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みんなにやさしい自作小説コミュのよどみない瞳

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よどみない瞳

ある夏の日の早朝、母親が泣きながら祖母の朴報を伝えた。
パリで菓子屋を経営している祖母の下で働くことが人生の指針だった私にとって、
その伝えは私からすべてを奪い去った。

      ……

アスファルトにできた鏡のような水溜り。
朝陽にとけこむ薄青の空に、久しく目にする真っ白くて陰りのある雲が映えていた。
雨の降った次の日、十月下旬、午前七時。
台風が過ぎ去った後のような静寂さを残して、
この日を境に空気が冷たくなった。
昨日と今日とではまるで世界が違う。目に見えるような季節の変わり目は憎らしい程今年に限って遅かったし、今でも午後の日差しは夏のように暑い。
そんな時節、私のこころを揺さぶったのは、自宅から学校までの肌寒い朝の冷めた空気と、広大な空に豪遊と浮かぶ雲の間間から差し込む光の粒子を見上げたとき。
夏の記憶を忘憂し、鏡のような水溜りには現実の私が初めて映る。
「こんなの……私じゃない」
そう愚痴をこぼして足早に歩を進める。後には水溜りに波紋が広がった。
私の知っている「香坂アケミ」は果てしなき水平線の向こう側にいる。
夢も約束もそんな所にあるんじゃ届くはずないじゃない……
こころの拠り所を一瞬にして失ってしまったから、
自分の存在すら嫌に思えるなんて、
昔の私なら信じられない。今でも信じられなかった。信じがたかった。
ここにいる「私」は、誰?

その瞳が慟哭を誘う。
澄んでいる水の中で、光の粒子が導く空を目指して浮上する。
その瞬間が生きている時で一番好きな時間だと、弟の雅は歯を見せて笑った。

その夏、雅は私が失ったモノを手に入れた。
躊躇いがちにその瞳を覗き込むと、
「今でも彼と同じ瞳を持っていますか?」
そう問われた気がして、
気がつけばひとつ年下の同じ血が流れている雅に、疼くような嫉妬を覚えていた。
いつも私の背中に憧憬めいた感情の視線を投げかけていた雅がいたから。
いつだって不機嫌な顔をして「学校」「勉強」と、
さながら義務的に生きている毎日に怠惰と焦燥を覚えていた雅がいたせいで。
鉄でできた頑丈なこころの楔が綻んでいたことに、気づかずにいたことに、呆然とした。
祖母さえいれば生きていけると確信していた気持ちが浅はかだったことに、
夢を持つことが他人任せであったことに、
壊死しかけた感情が殊勝にも私を現実に突きつけてくれて、やっと思い知った。
ただ夢を見ているだけだったじゃない。


まだ陽の光が遠くの建物に遮られて顔を出せない早朝に、
霜が降りた景色の中を、ポケットに手を突っ込んで身を縮こませて歩いてゆく。

暖房の効いた教室は外界と隔離されているように暑く、
一年先の受験を見越して勉強に身を入れている生徒たちの空気はいつものように重い。
将来について深く考えたことがなく、とりあえず親や先生の言うとおりに受験を望む彼ら。
周りの人がよく言っていた。「夢があるって、いいなぁ」
そんな他愛のない言葉を聞く度に、私は苛立ちを覚えていた。
だって、仕方ないじゃない。
私にはこういう生き方しか知らないし分からないんだから。
子供の頃からの夢を叶えるために毎日切磋琢磨していないと、どうしようもなく不安になるから。
だから思惟していた夢が途絶えてしまうなんて、
その先自分がどうなってしまうかなんて……考えたこともなかった。
ドアを開けたまま立ち竦んでいる私を皆が見ている。
皆の私を見る視線がいつもと違う気がする。
私は、
今すぐにでも、この部屋から逃げてしまいたかった。


結局私はその場所から逃げることができなくて、身動きすらできなくて、
誰もいなくなった黄昏の時間にただ一人椅子に座っていた。
身体を抱く腕に力が入る。ぎゅっと目を瞑る。この生暖かい空間から目を伏せたかった。一人で耐えられるだけの強さを得たかった。
こうして現実から逃げ続けてさえいれば、周囲のように私に必要なものは自ずと手に入るんじゃないかって思った。
「そんなことあるわけないのに。ばかみたい」
自虐的な笑みに体温の熱が上がった気がした。
「自惚れるなよ、私」
夢に向かって無邪気に祖母の手伝いをしていた頃の熱はこんな偽物なんかじゃなかった。
子供の頃の私。幼かった私。まだ見ぬ未来の私。
誰でも良かった。
ただ突き放すだけの思いの猛りを、自分自身にぶつけたかった。
「お願い、今私に触らないで!」
誰もいないこの空間の熱(他人)の名残にそう叫ばずにいられなかった。
外は冬の寒さに震えている。
クラスメートたちの熱や電源を落とした暖房の熱の名残が、確実に消えていく。
そうして私は世界に見放されていく。

だから今でも覚えている。
教室でひとりうなだれていたとき、
彼が私を元気付かせようと語ってくれた、彼の「夢物語」。
それを聞いたとき、彼が昔の自分と反映した。
水溜りの中に私を見つけた――そう、私はこんな顔をしていたんだ。
照れくさそうに「夢物語」を話す彼に、自然と魅入っていた。
昔の私と今の弟とが平等に持っていた、
そのよどみない瞳に。

体内に浸透する嬉し悲しい嫉妬心が、無性に心地よくて。

コメント(1)

洒落にならない長文でホントすみません(#+_+)
ノートに書いてあったものをPCで
活字化してみたら意外と長い(汗)。
ショートを意識した小話のはずなんですが…
次からは30秒で読めるような
詩が書けたらなと思います。

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