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Rosemary Clooneyコミュのロージーを取り巻く男性たち

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 後年のロージーは超LLサイズになってしまいましたが、若い頃(〜30最大半ば)は、視覚的にも気になる存在でした。そこで、「ロージーを取り巻く男性たち」というトピックはいかがでしょう?

 結婚したのは3回。最初と2回目が俳優のホセ・ファーラー。つまり、2回結婚して2回離婚。それが1960年代で、3回目はずっとあと、亡くなる5年前の1997年で、相手は元ダンサーのダンテ・ディパオロ。

 ロージーのキャリアの中で一番の恩人であり友人は、やはりビング・クロスビー。映画『ホワイト・クリスマス』で共演し、引退していたロージーを引っ張り出したのもビング。

 フランク・シナトラとは、1950年コロンビアにデュエットを吹き込んでからの仲。シナトラがダイナ・ショアとデュエットを吹き込もうとしてダイナに断られ、ヤケになったシナトラが「もう誰でもいい。一番最近契約した娘でもいいよ」といったので、ロージーが起用された。「カモナ・マイ・ハウス」の大ヒットの前の話。ロージーは、シナトラから歌詞の大切さを学んだとか。

 アレンジャーではネルソン・リドルでしょう。歌詞の意味をよく理解してアレンジしてくれるので、大変歌いやすかったとか。共演アルバムは『ロージー・ソルヴズ・ザ・スインギン・リドル』(RCA)と『ラヴ』(Reprise)。ふたりはある時期、恋仲でした。

 レコード・プロデューサーではカール・E・ジェファーソン。ビングの引きでカンバックしたあと、ドラマーのジェイク・ハナの紹介でコンコード・レコードのジェファーソン社長と巡り合った。ジェファーソンはロージーの音楽性を信じ、レコーディング内容に干渉しなかった。よって、ロージーとコンコード・レーベルの関係はロージーが死ぬまで続いた。

 親戚筋では、弟ニックの息子が俳優のジョージ・クルーニーです。TVドラマ『ER』で一度共演してました。
 

コメント(4)

 ロージーとネルソン・リドルの愛の結晶というより、狂おしきふたりの愛が生んだ1961年録音・1963年リリースのアルバムが『ラヴ』です。

 ネルソン・リドルにとっては生涯最高のストリングス・オーケストレーションですし、ロージーはというと品格があり慎ましやかな佇まいにもかかわらず情念は奥深いものがあります。ロージーは生前『一番気に入っているバラード・アルバム」と語ってくれました。

 共に結婚していたため、ふたりの濃厚な仲は数年で終わってしまいますが、以後もお互い尊敬の念は持ち続け、リドルの死後ロージーは『デディケーテッド・トゥ・ネルソン』というトリビュート・アルバムをコンコードから発表して、グラミー賞にノミネートされました。

 『ラヴ』は10年以上のごぶさたで、2月22日に紙ジャケットでリリースされます!
 復刻盤CD『ラヴ』のライナーにも書きましたが、リドルとの仲に悩んだロージーは、リドルを片腕としたシナトラに「離婚と結婚を決断するよう、頼んで」と相談したとか。

 シナトラは「そりゃあ、むりだよ」とつれない返事。曰く「彼には子供が6人もいる。今のカミさんと別れる決心はできないだろう」。自分にも5人子供があったけれど、ロージーはシナトラの説得工作に失敗。

 ちなみに、ロージーとシナトラが初めて接触した時のエピソードが面白い。1950年、コロンビア後期のシナトラ。ダイナ・ショアと「ピーチトゥリー・ストリート」をデュエット録音しようとしたが、ダイナは「いい曲じゃないから、イヤ」。やけになったシナトラは、プロデューサーのミッチ・ミラーに「誰でもいいさ。何なら一番契約したシンガーで結構!」。それがロージーだった。

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