してもらったのですが、「こりゃ案内ナシではたどり着けないよ!」といような場所にありました。
甲府勝沼の古戦場です。
今はブドウ畑になっていて、ブドウの甘い匂いがほわ〜んと漂う中、近藤勇像が立ってました。

タクシーの運転手さんに、古戦場を見に行くと言ったら、
「ん〜、何にもないよ、桃太郎みたいな像が立ってるだけで。行かない方がいいよ〜」
と言われまして(笑)
大善寺の山門と国宝のお堂がすばらしかったです。
甲府勝沼 大善寺の山門とお堂です。
うちの近くには土方さんの菩提寺、高幡不動があります。
この辺、土方姓が多いんですよね。

高幡不動と、土方さんの銅像と、隊士のコスプレをするうちの犬dす(笑)
>安曇さん

おお〜!行ったことはないのですが、その像の写真を最初に見た時は衝撃でした(笑)
ここまでデフォルメ(?!)された、勇というのも珍しい。。。
行ってみたい場所であります!
>浅葱さん

でしょ? デフォルメされてるのに、風にたなびく鉢巻が何とも(笑)
全体だとこんなふう。先に行ったワイン工場でワインの試飲をしてちょっと酔ってたんで、ピントがイマイチですが。

大善寺は、小島資料館に所蔵されている勝沼の戦いを描いた錦絵(友人いわく、近藤が「気合いだぁ!」と言っているように見える絵(笑))に、ここの山門が描かれてます。
別の所でもupしているのですが、日野宿本陣です。
歳三昼寝の間、を激写したかったのですが、たぶんこの写真は違う所だと思います。
最近、市村鉄之助が来なかったかもしれない説、や、亀太郎が訪れたという説、いろいろ新説が出回っておりますが、ふんにゃらさんのように「史料は必ず自分の目で確かめる」というスタンスを持っていらっしゃる方の説が、私には一番納得がいきます。

>ふんにゃらさん、試衛館跡と祠に関しての追加情報をありがとうございました。いつも明確に教えて頂いて、本当に感謝しております。
(講演会に行きたい、行きたいと思っているのですがなぜか仕事と重なっていてまだ行けません・・・・)

>安曇さん、「風たなびく鉢巻き〜」でまた爆笑してしまいました。顔はよく見ると勇っぽい・・・・かも。
2度も掲載して頂いてありがとうございます。
他に新選組関連で驚いたことがあるのは、歳三のお土産写真です。妙に眼がぱっちりしているやつ。
総司のお孫さんをモデルに描いたというあのパタリロ総司も衝撃的でしたが。。。。
岐阜県大垣市全昌寺にある、市村辰之助・鉄之助の墓所です。
大垣市郷土館に、特別展示の兼定(ノ定)を見に行った帰りに寄ってきました。

右端の『有隣院一官宗徳居士』が市村辰之助(本名は�伺圭�だそう)の戒名。
市村鉄之助に関しては、西南戦争で戦死したとの話が伝わっていましたが、あさくら ゆうさんによれば、明治6年11月16日に病死しているそうです。
戒名は『養浩院廓然良機居士』。
「鉄之助は市村家墓所となりの供養塔に静かに眠る」と、地元タウン誌『西美濃わが街』に書かれていたのだけど、右のお地蔵さんのこと・・・かな?

辰之助が、新選組脱走後、大垣に帰り、大垣藩兵として宇都宮鎮撫軍に加わっていた。
さらに、宇都宮で負傷したものの、その勲功を認められ、大垣藩から屋敷と禄をもらっていた。
これには衝撃を受けたなあ。宇都宮で兄と弟が敵味方だったとは。
>ヤモト4さん
私は説明されるのが嫌い、なたちなので、(前に京都の八木邸でひどい目にあったので)解説聞いてないんです〜。
どなたかご存じの方、いらっしゃったら教えて頂けると幸いです。
(写真は改築された日野宿本陣の門構えです)
>ヤモト4さん、浅葱さん

歳三昼寝の間は、ヤモト4さんの写真の部屋で合ってると思います。
見学していたら、1人のご婦人が、この部屋で、「あの、ちょっと寝ころんでみてもいいですか?」と、解説の方に言い出して、周囲の人たちを爆笑させました(笑)

書を送ったのは誰だったかな。聞いた記憶はあるんですが・・・。
「書を右から読むと『のぶのぶ』になります。佐藤彦五郎さん、愛妻家ですねー」という解説が印象的で、そっちは忘れてしまいました。
井上源三郎資料館です。
前はこの「誠」の字が無かったんですね。
住宅地の中でかなり目立ちます。

とてもアットホームな雰囲気で、来館者をものすごくウエルカムしてくださいます。
(お茶やお菓子も出してくださり、かえって恐縮してしまうほど)中には井上家の貴重な書簡や、おそらく総司や勇も囲んだであろう囲炉裏の枠、なども展示されており、源さんの家に
お邪魔してる、感じがいいですよ。

