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総括! 第二期琉球独立党コミュの今できることを!

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以下,転載いたします。
………………………………
皆さん、今できることを!下記転載しました。御協力を!
          9条改憲阻止の会 連絡センター


「ホロコースト阻止・ガザ救援」行動計画会議を開催します。
御参集下さい。
  日時・場所:1/19(月)午後6時より 阻止の会四谷事務所(03-3356-9932)

from 長 岩  均

=================
☆あなたにできることをお願いします
=================

★現在進めている緊急支援活動と募金については、
以下をご覧ください
http://ccp-ngo.jp/bokin-gaza.html

★ガザ封鎖解除を求める署名

ネット署名は3900人を越えました(目標1万人)
http://www.shomei.tv/project-433.html

署名用紙もどんどん届いています
まだの方はぜひご協力ください。
http://ccpnews.blog57.fc2.com/blog-entry-10.html

★ノルウェー人医療チームのシファ病院からの声、またガザ市民の声、
電話インタビューがホームページで聞けます。
http://ccpreport.blog90.fc2.com/blog-entry-86.html
YouTubeでも聞こえます。

★各地の方から、それぞれの土地での取り組みがたくさん寄せられて
います。
今週中には、ご紹介するコーナーをホームページに作る予定です。
少しお待ちください。

★他にもたくさんの情報が届いていますが、ご紹介は明日以降に
なります。

**************************************************
特定非営利活動法人 パレスチナ子どものキャンペーン
Campaign for the Children of Palestine(CCP)
〒171-0031 東京都豊島区目白3-4-5 アビタメジロ603
Tel:03-3953-1393 Fax:03-3953-1394
Email: ccp@bd.mbn.or.jp
HP: http://ccp-ngo.jp/





2009/01/16 12:28 CCJYamazaki <yampr7@ybb.ne.jp>:

皆さんこんにちは!

杉並の山崎です。

この間、ガザのアブデルワーヘド教授からのメールの翻訳と配信やイスラエル軍による

パレスチナ住民虐殺抗議と即時攻撃中止を訴えて精力的に活動されている京都の岡真理さんより

メールが配信されてきました。岡真理さんはウイキペデイア情報ですと現在京都大学大学院助教授で

パレスチナ問題に取り組んでいる研究者です。


《 岡 真理(おか まり)

京都大学大学院人間・環境学研究科助教授。現代アラブ文学専攻。

東京外国語大学大学院修士課程修了。人間の普遍的思想課題としてパレスチナ問題にとりくむ。

著書に『棗椰子の木陰で』(青土社、2006年)、『彼女の「正しい」名前とは何か』

(青土社、2000年)、『記憶/物語』(岩波書店、2000年)など。雑誌『季刊 前夜』に、

パレスチナ人作家ガッサーン・カナファーニーの作品を翻訳、連載中。》

以下岡真理さんからのメールです。多くの知人・友人に情報拡散してください。
__________________________________________________________________________________________________________________

京都のおかです。
お知らせとお願いです。長文ですが読んでください。

ガザ市では市街戦が始まりました。
死者も負傷者もひたすら増加の一途をたどっています。
(フランスの「緊急ガザ」によれば、攻撃21日目、死者は1105名(子ども346、女性100)、負傷者5130(重態500)です。)

地元の京都新聞に寄稿しました。
『私たちは殺戮に「否」と言ったか?」というタイトルで、1月12日付け朝刊に掲載されました。

「アラブの会」の中村聡さんが、同会のWEB通信にアップしてくださいました。
http://arab-club.hp.infoseek.co.jp/kyotoshimbun.html

(中村さん、ありがとうございます。)

アフガン空爆のときは、朝日、京都新聞など、メディアの側から原稿を依頼されました。

京都新聞はあのとき、専門を異にする識者5名(目取真俊(沖縄)、佐藤卓巳(メディア論)、
おか(アラブ文学)、あと2名、忘れましたが、たぶん国際関係とかだったと思います)に
寄稿を依頼、アフガン問題について連載をしました。

アフガンのときも、イラク戦争のときも、たとえば中東研究の専門家がテレビに呼ばれ、解説をしました。
でも、今回、そういうことがいっさい、ないように見受けられます。

まっとうな中東研究者がスタジオに呼ばれたら、イスラエルによる「封鎖・占領」こそが問題の根源で
あることを主張するでしょう。
ハマースのロケット弾攻撃を問題の起点にすえて、ハマースのテロVSイスラエルの自衛の戦いという
マスメディアが設定した枠組みがいかに虚偽であるかを告発するでしょう。

それを敢えてしないマスメディアは、殺戮幇助をしていると言っても過言ではありません。
そこでみなさんにお願いです。

専門家、有識者のみなさん(なんの専門でもかまいません)、
自分からメディアに働きかけて、ご自身の専門の立場から、今回の出来事についての論考を新聞
(とくに地元紙)に寄稿してください。

こちらから働きかけて、マスメディアに、別の意見を、別の論調を作りましょう。
そして、寄稿された場合は、その情報を寄せてください。

*千葉大学の栗田禎子さん(アラブ現代史)が、信濃毎日新聞に寄稿されたとうかがっています。
どなたか、栗田さんの論考をみなで共有できるようにしていただけたら、たいへんありがたいです。

宗教関係者のみなさん、
宗教者の立場から、現在の事態に対する意見を新聞等に寄稿してください。
団体としての見解を、イスラエル大使館に送るだけでなく、マスメディアで表明してください。
また、関係者の方々は、宗教者にそうするよう働きかけてください。

市民のみなさん、
地元メディア、全国メディアにご自身の意見を投稿してください。
また、ネットで流れているような情報を掲載しないことで事実の隠蔽、殺戮幇助に加担している
マスメディアに抗議してください。

ガザで何が起こっているのか、攻撃の真の目的は何なのか、専門家の解説を載せろと地元紙、
全国紙に要求してください。

きのうの朝日新聞は、攻撃開始後、イスラエル政府がプレスカードをもっている外国人記者にも
ガザの立ち入りを認めないので、ガザの中のようすを報道できないと、言い訳めいた記事を

載せていました。でも、イラク戦争が剣呑になり、爆弾テロや外国人の誘拐が頻発すると、
全国紙は、いっせいにイラクから特派員を引き上げました。
記者にもしものことがあったとき、社の責任になるからです。
だから特派員は、エジプトのカイロ支局から、バグダードにいるイラク人助手に電話取材した
ものを記事として流していました。

ガザに入れないなら、なぜ、いま、同じことをしないのでしょうか?
ガザで起きていることを世界に知らしめるために、命を顧みずに、ガザにとどまった外国人
活動家たちがいます。

ガザから発信し続けているパレスチナ人もいます。
10日の大阪の集会では、ガザ在住のパレスチナ人に電話連絡してその肉声を録音したものが
紹介されました。一般市民にできることが、なぜ、マスメディアにできないのでしょうか?

「ジャーナリズム宣言」をするなら、ジャーナリズムの責任を果たせと、新聞社に要求してください。
マスメディアは、「読者の反応」をとても気にします。

地元紙に働きかけてください。
地元紙は、地元の市民の存在を大切にします。

みなさんの声を、どうかメディアに届けてください。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

おか まり

コメント(9)

イスラエルでの反戦闘争について

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1059112135&owner_id=15156644

