瘋癲の制作の中心地となったのは、M.FUJITANIの所有する京都のスタジオ「マッシヴ・スタジオ」だった。そしてスタジオにMILI、B-BANDJ、DJ SUWAが集い、各々の経験とスキルを活かしたセッションを通して瘋癲というグループ、そしてスタイルを確立していく。その動きの中で2001年には「THE BEGINING E.P」「THE OVERFLOWING E.P」と2枚の瘋癲名義のシングルをリリース、また、ブルーノートのコンピレーション「NEW JAZZ STYLE」への参加など、その存在を徐々にリスナーへ明らかにしていく。そして04年、グループとして初のアルバム「MUSIC IS EXPRESSION」を発表。個々の卓越したスキルとセッションによって生み出された未知のグルーヴは、リスナーに大きな衝撃と新鮮な刺激を与え、瘋癲の名前を確固たるものとした。
しかし同年、M.FUJITANIの急逝という悲しみがグループを襲う。だが、その悲しみに他のメンバーは立ち止まることなく、05年に2ndアルバム「FLIP HOP」をリリースし、新たなページをまた紡いでいった。そして、その輪の中にはM.FUJITANIの旧友でもあり、2nd以降トラックメイクと共にエンジニアリングを担当するGUROの姿もあった。06年に発表された3rdアルバム「PIECES OF TIMES」からはGUROが正式メンバーとして加入。エイジアで行われたリリースパーティーには延べ500人もの動員を記録し、08年までの6月までの充電期間を経て、マキシシングル『DAY & NIGHT』を配信スタート。08年6月『DAY & NIGHT』が好評に付き限定1000枚でリリース。同時期にフロントMC、B-BANDJのソロプロジェクトがスタートする。 そして08年急速に稼動した瘋癲のパワーが来年初頭発売予定の4thアルバムに込められスパークするであろう。