ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

コラボ創作♪フォト&ポエムコミュのsatuki 2

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
satuki 第二章

 僕が彼女に再び出会ったのは、まだ暑苦しくアブラゼミが鳴く、九月の半ばだった。
 大学の生協の前。
 僕は、必須科目の英語の授業で後期に使う指定教科書を買いに行っていた。教科書といったって、教授が自分の好みで選んだ洋書だ。D・H・ロレンスの『息子と恋人』。どうせなら『チャタレイ夫人』にしてくれればいいのに、などとぼんやり思いながら、生協に入ろうとしたときだった。

「さつきぃ!」
 女の子のはじけた声がして、僕はびくっとした。

(サツキ…)
 一瞬にして、僕の脳裏には、苦しそうに舌を出してゴザの上に横たわる老犬の姿がフラッシュのように瞬いた。

 一ヶ月ほど前、まぶしいばかりの夏の暑さのなか、死んでいった愛犬、サツキ。
 あの日、僕は実家へと向かったけれど、サツキには会えなかった。ゆらゆらと立ち昇るかげろうのなか、僕もまたゆらゆらと歩いて実家にたどり着くと、サツキが横たわっていたはずのゴザが、勝手口の外にきちんと畳まれて置かれていた。
 ちょうど勝手口から出てきた母が驚いたように、しかし、とても静かに言った。
「あら、来なくてもいいって言ったのに。さっき、霊園の方が連れて行ってくだすったよ。こう暑くちゃ、すぐ傷んじゃうんだって。
 あんたも暑かったろ。ご苦労さんね。冷たいものでも飲んでいきなさい」

 僕は半分、ほっとしていた。
 サツキが口をグッと引いて、歯を食いしばり、目を閉じている姿――二度と開けない目、食いしばったままの口元。そんな姿を見たくはなかった。
 僕のなかのサツキは、たとえ苦しそうに横たわっている姿であっても、生きたままでいてほしかったのだ。

 家の中は、相変わらず薄暗く、夏の暑さにうだって、すえたような木の匂いがした。
 僕は勝手知ったる冷蔵庫を開け、麦茶を出してコップに注ぎ、一気に飲みほした。「うちの麦茶」の味だった。何十年もやってきたように、母がその日の朝も、やかんでグラグラと煮出したのだろう。
 僕はなぜだか、ようやく涙がちょっとだけ出て、鼻がツンとした。
 庭では姉貴が犬小屋の中の片づけをし、リビングでは兄貴が扇風機を独占して寝転んでいた。
「ショウ、間に合わないで残念だったね」
 姉貴の言葉に、僕は
「ああ」
と、とりあえず言っておいた。本当は、間に合わなくてよかったんだけど。

 母が戻ってきて、
「スイカでも切ろうかね」
と台所に立った。

「それにしてもさあ、サツキ、最後はあたしを呼んだのよね」
 姉貴は誰に言うでもなく喋り始めた。
「今朝4時ぐらいだったかなあ。なーんか眠れなくて、ふっと予感がして、階下に降りていったの。で、サツキの様子を見に行ったわけよ。
 そしたら、胸がこーんなに盛り上がっちゃって、ハアハア、すごい息なの。苦しいのかと思って、ずっとさすってやってたんだけどね、どうにもおかしいから、お母さんを起こしに行ったのよ。ね、お母さん」

 母はスイカを切りながら、じっと聞いていた。
「それで、お母さんと私が、看取ったってわけ」
 姉貴が、スカートをバンバンと手ではたいて、庭から上がってきた。
「やっぱり、私、なんだかんだいっても、一番サツキのことかわいがっていたからね。サツキ、わかっていてあたしを呼んだんだわ。絶対」

 寝ていたのかと思った兄貴が、目をつぶったまま、反論した。
「何言ってんだ。お前なんか、都合のいいときだけ散歩に行くぐらいだったじゃねえか。
 俺は毎晩、自分の散歩ついでにサツキを連れて行ってやってたんだぜ。サツキ、いつも飛びついてきて喜んでたなあ」
「必要なときは散歩させなかったくせに。お兄ちゃんはズルイわよ。サツキは私に一番なついてたの!」

 兄貴と姉貴のやり取りを聞いても、母は何も言わなかった。スイカを切る後ろ姿が、「ふう」と大きなため息をついたように見えた。

「ほれ、スイカ」
 母は、振り返ってテーブルの上にスイカの皿を出す。僕はスイカを取りに言ったついでに、母にそっと言った。
「遺言、書いておいたほうがいいよ」
 母は
「はあ!? 何言い出すんだよ、この子は!」と言いながら、目で僕にそっと笑いかけた。さびしい笑いだった。


