ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

リレー小説+2コミュの『公主の独り言』(リレー小説)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
序章

 遠い遠い彼方、そこに西洋の国があるという。
 そんなことを昔聞いたことがあったが。この窓の外の景色の彼方にあるのかなと。少女は思う。
 宮殿の中は退屈、と豪奢な部屋の主は、柔らかい椅子に座りながら、頬杖をついて、憂鬱なため息をひとつつく。
「……つか暇」
 そんな昔話思い出している今は、暇しかいうことがない。暇ばっか、と少女は呟く。
「……公主」
 姫というのがそう、お嬢さまという意味もあり。
 とか頭の中で少女は呟く。
 呼びかけが聞こえるが、素で少女は無視した。
 長い黒髪が窓から入ってきた風に揺れてきた。
「はう暇」
「恋歌(れんか)様」
「ああ暇ね、愛羅。限りなく暇だわ。暇すぎて溶けそう」
 恋歌のため息をつく姿を見て、愛羅、と呼ばれたおつきの侍女もため息をついた。
 愛らしい顔をした侍女は、見かけは十八歳ほど、恋歌とよんだ少女変わらない年頃。
 だが長い茶色の髪をひとつに結わえ、そして厳しい顔をする彼女は今は完全に怒っている。
 表情に怒気がにじんでいた。
「……恋歌様。貴方はこの桜華の跡取りでいらっしゃいます!  それをそんな格好で暇だ、暇だわ。暇よね。とはなんですか! はしたない」
 窓枠に腰掛、そして短い脚が見えるスカート? をはくその姿。
 着物を完全に自分流に着こなして、めちゃくちゃにしている。
 正式な着こなしすらできん公主に仕えてる自分って、と愛羅は自分に同情する。
 はあ、とまた恋歌はため息をついた。
「暇なとき、どこかに格好いい男いないかしら、と母上なら仰るのでしょうねえ。あの年下好みの大年増」
「……母上に大年増とか年下好みとかの暴言吐くのはどうかと思われますが」
「……私、男にぶっちゃけ興味はないけど、できたらあの馬鹿母に適当な男あてがって暫く静かにさせたいと思うときもあるわけね」
 二十歳で自分を生んでもなお、衰えも知らぬ母。
 見かけ三十くらいにしか見えない化け物。
 化け物の子にしたら自分はまだまともだ、と恋歌は自分のことを思う。
 ああ適当な男いないかしら、とため息まじりに彼女はいった。
「……そういえば術者に関する政策はどうなってる?」
「……さすがに術者の長の反発にあいまして、止まっている次第です。今度は術者の結婚禁止令ですよ。術者同士の婚姻は帝の許可がいることなんてねえ、さすがに、反発にもあいますよ」
「そう、今日中に長に出来たら秘密裏に会えるようにして」
「御意」
 恋歌は暇、とため息をついていたときの姿とは一変、どこか厳しい表情で愛羅を見る。
 愛羅は丁寧に頭を下げて、御意。と跪いた。
「私はあの馬鹿母上に、適当な男をあてがうためにまた動くわ。男がいるときは割りと頭働かないみたいだから都合がいいの」と恋歌はいって、そして重い腰をあげた。


「空は青いわ」
 空は青いわ、と呟いてみる。恋歌は足取りも軽く、桜華の首都、光華(ひか)を歩いていた。
「あったかいなあ」
 春も初め、少し肌寒いが、大分暖かくなった。暖かい、暖かい、とうれしそうに何度も言って恋歌はスキップする。
 短いスカートから白い足が見えると、道を歩く男たちが彼女をじっと見つめているのがわかる。
 かなりの美少女、ちょっときつめの顔立ちだが。
 それが鼻歌を歌いながらスキップしていると、さすがに目立つ。
 出店がたくさん出ているにぎやかな道を、彼女は今うれしそうに歩いていた。
「……いい男発見かな?」
 あの馬鹿母の目をくらませるだけの顔がいい男がいたわと彼女は目の前を歩いてくる青年を見る。
 黒い髪、青い目、特殊な民族服を着た、おとなしげな感じの青年。
 自分より五歳くらい上かな? と恋歌は検討をつける。
「重畳、重畳。あの馬鹿母の好みぴったりねえ」
「……何か用?」
 自分をじっと見つける年下の女の子、かなりの美少女。
 それを見て、青年はいぶかしげに恋歌にこうたずねた。
「……私は恋歌、年齢十八歳、ただいま彼氏募集中♪ というのは冗談だけどね、えっと貴方年いくつ?」
「二十二だけど?」
「うんちょうどいいわね。えっとね、私ぶっちゃけ、いい男捜してるの」
「へ?」
 何をいいたいのかわからん。といったようにぼけっとした顔で青年は恋歌を見る。
 長い黒髪はまっすぐで、それを赤い紐で高く結い上げている。黒い瞳はきらきらしていてとても綺麗。
 着物を短いたけに直して、それをうまく着こなしている。
 初めて出会ったばかりの、年下の女の子のわけのわからん言葉を、ぼけっとした顔で青年は聞くしかない。
「私の彼氏にならない?」
 ふふふと楽しげに恋歌は笑う。
 見かけはすごい美少女の恋歌、この一言に落ちなかった男はめったにはいない。周りの男たちもびっくりした顔で二人を見ている。
 うらやましいな、という顔で。
「……言っている意味がわからない」
「私についてきてよ。いいことしてあげるから」
 こんな言葉で宮殿に誘い込み、そして母がいる後宮まで連れて行く。その後は、まあ……母の所につれていって、逃げられないようにして完了。
 美人局のようだが、割とこの方法は有効だ。
 とりあえずいい男を逃がさない手は母は知り尽くしている。
 母の名前をだしてもいいのだが、母上はかなりこの国の男に恐れられている。と恋歌は思う。
 男好き、すぐ飽きる。飽きたらすごぽい。
 下手したら不敬罪で死罪。
 自分以外の女に認めたとかが罪状。
 この国以外の男でも知っているのがいる。
 だから割とこの頃、男妾は集まりにくい。
 宮殿の募集にも応募は殆どない。
 だから引っ張り込むにはこれが有効だ、と恋歌は愛羅からいれ知恵された。
 若くて可愛い女の子に誘われて、のってこない男はまずいない。
「断る」
「へ?」
「断る」
「あんたね、あのねえ! 女の子のほうから誘ってやってんの! それにのらない男って……あんたもしかして不能? それとも男にしか興味ないとか?」
 恋歌は断りの言葉を聞いたとたん、顔を真っ赤にして怒り出す。けんかっ早く、そしてけんか大好き。
 そんな彼女の特技は「すぐ怒ること」
 短気な彼女の怒りの顔を見て、ただため息を青年は小さくついた。
 わけのわからん女の子にひっかかってしまったと、そう思いながら。

コメント(13)