を参看されたし。
蔵田計成さんが現在纏められつつある長大な「現代テロリズム論」から本題に関与する部分を引用させていただきます。
……………………………………
パレスチナの民衆は、社会的にも、政治的にも、軍事的にも、いま極限状態におかれていいます。このパレスチナ問題に対して、わたしたちはどのように係わるべきでしょうか。いくつかの視点を提起したいと思います。
??ね紊魘?いられているパレスチナ民衆の闘いに対して、「戦争も反対!」「テロも反対!」という折衷的、複眼的是非論は、積極的な意味をもたないどころか、有害無益と考えます。その一つに、ケンカ両成敗論があります。これは問題の本質をえぐりだす努力を妨げてしまうかも知れません。
例えば「イスラエルによるガザへの攻撃の中止を求める緊急アピール」(09年1/4世界平和アピール七人委員会ガザ緊急アピール)の意図は高く評価します。でも、その文中に「…ハマス地方政府にも報復の悪循環を断つよう求めます」という1行も加えられています。
はたして、その一文が挿入されることによって、事態の根底に何が横たわっているのか、何が極限の抵抗をもたらしているのか、という設問へのあいまいさを手助けするはずです。そればかりか、悲劇的事態に向けて突き進むということに対して、どんな歯止めにもならないのではないかと、懸念します。
上の続きです。
……………………………………
「より大きな災いは一部のアラブ・イスラム諸国の沈黙だ。それは(イスラエルへの)称賛に等しい」(イラン・ハメイネ、毎日新聞09年1/5)
ケンカ両成敗論も、ここでいう「沈黙」同然ではないでしょうか。「どちらも良くない!」という立場表明によって、「悪玉の非在」にお墨付きを与えることになります。原因=手段としての暴力と、結果としての暴力を並列的に論じるに等しく、事態の本質を覆い隠すだけです。真に暴力を越えるための出路を見出すことはできません。あくまでも、戦争=テロルの根源的な派生要因は、世界を席巻している強権支配と収奪、市場原理主義による格差、貧困、支配、領土支配、民族的・宗教的・文化的越境などの主要な「原因」による、主要な「結果」である、という基本的認識を出発点にすべきではないでしょうか。その上で、暴力が派生する根源的禍根を断つ回路を提示し、それを実行に移す行動によってはじめて、矛盾を止揚する第一歩がはじまる、というべきではないでしょうか。戦術形態をめぐる批判と反批判も、その実行過程を通じてはじめて実践的な意味をもつことになります。
かかげるべきスローガンは「パレスチナに正義と祖国を!」「占領地を返せ!」「虐殺を止めよ!」「国家の暴力・戦争を許すな!」
?∪こ?史的構造の中に、己自身を厳密に位置付けたとき、現在のわたしたちは支配=抑圧の代償ともいえる豊かさの恩恵に浴し、結果においても「加害の立場」に身を置いています。支配し、抑圧している側の本国性の立場に立っています。いわば、存在自体が加害の立場にあるという本国性という衣を身につけているからです。その本国性の立場にありながら「戦争反対」「テロ反対」を主張したとしても、運動のアリバイ作りにはなっても、運動の波及力=普遍性は持たないのではないでしょうか。ましてや、彼岸に向けて、「非暴力」「反戦争」「反テロ」を叫ぶことは、左手に平和を、右手に戦争を掲げるに等しく、真の民衆連帯には遠く及ばないのではないかと思います。

上の続きです。
……………………………………
??その論理は、多くの場合、その本国性ゆえに、戦争に対しては、行為の悲惨な結果に対する人道的批判にとどまり、テロルに対しては、暴力性だけをデフォルメする結果になり、暴力に対する根源的な批判や糾弾の矛先をねじ曲げてしまうのではないでしょうか。「9/11トラウマ」や、ウソで塗り固められた開戦の口実が何らの軌道修正を加えられないまま、いまも罷り通ってしまうという現実に与する論理といえば、言い過ぎでしょうか。
?げ坦欧梁Δ砲△蠅覆?らも、あえて自ら突き出すべき当事者性への否定的行為(=否定的当事者性)には、加害の現実に対する自己否定、拒絶、不服従、抗議、糾弾などのさまざまな実践があります。この実践課題に立ち向かうには、どこまでも、行動を媒介にして自己の存在を問い直すことではないかと思います。このような個的営為とは逆に、暴力に反対するという道義性や倫理性という他律的価値観に根拠を求めるという論理の中には、認識が素通りし、飛躍と止揚への内在的な契機をつかむことができないのではないでしょうか。そればかりか、この自己救済的論理は、対自的であるがゆえに、現象の背後にある因果関係を捨象し、その結果、矛盾の顕在化を糊塗し、結局は「反テロ戦争」を正当化し、免罪するという危険性につながる、ということを危惧せざるを得ません。
?タ燭琉嫐?において、支配=抑圧と闘う側が遂行する戦術形態の是非を批判する資格を持つことができる論理は、支配=抑圧されている民衆の立場においてのみ完結します。何故でしょうか。批判が成立するための与件としては、ある大前提が必要です。現地で展開されている戦術形態とは別の、有効な戦術と信じる抵抗的手段=形態を対置し、その正当性を実証できる立場を実現する限りにおいてのみ、批判は成立します。この「実践上の当事者性(=実践的当事者性)」の立場に立つことができないかぎり、戦術形態の合理性をめぐるせめぎ合いのなかで、その有効性の是非を実証することはできないわけです。それ以外は、木の上から魚を釣るたぐいの批判であり、空無であり、ときには、反動的役割さえ果たすことになると思います。
?Ω誓蘯蠱覆?もつ訴求力が、物質力に転化することを否定するものではありませんが、以下のことは、批判という行為における原則的立場性の再確認に他なりません。
理屈や口舌の領域における「批判という武器」を行使したとしても、「武器による批判」を展開するという領域におけるほどには、実践的な意味をもたせることはできません。とくに自己の存在をかけて抵抗する民衆の側の戦術に対して、これに異をとなえることは、結果的には加害の立場を正当化するだけです。げんに、パレスチナの地において猛威をふるっている虐殺に合理的な根拠を与え、それを加速させるという意味で、最悪にして危険な結果をもたらすというべきではないでしょうか。抵抗闘争の戦術に対する「ハマス批判」の国際世論を背に受けて、それを口実にして大量虐殺を強行している事実を眼前にしたとき、そのような疑念は明白ではないかと思えるのです。如何でしょうか。
引用が前後逆になってしまいましたが肝腎な部分を,以下に引用します。
…………………………………………
2,パレスチナ・イスラエル問題に凝縮する、現代テロリズム論の意味
  
本題に入るまえに、一つの歴史認識を前提にしたいと思います。それは、過去一世紀以上を経て現在に至るまでの世界史的な「政治的対立基軸」の歴史を、政治学的に俯瞰することです。そのことによって、現代テロリズム論を歴史的に位置付けることが容易になると思います。政治的対立の基軸としては、  
1、20世紀前半の世界史の特長
?…觜饉腟僧鷆?による植民地争奪戦争の時代
?▲廛蹈譽織螢⊆匆饉腟然很燭了??
??資本主義VS社会主義の冷戦時代
2、20世紀後半の特長
?た¬叡漏很拭Σ鯤?鐐莨〕?了?紂△修譴班塾△鬚覆靴拭?
?ヅ豌ぁΕ熟⊆匆饉腟訴??了?紂?この社会主義の自壊と、歯止めなき市場原理主義を価値とするアメリカ(多国籍)資本主義・世界帝国主義の新たな発展・支配形態「グローバリゼーション」の時代と金融資本がもたらした構造的貧困と格差
?Ε哀蹇璽丱螢次璽轡腑鵝?市場原理主義による、アメリカ=世界帝国主義体制崩壊の危機
3、現在テロリズムをめぐる現在的特長 
??反植民地支配、反占領地支配、世界的な収奪・富の偏在、物質文明主義に対するスラムイスラム世界からの原理主義的、宗教主義的、文明主義的反撃
??体制内格差社会からの民衆叛乱と階級闘争の激化
以上のように、現代世界を近代の歴史過程として俯瞰するとき、一つの対立の構造が浮彫りになってきます。現在的には、パレスチナ・アラブ民衆蜂起、イスラム原理主義が資本主義世界に対して、物質文明主義、拝金主義、市場原理主義に対する批判の立場から突きつけている「現代テロリズム」と、それに対応する大国「反テロ戦争」との対立等です。
先にみたように、この支配・抑圧に対する抵抗という対立の構造は、現代テロリズムをして戦術形態上の概念規定を越えた、「抵抗」「叛乱」という本来的な政治的概念規定を与えることによって、合理的な再措定が可能になるのではないかと考えます。
本稿のテーマは、必ずしも現代テロリズムを戦略論や戦術論の視点から論じることではありません。「テロリズムVS反テロ戦争」という対立の構図が突き出す本質的な問題を、暴力論の視点から析出し、その論考を経て、「テロに反対!」「戦争に反対!」という二元構造をもつ論理を1?△任癲?1歩でも越えることができる論理を引き出すことにあります。
まず、この問題にアプローチするためには、現在的な世界史的矛盾のルツボともいえるパレスチナ・イスラエル問題からはじめるのが妥当ではないかと思います。その理由は、テロリズムという戦術形態がもつ政治的背景と内在的要因が、遠い過去から現在に至るまで、さまざま変化をみせながらも、さまざまなかたちにおいてテロリズムの歴史、いいかえれば「抵抗の歴史」「叛乱の歴史」として、社会的、政治的に凝縮していると思うからです。とくに、中東においては唯一アメリカと価値観を共有し、重要な「中東支配の砦」ともいうべき「戦略的遺産」を自認するイスラエルに対して、パレスチナは鋭い対峙関係にあるがゆえに世界史的にも問題点を凝縮せざるを得ない、といえます。たとえばアメリカ民主党大統領候補ヒラリー・クリントンも、07年初めイスラエル関係者を前にして、主観的意図を隠そうともしませんでした。
「今、イスラエルは大きな困難と危険に直面しています。重要なことは、私たちが自分の友人や同盟国の側に立って行動することであり、私たちの価値観を守ることです。イスラエルは中東地域に立つ、何が正しいかを示す灯台のような存在です。中東地域は急進主義、過激主義、専制政治、テロリズムの悪に覆われています」(『イスラエルロビーとアメリカの外交政策』ミアシャイマー、ウオルト、講談社07年)
パレスチナ・イスラエル問題の発端をたどるには、遠く2000年以前にさかのぼります。
ユダヤ教=ヘブライ人は、エジプトからパレスチナに移住し、短期間ながらユダヤ王国を築いたというのが、歴史の発端とされています。しかし、イエス・キリスト生誕130年後にはローマ帝国によって滅ぼされ、二度と王国を作ることはなく、流浪の民としての歴史が始まりました。
その後もパレスチナ地方にはユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が共にパレスチナ人として共住するようになりました。
数世紀を経て、7世紀半ばからパレスチナ地方は主にイスラム教を中心にしたアラブ=パレスチナ人が居住・支配することになり、以後、実に1400年の歴史が流れました。共住の時代を経て、第1次世界大戦に至ります。この間の政治支配者はローマ帝国とオスマントルコ帝国でした。
この地において、いま突き出されたような破局的な事態に至った直接的な契機は、シオニズム思想の台頭でした。ユダヤ教徒が2000年前の旧約聖書をかざして、「土地に住み着く」というシオニズム思想のもとに、入植運動を始めました。1897年第1回シオニスト会議において取り決めた「イスラエル・ユダヤ人入植運動」が出発点となったのです。この入植=建国運動こそは、土地所有をめぐる先住者パレスチナ人と、新規入植者を含めたユダヤ人の間に持ち上がった宿命的ともいえる「相剋の世界」の始まりを意味しています。
もう少し、その後の歴史経過をたどってみます。
シオニストによるユダヤ入植運動が始まって約20年後の1918年、第1次世界大戦の敗戦同盟国=オスマントルコ帝国支配下にあった中東全域を含むアラブ領土は、戦勝連合国=イギリス・フランスによって国境が線引きされました。その結果、オスマントルコ支配に代わる、新しい統治者=英仏委任統治国が、現在の中東諸国として誕生することになりました。この時点におけるユダヤ人の土地所有は、総面積2%と記録されています。(ただし、統計上の数値の正確さは、パレスチナに関するかぎり、行政上一切保存されておらず、正確さは保証されていません。すべてが推定値です)
それを契機にして、ユダヤ教シオニスト側は英国委任統治に対して反英・武装地下組織「ハガナ」「エッツェル」を結成して、占領政策に抵抗し、爆弾攻撃や暗殺を含めた対英ゲリラ戦を展開したのでした。さらに、パレスチナ人によるイスラエル入植地への襲撃に対しては、虐殺・暗殺というテロリズムを展開したのでした。
第2次世界大戦直後の1947年、国連総会が開催されました。中東の英仏委任統治支配が始まって30年後、パレスチナ人にとっては歴史的命運の分岐点となってしまいました。アラブ諸国の猛反対を押し切りアラブ出席国ゼロのまま「パレスチナ分割案=決議181号」を強行可決し、当時の英国の委任統治領であったパレスチナを二分割したのです。イスラエル占有地も、それまでの6・04%から、けた違いに拡大されました。
「43%の土地をパレスチナ・アラブ人自治区に、56%の土地をイスラエル・ユダヤ人国家に、聖地エルサレムは国際管理とする」
パレスチナにとっては過酷な分割決議でした。おまけに、パレスチナ国家はエジプトとヨルダンの反対によって「自治区」という統治形態にとどまりました。
この二分割国家・自治区の出現の背後には、英仏の中東石油利権確保が介在していました。「英国二枚舌外交」と批判された外交政策が展開され、パレスチナの信託統治をめぐる英国を含めた、現地三つ巴の血なまぐさい抗争の歴史も記録されています。
「48年、ユダヤ人テロリストは『エルサレムを国際管理下に置く』と提案した国連調停委員ベルナドッド伯爵を暗殺した。同年3月、英軍撤退による無権力状態が生じるや、ユダヤテロ組織イルグン、シュテルンなどがアラブ人市場、バス、商店などを次々と爆破、『無差別殺人の恐怖』によってアラブ住人の追い出しを開始した」(高橋正則「中東のゲットー『イスラエル』」『情況』09年1・2月)
イスラエル建国後も入植地は拡大し、紛争は拡大の一途をたどりました。
シオニズム運動開始の時点において、大多数が不法移民としてパレスチナに移住したユダヤ人口は、すでにパレスチナ人口全体の3分の1に達していました。それでも、土地所有はわずか7%にすぎなかったという統計もあります。その後も、入植地は拡大し続けたのでした。
パレスチナ側の激しい抵抗闘争も止むことはありませんでした。だが、結果的にはパレスチナ人は土地、家、命さえ奪われ、家族は離散・難民の悲劇を強いられたのでした。
