橋架村塾「創立10周年記念研修会」 スペシャル号 (平成21年10月1日) 国連での鳩山総理大臣のスピーチです。最近はいろいろなところでそのスピーチについてとりざたされていますが、このスピーチの部分のbridgeという部分がとても気になり、この橋架村塾のことを考えました。始めてこの橋になるという表現をアメリカで使ったのは私の敬愛する新渡戸稲造先生ですが、ここにきて、このbridgeという言葉が再度使われたことがうれしかったので、その一部を掲載します。 Mr. President, Japan's accession to the United Nations was approved on 18 December 1956. The Prime Minister at the time was Ichiro Hatoyama, my grandfather (中略) The substance of Japan's political, economic and cultural life is the product of the fusion within the last century of the civilizations of the Orient and the Occident. In a way, Japan may well be regarded as a bridge between the East and the West. She is fully conscious of the great responsibilities of such a position. (中略) Now, fifty-three years later, here at the very same United Nations General Assembly, I declare with firm determination that Japan will play again the role of a "bridge". 橋架村塾の名前は、この塾の存在意義が、人と人の架け橋になること、明日への架け橋になること。そして、日本と世界をつなぐツールである英語を身につけた日本と世界の架け橋になれる人を育成することに由来する。 そして、いよいよhow to speak からwhat to speakに重きが置かれ教育する時代となった。幸い橋架村塾でこの10年学んできたおかげで随分と前者は身につけた。しかしながら、後者をメインに置いた教育が立ち遅れている気がする。教科書や副教材を1つのきっかけとして、授業を豊かなものとし世界で通用する、いやリードする日本人を如何に育成できるのか、それが今後10年の課題である。今まだ、遙かなるゴールを目指してスタート地点にたっただけであるが、やり甲斐のあるレースである。多くの仲間と共に、そのゴールを目指し、完走をめざそうではないか。