一章

 恋歌が、母親の為に引っ掛けた男の名は黒羽(クロハ)といい、諸国を渡り歩く薬売りであると言う。
 黒羽は、恋歌と同じ黒髪だが、この地方では馴染みの無い青い瞳をしていた。背丈は恋歌より低いが、童顔で一瞬年を疑いたくなるような容姿をしている。
 黒羽の着ている民族衣装は、漢服と呼ばれる礼着の袖を伐り離して動きやすく作り直されたものだ。
 特徴として、上は紺色の生地を中心にした、袖の無い法被(ハッピ)のような形をしており、襟付きで、腰を緑の帯で絞めている。下は茶系のズボン。民族衣装としては、かなり特殊なものである。その上奇妙なのが、胸元にされた刺繍であろうか。その珍妙さが母親の興味を誘うことは間違い無い。恋歌は、そう確信している。
 黒羽の腕を掴むと人々の視線を無視するように宮廷への道を歩きだした。
 引きずられるのを拒みながらも、無碍に手を払う勇気がないのか、困った表情で恋歌の後を黒羽は着いていく。
 そんな二人の様子は特に目立っていた。
 人々が恋歌の存在に気付いて足を止め、その餌食となった青年を哀れみ半分羨ましさ半分の眼差しで見つめている。
 だが、数歩進んだ恋歌が、いきなり動きを止め黒羽から手を離した。
 黒羽は小さく悲鳴を上げて、そのまま情けなく尻餅を着く。
 その地面には、鋭く尖った図太い針が突き刺さっていた。
「誰っ」
 恋歌が、屋根を見上げて叫ぶ。
 屋根の上に居た黒い影が消えるのを確認した恋歌が走り出す。
 流石に、黒羽も慌てるように後を追った。その際、恐らくは恋歌を狙ったであろう針を引き抜いて。
 恋歌は裏路地で立ちどまっていた。
「……なんなのよ」
「それは、僕が聞きたい」
 息を切らして駆けつけた黒羽が、恋歌の呟きに答えた。
「そうね。考えられるのは……私が姫様だからよ。どこかの国の暗殺者ね。ほんと暇な奴らばかり」
「誰が、姫」
 信じられないと言わんばかりに、黒羽がオウム返しに聞いて、薬箱を担ぎ直した。
二章

「私よ」
 恋歌はぶうっと頬を膨らませて言う。黒羽の問いかけにいやそうな顔をしながら。
「はあ?」
「公主よ。この国の」
「君が?」
「煩い男ね。私煩い男は嫌いよ。何度もしつこい」
 黒羽は目を丸くして恋歌を見る。信じられない、というように軽く頭をふりながら。
 恋歌はふうと小さくため息をついて、前髪を掻き揚げる。
「……母上の側近かもしれないわねえ、あの刺客、他国のやつらかもしれないけど、母上とも私最近大喧嘩したし、ああいやだいやだ」
「お母さんの?」
「だって私母上と仲悪いもの」
 さらりと恋歌は言い切る。そして彼女はどこか真面目な表情になって恋歌をまっすぐに見詰めた。
「母上、年下好みの年増なの」
「お母さんのことそんな風にいうのは関心しないな」
「……でもほんとだもん」
 頬を膨らませる恋歌はかわいいが、真面目な表情になった恋歌はとても毅然とした顔になる。
 しかしどこまでが本当のことなんだ? というように考えながら黒羽は困ったように恋歌を見た。
「……僕、君のお母さんには会いたくないけど」
「会うだけ会ってみてもいいじゃない」
 平行線だ。根本的にまともな会話が成立しない。黒羽は頭を抱える。
 そして恋歌がまた乱暴に手を引っ張るのに抵抗も出来ず、ずるずるとまた手を持たれ、引きずられていく。
「刺客に狙われた……哀れな公主を救いたいとは思わないの?」
「……君が姫ってこと自体信じられない」
 信じられない、といいながらも黒塗りの瓦も立派な大きな王宮に彼女が向かっていくのを黒羽は止められない。
 黒羽の容姿をもう一度一瞥し、これなら母上も満足よね、と心の中で恋歌はほくそえんだ。
「恋歌様お帰りなさいまし、今回は桃饅頭はお土産になしですか? あれ絶対買ってくるのに。私も大好物なんですが」
「今回はなし、愛羅、見て見て! 今回は彼が母上のお相手はしてくれるのよ!」
 手ぶらの恋歌を見て少し残念そうに愛羅はため息をつく。
 今回はこいつが引っ張らないとついてこないから、買えなかったの。と心の中で思いながら恋歌は王宮の門の前で立っている黒髪の少女愛羅に答える。
「お名前はなんと仰るのですか? 私は愛羅と申します。公主、恋歌様の侍女です」
 にっこりと優雅に愛羅は微笑む。そして優美な仕草で礼をした。それを見て、恋歌よりはまともに話せる。と黒羽は判断する。
「黒羽といいます」
「良い名前ですね。ああでもお可哀想。これから貴方様は呉羽(くれは)様の毒牙にかかられてしまうのですね」
 よよよ、と愛羅は泣き始める。ああこの人もどこか変だ。と黒羽は深いため息をついて、その姿を見るしかなかった。
 まあまあここではなんですから、恋歌様のお部屋にご案内しますわ。と泣くのをやめ愛羅はにっこり、と笑う。
 黒羽は抵抗することもできず、やはり女二人に引きずられていくしか、今はなかった。

 
三章

 愛羅と恋歌に引きずられ、部屋に連れ込まれた黒羽は勧められた椅子に座れず部屋を見渡していた。
 連れ込まれた部屋は、農民の出である黒羽にとって、煌びやかな部屋で、見たこともない装飾品に目を奪われていた。
 愛羅が、お茶とお菓子の用意をしますわと言付けて丁寧に頭を下げて部屋から出る。
 黒羽はそこで、夢から引き戻され、恋歌にきいた。
「僕に白羽の矢が立つとは……何かの間違いだろ」
 黒羽は、言うことだけ言い目線を浮つかせる。
「ここまで来て何言ってるのよ! 無駄。諦めなさい!!」
 恋歌は指差してそう告げる。
 そこには、あんたはもう逃げられないと言うような威圧感があった。
 黒羽は、言い換えすに言いかえせず背中を丸めるような仕草をする。
 そうこうしているうち、愛羅が召使いと共にお菓子とお茶を運んでくる。
 ただのもてなしであれば、手が出そうな程、美味しそうな菓子を前に黒羽はこの境遇を呪いながら、逃げ出す策を考えていた。
「恋歌様。奥様もお呼び致しましょうか」
 菓子を並べ終えた愛羅が、恋歌に聞いた。
「いいえ、良いわ。この部屋に入って欲しくないから。それより、黒羽に着せる新しい服を御願い。このままでも良いけど……わかるでしょ」
 恋歌が黒羽に一瞥くれると、何かを察したように愛羅は頷いた。
「かしこまりました。能力者専門着を新調して参ります」
 愛羅は丁寧に言い放ち微笑むと、楽しそうに部屋を出て行った。
「能力者専門着」
 聞き慣れたようで聞き慣れない用語に黒羽は目を点にした。
「ほら、術者が着てる服にもいろいろあるでしょう」
 並べられたお菓子を口に含み、恋歌は笑う。
「少しでも、クソ婆を黙らせておきたいのよ。長ければ長いほど私が助かるわけ」
 それを聞いた黒羽は、自分が能力者であることを口にしょうか迷った。
 命は伸びそうだが、恋歌の母、呉羽と過ごす時間も伸びそうであった。
「どうしてそんなにお母さんを嫌うんだ」
 黒羽は、聞いていた。
 四章

「愛しても愛されないことってあるのよ。だからかな?」
「は?」
「小さい頃は母上に愛されたいって思ったこともあったんだけどねえ。母上が私を嫌ってるから、それは無理ね。だからよ」
 黒羽には家族はもういない。だから母がいる恋歌がうらやましいと思うが。恋歌は鬱陶しいというように黒羽をにらみつけた。
 小さい頃は母上を母上、母上って追いかけたこともあったけど、口さがない侍女たちのうわさ話や、母上のあの強い憎しみの瞳を見たら、もう愛されたいなんて思わなくなったわ。と恋歌はさらりと言い切った。
「あんた母親からお前なんて産まなければよかったって、言われたことある?」
「ないけど……」
「お前なんていらない、って言われたことある?」
「ない……けど」
「私は言われたわよ、母上に、そう二つと少しのときかな? 一番古い記憶のやつは。なんか跡取りが私だけだからおいてやってるって感じ、子供を身ごもったらお前なんて宮廷から追い出してやるって言われてるもの、私母上に。だから子作りに必死なのよあの年増」
 お前なんて産まなければよかった! と強い憎悪の瞳でにらみつけられ、怒号を浴びせられかけたのは二つと少しの時。
 お前なんていらない、といわれその後平手で叩かれたのは三つのとき、と指折り数え恋歌は言う。
「だから母上嫌いなのよ。嫌いですませているだけありがたいって思わないといけないわねえ、母上としては」
「お父さんは?」
「知らないわ、私が生まれた頃にはもういなかったらしいし、母上も何も言わないし、周りの人も何も知らないらしいのよ。
謎の人ね謎、生きてるか死んでるかも知らないわ」
 男をあてがえば静かになるのよ母上、とさらりと恋歌は言い切った。
「だからあんた母上の許に行きなさい。殺されないようにはしてあげるから」
 恋歌は、あんた不能じゃないでしょうねえ? と黒羽にストレートにたずねる。
 今まで痛ましそうに瞳を伏せて、恋歌に申し訳なさそうにしていた黒羽は顔を真っ赤にして彼女を見た。
「……女の子がそんな言葉使うもんじゃないよ!」
「あんた童貞? その年で違うわよね?」
「……だから!」
 男しか興味ないのかな? と恋歌は自分の服の裾を引っ張り上げ、白い太ももを黒羽に見せながらたずねる。
 ますます顔を真っ赤にする黒羽に「反応はしてるから、男しか興味ないことはない」と小さく囁く。
「君、あのさあ、女の子なんだから……」
「君じゃない、恋歌よ。桜華の第一公主にして、女帝呉羽の跡取りよ。まあ呼び捨てでいいわよ。ほら言って御覧なさい?」
 ああもうだから違う! とその恋歌の暴言に向かってなんとか反論しようとする黒羽。
「あの恋歌、僕は君のお母さんとおつきあいするつもりはない」
「……聞き分けの悪い奴」
「だから!」
「あらあらあら喧嘩されてます?」
 愛羅がにこやかに笑って二人を見ている。扉を開けてはいってきた愛羅は手に白い絹を使った衣装を持ってきていた。
 裾はふわりとして豪華な刺繍が入っている。
「それ符術師の衣装じゃない?」
「……長がこれもってけって」
「僕はそれを着るなんて一言もいってない!」
「……うんこれ似合うと思うわ。つか黒羽、あんたここから逃げられると思って? ここは後宮の端、公主の私室。私が大声でひとつ叫べば、男であるあんたなんて兵に捕まえられて、鞭打ち、いえいえへたすりゃ牢屋で一生過ごすことになるわねえ」
 あわてる黒羽を見て、ふっと馬鹿にするように恋歌は笑う。
「違います。そうですねえ宦官として一生過ごすことになるかも……お可哀想にこんなにお若いのに、宦官なんて……ああ一生女性とつきあうこともなく宮廷で下働きなんて!」
 ああお気の毒、とよよよと愛羅が衣装を手に泣き出す。
 恋歌は叫ぶ用意をはじめ、手を口に当て、発声練習を始めている。
「……どうしてそんなに無茶ばかりいうんだ!」
「だって母上の政策無茶苦茶すぎるもの、愛羅の恋人だってのうりょ……」
「いやだあ、恋歌様、そんな大声で!」
 愛羅があわてて恋歌の口を押さえにかかる、衣装が床に落ち、目を恋歌は白黒させている。
「えっとつまり愛羅さんの恋人さんが、能力者で、君は友人の愛羅さんを助けてあげたくて政策に反対してる?」
「まあそういうわけ」
 なんとか愛羅が手を離すと、息ができなかった、といってごっほごほと苦しげに咳を恋歌はする。
 顔が真っ赤で恥ずかしそうに瞳を伏せる愛羅を見て、黒羽は優しいところもあるんだな、と少し恋歌を見直す。
「……ほかにも理由はあることはあるけど、あんたに言うことじゃないし」
「お母上に反発されてるから、何でもかんでも反対してるってわけではないんです。黒羽さん。良い政策に関しては恋歌さまは支持されてますが。でも術者排除の政策には反対されてるんです。私の恋人が……その術者で、ひどい扱いを宮廷内でされてるのを見て……」
「ああもうやめやめ、まあそういうわけ。黒羽、あんた愛羅が気の毒だと思わないの?」
「思うけど……」
 じゃあ決まりね、と畳み掛けるように恋歌は言う。
 そして衣装を拾い上げ、無理やり黒羽に押し付けた。
 

「物凄い美形……をあれがつれてきたと?」
「ええ恋歌様のご友人だそうで」
 そうか、と年のころ三十過ぎほどの美女があでやかに笑んだ。
 妖美なその笑みを見て、床にはいつくばっていた初老の家臣は顔を赤らめる。
 あまりにもそれは艶っぽい笑み、妖しい眼差し。
 男を誘う女の仕草。
 色っぽい美女を見ていやな男はそういまい。
 唇が赤い、その唇からちろりと真っ赤な舌がのぞいた。
「面白いことになりそうだ」と高く結い上げた艶やかな黒髪に白い手を当て、艶美にまた美女は微笑んだ。
 

 
 
 
 
五章

 用意された衣装に身を包み、黒羽は鏡を見つめた。見た目は明らかに黒羽の知る文化とは異なる代物である。周りは、黒羽の気も知らずに、似合う、似合うとはやしたてていた。
 時間が経てば見慣れると恋歌がおぞましい程、これからの展開を期待した笑みをもらして言い放つ。
 身の毛がよだつとはまさにこのこと。黒羽は、背中に冷や汗を背負って身震いした。
 一歩、一歩と私刑台か処刑台へ近づく通路を進みながら、できるだけ悲惨な結末を思い浮かべる。
 その際どい脳裏で逃げる手段を幾つか用意してみるが、指名手配の後、捕まる自分を想像して黒羽は足を止めた。
 どう考えても、一人では太刀打ちできない結論に結びつく。かくなる上は、呉羽の下僕か奴隷の道を突き進み、命の保証だけを得る。そんな暗く歪んだ考えに、愛羅の恋人が受けてきた仕打ちを想像こと寸秒。恋歌の掌が黒羽の背を押した。

「うわっ。何するんだ」
 黒羽は前に倒れ込むように、よろけた。それを笑いながら見詰める恋歌をあきれたように見返し、黒羽は肩を竦めた。
「人の不幸が面白いか」
「不幸? あの婆に気に入られれば将来安泰よ」
 恋歌は言うが、黒羽にはなんの励ましにも希望に黒羽は肩を竦めた。
 恋歌は言うが、黒羽にはなんの励ましにも希望にもならない。
「そうね。せいぜい、お茶汲みくらいの地位ににはおさまるんじゃないかしら。薬売り欲しがってるらしいし」
黒羽は更に危険を悟った。
「君は」
「恋歌よ。叫ぶよ」
 じと目で睨まれた黒羽は、ひとつ息を吐いて仕切直すように尋ねた。
「……恋歌。僕に何をさせるきなんだ」
「だから、クソ婆の機嫌取りよ」
 恋歌は奥の部屋で立ち止まり、ドアを叩くと、作った声で中へと呼び掛けた。黒羽は開けられるドアを見つめて、唾を飲み込んだ。
 黒羽としては、自分の身柄確保同様、呉羽の政策も気になっていたが、上手く聞き出せるか否かはこの時点で想像もできていなかった。
 開いた扉の向こうから、香の淡い匂いが鼻孔をくすぐっていた。
「ほう、恋歌様のご友人というのは貴方ですか」
 柔らかく優しい笑み、肩までの黒髪を掻き揚げ、麗しい容姿の青年が黒曜石の瞳を黒羽に向ける。
 穏やかそうな人だな、と黒羽は少しだけ期待する。
 この現状を彼が打開してくれるのではないかと。
 年のころは二十代後半ほどに見えるが、もう少し上かなと黒羽は思う。
 扉が開いた先はまるで桃源郷、のように黒羽には見える。
 柔らかい香の匂い、自分と同じように白い符術師の衣装を着た青年が穏やかに清らかに笑っている。
 澄んだ眼差しには知性が感じられる。
 きっとまともな人だ。と黒羽はすがるように彼を見た。
 恋歌と黒羽は跪き、そして美女と青年を仰ぎ見る姿となっている。
「……ほうそなた、この阿呆の友人か」
「阿呆ではございません母上、私は恋歌という名がございます」
「阿呆で十分じゃ、このごくつぶしが」
 青年の横、壇上にいるのは豪華な椅子に座った美女。
 顔立ちはまさに恋歌に瓜二つ。
 ああ恋歌も大人になればあれになるのか、と黒羽は思う。
 まだ恋歌のほうが可愛げがある、どうもこの人が呉羽らしい。ふてぶてしさがもう前面に出てるよ。と黒羽はため息をついて思う。
 長い黒髪を高く結い上げ、艶美に微笑む姿は麗しい美女。
 しかし毒がありすぎて、僕は好みじゃないよ。と黒羽は思う。手にもった扇をばしっとたたき、ほほほ、と優雅に呉羽は微笑む。
「妾は呉羽と申す。この国の帝じゃ。この阿呆の友人とやら名はなんと申す?」
「……黒羽です」
「良い名じゃ、そなたによく似合う」
 蕩けるように呉羽が笑うと、やった。というように恋歌がにまりと笑う。青年は恋歌に密に目配せを送る。
 そして隣に座った美女に優雅に一礼して、その場を離れる。
 そして跪く二人に向かってしっかりとした足取りで、歩いてくる。
「私は聖(ひじり)と申します。術者たちの長です。私は符術師です。黒羽さんも符術師のようですね」
 にこり、と聖が笑った瞬間、この人はだめだ。逃げるのに力を貸してくれそうもなぃ。と黒羽は悟る。
 目が笑ってない、と黒羽は覚悟を決める。
 一人で逃げるしかないんだと。
「爆裂符とか使う凄く攻撃的な人とだけ付け加えておきますが」
「防御系も扱いますって」
「貴方がいうと説得力ないような」
 二人は狸と狐の化かしあいのようなどこか演技的な会話をしている。仲悪いのかな…と目配せなどに気がつかなかった黒羽は不思議に思う。
 政策的に敵対しているからには、恋歌のほうが長には近いのにと。
「また貴方、愛羅の恋人をいじめたって聞きましたけど?」
「あれで遊ぶと面白いので」
 ぎろっと恋歌が長をにらみつける。
 長はかわすようにまた穏やかににこりと笑う。
 そして二人は会話を終えて、そして戸惑ったように自分たちを見る黒羽へと視線を向けた。
 今から捨てられる子犬のような目をしている黒羽。
 二人は意地悪げに黒羽にしか見えないように、一瞬笑う。
 ああこの二人たぶん共犯者だ。と彼は悟った。
「……黒羽は薬売りだそうですわ母上、薬師をご所望でしたわよね? 黒羽もいくあてもない身だそうで、母上にお仕えできるのを心から喜んでおりますわ」
 喜んでない。と黒羽は全力で思うが、ほほほと優雅に笑う恋歌の黙れ、というようなきつい視線を見て、反論できず黙り込む。
「良い青年です。陛下の良い薬師となられるでしょう」
 だからあ、そんなのいやだ。とすがるように聖を黒羽は見る。
 聖は柔らかく慈愛に満ちた眼差しを黒羽へとむける。
「陛下はお優しいお方ですよ? お仕えできるなんて本当に良かったですね」
 あまりにもあまりにもその言葉は違いすぎる。と黒羽は反論しようとする。
「黒羽さん、そういえば知ってます?」
「はい?」
「……私の得意な攻撃符の、爆裂符ってね、人に向けて放つと、その人は粉々になってしまうんですよ。威力によっては」
「……えっと」
「怪我させるくらいならいいのですが、粉々って痛いですよね。私はこの後宮の警備責任者でして、この後宮で無体を働く男などを処罰する権限を持ってましてね。黒羽さんがよい方でよかった。恋歌様にご無体を働くような人だったら……私は」
 何をいいたいのだろう? と黒羽が思うと、捨てられた子犬を見るような同情というか、哀れみの眼差しを彼は黒羽に向けているのに気がついた。
「ああそういえば恋歌様、ご友人というのは……いつからのお話ですか? 男性のご友人がいるなんて私お伺いした覚えないのですが。愛羅の恋人のあの子以外は」
「……ああそうね、えっとねとりあえず黒羽、覚えてる? 私たちの出会いとその後の私の言葉を」
 ああ僕は何も言いませんから、お願いです。だからもうそんな脅しはやめて、と黒羽は泣き出しそうな顔で二人を見た。
 恋歌は叫ぶよ。といったときと同じように意地悪い笑みを唇に浮かべていた。
「爆裂符ってそういえば、すごく痛そうよね。私に襲い掛かってきた刺客なんて粉々になったし♪」
「粉々ってたぶん痛いでしょうね」
 黒羽はしゅんとして黙り込む。愉しそうに笑いそんな黒羽を呉羽は見た。
「……そなた年はいくつじゃ?」
「二十二になります」
「ほうそうか」
 聖はそれでは私はこれで、と頭を丁寧に下げ、恋歌もそれでは私も勉強の時間になったので、と頭を下げる。
「……恋歌……」
「黒羽、どうか頑張ってください。母上のために」
「……黒羽さん、陛下、それでは失礼いたします」
 二人は助けてくれない。と黒羽は悟る。
 扉に向かって二人は歩き、そして退出していく。
 扉がばたんという音とともに無情に閉まった。
 それを見て黒羽は処刑台にあがる犯罪人の気持ちがよくわかった。としゅんとうなだれた。
「黒羽、こちらへと来るのじゃ」
「……えっとそのあの」
「もうすぐ夜じゃのう、良い夜が来るのう」
「はあ?」
 何が言いたいのか? と黒羽は呉羽を仰ぎ見る。
 ああそなた、もしかして初めてかの、初心そうじゃからのう。とほほほとどこか愉しげに呉羽は笑った。
「……へ?」
「手取り、足取り、教えてやろうぞ」
「……はあ?」
「妾がの。寝台はあちらじゃ、日は早いが構わぬ。そなたこちらへと……」
「いやだああああ!」
 さすがにもう限界だ。と錯乱しきった頭で、黒羽は大声で叫ぶ。寝台とやらは隣の部屋にあるらしい、その部屋がもう見えている。やめてくれ。と彼は頭を抱える。
 初めては好きな子とって決めてるんだ。と黒羽はきっと呉羽をにらみつけた。
「……黙れ」
「いやだって言ってる!」
 いやだ、と首を何度も振って、そして黒羽は閉まった扉へと
一目散に逃げていった。
 こんな展開は初めてで、呉羽は自尊心を傷つけられる。
 きつい瞳で逃げる黒羽をにらみつけ、そして「逃げることができると思うのなら逃げてみよ」と冷たい眼差しで、氷のように冷たい口調で黒羽へと言葉をかけた。
 黒羽が扉へと手をかけると、扉は開かない。
 閉じ込められた。と黒羽は絶望の想いで扉を何度も叩く。
「外側から鍵がしまっておるのに、どうやって逃げる? ちなみに内側からあける鍵は妾がもっておる」
 準備万端で僕をはめたな、と恋歌と聖を心の中で黒羽は強く恨んだ。だんだんと何度も大きな扉を叩くがびくともしない。
 逃げられるのなら逃げてみよ。ここから出られるのなら出てみよ。とまた妖しい笑みを浮かべ、そして呉羽は黒羽を憐れみの眼差しで見る。
 彼女は立ち上がり、そして近づかないで、というように逃げる黒羽にどこか獲物を狙う猟師のような眼差しを向けた。


「ちょっと可哀想だったかな……」
「暫くは殺されることはないだろう、あいつかなりあの男好きの年増に気に入られたらしいし」
 ふっとあざ笑うかのように聖が笑う。
 乱暴な口調で、彼は愉しげに唇をゆがませ、そして手にもった煙管を燻らす。
 意地悪い笑みを浮かべる聖、あんた性格変わりすぎ、猫かぶりすぎ、と恋歌は頭を抱え、とんとん、と灰を皿に落とす聖を見た。
「殺されることなくても、なんかあいつ初めてだったみたいだしねえ。母上が本当に初めてってちょっと気の毒かも……」
「まあいいんじゃね? ただでいい思いできるんだぜ? 据え膳食わねばなんとかってやつだと思うし、いい経験だと思うが?」
「……まそうよね、殺されることはないし」
「そうだな、あいつ初めてっぽいし、色々教え込んだ後で殺すのが趣味らしいし、まあ一月くらいは猶予があるんじゃねえか? 恋歌、その間に色々動けるぜ」
 符術師たちの長の私室、自分たちが密会してるってしったら、聖のことを顔だけは気に入っている母上は怒るだろうな。と恋歌は思う。
 年がとりすぎていて、聖は手を出す対象外だけどと。
 観賞用でそばにおいてるからと。
 白い法衣を着た穏やかな美貌の青年は、本性丸出しの姿で煙草を燻らす。
 そして彼は、色々面倒くさいぜ、と長なんて辞めたいぜ。とため息を漏らす。
「あああみだくじで確か長になったんだけ、あんた?」
「……長になればあの女狐に会わなきゃいかんだろ? みんないやがりやがってさ、あの女狐に手を出されない年齢のやつらがあみだくじで長を決めることになったんだぜ。少なくとも三十歳以上はあいつ所定範囲外だろ? 俺三十になったばかりだったんだぜ? 信じられないぜ、本当、あの女狐のご機嫌取り係になるなんてよ! ぽっくり逝くなよ前代の長! もう少し長生きしてほしかったぜ。もしくは女を長にしてもいいんじゃね? 男しかだめなんて女尊男卑だ」
「百まで生きれば長生きだと思うけど?」
「くそ、くじ運悪すぎだ俺」
 くじで長を決めるなよ、とじと目で恋歌は聖を見る。
 それだけの実力はあったと思うけどねえ。
 しかしくじかあ、とはあとまたため息を恋歌はひとつついた。
 だんと乱暴に皿がおいてある小さな机を聖は叩く。
「とりあえず次の政策は婚姻制限よね? それが決まれば愛羅とあいつの仲も」
「引き裂かれるな。しょうがねえ、どうする恋歌?」
「……隣国に隠居してしまった賢者にきてもらうしかないじゃないかなあ。あの馬鹿賢者、一応母上の家庭教師だったし。あの爺のいうことなら聞くしかないと思う。一応あの爺、そういう色恋沙汰に関しては規制されることって大嫌いの女好きだし。一般人と術者の恋愛禁止令、みたいな施策って嫌がると思うわよ? 手紙じゃ間に合わないから、あたしが行って来るわ」
 というか恋歌、まあお前がいないのは愛羅と俺とでごまかせるが、やっぱり一月は行って戻ってかかるんじゃね? と聖は
恋歌を少し心配するように見る。
「武術とかはいっぱしの腕にはなったし、だいじょぶよ。そうねえ、あいつが一月くらい母上のおもちゃになってくれれば、行って戻ってこれると思うし」
 黒羽はしっかり呉羽のおもちゃ決定、となっている。
 まあ逃げる方法もないとはいえないが、あの呉羽の胸の中にはいっている鍵を奪って扉開けて逃げるなんて、まあできっこねえなあ、と黒羽の今の状況を想像して、愉しげに聖は笑った。
 はっきりとそれは面白がっている表情だった。

 


 
 
 
 
六章


 呪術師の長と恋歌が去ったその直ぐ後のこと。
 なんの前触れも無く、呉羽の部屋が爆発した。
 疑問符と驚愕符を同時に上げて、恋歌と長は顔を見合わせる。
 かつて無い、沈黙と胸騒ぎ、そして、抱いては行けない結果を連想した恋歌が、とりあえず、作り声で叫んだ。
「母上っ」
「どこまでも、棒読みだな」
「当然よ」
 さらりと言って恋歌は廊下を蹴り上げると、呉羽の部屋へと戻った。
 立ち上る煙。
 半開きのドアをこじ開けて、中へ突き進む。
「母上。居るなら返事してっ」
 部屋の中は煙だけが漂う。
 兵士達も駆けつけ場は騒然とした。
「動くな。また爆発する」
 その中で、黒羽が鋭い口調で言い放つ。
「あ、死んだんじゃないのね」
 声の方を向いた恋歌がぽつりと呟いて足を止めた。
「これはこれは、どういうことです」
 猫を被った長が、先程と同様の笑みを浮かべて恋歌の側に佇む。
 黒羽は、呉羽を支えたまま二人へ視線を向けた。
「お母さんは無事だよ……医者を呼んでくれないか」
「動くな。とは、どういうことです」
「誰か暗殺者が居ると思って、僕が仕掛けた……呉羽様を狙ったのは恋歌を狙った奴と同じだ」
「仕掛けたって何をよ」
 黒羽は、煙を抜くために開いた窓枠と壁、床を指差した。そこには、印が炭で描かれている。
「あなた、能力者だったのですか」
「はあ、言うと更にややこしくなるようだったので……そんなことより、呉羽様をお願いできませんか。早くしないと、暗殺者が宮廷を出てしまう」
 印の説明もせず、黒羽は呉羽を長と恋歌に渡して外に出ようとするが、入口の兵士が壁となり外には出られなかった。
「ちょっと待ちなさいよ。説明くらいしなさいよね」
「だから。暗殺者が呉羽様を狙った。追撃を交わす為に結界を張ったんだ。ほら、そこの印に触れると爆発する仕組みになってる」
 言われてやっと。どこかだるそうに説明し、黒羽はあの時の針を床に置き、炭で描く印で囲む。
「本当は、相手の髪の毛とかが良いんだけれど」
 炭を懐に納めた黒羽が瞳を閉じて小さく呪文を唱えた。
「遠き旅人に洗礼を与えよ」
 印が光輝くと同時に周りがざわめく。
「追跡用の術か」
 長が眉をひそめてぼやいた。
「追跡魔法。呪いでもあるよ。暗殺者は今頃、苦しんでる筈さ」
 少し疲れたように額に手を当てた黒羽は、弱々しく答えた。
 七章

「お母様をこんなにするなんて、かなりすごいやつよね」
「ああまあそうだ……そうですね」
 長はにこり、とまた柔らかく笑う。黒羽に本性ばれたらまずい、と思い直した様子だ。呉羽を兵に任し、三人は長の部屋に戻ってきていた。あの時のことを黒羽から詳しく聞くためとして。
「術者なら術者といってくださいよ。全く、人が悪い」
 静かに長はふうと小さくため息をついて、黒羽の前に茶を差し出す。
 ふうふう、と息をして恋歌はそれをこくこくと豪快に飲み始めた。
「愛羅はどうしました、公主?」
「……あの馬鹿の所」
「そうですか」
 一瞬だけ悲しげに瞳を長は伏せた。
 愛羅とあいつのこと一応気にしてるのね、と恋歌は思う。
 黒羽は一礼して、茶を受け取る。
 疲れた、というように小さくため息をついている。
「能力者は術を使うと疲弊しますからねえ、この茶、滋養強壮にもなりますし、疲れとれますよ」
「ありがとうございます」
 一礼する黒羽、長はふうと小さくため息をつく。
 一口飲んで、とてもいいにおいと味ですね、と黒羽は笑いながら言う。
「あれは針術ですか? 針を媒体とする能力者はきいたことはありますけど、うちの国には少数ですよ」
「うん、なんか癒し手に多いけど、つぼついたり」
 私は符術専門ですしねえ、と長はまたため息をつく。
 黒羽さんも人が悪いなあ、というようにぱたぱた手を振る。
 くつろぎながら恋歌は桃饅頭をぱくついていた。
 おいしい、おいしい、と笑う姿はあどけなく年相応の少女だ。
 黒羽は申し訳ありません。と律儀に頭を下げる。
「はてさて、能力者なら陛下へのいけにえにするわけにはいかなくなりましたなあ」
「どうしてですか?」
「陛下、能力者は毛嫌いされてましてねえ。まあ手出すこともありますが……その後必ず殺すので。まずいですねえ」
 長はふうとため息をまたつく。
 そして符を懐から差し出して、「火龍乱舞」とさらさらと書き込む。
「ほら」
 窓の外に符を投げ込むと、紅蓮が札から舞い散る。
 火の龍が窓の外で踊るように見えた。
 それを見て、黒羽は息をひとつ飲んだ。
「能力者といっても私は上級、下級程度ならろうそくにともす火をおこせる程度です。貴方は上級位にはつけると思いますよ。この国によかったら滞在しませんか? 身元引受人がみつかったらいけますよ。呉羽さまのお命も助けたんだし、他国者といえども滞在できます」
 疲れて青ざめた顔をした黒羽を少し心配そうに恋歌は見る。
 優しいところも一応あるらしい。
「恋歌、下着が見えるよ。足閉じてくれない?」
「良いじゃない別に」
 短い着物の裾から足がすらりと伸びていて、彼女は足を組んでいる。
 健全な青少年ならやっぱりあれやばいか、と長は苦笑する。
「恋歌、こうして僕みたいな犠牲者を何人くらいつれてきたんだい?」
「全部、命は助けたわよ? 国外追放みんなされちゃったけど。旅人しかあたし狙ってないもん。だからぜんぜんオッケーだと思う。でもさあ、あんたやっぱ不能なんだ。女抱いたことないでしょ?」
「そういう恋歌様も処女でしょ」
「……だからあ、そういうこといわないでよ!」
「貴方のおしめをかえたのは私です。なんか私にとってはまだ小さい子供ですよ」
 たずねる黒羽、からからと笑って悪気なく答える恋歌。
 黒羽は小さくため息をついて、お茶をすする。
 恋歌は長に顔を真っ赤にして大声で抗議する。
「……身元引受人ですか…」
「この国に知ってる人とかいます?」
 どうかなあ、と考える黒羽。
 貸し出した術師の服が汚れているので、今は元々の服装に彼は戻っていた。
「しかしあれって西方の術? わが国にある東方魔術じゃないわよねえ」
「イースト・マジックともいわれるわが国の術とは違いますしね」
 興味津々、といったようにたずねる恋歌。
 しっかし生贄がいなくなったけど、あの調子じゃあ母上の目はごまかせそう。とうれしそうに恋歌はひとつ笑う。
「お母さんのこと心配じゃないのか?」
 考えるのをやめて、非難するように黒羽は言葉を恋歌にかける。
 恋歌は「別に」と言うだけ。
 貴方なら好きになれる? と不思議そうに小首をかしげる。
「お前なんていらない、って言う人好きにあんたなれる?
あたしだって小さいときはお母さんにいつか愛してもらえるって思ってたけど無理だもん、無理だもん! えらそうに言うな! あんたなんてきっと家族とかいて、幸せいっぱいなんでしょう! 母上から愛されたことないあたしの気持ちなんてわかるはずないもん!」
 駄々をこねる子供のように目に涙を浮かべて恋歌は抗議する。まあまあと長はなだめるように肩を叩いた。
「でも親子で悲しいよ……そういうのって」
「あんたなんて大嫌い!」
 恋歌は黒羽をぎっとにらみつける。
 ああなんか意見が根本から食い違っている。と長は頭を抱えて、二人の言い争いを聞いていた。

 
 
八章

 恋歌が怒り任せにその場から立ち去り、残された黒羽は、兵士に起きた事件のあらましを話し終えて長と共に宮廷の廊下を歩いていた。
 刺客は、黒羽の言った通り宮廷内で身柄を拘束された。
 黒羽が使ったのは、感染呪術と言う種類の能力であり、相手の持ち物を使用しそれづたいに相手に影響を及ぼすというものだ。
 描かれた陣は、結界を作るために必要とし、敵が触れると爆発する仕組みになっていると黒羽は説明を付け加える。
 その後、術者の長が黒羽を一度引き取ると宣言し、その場は一旦おさまった。歩きながら、黒羽は恋歌の事を考えていた。
(完璧に、嫌われたな)
 胸中で、後で謝らないとなどと付け加えて、長の後ろをぼんやりと着いていく。
 黒羽が案内されたのは、部屋だった。長の話では宮廷に遣える医者の部屋だと言う。
 扉を叩くと中から返事が聞こえた。
 その声に、黒羽は一瞬目を見開いた。部屋の中に居る医者が、呉羽の治療を終えたのか鞄に道具や薬を片づけている。しかし、その後ろ姿には見覚えがあった。
「屑湯(トーユ)さんっ」
 黒羽は声を上げた。今まで黙っていた黒羽の声に長が驚くこともさながら、名前を呼ばれた屑湯もまた、訝しげに振り向いたのは言うまでも無かった。
「知り合いですか」 
「ええ。その拙は、世話になりました」
 長の言葉に頷いて、黒羽は屑湯に頭を下げた。
 屑湯が黒羽の診察をし、呉羽の容態を告げて出ていく。
 その時はそれで終わり、次の日の朝、引き取り要請が黒羽の元に届くこととなる。
 


