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ゴスペルハウスコミュの「アドベント第0週」2023.11.25

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ゴスペルハウスメッセージ 2023.11.25
「アドベント第0週」マタイ3:1-6、ローマ12:6-8

マタイ3:1-3
1 そのころバプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教えを宣べ伝えて、
2 「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と言った。
3 この人は、預言者イザヤによって「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ』」と言われた人である。
4 このヨハネはらくだの毛の衣をまとい、腰には革の帯を締め、その食べ物はいなごと野蜜であった。
5 そのころ、エルサレム、ユダヤ全土、ヨルダン川周辺のすべての地域から、人々がヨハネのもとにやって来て、
6 自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。

ローマ12:6-8
6 私たちは、与えられた恵みにしたがって、異なる賜物を持っているので、それが預言であれば、その信仰に応じて預言し、
7 奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教え、
8 勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれを行いなさい。

今日は、11月最後の礼拝で、来週からいよいよアドベントです。
クリスマスを、イエスさまのお誕生を、あなたの救い主のお誕生を、お祝いする備えのときです。
小学校や中学校では、学年末の時期を次年度の0学期と呼び、次年度のための準備期間とすることがあります。
今日は、まさにアドベントの第0週、アドベント直前の備えのときです。

聖書かるたの「せ」の読み札に、「洗礼を 川で授ける ヨハネさん」とあるとおり、バプテスマのヨハネは、たくさんの人々に洗礼を授けました。
何を目的に、彼は洗礼を授けていたのでしょう。
きれい好きだからというわけではありませんし、自分のグループのメンバーを増やすためでもありません。
イザヤ第40章3節や、今週の聖書箇所のマタイ3:3にあるように、主の道、イエスさまの道を用意するためです。
イエスさまの時代の0学期が、イエスさまの公生涯の0学期が、バプテスマのヨハネの活動だったのです。

ヨハネは、こう言いました。
「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」(マタイ3:2)
天国が近づいた。
天国への道である、天国への真理である、天国のいのちである、救い主・イエスさまが来られると、言ったのです。
その救い主を信じることができるように、悔い改めのバプテスマを授けて、備えをしたのです。

悔い改めは、キリスト教にとって、大切な言葉です。
私たちの使っている新改訳2017には、52箇所に「悔い改め」という言葉が書かれています。
そのすべてが新約聖書にあり、旧約聖書には記されていません(他の訳の場合は、何箇所か記されています)。
悔い改めに対応する言葉として、「立ち返り」が、旧約聖書に80箇所以上あります。

「悔い改め」も「立ち返り」も、どちらも神様の方を向く、神様の方に帰るという意味があります。
しかし、聖書の中では、使われ方が違っています。
「立ち返り」は、ほとんどの場合が、集団に対して使われています。
イスラエルの民、イスラエル王国、南王国、北王国などです。
集団が神様に立ち返る、本来の神様の民に戻る、神様を神様とする国(民)のような使われ方です。
それに対して、「悔い改め」は、集団に対するものではなく、個人に対して使われる言葉になっています。
立ち返りは「彼ら」「あなたがた」に対して、悔い改めは「彼」「あなた」に対して使われているのです。
それで、バプテスマのヨハネは、一人ひとりに悔い改めの洗礼を授けて、備えていたのです(使徒13:24、19:4参照)。

イエスさまは、ヨハネからバプテスマを受け、40日間荒野で断食をし、宣教を開始されました。
そのときの言葉が、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」(マタイ4:17)、奇しくも、バプテスマのヨハネの言葉と同じなのです。
ヨハネの備えの言葉通りに、救い主・イエスさまが活動を開始したのです。

「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」
悔い改めの理由は、天の御国が近づいたからです。
天の御国が近づくと、私たちは、絶望するか、知らんぷりをするか、悔い改めるかのどれかを選択することになります。

