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「いのちの風」通信コミュの?人は死なない/風のなかの愛/福の神

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いのちの風 ?487―その2 
11月10日(金)発信 大圓(だいえん)


「いのちの風」縁の花・支縁サイト (?485までのバックナンバー掲載)
http://www.geocities.jp/ennohana/en20isiguroyosihiko.htm


今回のテーマ 

母の命日/人は死なない/風のなかの愛/福の神/神仏の恩寵/光輝く釜が崎


風に見て 声に感じて 愛はあり


先週聞いた山元加津子さんの講演で語られた 「大ちゃんの詩」。 そこには「千の風」とまったく同じように、「人は死んでもいつもそばにいるよ」といったメッセージが語られていました。 驚きました。 

知的障害を持っていて何の知識ももたないと思われているような子供が、そのような宇宙の真理を語っているのです。 障害をもつ人の魂ほど、神仏と隣り合わせに生きているのではないか、と思いました。

山元加津子さん(石川県の養護学校の先生)
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%BB%B3%B8%B5%B2%C3%C4%C5%BB%D2&fr=top_v2&tid=top_v2&ei=euc-jp&search.x=1&x=21&y=7
山元加津子さんの話「みんな大好き」・・・「大ちゃんの詩」ほか
http://tekipaki.jp/~gon/park/fram/F020713.htm



葬式が終わってからすぐに、踊り祭会場へ飛んで行きました。 そして祭りの最終場面で踊りのステージ台に登って、お詫びの言葉を述べさせていただきました。 母を亡くした悲しみは、何ものにも代えがたい苦しみですが、真理を知ればそれを乗り越えることができる。 

それをすでに亡くしてしまった2人に教えられたのです。 死んだ者は決して無駄に死にはしない。 残された者たちへ何ものにも代えがたい宝物を残して、天上へ旅立つのです。



母の死後、半年もしないうちに父が風呂の中で亡くなっているのを、朝、私が発見しました。 昔から家じゅうがゴミ御殿になって埋もれていて、母や家族から嫌われていた父でした。 しかし亡くなってから不審死の調査で警察の警部がやってきて言うことに、「お父さんは皆に愛されていたのですね」と。 愛しているが故に、ゴミ御殿を父の言いなりに、そのままに私たちはしてあげていたのです。 そう、警部は言いたかったのでしょう。 

誰にも愛されていないと思っていても、なんらかの形で愛はこの世に存在するのです。 

何気ない言葉、何気ない挨拶、人からの微笑み、外から聞こえる子供たちのはしゃぐ声、明るい太陽、そよ吹く風・・・そうでないと人は、明日にでも自殺してしまいます。 その愛を示すために多くの方々の代理として、私たちは毎週、炊き出しや寝袋配りへ出かけるのです。


福の神 汚れし人を 祝福す


今はご縁がありませんが、昔、小林正観さんの講演で教えていただいたのは、家が新築されると多くの神さんたちがその家へ場所取りにどやどやとやってくる。 ある神さんは居間、ある神さんは応接間、ある神さんは台所・・・という風にその場所に鎮座まします。 

しかし福の神さんは一番遅くやってくる。 なんせ福の神さんは大黒さんのように大きな重い福袋をさげているので動きが遅い。 他の神さんたちが家のなか全部を占拠していて、最後に残っていたのが便所。 そんなわけで福の神さんはいつも便所に鎮座ましますのです。 

小林正観さん
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%BE%AE%CE%D3%C0%B5%B4%D1&fr=top_v2&tid=top_v2&ei=euc-jp&search.x=1&x=29&y=14


この考え方はいかにもアニミズム的な日本人らしい。 そして一番汚いものに一番価値を見出す。 「下座の行」の思想の根底にあるのは、このような人の嫌がるようなことをやることこそ、神仏の思いの近くにいるという感覚なのでしょう。 

「みのるほど こうべをたれる稲穂かな」という句も別の言い方の同じような表現なのでしょう。 神仏はそのようにへりくだった心の持ち主を愛される。


(その3へ続く)

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