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日記ロワイアルコミュのある塾講師と無双な生徒。

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僕は夜、塾で講師をして白米代金を稼いでいる。こんなとき、10代の頃勉強していてよかったと感じる。「勉強なんてして、なんになるのか?」という若者達の青臭い問いには「将来家賃を支払うための手段になるんだよ」と僕は答える。答えた上でそいつをドツく。ドツき回す。

塾で勉強を教えるに際し、僕は基本的に生徒を褒めてのばすよう心がけている。相手はデリケートな思春期花盛りの男女。厳しくしたって嫌われるだけだ。

「1+1は?」と聴いて「2」と返ってきたら「はい2、きたこれ。くぅ〜っ!しびれるねぃ、兄さん素人じゃないでしょ。英語じゃ数式に対して『美しい』なんて表現があるらしいけど、今まさに僕は美しい解答に出会えたよ、1+1は2、まさにビューリフォ!アンドジャスティファイ!天才の顔が見たいなぁと思っていたらなーんだ、ここにいたのかー」つって骨の髄から足の先まで徹底的に褒めるようにしている。

のだけども、3月から受け持っている今年で中3、去年中2だった男子生徒についても同じように褒めたくってみたところ、少々状況がおかしくなってきており、今では若干手を焼いている。

褒めてみたら調子に乗ったのである。

彼は、いわゆるんか、いわゆらんのか知らんけど、とにかく「センス型」の人間で、数学に関するセンスはまぁある方だと思う。数学がなんであるか、どういうことをする学問なのかは無意識で理解できているし、新しい分野の飲み込みも早い。ただ、テストの点で言えば80点取れるか取れないかである。
彼は問題の解き方が非常に雑なのだ。出題式から解答に至る過程の式を一切ノートに書かず、脳内で行ってはミスる、マイナスをつけ忘れる、指数、約分、同類項の整理、それらをいちいち忘れる。

解き方がわかっているのに点数がとれないのは、ケアレスミスの連発のせいであり、正直僕はここまで親の仇のようにケアレスミスを乱れ打つ生徒を見たことがない。指摘したって「あ、そうでしたか、ま、わかってましたけどね。大丈夫です」と嘯いて髪をかき上げ、イタリアの方を見るだけで一向に反省しない。なにが大丈夫だ。だいじょばねーよ。

彼は元気のいい生徒ではない。どちらかというと寡黙で物憂げ、口数も少なくて、「面倒くさい」を口癖に持ち、いつもイタリアの方を見ている。


そんな自分に酔っているのである。


褒めて伸ばすを心情としている僕は、最初の授業の時に彼に対して「君はセンスがある。けれど雑なのが残念だ」という言葉を送った。そして彼は僕の言葉を気に入った。気に入ってしまった。

「センスがある」という部分だけを。

以来彼は自分をセンスの権化と信じ、愛とセンスを伝えにきたセーラー服美少女戦士フランシスコ・ザビエル・ムーンであると信じ、それらを疑わず、ケアレスミスの祝福を受け、ケアレスミスが服を着て歩いているという、僕だったらまぁ腹を割いて死んでしまいたくなるような人生をしかしながら謳歌し始めたのである。

その後の彼は順調に躍進し、増長した。ろくに式の展開もできてないくせに「そんなことより先生、因数分解なるものがあると聞きました。因数分解はまだですか…あぁ…オレの躰が因数分解を欲している」と宣うたかと思えば「ルートっていうものがあるらしいですね。ルートをやりましょうよ、ふぅ…オレの妖刀・卦荒主がルートの血を吸いたがって夜も眠れない」と粋る。「試合はまだですか…先生」と海南の牧をやってみるのはいいが、アップもしてなけりゃバスケのルールも知らないくせに頭からタオルをかぶって体から湯気を上げながら、同級生がまだ足を踏み入れていない分野に自分が先んじている状況に息を荒くするようになった。

いかんな、と僕は思った。

ケアレスミスは数学において特に致命的である。受験数学の第一問は簡単な数式の計算で、配点も2点ほどのものだが、これを落とすことで順位は500位単位で変わってくる。確かに僕は彼にはセンスがあると言ったが、それも別に周囲より際立ってしとどにセンスフルだというわけではなく「センスがないということはない」程度のものでしかない。90点を叩き出して「ここのケアレスミスがなかったら95点は行けたね」というような高い次元の話では決してないのだ…

とここまで考えて僕は一人の生徒を思い出した。奇しくも齢は彼と同じ新中3生、通知表でオール5を叩き出しているのに数学が95点から90点に下がったというだけで取り乱した母親になぜだか塾に入れられたという数奇な運命をたどる女の子のことである。

僕は彼女の担当もしているが、彼女のセンスはずば抜けている。これこそセンスの申し子。一を聞いて十を知った上で十一を推測できる感覚の持ち主であるくせに鼻にかけるところが一切ないクリオネのような彼女のことを僕は思い出し、隣で相変わらずケアレスミスを大放出しながら「ははは、オレとしたことが、次は大丈夫ですよ、ふふ」と阿呆を続けている彼にこう言った。

「あぁ、そういえば、オール5の子が入ってきたよ」と。

これは大変危険な賭けであった。このくらいの年齢の子供は人と比べられることを極端に嫌う。塾の方針としても他の生徒との比較は禁止されている。だから僕はそういう生徒がいるということだけを伝えた。お前の成績よりもいい成績のやつはイタリアじゃなくったって近くにいるんだぜ、要するに、大海を知らないカエルに大海を知らしめようとしたのだ。
というか、そもそも彼は「無戦ゼロ敗」なだけなのである。戦ってないから負けてないだけの、井の中でカエル張れてるのかどうかもわからんような存在なのである。よくもそんな手札で調子に乗れるもんだなぁと感服するほどである。

だから僕はシンプルな言葉で「オール5の子が入ったよ」とだけ伝えた。

すると彼はひらり、イタリアから舞い戻り一言呟いた。


「ほう…」と。


「なにが『ほう…』じゃい、ケツ拭いて逝ね」と思った。

しかし見てみると、普段の彼の薄気味悪いくらいに自分への自信に満ち満ちて透き通っていた瞳が一瞬にして曇った。くちびるは歪み、顔が引きつっている。あぁ、こらやべーかなと思う矢先、アヒルの首を絞めたときのような音で彼は僕に質問してきた。

「入塾テストの点は何点だったんですか?」

彼は入塾テストで75点という特に高いわけでもない普通の点数をとっていたが、褒めて伸ばすタイプの僕に「わりと難易度の高いテストでこの点数なら十分。やっぱりセンスあるよ」と言われて以来、入塾テストの点数は彼にとって拠り所であり、存在意義であり、判断基準であった。

僕は即答する。「彼女はあっさりと満点をとっていたよ」と。

そしてついに彼は狼狽した。露骨に狼狽した。如実に狼狽した。「ま、まさか…」という顔をして筆箱のファッスナーを開けたり閉めたりし始めて、あれ、大丈夫かなこいつ、やべーかなと思ったのだけど、一周したあたりでファッスナーをいじくり回す手が止まり、引きつった顔、歪んだくちびる、曇った目が少しずつ健常を取り戻し始めると、彼はニヤリと笑って呟いた。


「なるほど、わかりました、やりましょう」


と。

世の中には「厨二病」という言葉がある。夢を夢見て、誰も抜けない聖剣を抜けるのは自分だと信じて、クサい幻想と恥ずかしい言動に生きる人々を「中学二年生頃の恥ずかしいメンタルから脱せていないよ」という揶揄を込めてそう呼ぶのだけど、さすが本場。喫緊までまさにリアル中学二年生だった彼は、そんじょそこらの厨二が尻尾巻いて逃げ出すほどの、クオリティの高い、22世紀に残したいくらいの厨二だったのである。

最強を極め、好敵手を失い、戦う目標に飢えていた自分の前に現れた強大な敵、その出現は自分を新たなるステージに導くのに遜色ないであろう…


くらいに彼は解釈したのだろうけど、舌の根も乾かぬうちに「だからなんで4たすマイナス2が6になるんだよ」と僕から突っ込まれているようでは、彼女はおろか、貴様は今の僕の足元にさえ及ばないよっつってるのに、いつの間にか彼の視線は、もはやイタリアに向かっていて。

コメント(86)

一票 同業です同じような生徒がおります・・・
続きが気になって仕方がないです。
一票です。
あるあるすぎるヽ(;▽;)ノ
一票!!

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