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N360コミュの☆Nに乗って良かった事。苦労した事☆

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管理人さんスレ建て失礼します。

また購入し復活しようと考えている文明堂です。
先日アップした私のブロ愚「車と私」に、このNとのエピソードをアップしています。

私のエピソードはコピぺしますが、皆さんの楽しい話。また辛い話を聞かせてください。復活するまでの間、それを楽しみに過ごせたらなと思います。

以下、私のNとの思い出。

この車に乗るようになったきっかけは単純。当時の彼女「スイカが食べたい」に「どんな車がすき?」と聞いたら、解体屋に転がっていたこの車を指差して「あんな車」と言ったからだ。

最初は、どんな車なのか、その車がどこの会社で作られているのかすら知らなかった。


友人と解体屋に行き、話を聞いたら、ホンダで作られていて、空冷の360CCエンジンだという。幸運なことにその車は書類等全て揃っていて、しかも車検が半年残っているという。「おっちゃん、いくら?」と聞いたら「5万だわ」と言われ即決で買った。


エンジンもボディーもボロボロだろ。バラして全部やり直すか・・。そう思っていたら、いきなり一発でエンジンがかかった。

前にも書いたブロ愚「フォルクスワーゲン・ゴルフGTI」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=148827818&owner_id=2558703の中にこのように書いた。


「当時いろいろなバイトをしたが、そのバイトの中に「整備工場」があった。板金塗装にタイヤ交換。車検整備の手伝い。大抵何でもこなす整備工場で、友人の実家でもあったのだが、そこのオヤジが結構良い趣味していた。整備工場の片隅に、普段は人を入れないようなスペースがあって、そこにはこっそりと世界初のターボ車BMW2002tiターボと、ホンダS600があった。見た時には感激してションベン漏らしそうになった。

そこに遊びに行くたびに、いろんな事を教えてもらい、また「若い奴と話すと俺も若返るわ。」というオヤジの厚意で、そこの整備工場で最終的には簡単なエンジン整備(ピストン挿入レベル)までやらしてもらった。

その後、その会社で全く使っていない別のガレージを使い、車好きの集まりがスタートする。
当時既にクラブGTロマンというクラブに入っていたが、年齢高めで先輩が多いために、お金でも時間でもなかなか合う人が少なかった。

しかし同世代の仲間7人でスタートしたその集まりは、後に「WEST FIELD 7」(ウエスト・フィールド・セブン=西の地の7人)という名称で、今は無き西日本サーキットでミニのワンメイクレースに出場したり、昭和42年型ホンダN360のエンジンを600CCまでボアアップし、徹底的に軽量化し、強化クラッチにノーサスでゼロヨンに参加し、初期型マツダ・サバンナRX−7(D12Aロータリー)に勝ったりしていた。とにかく楽しい集まりであった。」


この中で出てきた昭和42年型のN360がこの車だった。

購入時は赤。内装は黒。

その車の内装からエンジンから全てを下ろし、サビを徹底的に落とし、板金をして、ロイヤルブルーに塗り、内装を白に張り替えた。

エンジンは後にボアアップ(エンジン容量を上げる改造)で600CCまで上げたが、360CCの状態で一度バラし、オイル洗浄とピストンリングの交換。液モノの全交換にゴム類の交換と皆で楽しんで、週末の徹夜と、友人の代返による短大欠席で約2週間という短期間でこの車を完成させた。



その車との生活はこうだった。

朝起きる。まず朝食を作りながらプラグを4本ガスレンジで焼く。(爆
朝食を食べ、お風呂にお湯を貯めながら、プラグをワイヤーブラシで磨く。
*当時から朝と夜と2回風呂に入らないと調子が出ないタイプ。

着替えて歯磨きをして車に乗り込む。
イグニッション(エンジン)・ドア・ガソリンキャップの3つとも何故か鍵が違うので、面倒くさくて、運転席横の三角窓から手を突っ込んで鍵を開ける。