天然理心流の木刀も持たせてもらえます。実践向きの流派だったと言われるのに納得する、太くて重い木刀です。
これで鍛錬していたからこそ、試衛館の面々は強かった、というのに納得しますね。

私が行ったときは、説明する男性にしっかりロックされた、女子高校生が二人いて、たぶん彼女たちにはチンプンカンプンの
詳しい話に熱弁を振るわれておりました。

その後ろをこっそりつけながら、こちらがロックされないように、ささ〜っと見学して外に出ました(汗)
いやーありがたいです〜。
去年の大河の影響か、近年になって、いろいろなものが出来上がっていたんですねぇ。特にここ2〜3年は新選組から離れていたので、知らないモノがほんとに多い。

八木邸は相変わらずのようで。。。あそこだけは二度と行きたくないです。歳三があそこにあまりいなかったのはラッキーってくらいですよ(笑)
サイトでも愚痴りましたが、ほんと、先代(まさか、先々代になってはいないだろうな)はもう、素晴らしい方だったそうですよ。(私は直接は存じ上げないのですが)
斜め向かいの前川邸(Tさん)も本当に素晴らしい方で、この方が前川邸跡に住んでくださっていることが、どんなにありがたいと思ったか。八木さんの先代も、こんな感じの方だったのだろうなぁ、と思ってました。
私が最後にお会いしたのはもう、数年前なんですが。

昨年、立ち寄ったときに前川邸でもグッズを売り始めていて、ちょっと不安になりました。Tさん、お元気でいらっしゃるのでしょうか。。。最後にお逢いした当時でも、相当ご高齢だったんですが。

今の代の方々は、史跡を守るよりも商売熱心になってしまっているようで。まぁ、私らがどうこう言うことじゃないんですけどねぇ。なんか、寂しいですね。
>ゆうとさん、
私の周りでも「八木邸は二度と行かねえ!」派が多いです(苦笑)。
昨年私が行った時は、グループ毎に部屋を移動、各グループに解説のおじさんがつく、というやり方で、団体行動が苦手な私は、庭の方を向いていると「はい、こっち向いて!聞いて!」と命令され、なぜか大河ドラマを「あれはぜんぜん史実ではない」とこきおろし、そういうおじさんの話も司馬遼太郎の小説どおりじゃん!という話ばかりで、苦痛でございました。

例の刀傷もプラスティックのカバーがかけられてしまっていて、(これは観光客が悪いのでしょうが)立ち止まるとダメなんですよ。(昔上野動物園にパンダを見に行ったときを思い出す・・・・・)

見学料は一応お茶などがついて1000円。高すぎる。私はお茶を飲む気などすっかり失せたため、早々に退散しました。

それに較べると、井上源三郎資料館の方が、「なんとか源さんを知ってもらいたい!」との思いが伝わってきて、行ってよかったと思える場所でした。

(写真は携帯なのでいまいちなのですが、壬生寺です)
>ヤモト4さん

おおっ、旧井上源三郎資料館ですね!私もあの「誠」に向かって入っていくのはちょっと恥ずかしかったです。。。

それから、前川邸は私も見取り図は頂きました。
というか、家の前に置いてあって、無人野菜販売みたいに、
50円、箱に入れるシステムだったような・・・。

(写真は土方歳三のお墓です。今年の歳三忌)
京都方面には最近全く行ってないのですが、大河の影響か、
壬生塚に入場料なるものが発生したと聞いてかなり驚きました!
私が行った頃は、ふつうに出入り可能だったんだけどなぁ…(約4年前)。

>浅葱さん
八木邸の刀傷にプラスチックカバーですか…。
なんか寂しいですね(観光客のマナーも含め)。

個人的には、京都の島原の角屋が好きです。
新撰組に限らず、幕末の英雄達が語らった由緒ある建物ですし、
造りも大好きです。
母親と一緒に行った時に
「次生まれ変わったら、花魁になりたい」と言ったら
複雑な表情で見つめ返されてしまいました(笑)。

後は、日野宿本陣がまだお蕎麦屋さんだった頃に行って、
あの風景のなかで食べるお蕎麦は格別でした。
(日本酒が美味かった!)
伊豆諸島新島にある相馬主殿の碑2基です。
意外と島内の方はご存知の方が少ないようです。
明治3年から同5年までこの新島で相馬は流人生活を過ごしました。植村マツとのラブロマンスが生まれたのもこの地です。
ちょっとずれるかもしれませんが、今年のお正月に水戸に行った時に弘道館に行ったときの写真です。

