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ゴスペルハウスコミュの「ペンテコステ」

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ゴスペルハウスメッセージ 2010.05.22ペンテコステ礼拝
「ペンテコステ」使徒 2:1-13

1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。
2 すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。
3 また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。
4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。
5 さて、エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国から来て住んでいたが、
6 この物音が起こると、大ぜいの人々が集まって来た。彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、驚きあきれてしまった。
7 彼らは驚き怪しんで言った。「どうでしょう。いま話しているこの人たちは、みなガリラヤの人ではありませんか。
8 それなのに、私たちめいめいの国の国語で話すのを聞くとは、いったいどうしたことでしょう。
9 私たちは、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人、またメソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、
10 フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者たち、また滞在中のローマ人たちで、
11 ユダヤ人もいれば改宗者もいる。またクレテ人とアラビヤ人なのに、あの人たちが、私たちのいろいろな国ことばで神の大きなみわざを語るのを聞こうとは。」
12 人々はみな、驚き惑って、互いに「いったいこれはどうしたことか。」と言った。
13 しかし、ほかに「彼らは甘いぶどう酒に酔っているのだ。」と言ってあざける者たちもいた。

ペンテコステおめでとうございます。
この聖書箇所には、まさに初めてのペンテコステの様子が、はっきりと書かれています。
1節から4節を読んでみましょう。

1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。
2 すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。
3 また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。
4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。

今年のペンテコステ礼拝では、4節の「他国の言葉で話しだした。」に注目してみたいと思います。

弟子たちは、聖霊様を受けた途端に今まで知らなかった外国語で話しだしました。
ここから、「聖霊様を受けると、そのしるしとして異言が与えられる。」と考える人たちがいます。
その結果、中には、異言を必要以上に求めるようになることも出てきます。
もちろん、異言は神様からのすばらしい賜物の一つでしょうが、神様の救いを受けるのに、また聖霊様をお迎えするのに、絶対に必要な条件ではありません。
コリント人への手紙では、パウロも異言のすばらしさを認めつつも、本末転倒を警告しています。

ここで注目したいのは、その場に居合わせた人たちが、その母国語で語られるのを聞いたということです。
「それなのに、私たちめいめいの国の国語で話すのを聞くとは、いったいどうしたことでしょう。」(8節)
異言なら、解釈(解き明かし)を必要とする場合が多く、話す内容を受け取るには条件が必要になってきます。
しかし、この場合は、集った人たちはすべて、一番わかりやすい母国語で神様の御業を聞いたのです。

私は、英語もちょっとだけ、ポルトガル語もちょっとだけわかるので、英語やポルトガル語でメッセージを聞いても、何となく内容はわかります。
しかし、日本語でメッセージを聞いた時のような感動は、受けることはありません。
語学力が足りないとか、聖霊様の満たしが足りないとか、そういった指摘を受けるかもしれませんが、事実、日本語での力強い感動ほどに外国語のメッセージで感動することはありませんでした。
母国語、第一言語、それは私たちの心にしっかりと届く言葉なのです。

2000年前のペンテコステに居合わせた人たちも、そうでした。
彼らは、エルサレムに来ていたのですから、ユダヤの言葉を理解できる人たちでした。
その彼らに、神様は母国語で話しかけたのです。
彼らが一番わかる言葉、彼らの心に一番届く言葉で、神様はご自身の愛を語ったのです。
すべての人に開かれた愛が、ここに示されたのです。

2000年前の教会の誕生日、ペンテコステ。
それは、すべての人がありのままに受け入れられることが、はっきりと示された日でもあるのです。
教会が語る愛、神様の愛は、すべての人に開かれているのです。

イエスさまはそのために十字架で命をささげました。
イエスさまが十字架上で息を引き取った時に、聖所の幕が真っ二つに裂けたのも、その表れです。
神様の愛は、ありのままのすべての人に、開かれたのです。

もちろん、神様の愛は今も変わりません。
努力や修行をしたからでもなく、ただそのままのあなたに、神様はご自身の愛を伝えたいのです。
伝えるだけでなく、この愛であなたを満たし、あふれさせたいのです。
そのために神様は、あなたに一番わかるように、あなたが一番味わえるように、愛を伝えてくれるのです。

必要以上に賜物を求めなくてもいいのです。
自分自身を飾ったり、背伸びしたりする必要もありません。
ペンテコステに示された愛は、そのままのあなたへの愛なのです。
特上の愛を、しっかり受けて、たっぷり味わいましょう。

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