九章

「あの馬鹿医者のところに、行ってしまったわ」
「喧嘩したままが心残りか、恋歌?」
 別に、とぶうと頬を恋歌は膨らませる。
 とりあえずあの馬鹿母は怪我したし、あたしのことなんて普段から見てない人だけどね。でも動きやすくなったわ。と恋歌は鼻で笑った。
「行動はしやすいわね」
 白い着物に艶やかな朱の花の柄はあしらわれている。
 そんなものを雑多に着こなしても彼女は美しい。と長はなんとなく思う。
 彼はお茶を飲みながら、恋歌しかみることができないどこか凶暴な笑みをした。
「凶悪ね、相変わらず」
「お前の母親にきたえられりゃ、こうなるさ」
「あの馬鹿預かった医者もその口?」
「あの男が俺の本性知るかよ。ということはあいつの本性も俺が知るかってことさ」
 煙草を彼は優雅な手つきで持ち、それを加えた。
 術で火をおこし、すい始める。
 おいしいのそれ? と不思議そうに恋歌はたずねる。
「うまくはないが……でも昔のことをこれを吸ってると忘れられるしさ」
「あたしが生まれた頃くらいからか、母上が能力者排除の政策始めたのは。あたしの父上と関係あるのかな?」
 いつも自分のこと冷たい目で見ていた母。
 小さい頃は慕ったこともあったけど。と思う。
「俺が幼い頃から、呉羽様は、お前を嫌っていた。お前が跡取りとして認められるのも、大分かかったしな。成人の儀があった二年前のことだしな」
 長はため息をついて、煙草をことんとおいた。
 彼は昔からあれとはそりがあわなかったが、と思う。
 でも顔は今の恋歌とそっくりだったなと思う。
 長はあの子供が恋歌と喧嘩したことを、悔やんでいたようだが、多分もう会いにはこないだろうと思う。
「いい術師になると思ったが」
「断ってきた?」
「まだだが多分、あの子供は断るな」
「子供って、もう二十歳すぎてるよ?」
「俺からみりゃ、まだあまちゃんのガキだよ」
 一面に見えた紅。それが目の前に見える、と彼は思う。
 能力者排除が一番強かった時代、消えていった仲間。
 今はまだ落ち着いているが、どうせまた不穏な動きがでてるし、能力者狩りがはじまるか。と彼は確信していた。
「俺がお前に手を貸すのは、仲間のためだ」
「わかってるわよ」
「利害が一致しただけだ」
「わかってるってばさ」
 旅の準備はもうすぐ終わるわよ。と彼女は繰り返す。
 俺が行こうか? との言葉に、「あたしが行く」と彼女は繰り返す。
 強い決意の眼差しで。
「あたしにはどうしても……守りたいものがあるの」
「愛羅か?」
「……それもあるけど」
 違う理由もあるわけだ。と長は思う。それは彼も知らない。
 するととんとん、と扉をノックする音が聞こえる。
 恋歌は長い黒髪を揺らして、そちらに目を向け、「どうぞ」と声をだした。
「恋歌様。黒羽様がお目通り願いたいと門前に来ているのですが、如何なさいましょうか」
 扉を開いた召使いが一礼し、その旨を告げた。
 恋歌は一瞬、悩むような仕草を見せたが直ぐそれを承諾した。
「いいのか。ついて行こうか」
 長が問えば恋歌は笑いながら部屋を出る。
「大丈夫よ。いきなりとって喰うような奴じゃないわよ」
「けっ。誰が心配するか」
 扉が閉まった後の、長のそんな呟きは恋歌には聞こえない。
 恋歌が黒羽の元へ向かう。
「何のよう。あ、クソ婆の手付けになるって願いなら大歓迎だけど」
「いや。そんなんじゃないんだ」
 民族衣装から符呪術の服。そして、現在、桜華で流行っている服を着ている黒羽は、また違う人間に見えた。
「なら、なによ」
「謝りに来た。といって自分の考えを曲げるわけじゃないけど」
「はあ? 喧嘩を売りにきたの?」
「いや、そうじゃなくて」
「だから。なんなのよっ」
「直ぐムキにならないで、話を聞いてくれないか」
 拳振り上げて声を荒げる恋歌を宥めるように、黒羽は言う。
「兎に角……恋歌の気持ちも考えずにごめん」
「へ。あ、えっと。わ、わかればいいのよ。わかれば」
 余りにも直球で謝られ、恋歌は怒りを殺がれた。
「……で。それ、だけ」 
「え……。そうだな……」
 恋歌が黒羽を睨みつけると、悩むように黒羽が目線を逸らしたあと頷いた。
「桃饅頭でも買ってくるよ」
「そうこなくっちゃね。前の騒ぎで買いそびれてたわけだし、それくらいは当然よ」
 いきなり恋歌は胸を張ると黒羽の服を掴んで引きずるように桜華の町へと出て行った。
 桜華。
 都につけられた名は、その名にふさわしく賑やかで華やかな町である。
 店屋の並ぶ通路に桃饅頭を売る老舗があると恋歌は説明した。
 黒羽は引きずられたまま、その説明を聞いていたため、素っ気ない返事をするしかない。
 恋歌が止まった店の前には行列ができていた。
 売り初めてからそうしない内にこの老舗の桃饅頭は売り切れるという。
 列に並び、なんとか桃饅頭を買うと黒羽は言った。
「あれから刺客とかはどうなった。また、襲ってこなかったか」
十一章

「別に襲ってはこないわよ」
 天然な微笑で恋歌はこたえる。そして彼女は桃饅頭を黒羽に差し出した。
「おいしいわよこれ」
「……そっか、ならよかった」
「……あたしは別に主要な地位にはいないしね、この国の。
やっぱ母上がメインじゃないの?」
 桃饅頭をほおばりながら彼女はこたえた。
 長い黒髪を今度は高く結い上げ、髪飾りをつけている。
 年頃の娘らしい服装を見て、ちょっとだけかわいいななんて彼は思うが、でもその後の言葉にやっぱりそれは訂正された。
「……母上のお手つきになればよかったにねえ、そうすれば生活は安泰よ?」
「……それだけはいやだ」
「強情ね」
 彼女はまた一つ饅頭を頬張った。そして愛羅もすっごく趣味悪いけど、あんたも趣味悪そうなのに、母上はいやなの? と不思議そうに小首をかしげる。
 黒羽ははあっと大きなため息を一つついた。
「あんたやっぱ童貞?」
「……女の子がそんな言葉使うんじゃない」
「あたし女の子じゃないもん。男だもん」
 えへへとおかしげに彼女が笑うと、へ? と目を丸くして恋歌を黒羽は見た。
「あはははは信じた?」
「冗談も大概にしたほうがいい」
「……あたし、旅に出るのよ。母上を殺そうとした刺客の正体も知りたいし」
 黒羽がいやそうに顔を歪めると、彼女はどこか真面目な顔で彼を見つめる。足をとめて、そしてまっすぐに彼を捉えた。
「……この国を狙っているいるやつがいるらしいのよ」
 黒羽はどこかいつもと違い、真面目な顔で真面目な話を始める恋歌へと耳を傾けた。
 
 恋歌が言うには、刺客騒ぎの後に、術師の長が使う情報網で、その話を聞いたそうである。
 なんでも、西国の近くにあるこの桜華に似たような都市の王が、最近になって勢力を拡大し隣国に戦を仕掛けているのだと言う。
「だけど、それが本当だとして、旅に出るだって? それも、国を潰そうとしている奴を潰しに」
「馬鹿っ。声が大きい」
 恋歌は、黒羽の口を押さえた。
「んぐっ……わ、わるい。いや、でもな。むちゃくちゃすぎないか」
 恋歌の手が外されてから、黒羽は声音を抑えて聞き返した。
 恋歌は、人目を憚るように横道に入ると、しばらく思案した挙げ句微笑を浮かべた。
「なら、黒羽はこのままクソ婆に献上されても言い訳ね」
「なっ、なんでそうなるんだ」
「旅にはお供は必要よね。幸い、黒羽は旅慣れしているものね」
 恋歌は可愛い笑顔を作ったまま、黒羽の心情を無視して続けた。
「旅慣れって……俺を連れてく気か」
「当然よ。黒羽なら敵も術者だとは気づかないだろうしね」
 これまでの経験と流れから、恋歌を止めることはできないと言うことを理解していても、黒羽の脳裏ではその無謀な決断を躊躇わせていた。

「大体、狙ってきた奴らの正体がわかっても、立派な証拠でも無い限り、話し合いは愚か、ましてや真っ向勝負は無理だと思うぞ」
「仕掛けて来るのはあっちでしょう。一国の姫君が無防備に歩き回っていれば、自ずと奴らから動くわよ」
「たがらって、捕まったら洒落にならないだろ。それに、人数だって」
「それなら今から、クソ婆に貴方を送り付けるだけよ。命の恩人なんだもの、一カ月は面倒見てくれるわ」
 完全に板挟みの状態に、黒羽は今にも発狂しそうだった。どちらを選んでも、黒羽の未来は暗い。いっそ旅立って、目的を果たすことなく放浪してやろうか、と内心思うも、そこまでは酷くなれない黒羽がいた。
「愛羅のことはどうするんだ。恋歌が居なくなったらお母さんの思う壷じゃないのか」
 しかし、これだけは聞いておきたいと恋歌を見つめて聞いた。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

リレー小説+2 更新情報

リレー小説+2のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。