江戸東京博物館の「新選組!展」の時のも飾られていた「尊攘」。
それから、慶喜公が水戸に謹慎させられていた時に持ってきたと伝えられている葵の御紋入りの長持とその説明文です。
六本木専称寺にある沖田家墓所です。
ある団体が主催するイベントが年1回催され、参加費を支払った方のみが墓参できるそうです。
沖田芳次郎は養兄林太郎の長男で、憲兵軍曹をしてました。
一方佐藤家や近藤勇五郎たちは自由民権運動真っ盛りで取り締まる側と取り締まられる側という立場にありました。
のちに沖田芳次郎は仙台で客死しております。
>瑠衣さん
角屋さんの写真があったのでUPしておきますね。

私は日野宿本陣でおそばを食べようと楽しみにして行ったのですが、もう今年はクローズしていたらしく、頂けませんでした。

もうひとつ山南敬助のお墓の写真をUPします。
損壊が激しく、そろそろ建て替えないと危ないのでしょうが、
新選組関係者のお墓がどんどん新しいものになってしまっていくので、なんとかこのまま保存して頂きたいものです。
会津東山温泉の猿湯、が歳三が療養した、と確認されたそうです。
↓
http://www.aizu.com/ryokan/fudoutaki/blog/archives/2005/07/post_39.html

会津藩公祭りの時には宿泊者に開放されるそうなので、行かれる方は楽しみですね!

私はそこに歳三が滞在していた、ということよりもやはりあの空白の3ヶ月間、何をしていたか、が気になります。
以下の記事を見つけました。

****************************
 開港から明治初期までの函館の変遷や戊辰戦争に関係する資料を集めた、特別展「幕臣達の明治維新―箱館戦争始末記―」がこのほど、市立函館博物館五稜郭分館(五稜郭町44)で始まった。9月25日まで。

 箱館開港から150年を迎えるのに合わせて企画。函館が発展した起点ともいえる開港から、箱館戦争、明治維新を経て変わりゆく人や物、街を取り上げ、戦いに敗れた旧幕臣らの生き方にも触れている。

 展示は幕臣に主眼を置き、戊辰戦争で敗北した会津藩や仙台藩の歩みを紹介。今回初めて福島県会津若松市から資料を取り寄せた。会津藩主だった松平容保(かたもり)が新政府軍に降伏する様子を描いた錦絵や、この際、地面に敷いて使用した赤い敷物「泣血氈(きゅうけつせん)」が目玉になる。

 展示資料は約200点。新政府軍が使用した衣服や武器なども並び、旧幕府軍と対比してみることができるほか、榎本武揚ら明治に活躍した旧幕臣たちや開拓使が残した遺品なども展示されている。
****************************

ここには元会津藩士の家から発見された、土方歳三洋装写真も展示されています。
日野の土方家以外で発見されたのは初めてだそうで、歳三のあの写真が、会津藩士に渡されていた、ということになりますね。
http://kyu-maekawatei.com/index.php
↑
『旧前川邸』のブログが出来ておりました!
2007年3月11日に『山南(さんなん)忌』が
行われるそうです。
申し込みは1月31日までなので、興味のある方は
ブログをぜひご覧下さいませ。
 こんにちは

 暗闇祭 の季節ですね。 
近藤さんや土方さんも若い頃に祭に出掛けたのでしょうか?
当時は、周りに明るい物が無かったでしょうから、文字通り
暗闇 のお祭りだったでしょうね。
初めて書き込みさせて頂きます。
皆さん色々とご感想はあると思いますが、残っているだけでも幸せと感じております。
私が初めて壬生に行ったのはもう35年位前だったでしょうか。
インターネットなどなく、今ほど資料も無かったので探してやっと八木邸に伺いました。
当時、入場料があったかどうか失念してしまいましたが、「見学させて頂きます」という感じで、邸内をゆっくり見させていただいた記憶があります。
前川邸は個人のお宅という事で門も閉まっており、外から見ただけだったと思います。
数年前に行った時にはビックリ致しましたが・・・
その時は寧ろ輪違屋の中を見学出来たので、そちらの喜びの方が大きくその他の残念さを帳消しに出来ました。

三多摩の方も30数年行っておりませんが、昨今、色々と資料館も出来ているようなので、いつか伺いたいと思っております。

吉栄のお墓も暑い夏に随分と迷いながら行きました。八木邸に行くと史実の糸里や吉栄はどんな人生を送ったのだろうか、と。彼女たちも歴史の証人たるや女性たちですよね。
先日,板橋にある近藤サンのお墓に行ってまいりました!!!
函館に行って来ました(*^◯^*)

6月の函館・松前に引き続き、今回は江差へ行きました♪
開陽丸で引き揚げ遺物品を見学したあと、開陽丸沈没の際、土方さんが叩いて悔しがったという土方歳三嘆きの松を見に行きました。
そこから江差の海を眺めながら、土方さんの心情を想い、感無量でした☆

函館では、外せない五稜郭などの他、弁天台場跡や新選組屯所だった称名寺の跡地(現函館元町ホテル)にも行きましたd(^_^o)

台風襲来の中、決行した旅行でしたが、無事帰って来られて良かったです(*^_^*)

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