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多発性骨髄腫コミュの治療をやめてしまった方いますか?

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こんにちは、義母が多発性骨髄腫です。

自家移植は無理ということで、ベルケイドを受けていました。
とっても副作用が激しくて苦しかったけど、ある程度がんばっていました。
でもついに治療が過酷すぎて拒否。

その後、自分で食事を作り食生活でなんとかしようとがんばっていましたが、それだけでは足らないのは当たり前で、徐々に数値は悪くなっていきました。

今年に入ってからは、生きる希望をなくして早く死にたいとばかり言うようになりました。

新しい薬があるようですが、義母は水も食事ものどを通らないような過酷な副作用に悩まされたので、新しい薬を拒否しています。
重ねて精神的に鬱なので、どんどん否定的な発言が多くなっています。

今は自宅介護で義父が看ています。週一回病院から訪問看護を受け、2週間に一度、輸血に通っている状態。

義父も脳梗塞をやったり軽い認知症があるので、今のところ元気とはいえ、心配です。
近くに義妹がいるので、たまに様子を見に行ってくれています。

私は実母の認知症の介護をしていましたが、去年グループホームに入所できたので、今月からアロマテラピーとリフレクソロジーの施術をしに週一回ぐらいのペースで様子を見に行くことにしました。

なんといっても生きる気力をなくしているので、励ましは逆効果。
寄り添うようにしていますが、私の施術で、少しでもラクになって気分が変わればと思っています。

義妹によれば、義母の様態は、それほど深刻ではないようで、義母がどんなに死にたくても、今の状況はしばらく続くような感じです。

私もこんな状況は始めてなので、どうしたものかと思っています。

たとえば、病気を克服された方とかに話をしていただくとか、同じような状況の方を介護されている方がいらっしゃったら、どうしているのかお聞きしたいなと思いトピックをたてました。

長くなって申し訳ありませんが、何かアドバイスいただければ助かります。

コメント(13)

はじめまして(*^^*)
私の父は去年の5月に多発性骨髄腫と診断されて、7月まで入院。そのあとは9月まで外来で治療してました。ベルケイド治療してましたが副作用がキツくて、病院にいかなくなっちゃいました。。精神的にも落ちていて、外出もしなくなっていました。
私は去年までの6年間、血液内科で看護師をしていたのですが、治療の副作用がキツかったり、金銭面でキツかったりで治療中断してしまう患者さんが時々いました。
父が治療中断してしまったのはとっても心配でしたが、なんとか説得して、せめて定期的に血液検査だけでも受けるようにしてもらいました。(治療はしていません)
だけど去年初孫が生まれたことで生き甲斐ができたようです☆毎日孫と遊んでいます。
これがいつまで続くのか分からないし、これが正しいのか分からないです。。なので全然アドバイスにならなくてスミマセン(^-^;だけど、今は父の気持ちを尊重したいです♪
>>[1]
コメントありがとうございます。

やっぱり副作用キツイんですね。新しい薬が出たそうですが、それもキツイのでしょうか?