車に乗り込む。かなりというか常にガソリン臭い。


まずボンネットを開ける。

プラグレンチでプラグを外す。さっき磨いたプラグを入れる。
(案の定、プラグは黒い。2気筒2本のプラグを替える。)

運転席に乗り込みチョークを引く。キーを差込み半分ひねる。

(コッ・・コッ・・コッ)と電磁ポンプの音がして、ガソリンが流れ出すのがわかる。そこでアクセルを一回奥まで踏み込み、半分戻して、キーを全部ひねる。

(ブルン・・・・ブルン・・ブルンブルンブルン・ドッドッドッ)

エンジンがかかる。

かかったら、アイドリングの状態を見ながら指の幅だけの距離を残し、チョークを戻す。

アクセルをバンバン踏みながらガソリンスタンドに向かう。
そうしないと、プラグがかぶりそうでエンジンがストール(止まる)しそうになる。


スタンドのお姉さんに「すみませ〜ん。500円分ガソリンお願いしま〜す。」と500円分ガソリンを入れてもらう。いつもの事なのでお姉さんは滅茶苦茶笑顔。
*リッター35キロ走る車で、学校まで往復49キロ。500円で十分往復できた。

そこから車の少ない峠道を越えて海沿いの道を走り学校へ向かう。

ハンドルロックが壊れているので、キーを抜いてもハンドルにロックがかからない。

そこでガソリン代の節約のために、必死に頑張って峠を越えたら下りはエンジンを切って爆走。夕方の帰り道には、必ず小学生の下校にぶち当たる。小学生は毎回古くて小さいこの車を見るたびに笑顔で手を振ってくれた。


面白かったのがほとんど自転車と同じで、雨の日などはスピードを上げるとワイパーのスピードも上がり、夜はスピードを上げるとヘッドライトもどんどん明るくなった。

何度頑張っても結局ウインカーの自動戻りの部分とガソリンの残量を示す燃料計が壊れたままで修理できなくて、交差点を曲がるたびに、指でウインカーレバーを戻し、後ろの席には10リッターのポリタンクにガソリンを積んでいたので、滅茶苦茶ガソリン臭かった。
(今ではポリタンクには給油してくれません。ケチだね。)


またヒーターがエンジンルームの熱を入れるだけという、これまた恐ろしい装置で、ヒーターを入れたらエンジンルームのオイルの匂いやらガソリンの匂いやらですんげえ臭くなった。

しかも夏もおもいっきり暑く、三角窓を開けて外の風を取り込んでもそんなに涼しくならないので、ACC電源で使える扇風機を買ってきて、助手席に付けていたが、それをどうやら学校の女の子たちは(おしゃれ)だと思っていたらしい。
違う。単に暑かったのだ。



こういう車に乗ることを友人は「白鳥の生活」という。

つまり池の水面を泳ぐ白鳥は、一見優雅に見えるが、水面下では足をバタバタさせて必死に漕いでいる・・と。

全くそのとおりだと思う。しかし好きだから止められない。

おそらく、この感情・この言葉に「うん・うん」と頷いている人が何人もいるだろう。



この車では、マイミクのシースケーキ君夫妻と阿蘇山などに行ったが、今思えばとんでもない冒険だった。

まだ車が完全には完成していない時期で、ちなみにコンポすらなく、ラジオもCDも聴けなかったので、しょうがないから自分で歌を歌いながら景気づけて運転をした。

途中、阿蘇山上りの坂道で、いきなり(バキッ)という音とともに3速のミッションが壊れ、3速に入れた途端に(カタカタカタカタ)言い出して(おお、こりゃやべえ!)などと思ったが、しょうがないのでそのまま坂を上り続けた。

そうしたら1速・2速でいきなり4速に入れると車が加速しない。2速で回転上げながら時速30キロペースで必死に上っていたら、観光バスに思いっきりあおられて滅茶苦茶怖かった。

しかも帰り道はとんでもない大雨になり、近くの信号に雷落ちて信号消えるわ、諫早市内は冠水してて車は半分水に浸かるわ・・で恐怖の体験だったが、この車は構造が単純なので一度もエンジン止まることなく自宅まで帰った。

この時の俺と車をシースケーキ君が撮った写真が未だに手元にある。
その写真で見る俺は「ヤクザ」である。

*これ期間限定でトップページの画像にしてみようかな?


