国産のヒップホップにおいて“ウェッサイ”と呼ばれるスタイルがクローズ・アップされ、帯びた熱が日本のシーン全体へと影響を及ぼすようになってからすでに数年の時が過ぎようとしているが、本稿の主役たるenmakuも、いわゆる“ウェッサイ・シーン”から飛び出してきたアーティストである。 神奈川県は川崎を拠点に活動するD.u.gとKOWICHIから成るこの2MCは、2001年夏に“炎巻”としてユニットを結成。“ノリ”で一緒に制作したという1曲がすべてのきっかけだったそうで、ライヴを披露していくうち必要に駆られ「もう1曲、またもう1曲」と持ち歌を増やしていった彼らは、その後、栃木県宇都宮をホームとするプロデューサー兼DJ、DJ RYUUKIのリーダー・アルバム「My Way Only Way」を筆頭に、コンピレーション・アルバムを含めた数々の作品に参加/楽曲提供を果たした。ライヴとも並行しながら、地道に全国へとその名を広めていった彼らは、途中、名前を英小文字表記の“enmaku”と改め、2008年9月に初のリリース作品となるミニ・アルバム「The SCREAM」を完成させている。さらにわずか5ヵ月後、自主レーベル:Tamariba SOUNDから1000枚限定となるミニ・アルバム「TRILL Tamariba Street Vol. 01」をリリース。過去のリミックス曲と未発表曲を収録したこの作品は、ごく限られたルートでしか手に入れることができない希少盤ながら、その内容は正規の流通に乗った「The SCREAM」から確実な進歩を感じさせる非常に興味深いものであった。 そこから半年強というまたも短期間で迎えた本作「Tamariba SOUND」は、彼らのキャリア初となるフル・アルバムだ。冒頭で触れた、いわゆる“ウェッサイ系”という言葉の定義については別の機会に譲るとしても、本作でenmakuが披露したスタイルはいい意味でその枠に収まるものではない。2つの都市――間違いなく日本のヒップホップを牽引してきた東京と、しっかりとした“地方ヒップホップ・シーン”が形成された横浜――に挟まれた川崎という土地がそうさせるのだろうか。彼らの出自を感じさせるエッセンスはもちろん色濃く残されているものの、過去作から圧倒的に幅を拡げたサウンド(とそれに付随する彼らの柔軟さ)と、目を見張るほど洗練され成長したスキルには正直驚かされた。残念ながら本稿執筆時点で完全な音源を聴くことは出来なかったが、それでも、まだまだ続くenmakuの今後に期待するには十分な出来であったし、彼らの名前を一層広めるパワーを持った作品だということは断言できる。