お孫さんですか〜、そうですよね、赤ちゃんのパワーは絶大です。
私には子供がいませんが、孫たちは、もう手が離れて「かわいい」時期を過ぎたので、「○○ちゃんの花嫁姿みたくない?」みたいなことを言っても、そんな先のことはどうでもいいという感じ(汗)。
義父には、看取ってもらいたいので、長生きしてもらわなきゃ困ると思っているようで「お義父さん気をつけて」と言うのですが、一番キツイ言葉を吐いてるのが自分だというのは、わかっているのかいないのか、わかっていても、言わずにはいられないのかもしれません。
命に関わる病気をすると、人生観変わる人もいるけど、義母の人生観は、相変わらずマイナス思考です。この人は、とことん人に大事にされないと気がすまないのかと思うほど。
でも見方を変えると、結構大事にされてきてるんだけど、それに気づけないのです。
家族みんな彼女の気持ちを尊重するしかないと思っているけど、敏感な義母は、そういうことも感じてしまい、プレッシャーになってしまうのかもしれません。
最近思うのは、生き甲斐って大事だなってことと、食べ物は、美味しく楽しく食べる癖をつけた方がいいということです。「これが身体にいいよ」みたいな食べ方を癖つけると、生きる希望をなくした時に、何も食べたくないような。人間最後は理性より、本能で生かされる気がするからです。
この病気は幸い高齢になると進行が遅いのが特徴のようでありがたいです。
うちの母は発病から二年目ですが現在無治療で一年になります。
だけど完治したわけでもなくいつ数値が上がるかビクビクしながらの
生活です。
元気なうちにいろいろ外出させようとしますが
疲れやすく気力、生きがいが確かになくなり、すべてにおいてマイナス思考になってます。
仕方がないのでしょうが周りの家族は元気なうちに
たくさんの思い出作ってあげたいと思いますよねわーい(嬉しい顔)
>>[3] コメントありがとうございます。
そうですか、高齢になると進行が遅くなるのですか。義母は70代なので、微妙なお年頃ですね。
私も「そんなに簡単にお迎えはきませんよ」って言うんですけど、とにかく具合が悪いので、聞く耳をもてないんですね。私が出来ることを真摯にやるしかないですよね〜。
初めまして。
現在66歳の義父は2009年5月に多発性骨髄腫の告知を受けて、
最初のVADの入院治療以降ベルケイド→サリドマイド
→最後に承認されたレナリドミドと治療しています。
義父は幸いひどい副作用はなく今に至っていますが、そのかわり効きも
悪かったです。副作用は本当に人によって、薬によって千差万別です。
副作用の少ない薬を作る努力はされていて、新しい薬もできているので
ベルケイドがダメだから他も全部同じ、と言うことはない可能性もあります。

それにベルケイドと違ってサリドマイドもレナリドミドも飲み薬なので
気分の落ち込んでいるお義母さまもチャレンジしやすいかもしれません。
とはいえ、ご本人の要望が一番だと思いますが・・・。

義父はやはり気分の落ち込みがひどく、がんセンターで診察の際に心療内科
へも寄っていました。外とのかかわりが多い人ならともかく、引きこもって
家族以外誰とも会わない状態で自然に気分が上向くことは年齢的にも無いの
かなと思っています。知人もいないので。
ただ支えるための手だてが無いと言うのは、周りも辛いですよね。

私は、周りができることは本人ではなかなかできない病気や治療の
知識を増やすこと、何か相談された時に方法を示すことだと思います。
患者数も少なく、専門医も少ない病気だからこそちゃんとした知識を持つ
ことがとても力になります。心にも余裕が生まれます。
義理の家族という一拍置いた関係だからこそ冷静に病気を見ることが
できるということもあるのではないかと思います。

薬や治療の詳しいことは日本骨髄腫患者の会HPを是非
http://www.myeloma.gr.jp/
更新されていく治療薬やとりまく動きを見ていると一人じゃないんだと
パワーを貰えます。家族にパワーがないと支えられないですし!


私も、生きがい、大事だなとつくづく思いました。
日常生活を送りながら、いろいろなことに気を配るのは大変だと思い
ます。負担や無理のないようになさって下さいね。
参考にならないかもしれませんが、思いつくままに。
>>[5] ありがとうございます。
義母は、万策つきたと思っているので、新しい薬の話には聞く耳を持ちません。主人は、そんな母に腹をたてていますが、私は相当苦しかったのだと想像出来るので、辛かったのだと思うよと言っています。
別に余命を言い渡されたわけでもなく、義妹の話では状況は、そんなに深刻ではないらしいので、今のままだと義母の苦しむ時間が長くなって義父が疲れるだけだと思っています。
まずは、「気力回復」を目標かな。みなさんやっぱり気力が落ちているようですね。
免疫力が落ちているし、冬だし、外出は病院以外出来ないし、普通の生活していても気が滅入ると思います。精神科の薬も飲まないようなので、家族は大変。病気が大変というより、義母の性格が重荷になっています。でも、私は義母が亡くなったときに家族がホッとするなんて、ちょっと寂しいなって思うのですよ。そういう家族は珍しくないのかもしれないけど、そういう生き方って寂しいなって。
私は今まで義母と関わるのを避けてきたところがあります。それは、変なところに鋭い人で、触れられたくない部分にズバッと来るので自己防衛でした。でも、このまま義母が亡くなったら、私は後悔すると思ったのです。結局は自分のためなのかもしれないけど、関わってみないと人との関係はどう変化するかわからないと思ったので。ただ、他の方の状況を聞いておきたかったので、書き込みしました。
ありがとうございました。
また変化があったら、ご報告したいと思います。
母が今年1月にこの病名だと診断されました。
当初は本当に具合悪そうにしていて、余命はとか考えたりもしましたが、今は退院もして、自分で歩けているし、特に問題なさそうですが、本人は毎日痛い辛いと言います。
家のことは一切しませんし、寝ていることが多いです

