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兵庫県多可郡八千代町コミュの八千代区の秋祭り

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皆さん、はじめましてわーい(嬉しい顔)
八千代区に住んでおります。「まさ」と申しますわーい(嬉しい顔)

10月の秋祭りまでには、もう少し有りますが
小学校の頃には、たいこに乗ったその時の記憶が、今も鮮明に残っております。

現代、秋祭りでたいこを出しているは、「中野間」「下野間」「仕出原」の
3台で南小学校区のみになっていますが、この歳になって
「では、その昔の秋祭りはどんなものだったのだろう?」と
ふと思う様になって、私なりにいろいろと調べて見ると・・・

昭和初期では「大屋」「赤坂」「上三原」「中三原」「下三原」にも
たいこがあったらしいですね。それ以外の地区にもあったかもしれません。

ここに集まっておられる皆さんには、若い方が多く興味が無いかもしれませんが、
以前、お爺さん・お婆さんに秋祭りの話しを聞いたとか?
ご自宅に「たいこ」「秋祭り」の古い写真は残っていないでしょうか?

この機会に、一度秋祭り懐古録を作ってみたいですわーい(嬉しい顔)
皆様、ご協力のほどお願いしますわーい(嬉しい顔)

コメント(5)

昔は上三原とか大和の人口も凄く多くて祭りも盛大だったみたいです。
中三原の大歳神社には一応 祭りの時に神輿を出してきてかざってはいますが、小さい頃からそれを担いでいるのは見たことないです。
出し入れの時に神輿を担ぎますが、非常に重たいのにビックリしましたあせあせ(飛び散る汗)
fuzzさんはじめまして。大和方面の貴重な祭りのお話ありがとうございます。

私の知っているお話(全てが正しいと言うわけでは有りません。間違いも有ると思いますが・・・)と少しの集めてきた画像をいくつかアップしたいと思います。
まず、中三原のたいこについて、昭和の御大典を祝うのに、市川方面から屋台を購入したと聞いています。(購入村名は解りません)
昭和10年の柳山寺の権現さんの上棟式に当時の区長からたいこを持って来いと言われて持って行ったらしい。その時は隣村の下三原・上芥田(現加西市)・中三原・上三原の4台のたいこと柳山寺の壇尻1台が練りだし、夢の様な出来事だったらしい。
その中三原のたいこも戦後2〜3年の秋祭りに、上三原のたいこと出たぐらいで、後はたいこ蔵に寝た状態だったたいこを村の中で競売にかけていろいろな部材に別けてバラバラに売却された。
当時のたいこ蔵も、ある方の家の蔵になり現存しており、たいこ中の鳴り太鼓も現在の祭りに使われております。
続いて、上三原のたいこについてですが・・・
上記の柳山寺の権現さん上棟式に区長からたいこを持ってこいとのことで、加東郡社方面よりたいこを購入した。
その後、上三原・中三原のたいこ2台が大歳神社に宮入した後に、上三原・中三原の青年が神輿を練り出して、神輿の前後に別れ神輿を担ぐものだから、神輿を引っ張り合いをして挙げ句の果てには、神社前の川に神輿をひっくり返す大変荒っぽい祭りをしていたらしいです。
戦後2〜3年の秋祭り後、たいこは屋台蔵の中で寝ていた。こちらも村中で競売にかけた。たいこ購入当時区長だった方が、蔵の中で屋台をいれてもっておられた。(鳴り太鼓は現在も上三原の子供神輿の囃子太鼓として使用しています。)

それから、昭和40年の台風で東播地区のあちらこちらの屋台蔵が倒れ、たいこが潰れていた。加西市栗田のたいこもその1台で、翌年の屋台奉納を辞退したが、村の青年団が屋台奉納復活を願い、上三原のたいこ蔵に寝ていた、たいこを譲り受けた。昭和42年には仮たいこ蔵で、上三原のたいこと栗田のたいこの残っていた部材をミックスして現在の栗田たいこの大元の型となる。そして栗田は屋台奉納を復活させた。

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