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22. 脳神経系の計算理論コミュの演繹的推論と帰納的推論

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コンピュータには不可能なことを考えることによって,脳には可能なことを知る,というストラテジーもありうると思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%94%E7%B9%B9
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B0%E7%B4%8D

私はコンピュータは演繹的推論しかできない機械だと思う。コンピュータは万能計算機械だという主張はこのことを見えなくしているのではないか。
たとえば,最初に原理(法則)と初期データさえ与えてやればコンピュータは演繹によっていくらでもデータを生成できるようだ。シミュレーションはこの典型だと思う。
しかし,そもそもコンピュータは原理(法則)自体を生み出す(発見すること)こと(これが帰納的推論)はできるのか? できないのであれば,これがひとつの脳の特徴だと思う。

コメント(14)

1.コンピュータに帰納的推論ができるか?

大変面白い問いですね。

最後の:

1.コンピュータに法則が生み出せるか? 

これも刺激的です。
現実過程を模擬する 一方法として、
1.確率過程を考え、現実のイベントを確率として捉える
2.さまざまなノイズをくわえて、ノイズの効果を計測する
ノイズにも当然確率過程を考えます。

こうして、決定論的推論ではない現実を模擬することが
よく行われる。これで、初期データと法則から、さまざまな
予期されないことが起こるときの現実を記述するモデルが
できる。カオス理論はその一例です。
ベイズ推定
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%BA%E6%8E%A8%E5%AE%9A
さて,少し手が空いたので…。

原理(法則)をいったん与えると,それが導く世界はすでに決まってしまっている,演繹的推論では新しいことはなにも導かれない,ということが重要です。

演繹的推論から導かれることはすでに決まっていることだけなのです。どう決まっているかの詳細を人間はまだ知らなくとも,すでに決まっているのです。
これは,選挙で投票が終了した時点において,誰が当選したかは誰も知らないが,誰が当選したかはすでに決まっているというのに似ています。

2.や3.に書かれていることも,何か決定していないと思われていること自体がすでに決定しているのです。

しかし,帰納的推論においてはどういう原理(法則)が導かれるかということ自体がまだ決まっていない。

この問いは最近考えついたばかりなので,その有効性についてまだ確信があるわけではありません。もう少し議論を重ねたい。ただ,これも例によってやすぽむさんの嫌いなクオリア問題に帰着する気はする(笑)
それでは、脳はいったいどういうアルゴリズムで、
そしてどういう経路で、どこの回路を使って帰納的
推論や発見をしているのか。

やはり前頭葉か?
AIの分野で帰納的推論に関する研究自体は色々あるんですけどね。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/map/denki22/1/1-3-1-4.htm
限定された世界での帰納推論なら単純に確率モデルを使えばできると思いますが、
やはり問題は一般化された場合の帰納的推論ですよね。

ちなみに演繹的推論においても記号的な意味での効率などは変化するので、
定義によっては演繹により新しいものが得られたと言う事もできます。
まあ定理は公理と推論規則によって決定されますから、結局トートロジーなんですけどね。

一般化帰納推論のルールが存在して、さらにそれを発見できれば一番いいんですが・・。

【追記】
クオリアと一般化帰納推論の可能性については個人的には別の話だと思いますね。
ちなみにクオリアコミュニティでも書きましたが、
例えば人間が感じる音の感覚そのものと、
コンピュータが扱う音の情報(振幅や周波数など)が異なるというのが、
クオリアという言葉を使う唯一の意義だと私は考えています。
>確率モデルを使えばできる
この時点でその推論は帰納的推論ではなく演繹的推論ではないのですか?

>http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/map/denki22/1/1-3-1-4.htm
こんなグラフを見せられても何も分からないですよ。
>AIの分野で帰納的推論に関する研究自体は色々ある
といったところで,実際は帰納的推論でもなんでもない研究を勝手に帰納的推論と呼んでいるだけかも知れませんし。


クオリアに関し,私は空気の振動(音)より電磁波(光)の比喩の方が好きなのでこちらを使いますが,我々が見ることのできる電磁波の波長域は極めて狭いですよね。なぜこの領域の電磁波しか見えないのだろう。それは,我々の身体の「硬さ(密度)」では,「我々より硬い(密度が高い)故に即時に物理的傷害をもたらすので危険な物体」というのはこの波長域の光を反射するからではないか。逆に言うとこの波長域の光を反射しない物体は身体より柔らかく危険でないから見える必要がない,だからこの波長域以外の光しか反射しない物質を見る能力は進化しなかった,という見方をしているのですがどうでしょう。
したがって,たとえば空気より密度の低い生物がいたとしたら,その生物には空気は危険なので空気を見る能力が進化しただろう。
ああ,それから書き忘れたのですが,帰納的推論が働くためには,「これは面白い!」という感覚が必要なように思うのですね(演繹的推論はそうではなく,決定論的で機械的な推論に思える)。この感覚が俗に言われる研究者のセンスみたいなものかと思うのですが,これをコンピュータが持てるかというと……ですよね。
「今まで見た100匹のウサギが白かったからウサギは白い、
 だから101匹目のウサギも白い」
というような、単純かつ感情から独立した機械的な帰納的推論もあるのでは・・。
「今まで経験したn個のxがyだったからxはy、
 だからn+1個目のxもy」
(むろんnが大きければ大きいほど推論の信頼度が増すと・・。)
もちろん命に関係する場合など感情が推論や記憶に影響する場合はあると思います。
(むしろ私は演繹でも帰納でも感情などによる人間の非論理的な推論に興味があります)