天の御国は、天の光を伴います。
「しかし、すべてのものは光によって明るみに引き出され、明らかにされます。」(エペソ5:13)とあるように、あなたの何もかもが、隠したいことも、知られていないと思っていることも、明らかにされるのです。
天の御国は、天の声、神様の声を伴います。
「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。」(ヘブル4:12)とあるように、容赦なくあなたを明らかにするのです。

ですから、絶望するか、知らんぷりをするか、悔い改めるかの選択肢しか、残らないのです。
そして、「絶望するしかない」ではなく、「知らんぷりしちゃおう」でもなく、悔い改めなさいと言うのです。
イエスさまの愛で、赦され、救われ、癒やされ、贖われなさいと言うのです。
「そのままのあなたで、あなたのその場で、悔い改めなさい」なのです。

一人ひとり、天の御国によって明らかにされるものが違うから、それぞれが違う存在だから、神様からの光も違えば、神様からの言葉も違い、癒やされるところも用いられるところも違うのです。

ローマ12:6-8には、神様からの賜物について書かれています。
賜物もそれぞれで、みんな違うし、みんな大切ということです。
それでも、それらに優劣や順位をつけたくなってしまうのが、人間の罪深さです。

つい先日のこと、「あなたの言葉は、まるで教えているようで、上から目線で不愉快です」と、指摘されました。
私は、教えるというのは、上位の者の特権ではなく、役割や分担だと思っています。
教える内容は知っていることだけなので、知っていることの分かち合いなのです。
教える喜びを知っている人は、知らないことを習う喜びを知っている人でもあると思っています。

礼拝をするために、講壇で聖書を解き明かす人がいます。
椅子や机を並べて、会場準備をする人がいます。
賛美のために、ギターで伴奏する人がいます。
会衆として、元気に賛美する人もいます。
動画保存のために、スイッチを入れる人がいます。
駐車場の係の人も、玄関の係の人も、トイレを掃除する人も、お茶の準備をする人も、いるでしょう。
どれが一番、上位でしょうか。
人は、色々考えてしまいがちですが、神様の前では、すべてが大切で、どれも一番なのです。

「ボクは、・・・ができません」でオッケーです。
「あれもこれもできないんです」でも、オッケーです。
「だって、小さいし(年寄りだし)」や、「だって男だし(女だし)」と、だってばっかりでも、オッケーです。

そんなそのままのあなたのところに、天の御国が、天の光が、天の言葉が、来たのです。
何もかもが、明るみに出されるのです。
ただ、知らんぷりをしないでください。
絶望にとどまらないでください。
イエスさまは、あなたに「悔い改めなさい」と言うのです。

イエスさまに、赦されなさい。
イエスさまに、癒やされなさい。
イエスさまに、救われなさい。
イエスさまに、贖われなさい。
イエスさまに、愛されなさい。
イエスさまは、あなたに語りかけているのです。

どんなあなたにも、できることがあります。
それは、この愛を、自分のための愛として、受け取ることです。
神様を喜び、神様に愛された自分を喜ぶことです。

さあ、アドベントが近づいてきました。
クリスマスが、あなたの救い主のお誕生が、近づいてきました。
あなたへ向かう神様の愛の道を、まっすぐに用意しましょう!

あなたのために、お祈りします。


【参考聖書箇所】
☆3節の引用元
イザヤ 40:3 荒野で叫ぶ者の声がする。「主の道を用意せよ。荒れ地で私たちの神のために、大路をまっすぐにせよ。

☆パウロが語るバプテスマのヨハネ
使徒
13:24 この方が来られる前に、ヨハネがイスラエルのすべての民に、悔い改めのバプテスマをあらかじめ宣べ伝えました。
19:4 そこでパウロは言った。「ヨハネは、自分の後に来られる方、すなわちイエスを信じるように人々に告げ、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」

☆イエスさまの宣教開始の言葉
マタイ 4:17 この時からイエスは宣教を開始し、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と言われた。

☆神様の光
エペソ 5:13 しかし、すべてのものは光によって明るみに引き出され、明らかにされます。

☆神様の言葉
ヘブル 4:12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。

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