ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ゴスペルハウスコミュの「あなたの、REVOLUTION --宗教改革記念日--」2022.10.29

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ゴスペルハウスメッセージ 2022.10.29
「あなたの、REVOLUTION --宗教改革記念日--」詩篇59:1-5

指揮者のために。「滅ぼすな」の調べで。ダビデによる。ミクタム。ダビデを殺そうとサウルが人々を遣わし、彼らがその家の見張りをしたときに。

1 私の神よ 私を敵から救い出してください。
 向かい立つ者たちよりも高く
 私を引き上げてください。
2 不法を行う者どもから 私を救い出してください。
 人の血を流す者どもから 私を救ってください。
3 今しも 彼らは 私のたましいを待ち伏せし
 力ある者どもは 私に襲いかかろうとしています。
 主よ それは私の背きのゆえでもなく
 私の罪のゆえでもありません。
4 私には咎がないのに 彼らは走り 身構えています。
 どうか目を覚まし ここに来て 見てください。
5 あなたは万軍の神 主 イスラエルの神。
 どうか目を覚まし すべての国を罰してください。
 邪悪な裏切り者を だれもあわれまないでください。 セラ

今週の聖書箇所は、詩篇第59篇です。
ねたみの故に、ダビデを殺そうと、サウル王が人々を遣わして、家を見張らせました。
サムエル記上第19章に、詳しいことは記されています。
自身の王であり、義理の父であるサウル王から、いのちを狙われているダビデ。
仲間のはずのサウル王の配下が家を囲み、家を見張り、四面楚歌、八方塞がりです。
そんな状況での歌が、この詩篇第59篇なのです。

さて、10月31日は、宗教改革記念日でした。
マルチン・ルターが、1517年(505年前)のこの日、ヴィッテンベルク城の教会の扉に「95ヶ条の論題」を掲示したことに由来する記念日です。
今日は、「あなたのREVOLUTION(レボリューション)」をテーマに、御言葉を開きましょう。
宗教改革は、普通は「religious reformation」と記し、reformationを使います。
しかし今日は、改革(reformation)よりも、革命(REVOLUTION)的な御言葉からのメッセージを味わおうと思います。

先日、わが家の車のカーナビが、不調になりました。
自車の位置が何kmもずれたり、起動が異常に遅くなったりしたので、修理することになりました。
カーナビは、GPSという衛星からの電波を受けて、自分の位置を知ります。
周りの山や川や道路や家並みを見て、自分の位置を知るのではありません。
GPSからの電波を受けていれば、周りの状況や景色の変化によらず、自分の本当の位置がわかるのです。
たとえ街が焼け野原になっても、ゴジラに破壊されても、水没したとしても、位置がわかるのです。
画期的な、革命的な、位置の求め方なのです。

ダビデは、このとき、八方塞がりの状態でした。
他にも、何度も四面楚歌、前門の虎・後門の狼などのような、行き詰まった状況に置かれました。
しかし、彼は自分を見失うことはありませんでした。
それは、カーナビがGPSの電波で、上から来る電波で、自分の位置を知るように、ダビデは、神様と自身の関係の中で、自分自身の位置、自分自身の価値、自分自身の意味を知っていたからです。
八方塞がりの中で、ダビデは、天に向かって声を上げました。
神様に向かって、声を上げました。
ダビデは、顔も、目も、上に向けていたのです。

八方塞がりになったとき、トラブルにあったとき、多くの人は、上を見ずに横を見ます。
向かって来る人に向かって説得したり、敵対するその人を攻撃したりします。
そして、それが功を奏さない場合は、顔を下に向け、目を伏せ、諦めたり、愚痴を言ったりするのです。

ダビデは上を、神様を見、サウル王は横を、人間を見ていました。
そしてこの後、サウル王は下を見ることとなり、滅んでしまったのです。
同じ王なのに、同じ神様の選んだイスラエルの王なのに、義理の父と息子なのに、ダビデとサウルは、見ている方向がまったく違ったのです。

神様はあなたに、ダビデと同じように、上を向くこと、神様に目を向けることを求めています。
そして時に、強制的な現実の力をもって、上を向かせることもあります。
聖書の中にも、多くの記述がありますが、その中でも、顕著なものを2つ見てみましょう。

1つ目は、旧約聖書・創世記の第11章1-9節です。
バベルのできごとです。
一つの言語で、人間同士が強く結びつき、横にしか目が向かなくなり、協力して神様に対抗しようとしていた人間たちでした。
神様は、すべての人の言葉を乱して、他のだれとも言葉が通じないようにしたのです。
言語的に、八方塞がりの状況を、神様は、すべての一人ひとりに与えたのです。
そして、八方塞がりの孤独になったとき、やっと彼らは気が付きます。
他のどの人とも言葉が通じなくても、自分の言葉は神様に通じ、神様の言葉も自分に通じている。