ところで正確には電磁波と色、空気の振動と音は異なるものですよね。
特定の電磁波や空気の振動に色や音の感覚を生じさせるのは視聴覚のシステムで、
色や音の感覚そのもの(クオリア)は電磁波や空気の振動から独立であると・・。
場合によってはニューロンの発火パターンからも・・。
(だから同じ電磁波、同じ空気の振動、同じニューロンの発火パターンでも、
 Aさんの見る赤とBさんの見る赤が異なる可能性があるわけですね。脱線・・。)
もちろん進化の過程で生存に有利な知覚システムが獲得された可能性はあると思います。

まあクオリア自体感じている事を確認できるのは自分だけなので、
帰納的推論の問題に関しては例えば電磁波や空気の振動、
ニューロンのパターンだけで議論すればいいのでは・・。
クオリアを感じることが今言う非論理的な帰納推論に必要だというなら話は別ですが・・。
ちなみに演繹と言っても人間の場合は、
例えば「A⊃B」と「A」から「B」を推論する場合、
一つ目のAと二つ目のAが記号が同じでも意味が違うこともあります。
(だから正確には「A⊃B」と「C」から「B」を推論することに・・)
意味を中心として活動する人間にとってはこれは重要な問題です(笑)
>「今まで見た100匹のウサギが白かったからウサギは白い、だから101匹目のウサギも白い」

その前に,この推論が働くためには「今まで見た100匹のウサギは白かった」ということに気がつく必要がある,と私は思うのです。これが上で書いた研究者のセンスに相当する。すでに気がついてしまっている段階でものを言ってはいけないのです。人間だって,「今まで見た100匹のウサギは白かったでしょう?」と言われないことには,そのことに気がつかないことがある。では,そのことに気がついている人間がプログラムすることなしに,コンピュータはそのことに気がつけるだろうか?

>だから同じ電磁波、同じ空気の振動、同じニューロンの発火パターンでも、Aさんの見る赤とBさんの見る赤が異なる可能性があるわけですね。
>まあクオリア自体感じている事を確認できるのは自分だけなので、
これも,ものの本にはすべてそう書いてありますよね。しかし,私はこれも疑っている。実は我々が波長700nm前後の光を「赤」という色として見ることには必然性が,法則があるのではないか,つまり皆,実は同じ色として見ているのではないか,ということです。
私の日記,
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=406580884&owner_id=1595809
は暗にそのことを言っています。
700nmあたりの光は、みな赤と答えますね。
少なくとも、視覚系の初期の部分では同じと仮定して
よい、と思います。
>700nmあたりの光は、みな赤と答えますね。

やすぽむ☆さんが「緑」と呼んでいる色を僕は「赤」と呼ばれる色として覚えており,やすぽむ☆さんが「緑」と呼んでいる色を見て僕は「赤」と答えているかも知れないではありませんか。
だから,そういう言い方ではダメなんですよ。

>少なくとも、視覚系の初期の部分では同じと仮定してよい、と思います。

この書き方も不明瞭と感じます。

僕があの日記を書いた後で考えたことは,動物の視覚は最初は明暗感覚しかなかっただろう。そして色覚を持ち始めた初期は,明るい光に対しては黄色味がかった色を,暗い光に対しては青味がかった色を見るようになったのではないか,ということです。そして,これは,現在色覚を持つすべての動物がそのように見たのではないか,ということです。そして,少しずつ,より色の識別力が上がる色素を獲得していったのではないか。
しかし,脳損傷で色覚が失われることから見て,色の識別に関わる神経連絡構造は極めて硬く(可塑性がなく),色素の獲得と色の識別に関わる神経連絡構造とは極めて密接に平行して進化したのではないだろうか,ということです。

色覚の神経連絡構造は極めて硬く可塑性がないという考え方は,人間にはたとえば3本の腕を持つ個体はまず出現しない(シャム双生児とかではなく,あくまで単一の個体として)。これは,3本の腕を持つ個体を生むような遺伝子はもはや入り込む隙がない(枯渇しているという言い方がされる)ほど,2本の腕を持つ個体を生む遺伝子が完成され尽くしているとする考え方からの類推ですね。
>やすぽむ☆さんが「緑」と呼んでいる色を僕は「赤」
>と呼ばれる色として覚えており,やすぽむ☆さんが「緑」
>と呼んでいる色を見て僕は「赤」と答えているかも

まず100%に近い割合でありえないでしょう。実験を
すればわかりますが。。

色覚の進化に関しては、
http://www.nikkeibook.com/science/page/magazine/0603/opsin.html?PHPSESSID=050a61152adde515e8bdbc17c1d92189
この辺をどうぞ。かなりホットな研究分野です。

哲学的議論を1000年くらい楽しみたいなら、くおりあも
よいですが、科学的な議論をしようとしたら、その言葉は
使わないほうがよさそうです。


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