結局、留学するまでの間、その車に乗り続けた。最初は彼女とデートを楽しむおしゃれ車のつもりだったが、最終的には彼女とドライブよりも、一人でプラプラ出かけるのが楽しくなって、その車で放浪を続けた。

本屋やコンビ二の駐車場では、いきなり知らないおじさんやおばさんから声をかけられた。


「これねえ、私たちが若い時に乗ってた車なのよ。あなたみたいな若い人が乗ってるの見ると嬉しいわ。」

車をしみじみ見ながら涙ぐんで

「これに乗ってた時には、金もなく、なあ〜んにもなかった。でも良かったなあ。」


その時には(おっさん達の昔話されても、しゃあないやん。)なんて思っていたが、今この年になってよおくわかる。

そういう思い入れのあるモノは確かにある。

以上、ブロ愚より。


確かに38のおっさんの域に達した自分は、この車を若い人が乗ってるのを見ると大変嬉しいですね。(笑


管理人より☆

トピ立てありがとうございます☆

トピ整頓したので、タイトルだけ少し変えさせていただきました☆2008.6.6

追記

タイトル変えさせていただきました☆2008.09.04                         

コメント(6)

長文が読み終わるまで、なかなか書き込みが出来ませんでした(笑)。Nに乗る事自体、我慢大会だったりしますね。でも、便利な世の中だからこそ、私は全く電気の無い「ランプの宿」に泊まってみたくなります。便利って素晴らしい事ですが、良い事とは違う様な気がします。Nの悪い所は良い所だと思います。最先端の技術も素晴らしいが、それも原点があってこそ、時々、原点に戻る体験も必要かと・・・。
最初は、フィルター詰まったり、ポンプ壊れたり、マフラー折れたりとなかなか思うように半年乗れませんでした。すごくイライラして悔しくて仕方がなかった時期がありました。でも1個1個解決していくことで、すごくいいコンディションになってくのが嬉しくて、絶対手放さないと決めました。
現在は通勤に使っているのですが、やはり信号待ちとかしてると、隣の車の人に話しかけられたり(笑)、店に駐車してると寄ってきて話しかけられて、当時の話をしてくれたりとほんと楽しいです。
昭和55年生まれなのですが、私が生まれてなかった時代の車に私が乗っているのも考えてみたら、すごいことですよね(笑)
やはり名車は、時代を超えても愛され続けるんですね。

BOXERさんの言ってることすごくよくわかります!
私は、毎年夏になると地元の人しか立ち入らないプライベートビーチでキャンプをするのが好きです。設備が何もなく、あるのはただ目の前に広がる海だけ。何もないってとても貴重なことだと思います。飲み水は汲んでこなくてはいけないし、火はおこさなきゃいけないし超不便で手間がかかります。でも、これが楽しいんですよね(笑)

こんな精神がNにハマッた理由のひとつなのかもしれません(笑)
また書き込みします。

?乗っててびっくりした事
坂道を登っていたらいきなりハンドルが抜けた。
他の人でもこの話は結構聞きました。
*ネタではありません。

交差点で右折したらトランクが落ちた。
FRPのトランクで地面で擦ってガリガリになった。
サンドペーパーでこすって色を塗った。

夜中走ってて突然インパネ・ヘッドライト他全ての明かりが消えた。
ダッシュボード下の配線をグイと引っ張ったらついたり消えたりした。
それで常に配線のタバを握り締めて運転した。

その後は解体屋で見つけたボッシュのフォグランプを1つバッテリー直取りで付けて、ヘッドライトが消えたらフォグを付けて走った。2度警察に怒られた。
Nに乗ってて、良かった事は、知らないおじさん、おばさんに、声を、掛けられること。

子供が、よく寝る事。

たまに、止まること。

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