2つ目は、新約聖書・使徒の働き第2章1-4節です。
ペンテコステのできごとです。
十字架から3日目に復活したイエスさまが、10日前に天に戻られました。
イエスさまは、待てと命じていましたが、弟子たちはそれ以外になすすべもなく、行き詰まっていました。
そして、一つ所に仲間で集まって、祈り合うしかありませんでした。
それは、未来への喜びや希望や確信にあふれたものではなかったと、私は思います。
その時、聖霊様がこの部屋にやって来たのです。
しかも、大きな舌が皆をひと舐めにしたのではなく、「炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった」のです。
神様は、一人ひとりと個人的なつながりを持つことを、望んだのです。
そしてここから、キリスト教会が始まったのです。

横に向きがちな、人に向きがちな、仲間に向きがちな、そんな人間に対して、神様は、神様との直接的な出会いを与え、交わりを与え、革命的な変化を与えるのです。
バベルでも、ペンテコステでも、神様は、そうしたのです。

そして1514年頃に、ルターにも、ローマ人への手紙第1章17節で行き詰まっていたルターにも、神様は直接的な関わりを、直接的な出会いを、与えたのです。
そして、ルターの人生を、キリスト教界を、革命的に変えるエネルギーを与えたのです。
宗教改革、それは、ルターの人生における、革命的な御言葉との関係の変化から、革命的な神様との関係の変化から、始まったのです。

聖書の中には、節目となる言葉があります。
イエスさまが地上で最初に話した言葉:
「どうしてわたしを捜されたのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当然であることを、ご存じなかったのですか。」(ルカ2:49)
イエスさまが十字架上で最後に人間と対話した言葉:
「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」(ルカ23:43)
イエスさまが地上で最後に話した言葉:
「見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)
イエスさまが復活した後、御使いが人間に最初に話した言葉:
「あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。」(ルカ24:5-6)
罪に堕ちた人間に、神様が最初に話した言葉(人間への最初の質問):
「あなたはどこにいるのか。」(創世記3:9)
これらが示しているのは、すべて居場所です。
それほどまでに、人は居場所を見失う存在なのです。
自分自身の居場所も、神様と自分の関係も、それらの意味や価値も、見失ってしまいやすい者なのです。
それは、あなたもそうですし、私もそうです。

私たちには、ダビデのように、八方塞がりになることがあります。
バベルのときのように、人にばかり目が行きがちなときがあります。
ペンテコステの前の弟子たちのように、未来がわからない不安があります。
ルターのように、御言葉自体が壁になって立ちふさがることもあります。
あなたには、あなたの困難な状況、閉塞感、あなたの八方塞がりがあるでしょう。

それは、調子の悪くなったカーナビと同じです。
少し、ずれているのです。
いいえ、まったく、ずれているのです。
そしてそこに、神様は介入するのです。
神様のタイミングで、神様の方法で、神様の主権のもとで、神様の自由のままに。

そして、そのとき、あなたの人生は、改革的ではなく、革命的に変えられるのです。
あなたのREVOLUTIONは、八方塞がりに行き詰まってしまったあなたへのREVOLUTIONは、今、起きようとしています。
目を伏せてしまいそうなあなたのための、人にばかり目が行ってしまうあなたのための、あなたのREVOLUTIONは、もう、神様の手の中にあるのです。
神様に期待しましょう。

あなたのためにお祈りします。



【参照聖書箇所】

創世記 11:1-9
1 さて、全地は一つの話しことば、一つの共通のことばであった。
2 人々が東の方へ移動したとき、彼らはシンアルの地に平地を見つけて、そこに住んだ。
3 彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作って、よく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを、漆喰の代わりに瀝青を用いた。
4 彼らは言った。「さあ、われわれは自分たちのために、町と、頂が天に届く塔を建てて、名をあげよう。われわれが地の全面に散らされるといけないから。」
5 そのとき主は、人間が建てた町と塔を見るために降りて来られた。
6 主は言われた。「見よ。彼らは一つの民で、みな同じ話しことばを持っている。このようなことをし始めたのなら、今や、彼らがしようと企てることで、不可能なことは何もない。
7 さあ、降りて行って、そこで彼らのことばを混乱させ、互いの話しことばが通じないようにしよう。」
8 主が彼らをそこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。
9 それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。そこで主が全地の話しことばを混乱させ、そこから主が人々を地の全面に散らされたからである。

使徒の働き 2:1-4
1 五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。
2 すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。
3 また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。
4 すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。

ローマ人への手紙1:17
17 福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

ゴスペルハウス 更新情報

ゴスペルハウスのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング