西岡昌紀ですがコミュの（諏訪邦夫『麻酔の科学』（講談社ブルーバックス・１９８９年）

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　今は制度が変わってなくなりましたが、私が医学部を卒業した１９６１年（昭和３６）年頃には、卒業から国家試験受験までに「インターン」という実習期間を１年間勤める必要がありました。そのインターンで、麻酔の実習にまわっていた折りのことです。
　一人の先輩が私に向かって「君、麻酔でいちばん大切なガスは何だと思うね」という質問を発してきました。その場の雰囲気からちょっとひねった質問のようだとは感じたのですが、でも正直に「笑気です」と答えました。吸入麻酔のところでお話ししたように、全身麻酔の９９％までは笑気を６０％か７０％与えているのです。ところが、この答えに対して、先輩は見事にひっかかったとばかりに、「いいや、いちばん大切なのは酸素だよ」と言ったものです。
　落とし穴にはまったのはシャクでしたが、問答自体はたしかにいいところをついているので、なるほどと思ったのを記憶しています。
　しかしこの問答には、そのときの意図や印象よりもはるかに重大な意味のあることが、その後しだいに判明してきました。麻酔の際に、いかにして身体に酸素を送りこむかは、決してわかりきったかんたんな問題ではないのです。学会や研究誌のレベルでも、笑気に対する関心より酸素に対する関心のほうがはるかに高く、研究も盛んに行われてきているのです。私自身も肺や血液の問題を通じて、酸素のことを勉強するようになってきています。

（諏訪邦夫『麻酔の科学』（講談社ブルーバックス・１９８９年）９８ページ）
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諏訪邦夫（すわくにお）　１９３７年東京に生まれる。東京大学医学部卒業。ハーヴァード大学マサチューセッツ総合病院、ハーヴァード大学助手、カリフォルニア大学サンディエゴ校を経て東京大学助教授。その間、コロンビア大学客員教授を勤める。医学博士。麻酔学、血液ガス、呼吸管理に関して著書多数。訳書にはコムロウ著の『医学を変えた発見の物語』『心臓をめぐる発見の物語』などがある。医学教育用パソコンソフトも出版している。趣味は音楽、水泳、スキー。（同書カバーの著者略歴全文）

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