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日記ロワイアルコミュのおでん言葉

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「お客さん、おでん言葉って知ってますか?」

◇◆◇◆


繁華街から少し離れたところに一軒のおでん屋がある。
中からは賑わった声が聞こえていた。


「いやぁ、やっぱ大将のおでんは一番だよ!」


「そんなぁ、またそんな事言って。でも、ありがとうございます」



おでん屋「余山」


繁華街から離れているのだが、街で唯一のおでん屋はいつも賑わっていた。
暖簾をくぐると甘いダシの香りがプゥーンと匂い、店内を暖かさが包み込んでいる。

ほろ酔いの男性達は唄を歌い、女性はみな笑顔である。
大将が作る素朴なおでんの味は、老若男女分け隔てなく、ほっこりとした気分にさせていたのだった。


「大将ありがとね。また来るよ」


「ありがとうございます。またお待ちしていますね」


最後の団体客も帰っていき、店は静けさに包まれた。
まるで、ようやく夜が始まったかのように、そしてこれから町は眠りにつくかのように。


「今日も一日無事に終わったかぁ」


大将がそう言いながら、食器を洗っていると、静かに店の扉が開いた。



「あのう、まだいいですか?」


見るとコートを着た女性が立っていた。
年の頃は20代半ばだろうか。スラっとした長身に沿うように伸びる黒髪は、女性の美しさをより際立たせていた。


それと同時に、


こんな美人がなぜおでん屋に? 


大将はそう思ったが、


「いいですよ。でもお客さん、残り物しかないですけどいいですか?」


「はい、いいです。お腹すいちゃって」


女性は笑いながら、そう言った。


「じゃあ、カウンターへどうぞ。いらっしゃいませ!!」


大将の声が高らかに響いた。


女性は席に着き、焼酎のロックを頼んだ。


「おでんは何がありますか」


「えーと、大根、卵、はんぺん‥‥ぐらいですかね。申し訳ないです」


大将は苦笑いをしながら答えたが、女性は笑顔で返した。


「いいですよ。じゃあ、それください」


「かしこまりました」


大将は、大根、卵、はんぺんを皿に装って、おでんを女性に運んだ。


ダシの甘い香りが女性の鼻をくすぐった。


「わぁ美味しそう。いただきまーす」


女性は無垢な子供のようにそう言い、おでんに箸をつけた。


「美味しい! 大将、美味しいですね。このおでん」


「ありがとうございます」


女性ははんぺん、卵と順に箸を進めた。
おでんはすぐに女性の口の中に入っていった。
まるで皿の上に初めから無かったかのように。



ところが、大根を食べようとして箸を留めた。


「あのぅ、大将‥‥‥。大将も飲みませんか?」


「え?」


「お代出しますので。私の話を聞いてもらえませんか?」


「お客さん、今日何かあったんですか?」


大将は洗っていた皿の手を止めて聞いた。


「こんな時間に女性一人だから、不思議には思っていたんですが」


「実は‥‥」


「ちょ、ちょっと待ってくださいね」


大将は、慌てて皿を片付け戸棚から湯飲みを出した。
湯のみには日本酒を注がれた。


「お代はいいですよ。私でよかったら」


大将が椅子に深く腰掛けたのを見て、女性はゆっくりと喋りだした。


おでんの甘い香りに包まれて、ゆっくりそして何かを堪えるように、女性は話し始めた。



「そうですか。それは辛かったですね」


「ええ、でも私がしっかりしなくちゃ。じゃないと、彼が安心して天国へ行けない」


女性はグッと涙を堪えた。


ものの数秒だが、二人にとっては長い沈黙が続いた。



大将はそっと口を開いた。


「お客さん、おでん言葉って知ってますか?」


「えっ?」


驚いた女性を見て、大将はもう一度聞いた。


「おでん言葉です。知ってますか?」


「おでん言葉?」


「そう。花には花言葉があるように、おでんにはおでん言葉があるんです。ちなみにそれのおでん言葉は何だと思います?」


大将は皿の上の大根を指差して言った。


「えっ?」



「大根のおでん言葉は『感謝』。あなたの彼氏は、あなたのような女性に出会えて幸せだったと思いますよ。きっと空の上から感謝の想いで、あなたを見守っているはずです。その大根を食べてみてください。食べたらまたゆっくり歩み出せますよ」