 そんな「あの日」が僕のなかでフラッシュパックしていた。まぶしい逆光のなか、女の子の集団が目に入った。
「久しぶり」だの「なんか雰囲気変わったんじゃない」などとキャアキャア言っている。
 その集団のなかで、正面にいた一人の女の子に、僕の目は吸い寄せられた。
 本当に、スーッと吸い寄せられた感じだった。

 言葉にならない言葉が口から出た。僕は、ぽかんと口を開けたまま、しばし自分の時間(とき)を止めた。

 彼女だった。
 本当は最後の姿を見たくないサツキに会いに、かげろうの道を歩いていたとき、横断歩道ですれ違った、あの着物の女性。
 いでたちはまったく違うけれど、僕には彼女だとはっきりわかった。
 胸の中で、あのとき彼女が髪につけていたリボンの鈴が、ちりんと鳴った。

「さつき、……」
 その言葉に、彼女が答えている。

(うそだろ。あの子、「さつき」っていうんだ)
 僕の胸が、今度はトクンと鳴った。

 同時に、ある一つのキラリと光るものを思い出していた。

 ピアス。
 小さなアクアブルーの石がついているビアス。

 あの日、横断歩道ですれ違いざま、冷気のような涼しい風に驚いて彼女を振り返ったとき、彼女の体をつたって、何かがキラキラと転がり落ちるのを見たのだった。
 足早に去っていく彼女のあとに取り残された、その「キラキラ」を、僕は拾った。
 とたんに、鋭い痛みが指先に走った。
「キラキラ」は、ピアスだった。つまみ上げた拍子に、針が僕の中指にぷすりと刺さっていた。
 あわててピアスを抜くと、指の腹から、ぷぅと赤い血の球が膨れ上がった。
「つー、イテぇ」
 中指をしゃぶりながら、彼女を見ると、とっくに横断歩道を渡ってしまっている。青信号は、チカチカと点滅している。
 僕はとっさに、行くべき方向、つまり彼女とは逆の方向に走って横断歩道を渡った。どっちの車線にも、車が待っていたからだ。本能で動いてしまったのだろう。

 そうやって、拾ったまま彼女に渡せなかったそのピアスは、そのまま捨てるわけにもいかず、財布に入れて持ち帰っていた。そして、一人暮らしの僕の部屋の出窓の上、写真立ての前に、なんとなく置いてあった。
 見ず知らずの女のピアスを持っていることなんか、趣味じゃない。考えたら、気持ち悪いことだ。でも、僕はなぜか、そのピアスを飾っておいた。
 まるで、こうやって再び、彼女と出会える日がくることがわかっていたかのように。         →つづく

コメント(5)

だーーーーいい。プリントアウトしてじっくり読むので〜(今仕事前)感想待ってって〜〜(悲鳴)
teruちゃん
読んでくれるだけでありがたいです。ありがとう。
長いです。PC画面では、自分でも読む気になれません(笑。

わんこさんが考えてくれたストーリーとは、別立てのものです。

わんこさんバージョンは、『yuri』として、作品化したいのですが。
どなたか、いらっしゃいませんか〜〜〜
satukiすごいです。つづき読みたいです。
犬のsatukiとの別れの場面泣けました・・・
家族といってもそれぞれ関わり方がちがうよね。
お母さんと彼のなんとなく阿吽の呼吸が次からの展開をきたいできそう・・・(お兄さん達より結びつき強そう・・・)
ほんと凄いですね!
さつきという女の子との出会いに加えて
家族とのからみがあって読み応えがありますね。

最近、ジブリ作品の「耳をすませば」に出てくる家族が
実はいい感じの関わり方なのではないかと思えてきました。

お母さんは勉強に夢中で、お姉ちゃんは妹に批判的で
お父さんは家族に無頓着なように見えたので、初めは
「なんてクールなんだろう…」と思ったのですが
いざという時にはホットな一面を見せて
「これが絆なのかな?」と思わせる。

satukiでもそんな現代版の家族のあり方を
見せてもらえると嬉しいです♪
teruさん
わんこさん

この長ったらしい文を読んでくれて、ありがとうございました!
うほっっ…期待していただき、ありがとうございます。つづきは期待しないで待っていてください(笑…

この家族像、ワンちゃんとの別れの話、じつはほぼ実体験であったりします。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

コラボ創作♪フォト&ポエム 更新情報

コラボ創作♪フォト&ポエムのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング