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知らなきゃいけないコトコミュの動物の権利の哲学的根拠

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あまりにも、うるさく言ってくるのがいるので、トピ立てます。
質問等は礼儀をわきまえてください。守られていない場合はスルーします。

***********
Wikipedia 「動物の権利」より。

功利主義と権利論 ペンギン

動物の権利に関する哲学的根拠としては、基本的に二つの考え方がある。ピーター・シンガーに代表される功利主義とトム・レーガン(Tom Regan)に代表される権利論である。シンガーは一般には現代における動物の権利運動の創始者にして代表的な論者とみなされているが、彼自身は自己の主張において権利という言葉や考え方を使っているわけではない。レーガンらの動物の権利論と、シンガーらの功利主義的アプローチを区別する場合、後者を動物の解放(Animal Liberation)論と呼ぶ場合もある。

シンガーの主張は、最大幸福や平等な配慮という功利主義の原則は動物に対してもあてはまるというものである。人間ではないという理由でそうした原則が適用されないという見解は、「種差別」にあたるとしてしりぞけられる。ある生き物が配慮の対象になる基準は、功利主義者のベンサムが、「問題は、理性があるか、話す事ができるか、ということではなく、苦痛を感じるということである」と述べているように、痛みや苦しみを感じる存在(sentient being)であるかどうかという点になる。どこまでがそうした配慮の対象となるかについてシンガーは、『動物の解放』(Animal Liberation)の中で(食べるものに関して)「ひとつの境界線にすべての人が賛成するわけではないことは認めよう」と言いつつ「もし線引きをするとすれば、小えびとカキのあいだのどこかで線をひくのが一番妥当であろう」と述べている。

レーガンの権利論はカントによる義務論の延長線上にあるもので、功利主義を含む帰結主義とは哲学上、対立する立場にある。レーガンはカントが唱えた「人格の尊重の義務」という原理を修正し、「人格」に変わって「生の主体」(subject of life)という概念を打ち出した。カントがいう「人格」である条件は、道徳行為ができることであったが、レーガンは道徳行為ができる者(moral agents)と道徳行為を受ける者(moral patients)を分け、配慮の対象となる条件は道徳行為ができるかどうかということではないとした。幼児や極端な精神障害者などは、道徳行為ができる者ではないが、道徳的配慮を受けるべき存在である。同様に動物についても生の主体であれば道徳的配慮を受けるべきであり、権利を持つ存在であるということになる。生の主体となる基準は固有の価値(inherent value)を持つかによって決まり、レーガンは少なくとも1歳以上の正常な哺乳類であれば条件を満たすであろうと述べているが、権利論そのものから具体的な判断を導きだすのは困難であり、その基準は必ずしも明確なものであるとは言えない。

帰結主義のひとつである功利主義においては、行為の結果が重要視されるのに対し、権利論(義務論)においては結果は問題とならない。動物実験の例で言うと、権利論においては動物が生の主体と認められる限り実験に使用することは(実験の有用性を問題にしないので)一切、認められない。一方、功利主義では動物がこうむる苦痛の総和と、人間が受ける恩恵の総和の比較において、動物実験が正当化される場合がある可能性を否定しない。しかし、現実の動物実験に対しては正当化される条件を満たす場合は極めてまれであるとし、事実上の全廃に近い要請をしている。[※1] 肉食を廃止すべきであるという点でも、両者はほぼ一致している。動物の権利(解放)論としての功利主義と権利論は、道徳理論という点では大きく異なるが、目指すものという点だけを見れば、大きな違いは見いだせない。

シンガーをはじめとし、R.M.ヘア、ジョン・ロールズ、ロバート・ノージック、ジェームズ・レイチェルズ、マーサ・ナスバウム、クリスティン・コースガード、ロザリンド・ハートハウス、ネル・ノディングズなど、現代の代表的な倫理学者は理論的方向性は異なるものの、動物が直接の配慮の対象となるべきであるという点では一致している。[※2]

※1 動物の解放 ピーター・シンガー
※2 動物からの倫理学入門 伊勢田哲治

コメント(1000)

コメントはかくも無為に流れ1000に近づくのであった…
蝸牛角上の争い
 
 
 戦国時代は中原の諸侯が覇権を争い、弱肉強食の武力抗争に明け暮れ
した時代である。この血みどろの現実をひややかにうち眺めて、蝸牛の
角の上での争いにも似たおろかしい行為だと断じ去るのは、同じ時代に
生きた諷刺哲学者荘周(荘子)である。だからその著書「荘子」の「則陽
篇」にあるこの話、発端はまともな歴史的事実を借りているし、登場人
物もおおむね実在の人物ではあるが、結局はやはり荘子一流の寓言――
作り話として味読すべきである。
 
 梁の恵王は斉の威王と盟約を結んだが、のちに威王がこれに背いたの
で、怒ってひそかに刺客を放ち、威王を暗殺しようと計った。恵王の家
来の公孫衍はその計画を耳にすると、暗殺などは恥ずべき卑怯な行為だ
と考えて、王の前に罷り出で、堂々と実力をもって斉の国に攻め入りこ
れを伐ち懲らすべきだと主張した。もうひとりの家来の季子はその議論
を耳にすると、兵端をひらいて人民を苦しめるのは恥ずべき無道の行為
だと考えて、王の前に罷り出で、
 
 「戦を好む者は国を乱す者、お聴きいれになってはなりません。」
 
 と反対した。もうひとりの家来の華子はそれを聞くと、また眉をひそ
めて王の前に罷り出で、こう申しあげた。
 
 「これらの論者はともに国を乱す者でありますし、
  これらの論者を評して国を乱す者という者も、
  なお是非の分別にとらわれている点において同じく国を乱す者と
  言わねばなりません。」
 
 「ふうむ。するとどうすればよいのじゃな。」
 
 「是非の分別を去った『道』の立場から
  ものをお考えになることです。」
 
 その話をきいた宰相の恵子は時期よしと見て、賢者の聞え高い戴晉人を恵王に引きあわせた。賢者はさっそく王に向かって語りはじめる。
 
 「蝸牛というものがございますが、
  ご存じでいらっしゃいましょうな。」
 
 「知っておるとも。」
 
 「その蝸牛の左の角には触氏という者が、
  右の角には蛮氏という者が国を構えておりましてな。
  お互いに領土を争って戦争をはじめ、死者数万、
  逃げる敵を逐うこと十五日にして
  はじめて鉾を収めたということでございます。」
 
 「なんだ馬鹿馬鹿しい、嘘っぱちの話ではないか。」
 
 「左様。ではこれを真実の話に引きあてて御覧にいれましょう。
  一体あなた様は、
  この宇宙の四方上下に際限があるとお考えになりますかな。」
 
 「いや際限とてあるまいな。」
 
 「なれば、心をその無窮の世界に遊ばしめる者にとっては、
  人の往来交通する地上の国々など有るがごとく
  無きがごとくのとるに足らぬものとも言えましょう。」
 
 「うむ、なるほど。」
 
 「その国々の中に魏という国があり、魏の中に梁という都があり、
  梁の中に王がおられる。宇宙の無窮に比すれば、
  斉を伐とうの伐つまいのと思い迷われる王と、
  蝸牛角上の触氏・蛮氏とに
  どれほどの相違がございましょうかな。」
 
 王は苦笑して言った。
 
 「なるほど、同じことかもしれぬわい。」
 
 戴晉人が退出すると、さすがに恵王もがっかりして気の抜けたような
有様。後から御目通りに出た恵子に向かって、
 
 「あの男は大した人物じゃ。聖人といえども及ぶまいな。」
 
 と嘆息まじりに呟いた。そこで恵子はすかさずこう言った。
 
 「左様でございます。笛は吹けば[ひゅう]と音を発しまするが、
  剣の柄の小孔は吹いても[すう]と息が抜けるだけでございます。
  世間の人は堯・舜を聖人としてほめそやしますが、
  これをあの戴晉人の前に出しますれば、
  それこそ[すう]の一息に似て、とてもくらべものになりませぬ。」
さて「何の事」を書いているのか、人によって異なるのが不思議な故事。
読む人によっては、「私」と「貴方」が蝸牛の角上で争っているのだということという解釈、違う。

また人によっては「この私からみたらお前など蝸牛角上だ」と口げんかの口上に罵るものだと思う人もいた、まるっきり違う、荘子がそんなこと書かない。
西洋哲学はよく引き合いに出す人を誤解させる向きがあるけれども、この中国哲学を読んでみると、「そうか哲学とは書いた人間が、かように私の哲学は優れている」とか他人に「この高度な哲学を理解した私は優れている」とか「私にはこの哲学があるので、お前の理論は間違っていると決め付けられる」といったものではないことが分かる。

つまりはそれがアニマルライツであれ、自己を昇華できるかが問題で「これが○○の哲学だー」と名前をかざした時点で使い方の誤りではなかろうか?、そこの意味するところではなくただ正当化する目的が先に来ている。

「自己を正当化する文言のある哲学を探す」では自己の誤りはいきなり問題とされていないから、「哲学を読んで自己を昇華させてみる」、いや文学でも映画でも詩でも現場でもいいのではないか?、そうでないと自己が誤っているかの判断が置き去りにされ、何と哲学を披露すればするほど現実逃避による自我の発達の遅れの原因となりかねない。
いよっ、クロちゃんさん!
段々、パート1のオチに向かってますね(笑

emi様の掲げて下さったゴールテープにたどり着きましたね。




所詮 ガキの自分探しの1ジャンル

そこで、皆さんにお知恵を拝借したいのですが・・
そういうガキが来るんですよ、現場に。
文系大学引退のハゲ元教授(今は年金生活者なのでサルより暇)が・・
ガキに年齢関係ありませんからね。

で、山の実りの関係かどうかは知りませんが、そいつらは数年周期で波状に出現するんです。
そういう輩に、もっと簡単に自分探し出来ちゃうような説得術を教えてください。
そもそもの動機がユニークというか痛いといいますか・・。

例えるなら、とある荒らしの方の残した名言に近いですね。

「私は心理学を勉強したことがある、だからわかる、お前は精神科の受診が必要だ」

これは凄い、まず精神科医は心理学者ではない、医学の勉強の結果精神科を選択しただけで心理学は何も関係ない、そもそも心理学は別物なのでそんな判定に使えない、大体心理学が何で一個人の都合で記述されるか?、そんなわけがない。

だからこれも同様に、誤った人間が、誤った動機で、本来別な目的のものを誤った用途で引き合いに出しているだけで、結局誤った個人が問題であるという大前提が抜け落ちている。

知識人とか有識者が、他人の勧めなどで哲学を読んで、その本質を理解しようというならばそれは有意義であるが、このケースは思春期の厨房様が、「私が口げんかに勝てる都合のいい哲学はないかしらー」と探して、「私はニーチェを一冊読んだのよー!、ニーチェの言葉を受けるがいいわ!」と小さいお友達向けアニメの必殺技のように口走っているだけで、その時点で根本的にニーチェが理解できない痛い奴の立証となっていることに気づいていないかのような痛さを感じますね。
でもね・・
現場は愚痴ってもいい方向には何ら向かわないのですぉ。
なので、ガキとか痛いとかいっても、相手が嫌がるばかりなので
他人に迷惑かけなきゃ、アニマルライツでもいいじゃんと・・
emiさんに言わせれば、ガキでいること自体が大人にとって迷惑・・なのでしょうが、ここまで日本にガキを大量生産教育してしまった現状としては、むしろガキを許容して、脱皮に手を貸すような・・・

うぁ〜カコワルイ金八先生調なので自粛(笑
じゃ、自分はどんなライツ対策してるのさと・・


自分は、現場では、ライツを理解し同業他社みたいな感じです。
サルの個体群駆除の場合、テレメの発信機装着個体なんかもいるので、当然テレメ振れるライツがちゃちゃ入れに来る。
でも、僕らの射程にまで詰める方がはるかに位置探知精度が高い。
なぜなら、我々は、人類の社会的地位で言うとプロの研究者集団だからです。

ホンネを言うと、ライツの人も納得するような方法を編み出そうとしてるのに、デリカシーのないおばかさんだなぁ・・と。
あんた、第三の目ん玉、閉じっぱなしですやんと(笑


と、言うことで、現場では気づかれないのも仕事のうちと。
プロの仕事のデリカシーってやつです。
>972

くらうんさん

>それは「目の前にある事実を見る器がない人物にどう接するのか?」というお話でしょうか?

その通りです。そして、その器でしかないのに陳列棚に間違って高級品として置かれている他の大勢の人へのアンチテーゼまでいければ・・いいですね(笑
>973
北上 深月琉 さん

他人に点数付けるのはいただけないです(笑
ほとんどが、シャレにならない(笑

>Wild Catさん、あなたは、動物の為に死ぬことができますか?

自分は「出来ました」ね。
若手の小動物臨床の外科医@一流、を目指す若手なら必ずそういった苦しみに陥るはずです。
死体を乗り越えることが出来ず・・押しつぶされちゃう(笑
今は、どっちでもいいです。
どうせリミットのあることなので、自分は自分のペースで・・
闇に紛れて生きる・・
です。
北上 深月琉さん

ひとことで言うとあなたは「態度がでかい」ですね。
えらそうです。
他にもえらそうな方はたくさんおられますが、あなたも相当なものです。

あなたはそんなに偉いんですか?

