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ゴスペルハウスコミュの「愛された5人(レント-4)」2024.03.09

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ゴスペルハウスメッセージ 2024.03.09
「愛された5人(レント-4)」ヨハネ12:1-11(並行箇所:マルコ14:3-9、マタイ26:6-13)

1 さて、イエスは過越の祭りの六日前にベタニアに来られた。そこには、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロがいた。
2 人々はイエスのために、そこに夕食を用意した。マルタは給仕し、ラザロは、イエスとともに食卓に着いていた人たちの中にいた。
3 一方マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。
4 弟子の一人で、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った。
5 「どうして、この香油を三百デナリで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」
6 彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、彼が盗人で、金入れを預かりながら、そこに入っているものを盗んでいたからであった。
7 イエスは言われた。「そのままさせておきなさい。マリアは、わたしの葬りの日のために、それを取っておいたのです。
8 貧しい人々は、いつもあなたがたと一緒にいますが、わたしはいつも一緒にいるわけではありません。」
9 すると、大勢のユダヤ人の群衆が、そこにイエスがおられると知って、やって来た。イエスに会うためだけではなく、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった。
10 祭司長たちはラザロも殺そうと相談した。
11 彼のために多くのユダヤ人が去って行き、イエスを信じるようになったからである。

今年のレントは第1-3週は旧約聖書、第4-6週は新約聖書から、御言葉を開いていこうと思います。
今週の聖書はイエスさまの最後の過ぎ越しの6日前。
十字架まであと数日という夕食の場面です。
「愛された5人」というテーマで御言葉を開きましょう。

愛された1人目はラザロです。
マルタ・マリア・ラザロは3人のきょうだいです。
この章の前の第11章は、ラザロがイエスさまによって生き返らされたことが、記述の大部分を占めます。
ラザロが病気になり、マルタがイエスさまを呼びに行かせて、でもイエスさまはなかなか腰を上げず、その間にラザロは死んでしまいました。
そして、イエスさまがついたのは、ラザロが死んだ4日後だったのです。
しかし、ラザロは生き返りました。
「ご覧なさい。どんなにラザロを愛しておられたことか。」(ヨハネ11:36)と書かれているとおり、確かにラザロは愛されていたのです。

では、ここで聖書クイズです。
聖書の中にラザロが語った言葉は何ヶ所に記されているでしょうか?
そして、ラザロが特別に何かした行動は何でしょうか?
答えはどちらも「ゼロ」「無し」です。
彼は何も言葉を残さず、何も目覚ましい行動も残さなかったのです。
しかし、その存在そのものが、ラザロの存在そのものが、愛され生き返らせられ、神様の愛と恵みと力と栄光を現すものになったのです。
この箇所にも書いてあるとおり、ラザロが生き返ったことを見に来る人がいるくらい、存在そのものが神様の栄光を現すものになったのです。

愛された2人目はマルタです。
「イエスはマルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。」(ヨハネ11:5)とあるように、彼らはイエスさまに愛されていました。
マルタについては、ルカの福音書10章38-42節が有名ですね。
自分と姉妹のマリア比べて、自分の方がいいことしてるし、自分の大変さはもっとほめられても良いはずだし、マリアの態度も気に入らない。
そして、マルタは心が落ち着かず。イエスさまに愚痴を言ってしまったのです。
人と比べて自分を大切にしてほしい。ちゃんとやってない人を許せない、そんなマルタした。

でも、今週のこの場面では、マルタは給仕しています。
マリアは手伝っていませんけれども、マルタは不満を言っていません。
ラザロのためのイエスさまの愛と、イエスさまを呼んだマルタに応じて来てくれたイエスさまの愛とを、たっぷり受けたマルタは、もう人と比べることも、人を裁くことからも解放されたのです。

愛された3人目はマリアです。
ルカの福音書10章では、イエスさまの前に座って、イエスさまの語る言葉を受け取るだけ、イエスさまの愛に聞き入るだけ、そんなマリアでした。
しかし、ここでは300デナリもの、自分の宝物である香油を惜しげもなく、イエスさまの足を洗うために、無駄に見えるほどに捧げたのです。
それは、イエスさまの前に座って、たっぷりの愛の言葉を受けて、ラザロを生き返らせてくださったイエスさまの愛を受けて、彼女の愛のタンクは、愛を受け取るタンクはいっぱいになったのです。
そして、受ける愛から与える愛へ、あふれる愛の人へ、イエスさまの愛によって変えられたのです。

1人目のラザロは、何もできなくても存在そのもので、神様の恵みを現す人になりました。
2人目のマルタは、人と比べることと人を裁くことから解放されて、自由な愛の人になりました。
3人目のマリアは、受ける愛から与える愛、あふれる愛の人に変えらました。
イエスさまの愛に触れて、愛をたっぷり受けて、変えられた3人きょうだいだったのです。

そして、愛された4人目はユダです。
彼は12使徒支の一人です。
ユダが愛されたという記述は、聖書には書いてありません。
けれども、この章の次第13章にこうあります。
「わたしがパン切れを浸して与える者が、その人です。」(ヨハネ13:26)
パンを浸すというのは、特別な好意を示すしぐさです。
そう、ユダもイエスさまに愛されていたのです。

そうすると、続く「あなたがしようとしていることを、すぐしなさい。」(ヨハネ13:27)いう言葉の意味は、どうなるでしょうか。
そうです、「さっさと裏切りなさい」という意味ではないのです。
私の愛の中に戻ってきなさいと、イエスさまはユダに訴えたのです。

1人目は、死んでいたのに生き返ったラザロでした。
2人目は、人を裁いていたのに自由になったマルタでした。
3人目は、受ける愛ばかりだったのが、与える愛の人になったマリアでした。
彼らのように、4人目は、裏切るつもりだったのに、愛に立ち返るユダになれ、という招きなのです。
しかし、ユダは、その招きに応じませんでした。
扉の外に、闇の中に、出て行ってしまったのです。

それは、神様が、人間に自由意志を与えているからです。
私たち人間は、なんでも神様の言いなりのロボットではないのです。
神様は、私たちを愛するがゆえに、自由意志を与えました。
だから、アダムとエバは罪に落ちてしまったのです。
だから、イエスさまは十字架からなければならなかったのです。

4人目のユダは、愛に背を向けてしまいました。
それどころか、マルコの福音書14章44節にあるように、愛を示す口づけをもって、イエスさまを裏切ったのです。
ユダは、4人目のユダは、イエスさまの愛より自分の考え、自分の気持ち、自分の計画を優先したのです。

愛された5人目、それはだれでしょう。
それはあなたです。
あなたは神様に愛されています。
イエスさまに愛され、その愛のためにイエスさまは十字架で死ぬまでに、その愛を貫いたのです。

その愛は、あなたをラザロのように、存在そのもので神様の愛を証する人とできるのです。
その愛は、あなたをマルタのように、人を裁く世界から解放するのです。
その愛は、あなたをマリアのように、あふれる愛で愛する人に変えるのです。
ただあなたは、ユダのように、その愛に背を向けることすらできてしまう存在です。

この愛に、あなたはどう向き合いますか。
注がれている愛をどう受け止めますか。
それがあなた、愛されている5人目のあなたに託されている選択なのです。

あなたのために、お祈りします。

【並行聖書箇所】
マルコ14:3-9
3 さて、イエスがベタニアで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられたときのことである。食事をしておられると、ある女の人が、純粋で非常に高価なナルド油の入った小さな壺を持って来て、その壺を割り、イエスの頭に注いだ。
4 すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。「何のために、香油をこんなに無駄にしたのか。
5 この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」そして、彼女を厳しく責めた。
6 すると、イエスは言われた。「彼女を、するままにさせておきなさい。なぜ困らせるのですか。わたしのために、良いことをしてくれたのです。
7 貧しい人々は、いつもあなたがたと一緒にいます。あなたがたは望むとき、いつでも彼らに良いことをしてあげられます。しかし、わたしは、いつもあなたがたと一緒にいるわけではありません。
8 彼女は、自分にできることをしたのです。埋葬に備えて、わたしのからだに、前もって香油を塗ってくれました。
9 まことに、あなたがたに言います。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられるところでは、この人がしたことも、この人の記念として語られます。」

マタイ26:6-13
6 さて、イエスがベタニアで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられると、
7 ある女の人が、非常に高価な香油の入った小さな壺を持って、みもとにやって来た。そして、食卓に着いておられたイエスの頭に香油を注いだ。
8 弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「何のために、こんな無駄なことをするのか。
9 この香油なら高く売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」
10 イエスはこれを知って彼らに言われた。「なぜこの人を困らせるのですか。わたしに良いことをしてくれました。
11 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいます。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではありません。
12 この人はこの香油をわたしのからだに注いで、わたしを埋葬する備えをしてくれたのです。
13 まことに、あなたがたに言います。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられるところでは、この人がしたことも、この人の記念として語られます。」

【参考聖書箇所】
☆ラザロ
ヨハネ
11:35 イエスは涙を流された。
11:36 ユダヤ人たちは言った。「ご覧なさい。どんなにラザロを愛しておられたことか。」

☆マルタとマリア
ヨハネ
11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。

ルカ
10:38 さて、一行が進んで行くうちに、イエスはある村に入られた。すると、マルタという女の人がイエスを家に迎え入れた。
10:39 彼女にはマリアという姉妹がいたが、主の足もとに座って、主のことばに聞き入っていた。
10:40 ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」
10:41 主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。
10:42 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」

☆ユダ
ヨハネ
13:26 イエスは答えられた。「わたしがパン切れを浸して与える者が、その人です。」それからイエスはパン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダに与えられた。
13:27 ユダがパン切れを受け取ると、そのとき、サタンが彼に入った。すると、イエスは彼に言われた。「あなたがしようとしていることを、すぐしなさい。」

マルコ
14:44 イエスを裏切ろうとしていた者は、彼らと合図を決め、「私が口づけをするのが、その人だ。その人を捕まえて、しっかりと引いて行くのだ」と言っておいた。
14:45 ユダはやって来るとすぐ、イエスに近づき、「先生」と言って口づけした。

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