「感謝‥‥‥。」


女性はそう言って、大根を食べた。
暖かなその味が彼といた頃を思い出させ、女性の涙を目から誘った。


「これは私からのサービスです」


大将は女性に皿を出した。
皿の上には湯気を上げたジャガイモが乗っていた。

ホクホクとしたジャガイモは本当に、本当に美味しかった。


「ありがとうございます」


溢れる涙を拭いながら、女性は大将にお礼を言った。


「大将、また来てもいいですか?」


「ええ、是非」


大将はにっこり微笑んだ。



翌日の夜、女性はまたやって来た。
しかし、心なしか昨日よりも少し元気になっていたように見えた。


「大将、昨日はありがとうございました。彼の分まで頑張ろうと仕事してたら、お腹空いちゃって。またおでんもらっていいですか?」


そう言いながら、女性は照れくさそうに笑った。


「構いませんよ。喜んで」


大将はそう言って、こんにゃく、がんもどき、ジャガイモを女性に出した。


女性は息をかけて覚ましながら、熱々のこんにゃくを運んだ。
ぷるんぷるんのこんにゃくは、味がしっかり付いていて、噛めば噛むほど幸せが溢れ出るようだった。


「そう言えば、がんもどきにもおでん言葉ってあるんですか?」


女性は昨日のおでん言葉が気になって、大将に聞いてみた。


「ええ、ありますよ」


大将はおでんを煮込みながら、答えた。


「へぇ、がんもどきは何ですか?」




「がんもどきですか? がんもどきはね‥‥‥笑顔です」


大将は食器を片付けながら答えた。




女性は、明くる日もその次の日もおでん屋に来た。
ただ、いつも遅い時間に来るのは、まるで気を使って他のお客が帰るのを待ってくるかのようであった。
それでも、大将は喜んで女性におでんを出した。



「へぇ〜、ちくわぶのおでん言葉って少しの勇気なんだぁ」



「餅巾着は包容かぁ、いいね」



大将のおでんを食べるようになってからは、女性は次第に元気を取り戻していった。
艶が出てき始め、女性としての活力が道溢れるようになってきた。



「そういえば大将よくジャガイモ出すけど、人気無いの?」


「いや、私がジャガイモ好きなのでたくさん作るんですよ。だから余っちゃって」




女性は、元気になるにつれて仕事が忙しくなり始めたようで、おでん屋に来る回数も減っていった。
それでも、たまに来たときは、会社のこと、好きな芸能人のことなどを楽しそうに話した。



いつものように夜遅いある日、女性はおでん屋に来た。
大将はいつものように快く迎え入れ、スジニク、さつま揚げ、ちくわを出した。
女性はそれを食べながら、話しだした。



「大将、実は私告白されたの。会社の同僚なんだけと、私を受け入れてくれる奥の深い優しさがあって。だから、私付き合ってみようかと思って」


女性は前の彼氏との別れから一歩踏み出そうとしていた。


「それは、おめでたいですね」


一瞬ビックリしたが、大将は女性を見て微笑んだ。


「そうだ、これは私からのお祝いです」


「また、ジャガイモ?」


女性は笑いながらそう言った。
出された皿には、まるで祝砲を上げるかのように、湯気のたったジャガイモが乗っていた。



それ以来、女性はおでん屋に顔を見せなくなった。
それでも女性が来ないのは彼氏との交際が順調な証拠。
大将はいつものようにおでん屋のおでんを煮込んでいた。



桜の季節、海の季節、紅葉の季節が過ぎ去った頃、団体客が帰って店が静かになったとある日、店の扉が開いた。



「あのう、まだいいですか?」


「あっ、いいですよ」
そう言って大将が振り返った。


「あっ」


「お久しぶりです」


そこにはあの時の女性が立っていた。隣には見知らぬ男性。


「実は彼と結婚することになったんです」


女性は嬉しそうに言った。


「初めまして。彼女からよくお話は聞いています。美味しいおでん屋さんだって」


男性は深々と頭を下げ、笑顔で挨拶をした。


「そんな、美味しいだなんて。さぁ、二人ともどうぞ、どうぞ」


大将はハニかんで答えた。



「本当におめでとうございます」


「それで、実は彼の転勤でアメリカに行くことになって。それで最後にと思って来たんです」


「そうですか、それはそれは。それなら奮発しますよ」


大将はハチマキを絞めて気合いを入れた。


女性と彼氏は、最後のおでんを十二分に堪能した。



「あ〜美味しかった」


「本当に美味しいおでんですね」


彼氏も満足げに言った。


「でしょでしょ。美味しいでしょ? あ〜あ、もう食べられないと思うと寂しいなぁ」


女性の落ち込んだ顔を見て、大将はおでんを出した。


「どうぞ。これは私からのお祝いです」


皿の上には、ジャガイモが乗っていた。


「ぷっ、またジャガイモ? でも、ありがと」


そう言って、女性と彼氏はジャガイモを食べた。
あの時とおなじ甘く優しい味が口の中に広がった。


「そう言えば、大将。おでん言葉ってあったじゃない? ジャガイモは何なの?」


「ジャガイモですか? ジャガイモはですね‥‥‥‥『新たな一歩』です」


大将は笑った。


「新たな一歩かぁ、ちょうど私たちにいいね。大将、本当にありがとう!」


女性は笑顔で大将にお礼を言った。


「こちらこそありがとうございました。アメリカに行っても頑張って下さいね」


二人は店を出るときにもう一度大将に御礼を言って帰って行った。



二人が帰ったのを見て、大将は暖簾を片付けた。






「おでん言葉かぁ。そんなものは元々ありませんよ。ジャガイモにあるのは、花言葉だけです」






そう言って、大将は微笑んだ。





ジャガイモの花言葉は









『慈愛』

コメント(79)

どういうオチになるのか気になって読んでいて、「なるほど、すてき!」と思いました。

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