澁澤龍彦コミュの澁澤龍彦展で、巖谷國士さんの講演を聴いた。

昨日は世田谷文学館の「澁澤龍彦　ドラコニアの地平」展で、巖谷國士(いわや　くにお)さんの講演を聴いた。巖谷さんは本展の監修者で、仏文学者にして作家、公私ともに最も澁澤龍彦と親しかった。手紙、草稿、ゲラ、創作メモなどさまざまな資料を渉猟しながら、澁澤さんの文学を鮮やかに読み解いた。
澁澤さんの本には「インファンティズム」という言葉が頻出する。これは「子供であること」という意味。澁澤さんの本には「インファンティズムを貫く」とある。これは澁澤文学のキーワードなのである。
巖谷さんは澁澤龍彦夫妻、澁澤さんの旧制高校時代からの友人で仏文学者の出口裕弘さん、ドイツ文学者の種村季弘さんたちとしばしば旅行をしたのだが、澁澤さんの晩年のときのこと。当時、「根暗」という言葉が流行っていた。澁澤龍彦夫人の龍子さんは最初会ったときに、澁澤さんのことを「根暗」だと思った。しかし、実は澁澤さんは「根明」だったという話から、旅行中、誰々は「根暗そうに見えるけど、実は根明だ」とか「あいつは根明そうに見えるが、実は根暗」だとか、人物評定に笑い転げたという。
このエピソードなども「インファンティズム」の最たるものだろう。

以下は現在書き下ろし中の『鎌倉物語』にいずれ、澁澤龍彦を書くときの備忘録。澁澤さんと親交のあったアートディレクター・堀内誠一に宛てた手紙である。

(前略)
僕自身はまったく相変わらずの日常で、江戸時代の随筆を読んだり、そうかと思うと、スペイン十六世紀の詩人ゴンゴラの本などをぱらぱらめくって拾い読みしたり、もう今では、おどろおどろしいオカルトだの何だのについて書く気はなくなり、このままの状態がつづけば、やがては小説でも書くより以外には行き場がないんじゃないか、と思うようになってきています。貴兄にもおそらく経験はおありでしょうが、自分を追いつめるということは、スリリングなものですね。自分が他人のようにも見えてきます。
(後略)

一九七七年の書簡だが、見事に後年の自分の仕事を予見している。澁澤龍彦はいまだに「異端の作家」と形容されるが、前半のイメージが強すぎるのである。オカルトブームが訪れるはるか十年以上前に澁澤さんはオカルトについて論考し、卒業していた。

巖谷國士さんが澁澤龍彦について書いた本が出たので、終演後、サインしてもらった。澁澤龍子さんにもご挨拶した。
写真は巖谷さんとのツーショット。巖谷さんは「視線を合わせるなど、ぼくはわざとらしいことをしたくないんです」とおっしゃっていた。