このまま寝たきりになっても困ると思い、できることはやったほうがいいと言っても、反抗するだけです

一緒に住むのも限界でどうしたらいいのかがわかりません

疲れました

このような状態になってしまうものでしょうか

今すぐ悪化するとかでもなさそうな病気だし、今後どう接したらいいのかわかりません

どなたかお答えお願いします。
私の母も同様でよくM*さんの気持ちわかります。
薬の副作用のせいか、やる気、気力がなくなり毎日楽しみがなくて、背中が曲がってるので、このような姿を他人に見られるのも嫌がり外に出ることも避けてるので
ほんとに家族しか話し相手がいなくて痴ほうが入ってきてるのか、同じことばかり話すようになってきてます。確かに新しい話題がないから仕方ないのでしょうが(T_T)
極力私が実家に出向いて、寝てるのを無理やり起こして(娘だからできる)
近所を一緒に散歩したりします。
長期戦なので自分もこれだけに関わるとどうかなりそうなので
すきなこと(私はズンバるんるん)をうまくやっていきながらストレス発散してますよ!お互い、悔いのないように頑張りましょう!!
>>[008]

ありがとうございます

私は1人じゃ住めないと言われて一人暮らしから引っ越してきたので本当に参り、ストレスだらけで介護疲れと言うのがよくわかりました

頑張りすぎないようにします
>>[9]

やる気も気力も起きなくて毎日つらいのは共通の副作用なのかもしれませんね。
m*さんは十分がんばってます、頑張りすぎないの大切です!

私は、結婚1年目で生まれた時から住んでいて友人もたくさんいる都内を離れ、知り合いの一人もいない旅行でも行かないような田舎に仕事を辞めて引っ越してそこから1年半程一緒に過ごしました。
最初は、義父のためにとがんばっていたのですが、いくらがんばっても義父の気持ちが浮上することがなく報われないことがわかってきてストレスで手の震えが止まらなくなったり、呼吸ができなくなったりと、義父が一番つらいはずだから、と、愚痴を言わずにしてたらすっかり体調不良に。
このままじゃ大変!と思い以降は、愚痴をいいまくったりブログに書いていたら治りました。

この方法がうまくいくかはわかりませんが、義父はこの説明で散歩に行くようになりました。
→多発性骨髄腫は骨が溶けて骨折しやすくなる病気だけれど、その骨を溶けにくくするために散歩などをして負荷をかけることが必要です、患者さんの骨で一番丈夫なのは一番負荷のかかるかかとの骨だそうです。だから寝ているよりは、座っている方が腰や足の骨が溶けにくくなるし、立っていたほうが背骨も足の骨も丈夫になります。歩くと全身にほどよく負荷がかかって骨が丈夫になるので、体が辛いなら椅子に座るだけでもいいので、骨の痛みが増えないように頑張ってくださいね、と。
散歩は私のダイエットも兼ねて最初のころは一緒に行ったり、少し遠回りして買い物がてらの散歩にしたり。
※お母様の訴えている痛みが骨折だとしたらまずは安静が第一なので、お医者さんの診断次第ですけれど。
いいこと聞きましたわーい(嬉しい顔)さっそく実践してみます!!
血液の病状の回復は家族にはどうすることもできませんが、少しでも寝ている時間が座っている時間、立っている時間、歩いている時間になって骨の病気の進行だけでも遅らせることができれば、新しい薬も承認されて、治るかもしれないと思ってます。
セルジーンの骨髄腫患者のためのHPにも家族にできる支えるヒントがたくさん載ってますのでどうしても寝たままなら水分補給を工夫してみる、とか自分の家族に効果がありそうなできることから…。
http://www.kotsuzuishu.jp/

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