ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

SONGSコミュの第167回 ダリル・ホール&ジョン・オーツ

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 語り:松本アナウンサー>1980年代、数々のヒット曲を飛ばした、ポップス
 デュオ・・ダリル・ホール&ジョン・オーツ。これまでアメリカだけで累計
 6000万枚のレコード売り上げを記録。「80年代 最も売れたデュオ」と言
 われています。
 そのホール&オーツが、今年2月、6年ぶりとなる来日公演を行う事が決定し
 ました。彼らの来日を記念してファンからのリクエストを募ったベスト・
 アルバムが日本で発表の予定で、今ホール&オーツが音楽ファンの注目を集
 めています。
 「SONGS」今回はダリル・ホールの番組独占インタビューを交えながらホール
 &オーツの音楽の魅力に迫ります。
 まずは、1981年に発表された「プライベート・アイズ」を聴いてください。
 全米ナンバー1ヒットに輝いた彼らの代名詞と言える作品です。

るんるんプライベート・アイズ

 アメリカ北東部に位置するフィラデルフィア。ダリル・ホールは、1947年に
 エンジニアの父と聖歌隊で歌う母との間に生まれ、下町の音楽好きな家庭で
 育ちました。少年時代のダリルが大好きだった音楽、それは1960年代に全盛
 期を迎えたモータウンサウンドでした。中でもダリルはザ・テンプテーショ
 ンズの大ファンでした。
 1965年、17歳の時にダリルは地元フィラデルフィアのテンプル大学に進学。
 プロを目指してコーラスグループを結成。ザ・テンプテーションにあやかって
 ザ・テンプトーンズと名乗り、音楽活動にのめりこんでいきます。
 そんなある日、ダリルは憧れだったテンプテーションズと出会います。
 ダリルとテンプテーションズのメンバーは親しい友人となり意気投合。音楽
 的に大きな影響を受けました。
  そして1967年、運命の出会いがありました。同じテンプル大学の学生で音
 楽活動を活動をしていたジョン・オーツです。
  ソウルミュージックが大好きな二人がコンビを組み、曲を作り始めた1970
 年代初頭、フィラデルフィアでは新たなソウルミュージックが誕生していま
 した。あの「ソウルトレイン」に代表されるフィラデルフィア・ソウルでし
 た。二人が活動を始めたフィラデルフィアこそがソウルミュージックの発信
 地となっていたのです。
  世界の音楽の中心地ニューヨークに乗り込だ二人は、メジャーレーベルと
 契約。1972年、ファーストアルバム「ホール・オーツ」で念願のデビューを
 果たします。
 1976年5枚目のアルバム「ロックン・ソウル」からのンシングルカット
 「リッチ・ガール」がついに全米ナンバー1ヒット。デビューから5年、
 ホール&オーツはついにアメリカンポップスの頂点に踊り出ます。
 スターへ第一歩を刻んだ「リッチ・ガール」を聴いてください。

るんるんリッチガール

 「リッチ・ガール」のヒットの後、ホール&オーツは3枚のアルバムを発表
 しますが、全くヒット曲が出ませんでした。プロデューサとの意見が合わず
 自分たちの目指す音楽の方向性を見失っていたからです。
 そこで、二人はついにセルフ・プロデュースを決意。1980年、二人の原点で
 あるソウル・ミュージックを全面に押し出したアルバム「モダン・ヴォイス」
 を発表。シングル「キッス・オン・マイ・リスト」が再び全米ナンバー1を
 獲得。見事に復活を果たします。

 ヒット曲を量産しスーパースターとなった彼らに羨望と嫉妬からいわれのな
 いレッテルが貼りつけられます。
 >青い目をした白人が黒人の物まねをして歌ったソウル・ミュージック。
 この評価にダリルは激しい憤りを覚えました。
 しかし、1981年に発表した「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」は全
 米ナンバー1だけではなく、黒人音楽中心のリズム&ブルースチャートでも
 ナンバー1を獲得。人種の垣根を超えたソウル・シンガーとしての地位を確
 立し、いわれのない偏見を見事に克服したのです。
 
 1985年には、黒人音楽の聖地、ニューヨーク、アポロシアターでのライブを
 敢行。二人の憧れであるテンプテーションズのデヴィッド・ラフィン、そし
 て、エディット・ケンドリックスと共演。長年の夢を実現させます。
 ホール&オーツが本物のソウルシンガーとして認められたのでした。
 そんな彼らが全米ナンバー1に輝いた代表曲を3曲、続けて聴いてください。
 ホール&オーツが全盛期の1982年、NHKホールで収録された貴重なライブ
 映像でお楽しみください。

るんるんキッス・オン・マイ・リスト
るんるんアイ・キャント・ゴー・フォー・ザット
るんるんマンイーター

 1972年のデビューからおよそ40年になるダリル・ホール&ジョン・オーツ。
 近年は、それぞれソロ活動にも力を入れています。
 2007年、ダリルは、インターネットのホームページ 「ライブ・フロム・
 ダリルズ・ハウス」をスタートさせます。自宅にゲストミュージシャンを招
 いてのライブ演奏をそのままインターネットで公開。しかも無料で見る事が
 できるこのサイトには世界中の音楽ファンがアクセス。高い評価を受けてい
 ます。
 一方、ジョン・オーツもプロデューサとして精力的に活動しています。
 ダリルにとってジョンはかけがえのない唯一無二のパートナーだと言います。

 今夜最後にお送りする曲は1973年セカンドアルバム「アバンダンド・ランチョ
 ネット」からのシングルカット「シーズ・ゴーン」ホール&オーツの最初の
 ヒット曲です。
 ジョンがある大晦日の夜に失恋し、失意のドン底で書き始めた歌詞に、
 ダリルが励ましながらメロディーを紡ぎ、二人で完成させた曲、それが
 「シーズ・ゴーン」です。
 今でもコンサートで必ず歌う二人にとって大切な一曲です。
 聴いてください。

るんるんシーズ・ゴーン


コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

SONGS 更新情報

SONGSのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング