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日記ロワイアルコミュの拝啓、浦島太郎殿。貴方を抱きたいです。敬具

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童話『浦島太郎』はあまりにも有名だし、パソコンを起動させカチカチとマウスで
小気味いい音をさせながらインターネッツに繋げ、それを駆使し、
酒と煙草をやりながらmixiしてるほどに成熟している人間なら、
それまでの人生で一度は見聞きしたことのある物語だと思う。

時にこの『浦島太郎』という物語、理不尽すぎやしないだろうか。

あらすじはこうだ。
浦島んとこの太郎は、その日も海へやってきた。漁をするために。生計を立てるために。
浦島はそこで、亀をいじめている残念な子ども達を見かける。即座に断罪。
助けられた亀は感謝し、「このあと時間ある? 竜宮城いこ」とカラオケに誘うノリで提案し、
浦島は「終電までなら」と大学生みたいなことを言ってついて行った。
連れられてやってきた竜宮城には顔の良い女がいて、亀の件の礼もそこそこに、
宴会を楽しんでいたらアホみたいに3年も経っていた。
さすがに父や母が恋しくなった浦島は、故郷へ帰らせてくれないかと乙姫に頼んだ。
すると乙姫は「まあ実際寂しいけど、理屈はわかるわな。行くならこの玉手箱を持っていけ。
でも持つだけ。開けるなよ、絶対に。フリちゃうで」と言い添えて玉手箱なるものを浦島に手渡し、帰した。

故郷に帰ってきた浦島は、圧倒的な異変に気づく。
そこにはまるで見たこともない景色が広がっており、確かに数年前までそこにあった村は忽然と消えている。
無論、家も無ければ、父も母も、いない。
道行く人に「浦島を知りませぬか」と聞いても、怪訝な顔をされるばかりで、
挙句、昔そういう名前の青年が漁に出たきり帰らなかったという「言い伝え」まで聞かされる。
浦島はおぼろげながら悟る。
そう、帰ってきたこの世界は、あれから既に何百年もの歳月を経ていたのである。
混乱し、憔悴した浦島は、乙姫を想い、すがるように玉手箱の蓋を開けた。
すると箱からは煙が立ちこめ、狼狽する浦島を包みこんだかと思うと、
たちまち皮膚はしおれ、髪はくたびれ、真っ白になり――煙が晴れる。
老身と化した浦島の姿がそこにあった。
それはあまりに唐突で、浦島は訳もわからない。そして、訳を知ることもない。

と、ここで物語は幕を閉じる。
ひどくね?
大げさに書いた感はあるけれど、ざっくり言っても、亀を助けた浦島が玉手箱渡されて帰ってきたら
数百年経ってて、ビビったあまりにその箱開けたら急に老けこんだ。
という話で、浦島がまるで報われない。

童話というと、児童に読み聞かせることがほとんどであるから、教育的な側面を含んでいるものが多い。
いわゆる教訓だ。
あるいは、児童すらも爽快な気分にさせる読後感の良い美談といったところが相場である。

『ウサギとカメ』であれば、自信過剰になって油断してると大変なことになる。
そして、能力が低くても、道を外れることなく、努力を重ねることで着実に成果を生むことができる。
そして、勝ち得る。という教訓になるし、
『桃太郎』なんかは、悪逆無道の鬼どもをどうぶつ達と組んで成敗し、
堂々の凱旋帰郷を果たす痛快なサクセスストーリーだ。まさに、めでたしめでたしな話である。

それに比べ、『浦島太郎』は一体、何だ。
どうしてこんな話になってしまったのか。
童話の元を辿ると実は結構恐ろしいなんてのはよく聞く話だが、何故現代版の『浦島太郎』は編纂されないのだ。
もしや、されてこれなのか。
現代のブラックユーモアに分類するにしても、納得のいかない不快感がある。
浦島が潔白すぎるからだ。

この『浦島太郎』という話に込められた教訓を調べてみたところ、曖昧な推察がほとんどだった。
「竜宮城で乙姫にもてなされたからってはしゃぎすぎ。程度を知るべき」
とか
「玉手箱を開けないという乙姫との約束を破った。約束破るのは人としてどうかな〜。有罪!」
など。
しかし、こんなの、どう考えても乙姫の頭がおかしいとしか思えない。
身内を助けた浦島にあんな仕打ちをする乙姫を差し置いて、浦島が罰せられる謂われはねぇだろう。
乙姫の歪んだ愛情表現を描いてるのか、歪み過ぎだ。児童向けじゃない。

浦島の境遇に興味のほとんどを持ってかれた僕は、そのルーツをちょびっと探ってみた。
確認できる最古の文献では『日本書紀』にその発端が見られ、
『丹後国風土記』とかいうやつには物語の原型とされる内容が確立されている。
そして、かの有名な『万葉集』にも、多少編集された『浦島太郎』がちゃっかり載っている。
これらに載っている物語は、亀との出会い方や、連れて行かれる楽園の場所について、
現代版浦島と多少の違いはあるものの、助けたにも関わらず最後は結局ジジイにされている。
万葉集に至ってはジジイされた直後に死んでいる。死なされている。

浦島が現代に生きているなら抱いてやりたいと思った。

不憫な浦島の前髪を撫で、頬を指の甲で触れてやりたい。包容力のなんたるかを教えてやりたい。
こうして晩年の浦島さながらに打ちひしがれていると、
『御伽草子』の中にあるもうひとつの浦島ストーリーがブラウザに映しだされた。

そこには、こうあった。

亀を助け、竜宮城に連れてこられた浦島太郎。
その竜宮は、常世という神域であり、そこは現世とは時間の流れが著しく違っていた。
常世は不老不死がもたらされると言われる程に、時の流れがゆるやかで、
現世で何百年もの時が経っていても、その常世ではたった数年に過ぎないのだ。
常世で乙姫と過ごす時間の中で、浦島はあの助けた亀が実は乙姫自身であったと知らされる。
乙姫は亀の化身だったのだ。
こうして現世時間でいう何百年もの間、2人は宴に興じていた、そんな折、浦島が突如帰りたいと言い出したことに乙姫は戸惑った。
それもそのはず、現世に帰してしまうと、浦島は一挙に何百年分もの時間の流れをその身に受け、
寿命なんて通り越し、死に絶えてしまうのだから。
乙姫は、無理矢理にでも引き止めたい想いを押し殺し、苦肉の策である玉手箱を、手にとった。
浦島が現世で過ごしたはずである何百年という時間をその箱に閉じ込めることで、浦島を救おうとしたのである。
故郷に帰りたいという望みと、浦島の命を守るために、乙姫は言う。

「開けるなよ、絶対に。フリちゃうで」

しかし現世に戻った浦島は、例のごとく箱を開けてしまう。
煙に包まれる浦島。視界が晴れると、そこにいたのは、美しい鶴であった。
鶴となった浦島は乙姫に元に降り立ち、何故こんなことを。と問う。
乙姫は答える。
「人間は、何百年も生きられません。でも、鶴の寿命は千年と言うでしょう?
だから、もし貴方が現世に絶望して玉手箱を開けてしまった時、死んでしまわないように、鶴になるようにと願ったのです」
こうして、亀である乙姫と鶴である浦島は、千年万年、共に暮らしましたとさ。


だってよ。
……ええやん。めっちゃええやん! 現代版これでええがな!
鶴は千年、亀は万年。教養もあっていい感じなのに。
なんで鶴島と亀姫のラブエンドを、端折ってしまったんだろうか。

ともあれ、浦島太郎の話で胸糞悪くなってた方は、こんな救いのある浦島伝もあることを知っておくと、
少し救われるかもしれません。


※表現を多少、脚色したりしてます。古書の原文をそのまま訳したわけではないので、あしからず。

コメント(148)

一票

実際にラブエンド版古書を読んだことがあります。
浦島太郎の物語には私も納得してなかったので、スッキリしました。
一票ぴかぴか(新しい)
救われた感378%です!
ありがとうございましたorz
一票☆
子どもの頃からのモヤッが解消され嬉しいです。
一票
なぜに関西弁ノリなのか(笑)

それでも一票!

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