47年の国連2分割決議以来、イスラエル建国による武力行使の形態は、秘密軍事組織レベルの暴力形態を越えるものでした。もはや、それは国家権力による公然たる暴力行使=国家テロリズムと規定すべきものに拡大、強化されたのでした。そのイスラエル型=国家テロリズムは、ブッシュの「反テロ戦争」の原型ともいうべく、相似形をなしています。
このようにして、イスラエル型テロルは、イスラエル国家の出現によって、国家テロリズム、または対テロリズム戦争へと性格的な転換をとげたのでした。明らかに、この転換は規模の拡大を意味しています。
ある統計(パレスチナ・ネットワーク)によれば、06年のパレスチナ側の死者は742名、内訳は子供144名、暗殺210名でした。その他、負傷者3735名、連行者5671名にのぼります。09年ガザ侵攻では、その年間犠牲者数を上回っています。
かつてパレスチナ在住人口は約900万人といわれていますが、いまは3分の1=約300万人に激減し、残り600万人が周辺国に難民化したといわれていますが、正確な実数は不明といいます。逆に、イスラエル人口は、700万人にふくれあがりました。すでにイスラエルの実効支配はパレスチナ全国土の78%、パレスチナ自治区はわずか22%という統計があります。(同上)
いま、パレスチナ人はヨルダン川西岸=三重県の広さと、ガザ地区=種子島の広さの2箇所に分断されています。しかも、西岸自治区内だけでも600ヶ所を超えるイスラエル軍事検問所があり、居住地はイスラエル占領地に逆包囲されて「陸の孤島」のように点在、もはや国家としての存立基盤すら崩壊の危機に瀕しているといわれています。
1967年、第3次中東戦争(6日戦争)が勃発しました。イギリスのパレスチナ委任統治から50年後、国連決議=イスラエル建国から20年後でした。この第3次中東戦争によって、パレスチナはさらなる、社会的政治的困難に直面することになりました。イスラエルの全面勝利に終わり、これを境にして中東地域の軍事的力関係は決定的に変化したのでした。さらに重要な事実は、イギリスに代わって新たにアメリカが登場し、イスラエルを拠点にした中東全域における軍事的主導権を確立したことです。現在的にはイラク侵攻、中東支配へと発展したのでした。
アメリカがイスラエルを重要な戦略的同盟国とした根拠は、
中東地域の戦略的位置の重要性、
政治的安定性、
技術上軍事上の有用性(イスラエル戦略立案家F・インパル『イスラエルロビー』)
とされています。
この事実を裏付けるかの如く、アメリカの対イスラエル軍事援助は、多いときにはアメリカ対外援助総額の半額に達したこともあります。経済援助もけた違いでした。05年までの直接援助金の累積総額は、少額の借款を含めて1500億ドル(約18兆5000億円)に達しました。一人当たり個人所得はハンガリー、チェコの2倍、ポルトガル、韓国、台湾を抜いて、日本、イギリス並みという水準です。
これ比べると、パレスチナ自治区の経済成長率は年間「マイナス2%」。正確な統計数値も出せないほどの破局状態です。さらに「6日戦争」の翌68年には大統領ジョンソンは「イスラエルは核の能力を手に入れた」とのCIA長官の報告を握りつぶし、何らの行動を起こすこともなく核武装の既成事実を「合作」したのでした。この事実は「疑いの余地もない」(同上)ことです。
パレスチナにおいては、いまも厳しい対立が続いています。中東におけるアメリカの政治的、経済的、軍事的「重要性と有用性」を背景にした、占領地入植をめぐる対立、宗教上の「聖地」をめぐる対立、民族主義的対立は解決の兆しも見えません。
「『正義』よりも双方が 真の妥協を」(館山良治、毎日新聞11/26)という声さえあります。
1898年シオニズム運動がはじまって以来1世紀以上、イギリスの強引な領土分割から60年以上、アメリカの政治的軍事的介入からすでに40年が経過しています。この間の軍事的攻防のなかで双方の側が突き出した「現代テロリズム」が、現代世界に漂う一つの闇を切り裂いているといえます。

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