いらぬ反発を招くだけだし、態度を改めてみても損はないかと思いますが。
977> nyateteさん
まず鏡をみたほうがよろしいかと。
その鏡に映った人から、態度を改めたほうが早いですよ。
>971 Quick B@81匹 さん

>なので、ガキとか痛いとかいっても、相手が嫌がるばかりなので
他人に迷惑かけなきゃ、アニマルライツでもいいじゃんと・・

そこですよ、実はアニマルライツでもいいんです、ハンターでもいいんです。

哲学を簡単に言ってしまえば「私は性善説の方を信じております、いえ他人様には無理に勧めません、絶対的なものでなく個人の信条ですから」と言えば何の問題もない、普通の人だと思われる。

ところが「私は性善説という哲学を読んだんだぞー!、どうだ絶対の価値観だ!、お前らも当然信じるべきだ!」とか言うと(アホか・・、あるいは人間的にまだ幼稚なのか?、全く逆の説出てるのも知らないで得意になってる・・)となってしまうわけです。

だからこのトピックも、哲学というものがそれは無数にあって、当然逆の説も出ているというのは皆周知で、とても他人に無理強いはできない、しかしその当たり前を理解できないで絶対的価値観だと思い込むから900かかっても答えなんか出ない。

「常識のスタートラインに立つのがイヤだ」ここから始まっているから。
上からポテコ様にそう言われるのは、予想通りとは言え心外です。
>981
でもあなたは哲学じゃなくて禅の人でしょ。

あなたのキャラがもうちょっと生きる場所もどこかにあると思いますよ。

ここではないどこかに。
論拠の崩壊

「しかしクロちゃんさんよ、確かに哲学は無数にあるし、逆説もそりゃあるだろうけれど、トピックタイトルの動物の権利はwikiを基点としているから公的に認められた部分もあるんじゃないかな?」

という声もあるかもしれないが、それは大間違いで、前述の性善説だけを振りかざす痛いのと余り変わらない。

そのwiki書いたの、トピ主だから(爆

・・全ての基点は、一個人の欲求から都合の良い文書を集めて後から正当化した程度の、単なるナルシズム。

「常識のスタートラインに立つのがイヤだ」ここから始まっているから。
この事実は重く受け止めた方がいいよ。この部分は引用だから書いたのは私ではない。
あなたたちが、いくらぎゃあぎゃあ言ったところで、どうにもならないということを。

*********
シンガーをはじめとし、R.M.ヘア、ジョン・ロールズ、ロバート・ノージック、ジェームズ・レイチェルズ、マーサ・ナスバウム、クリスティン・コースガード、ロザリンド・ハートハウス、ネル・ノディングズなど、現代の代表的な倫理学者は理論的方向性は異なるものの、動物が直接の配慮の対象となるべきであるという点では一致している。
初めから読み直してみましたが、このトピがぜんぜん進まないのはトピ主のおかげ(?)とおもっちょります。

トピ主さんも少しくらい動物の飼育や保護を体験してみればいいのに。



動物の権利について、自分自身の考えとしてはemiさんに近いかな。
「生きる権利」とか、無条件で発生するわけが無い。
おまけに「哲学的根拠」なんて何の根拠にもならない。
印象批評ってのは、最強かもしれませんね。
ただの印象だから。
>987
>この部分は引用だから書いたのは私ではない。

見事、それ以外は自分が書いたと即立証してくれるところがほんとに若い。

そして世界に何十億人といるのに9人しかいないのですか、ものすごいマイノリティですね、大したものです、見事です。
>990
自分で書いたことは、開始早々、最初の書き込みで言うてますが。
何をいまさら。

それで言うと、オバマ大統領の意見も、世界中の意見の何十億分の一の意味しかないということですか。
>992

>それで言うと、オバマ大統領の意見も、世界中の意見の何十億分の一の意味しかないということですか。

民主主義って知っていますか?、哲学で勉強して賢いのでしょう?
993
じゃあ、聞き方を変えますが、数学の専門家は認めても倫理学の専門家は認めないということですか?
「ここから抜けだせる道があるはずだ」おどけ者が盗人に言った
「あまりにも混乱している おれは気が安まらない
 商人はおれのワインを飲み、農夫はおれの土地を掘る
 そういうやつら誰ひとりとして、やってることの意味を知らない」

「そんなに興奮することもないだろ」盗人はやさしく言った
「人生なんて冗談にすぎないと思ってるやつが
 おれたちの中にもたくさんいる
 でもそういうのは、お前とおれにとっちゃ済んだことだし
 これはおれたちの運命じゃない
 だから、うその話をするのはよそう
 時間も遅くなってきた」

見張塔からずっと、王子たちが目をこらせていた
その間にも女たちはみんな来ては去った はだしの召使たちも

外では遠くの方でヤマネコの鳴く声がした
馬に乗った二人が近づいてきて、風がうなりをあげはじめた

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