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種田山頭火コミュの山頭火の日記『其中日記(九)』

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初めに、「昭和十一年(句稿別冊)」とある。『其中日記(九)』には、昭和11年7月22日から昭和11年12月31日までの日記が収載されている。

コメント(9)

【山頭火の日記・東北旅行から帰庵】
昭和11年7月22日の日記に、《広島の酔を乗せて、朝の五時前に小郡へ着いた。恥知らずめ! 不良老人め! お土産の酒三升は重かつたが、酒だから苦にはならなかつた、よろよろして(東北旅行から)帰庵した。八ヶ月ぶりだつた、草だらけ、埃だらけ、黴だらけだつた、その中にころげこんで、睡りつづけた》とある。
【山頭火の日記・自戒三則】
昭和11年7月29日の日記に、《早起して、そして。……雨もわるくないな、しみじみおちつける、屋根漏はわびしいけれど、盥の音はさびしいが。まつたく秋だ、浴衣一枚では肌寒くなつた。仏さまへ蚊とり線香!(中略)
「自戒三則」一、腹を立てないこと。一、物を粗末にしないこと。一、後悔しないこと。いひかへると、物事にこだはらないこと》とある。
【山頭火の日記・風の明暗をたどる】
昭和11年10月2日の日記に、《よくならうとすればするほどわるくなる、といふよりも、わるくなればなるほどよくならうとする、……真実なる矛盾である。……しばらく畑仕事をしたら、草の実がくつついた。今夜も不眠、やたらに読書した。風が出て月は見えなかつた》とある。
山頭火はこの頃に、「風の明暗をたどる」の句がある。山頭火は風の明暗をたどりつつ、しだいにそれが、一つの方向へ向って吹いていることを感じる。それが一歩一歩、正確に死の淵への道をたどっていることを知る。
【山頭火の日記・かさりこそりと虫だつたか】
昭和11年10月5日の日記に、《その日のその日のその日がやつてきた! やつてきた! 茫々漠々、空々寂々、死か狂か、死にそこないの、この心を誰が知る!》とある。
この日の日記に、「かさりこそりと虫だつたか」の句があり、また山頭火の句に、「かさりこそり音させて鳴かない虫がきた」がある。
其中庵での約6年間、安逸な生活の中で、山頭火は自己の停滞を感ずるようになてきた。そんな時、まず虫がきてくれたことに、すなおに、まるで友人を見出したかのように喜んだ。
【山頭火の日記・こんど(東北)の旅】
昭和11年10月8日の日記に、《自己省察、その一つとして、――こんどの旅は下らないものであつたが、よい句は出来なかつたけれど、句境の打開はあると思ふ、生れて出たからには、生きてゐるかぎりは、私も私としての仕事をしなければならない、よい句、ほんたうの句、山頭火の句を作り出さなければならないと思ふ、私は近来、創作的昂奮を感じてゐる、私にもまだこれだけの芸術的情熱があるとは私自身も知らなかつた、――私は幸にして辛うじて、春の泥沼から秋の山裾へ這ひあがることができたのである》とある。
「こんどの旅」とは、山頭火が精神的な停滞を抜け出すため、昭和10年12月6日から翌11年7月22日までの約8ヶ月に及ぶ、良寛や西行、一茶、芭蕉の跡を辿る東上の大旅行のことをいう。
【山頭火の日記・水をわたる】
昭和11年10月9日の日記に、《身心やうやくにして本来の面目にたちかへつたらしい、おちつけたことは何よりうれしい。午前、鉄道便で小さい荷物がきた、黙壺君からの贈物であつた、福屋の佃煮、おかげで御飯をおいしくいただくことができる、ありがたし。秋をたたへよ、秋をうたへよ、秋風日記を書き初める。痔がよくない、昨日歩いたからだらう、痛むほどではないけれど、気持が悪い》とある。
この日の日記に、「水をわたる誰にともなくさようなら」の句があり、別に山頭火の句に、「うしろから月のかげする水をわたる」がある。
【山頭火の日記・句作道】
昭和11年10月12日の日記に、《――所詮、私は私の道に精進するより外はないのである、たとへ、その道は常道でなくとも、また、難道であつても、何であつても、私は私の道を行かざるを得ないのである。
句作道、――この道は私の行くべき、行き得る、行かないではゐられない、唯一無二の道である。それは険しい道だ、或は寂しい道だ、だが、私は敢然として悠然として、その道に精進する。
句作が私の一切となつた、私は一切を句作にぶちこむ。私は我儘である、私は幸福である、私は貧乏である、私は自由である、私は孤独である、私は純真である。私は飛躍した、溝を飛び越した、空も地もひろびろとして、すべてが美しい。
よろこびか、かなしみか、よろこびともいへようし、かなしみともいへよう、しかし、私はそれ以上のものを感じる》とある。
【山頭火の日記・柿の葉と梅干の味】
昭和11年10月12日の日記の続きに、「柿の葉」として、《私の句集をかう(柿の葉と)名づけてもよからうではないか、柿の実でもない、柿の木でもない、柿の葉である。私の好きな葉である。柿膓、柿の帶といふやうな書名は知つてゐるが。私の句集には柿の葉がふさはしい。我が心柿の葉に似たり》とある。
また「梅干の味」として、《私は梅干の味を知つてゐる。孤独が、貧乏が、病苦が梅干を味はせる。梅干がどんなにうまいものであるか、ありがたいものであるか。病苦に悩んで、貧乏に苦しんで、そして孤独に徹する時、梅干を全身全心で十分に味ふことが出来る》とある。
【山頭火の日記・大晦日】
昭和11年12月31日の日記に、《昭和十一年もいよいよ今日かぎりだ。飲みすぎ食べすぎ。大晦日だから身のまはり家のまはりを少しばかり片づける。街へ、湯屋へ出かける。松、梅、竹、裏白、譲葉、……門松らしいものをこしらへて飾る。――かうして、ここで、年を送り年を迎へる、めでたしめでたし。暮れてから湯田へ、千人湯に浸つてから一杯二杯三杯。……掛取(借金取り)にも見離された節季!》とある。
この日で、『其中日記(九)』は終了です。

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